泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第2章

宝石は何度でも輝く

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「ぶえっまず!!!」
「黙って食べなさい」
「あんた料理でけへんかったんやなぁ」
「リーフさんもお粥しか作れないわよ」
「やからアミナが飯係やったんか...。納得」 
「アイリスも儂も料理はどうも苦手でのう。そういえば、ランドンも壊滅的な料理音痴だと昔ランドンの娘が言っておったのう」

 修道院から帰ってきてから自室に閉じ籠ってしまったアミナの代わりにアイリスが夕飯を作ったが、クリームがぼそぼそのカルボナーラ一品だけが食卓にあがった。
 シオンは水で流し込みながらなんとかすべてを平らげると、口許を拭った。

「口直しにアミナになんか作ってもらお」

 ダイニングテーブルから立ち上がろうとするシオンの肩をアイリスがぐっと抑え込む。

「なんやねん!」
「アミナは今一人になりたいのよ。そっとしておいてあげなさい」

 シオンは片眉を上げて怪訝な顔になる。

「なんやねん。まだ落ち込んどんのかあいつ?そんな気にすることちゃうやんか」
「あなたと違って繊細なのよ」
「はい出た繊細やとかどうとか」

 どうせ俺は無神経やしーと拗ねるシオンに微笑み、リーフは「様子を見てこようかの」とゆっくりした動作でアミナの自室へと向かった。

 アミナの部屋の扉をノックしてリーフは声をかけた。

「アミナ。儂じゃ。入ってもいいか?」

 扉が勢いよく開き、リーフの胸にアミナが飛び込んできた。顔を埋め、泣きじゃくる彼女にリーフは眉を下げ、困ったように目尻を下げる。

「電気もつけずに...。ほら、話してみなさい」

 ベッドに腰掛け、膝の上で握りしめた手に視線を落としたアミナは腫れた瞼で今日の出来事をぽつりぽつりとリーフに話した。椅子に座るリーフは「....そうか」と柔らかく相づちをうつ。

「......変われている気がしていたけど、私はやっぱり変われてないんだって思った..。私なんかがあんなに素敵なリナリアと友達になれるはずなかった...っ」
「そんなこと」
「だって、そうだもん!」

 ひくり、喉が熱くなった。




「あなたみたいなおどおどした子を友達なんて言ったら私が馬鹿にされるわ!格好悪いもの!」




 リナリアの声が反響してアミナの心を鋭く刺す。

「いまだに、緊張すると、う、うまく話せないしっ...!...友達になりたい、なんて、思い上がりだった...っ。はずかしい...!」

 顔を覆って小さくなる少女の手を皺の刻まれた手がやんわりと解いた。

 口を真一文字に引き結んで涙を溢す空色の瞳にリーフの日差しに透けた葉のような黄緑の瞳が語りかける。


「恥ずかしいものか。自ら手を差し出すことのできる人間がこの世にどれほどいるか」

 意味が分からないというように丸い瞳でじいっとアミナはリーフを見つめる。
 水分の少ない渇いた手のひらで彼はそっと彼女の頼りない手を包み込んだ。

「思いを相手に告げることはとても勇気のいることじゃ。ましてや、好意を持つ者が相手となるとそれは尚更。受け入れられなくともそれがお主の価値を決めることにはならない。......最初からうまくいかなくてもいいじゃないか。緊張するのは、アミナがそれほど真剣だということじゃろう」

「いいんじゃよ。緊張しても、言葉をつっかえても。伝えたい気持ちさえあれば、きっといつか受け取ってくれる人が現れる」

「躓きながらでもいい。ちゃんとお主は進んでいるよ」

昔から変わらない優しい瞳、声、手。そのすべてで元書庫番は彼女の背中を未来へと導く。

「勇気を出した己を誇りなさい」

 アミナは唇を震わせて大粒の涙で膝を濡らした。

 リナリアは、初めて会った時に私の話し方を馬鹿にしなかった。
 緊張して落ち着きのなくなってしまう私を待ってくれた。
 なにより、話していてすごく、すごく楽しかったから。

 リナリアと友達になりたかった。
 なりたかったよ...。

 アミナは眉を下げ、涙をぼたぼたと溢す。

 うまくいかないこともある。
 けれど、できたこともある。

 そうやって、自分を認めていくことができたなら。

 空の瞳に光が射した。彼女は胸に手を当てて心からの言葉をリーフに伝えた。

「.......ありがとう、リーフ...」

 リーフは一つ頷くと彼女の頭を優しく撫で、「さあ、アミナも夕飯を食べなさい」と促した。

 リーフの言葉で彼女の心に眠る宝石は忘れていた輝きを取り戻していく。
 きっと生まれながらにして誰もが持っている宝石は本人さえも気づけずに放っておかれてしまうこともあるのだろう。

 胸に手を当てアミナは瞼を閉じる。
 私にもある。それをリーフが見つけてくれた。
 なんとも言いがたい感情が彼女の胸を温かくする。

 頑張った、のか......私は。
 うまくいかなかったけど。
 ……でも、そうだね。

 がんばったんだぁ。

 一つ認めるとずっと呼吸が深くなった。

 アミナは階段を降りながら前を歩くリーフの背中を見つめた。
 無性に抱きつきたい衝動に駆られるのを首を振りこらえる。

 リーフ。
 お父さんって呼んだら、困る?

 彼女は照れたように唇をすぼめると頬を掻いた。

 なんてね。

 リビングに入るとシオンが「おっ泣き止んだかー?」とからかうように笑っている。それに拗ねたように「シオンってほんとデリカシーないよねっ」と頬を膨らませた。

 やいやいと騒ぐシオンの横でぼそぼそのカルボナーラを頬張る。舌触りは悪く、味付けもしょっぱいところとまったく味のしないところのあるそれは、噛んで飲み込む度に彼女に元気を与えた。アミナは優しく見守るリーフとアイリスに心から感謝した。

 きっと私は、進んでいける。
 そう思える力をたくさんもらえたから。




 翌週の土曜日にランドンはリナリアが比較的食べられると話していたじゃがいもがごろごろと入ったチキンカレーと彼女お気に入りのパン屋のパンをオーブンでかりかりに焼いて夕食に出した。

「美味しそう。いただきます」

 もそもそとパンにカレーを付けて食べる娘の瞳が暗く淀んでいる。ランドンはパンを皿に置いた。

「リナリア、何かあったのかい?」
「.......、なにも?あっ、今日のカレーは今までで一番マシな味ね!ルーはどこのを使ったの?」
「リナリア」

 会話に流されない父親に娘は困ったように笑う。

「な、なーに?真剣な顔しちゃって」
「何かあったのかい?」
「...な、にも...」

 ないわ。

 言葉の代わりに何かが切れてしまったように溢れた涙を彼女は顔を覆って隠した。ランドンは驚き慌てて椅子から立ち上がると、娘の震える肩に手を置いた。嗚咽を漏らさぬように唇を噛み締める娘の肩を優しくさする。

 かけられた泥水。
 あれからもダイアナ達のいやがらせは続いていた。
 我慢さえしていれば、友達でいられる。
 そう思っている。

 本当に?

 やっていた宿題が提出の時になくなっていた。
 先生に叱られる私を三日月の形をした六つの目が見ている。

 汚れた白いハンカチ。
 広げたら角に黄色とピンクの小花が刺繍されていて。
 ほっとするような可愛らしさはあの子を浮かび上がらせて。

「....人を、傷つけた...。......もう、どうしたらいいのか...。大切なものを守りたかった、でも、それは本当に大切だったのかしら...?....どうしたらいいのか、もう分からないの...っ」
「詳しくは言えないのかい?」

 リナリアは自分が友人達からからかいの対象とされていることをランドンにだけは決して言いたくないと思っていた。

 母親はリナリアが九歳の頃に病で亡くなり、それ以来男手一つで育ててくれたランドン。
 ランドンは片親であることを気にしていて、リナリアはそんな父を煩わせることのない良い子でありたいと幼い頃より思っていた。

 なのに、どうしてうまくいかないのかしら...。


 悲しませたくない。
 なにより、こんな私を知られたくない。
 格好悪くて、情けなくて、恥ずかしい、こんな私を。

 娘が嗚咽混じりの呼吸で頷くのを父親は寂しそうに眉を下げた。

「分かっていることはあるだろう?」

 ランドンの大きな手がリナリアの震える背中を撫でる。

「傷つけてしまったと思うのなら、謝りなさい」

「受け入れてくれたなら、より大切にしなさい。その子はきっとリナリアの宝になるよ」

 もう無理よ。
 涙を拭いながら彼女は金の睫毛を伏せる。
 いつの間にか諦めることが癖になっていた。

 こちらに微笑みながらショートケーキを頬張る空色の少女が眩しくて、遠い。

 きっともう、笑ってくれないわ。




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