泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第2章

空を知らないアゲハチョウ

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「すんませんっした!!!」
「うわわわわ!?すごい勢いだね君....!いいよ。修理代もくれたことだし」

 カフェの店長は朗らかに笑って手を振った。

「よかったね」

 バスが来るのを待ちながら、アミナはシオンに笑いかけた。シオンは少し恥ずかしそうに鼻をこすると、「...ん」とだけ返して視線を外した。

 春の風に少し水分が混ざり、湿り気を帯び始めている。青々とした緑が今か今かと長く雨の降る季節を待っているようだった。
 シオンは頭の後ろで手を組み、雲が浮かぶ天色の空を眺めた。

「気持ちええー」

 声はさっぱりとして、口許に笑みを浮かべるシオンにアミナは同じように空を見上げて微笑みを浮かべた。

 そういえば、あの後リナリアとダイアナさん大丈夫だったのかな....。

 怒りに震えるダイアナを思いだし、そちらにも謝りに行った方がいいだろうかと考える。

「あの、シオン...」
「あ?」
「ダイアナさ」
「そいつにだけは絶対に謝らん」
「う...」

 きっぱりと言い切るシオンの様子にこれは説得できなさそうだと眉を下げた。
 確かにシオンからしたらいきなり説明もなく連れていかれ、知らない人に仕事のスカウトをされるという意味不明な状態だったわけで。

 私がちゃんと説明しなかったのが悪かったんだよね...。

 アミナは額に手を当て反省をすると、「でも、リナリアのことも気になるし...。私はヒぺリカム修道院に寄ってから帰るね」と言いながらバス停から離れようとした。修道院へはここから歩いていくか、逆行きのバスに乗る必要があるからだ。

「アホか。あんた狙われとるかもしれへんのに放って一人で行かせるわけないやろ」

 隣を歩くシオンにアミナはあっと口を開けた。それにシオンは呆れたように片眉をあげる。

「忘れてたんか?危機感なさすぎやろ。ほんま人間は平和ボケしててええのー」

 それにアミナはムッとして言い返した。

「シオンのそれ、やめてよ」
「はぁ?」
「人間って、分けて言うの」
「人間は人間やろー?」

 気にも留めずにすたすたと歩くシオンにアミナは小さく唇を尖らせた。

「だって、寂しいよ。...なんか」
「なに意味わからんこと言っとんねん。ほな行くでー。言うとくけど、俺は絶対に謝らんからな。アミナのお守りの為なんやからな」
「お守りって...!....もう、分かったよ」

 シオンに駆け寄りながら、アミナはそっと彼の整った横顔を切なく見つめた。

 人間と竜族。
 シオンの婚約者。

 友達になれた。
 冗談も言い合えるようになった。

 初めて出会った頃よりはずいぶんと近くなれた。
 けれど私とシオンの間にはまだ線が引かれてあって。
 どんなに越えたくても越えられない。
 種族という壁。

 どうにもならないのかな?
 これ以上シオンに近づけない?

 そっと自分の髪色よりも少し濃い青をした空を仰いだ。爽やかな青さがアミナの視界いっぱいに広がる。

 友達になれたのに。
 それで十分なはずなのに。
 どうしてもっと近づきたいと思うんだろう?




 ヒぺリカム修道院の門前でアミナは口を開けて門の中を眺める。

 なんて美しい建物なの....。

 施設の中で一番高くそびえ立つ鐘塔の大鐘は太陽の光を受けて金色に輝き、鐘塔の横に建てられた教会の窓には色鮮やかなステンドグラスが赤や青、緑に橙ときらびやかに光り、辺りに反射している。
 門から伸びる道は煉瓦で舗装されていて、生き生きとした花が道に沿って風に揺れている。
 贅沢な花の香りにアミナはうっとりと深く息を吸い込んだ。

「素敵....。って、ああ!シオン!待って...!」

 建物にも花にも興味のないシオンはさっさと門の中を歩いて行ってしまう。
 修道院の教会は一般人にも解放されている為、出入りは自由だ。箒を持ったシスターが笑顔で挨拶をするのにアミナは慌てて頭を下げる。
 シオンがひくひく鼻を動かす。

「あっちやな」
「におい?分かるの?」

 アミナが不思議そうにシオンの後をついていく。

「竜族は鼻も耳もええからな。いたで。ほれ」

 シオンが親指で示す方向には見たことのある美しい金髪が見えた。
 丸い眼鏡におさげのリナリアと、この前初めて会ったダイアナ、リナリアの友達なのだろう他に女の子が二人一緒にいた。

 アミナは四人のもとへ少し緊張した表情で近づいていく。

 いいなぁ。女の子四人でおしゃべり...。

 羨ましい気持ちになりながらも、年の近い女の子の輪の中に入ったことのないアミナは片手をあげ、小さな声で「ぁの..」と呼び掛けた。
 緊張で震える声は小さく、四人はまったくアミナに気がつかず、話を続けている。

 後ろで見守るシオンはしゃがんで退屈そうに頬杖をついていた。

 拳をぎゅっと握り、アミナは気合いを入れる。

 こらアミナ、いつまで緊張しいなの?
 シオンみたいに、気楽に、気楽に。

 強ばった頬を無理矢理持ち上げ、笑顔を作り、片手をあげた。

「あの」

 バシャッ!!

 リナリアの眼鏡がずれた。美しい金髪が、制服が泥水で汚れている。
 アミナは呆然と地面にカラカラと転がるバケツを目で追った。

「これで反省した?ほら、謝ってよ」
「そうよ謝りなさいよ」
「はやくぅ」

 くすくすとダイアナ達が肩を寄せあって笑っている。

 リナリアが目を見開いて濡れた足元を見ているのを目にしたアミナは思うよりも早く駆け出し、リナリアを庇うように三人の娘達に向き合った。

「なに、してるの...?」

 友達だったんじゃないの?

 先程までの緊張など吹き飛んだ。ただなぜこんなことをしているのか理由を聞きたかった。


 咎めるようなアミナのまっすぐな視線にベルとメアリーは視線をさ迷わせ、意味のない笑みを浮かべた。

「て、ていうか、誰よ?」
「ふ、ふざけていただけよ!ねえ?リナリア?」

 リナリアは髪や頬から滴をしたたらせながら、顔をゆっくりと上げる。無理矢理口角を上げるから、笑顔なのに泣いているようだった。
 アミナはリナリアを振り返り、その手をとる。

「どうして、笑うの...?」

 アミナの言葉にリナリアの頬が固まる。
 鐘が一つ鳴った。

「あら、予鈴だわ。リナリアは着替えてきなさいよ。シスターにはちゃんと言っておいてあげるわ」

 ダイアナは何事もなかったようにリナリアに手を振り、踵を返した。すれ違う時にシオンは眉をぴくりと動かした。
 ダイアナの後を追うベルとメアリーは「次ってなんの授業だったかしら」と慌ただしく去っていく。

 リナリアを残して。

 俯くリナリアの頬を柔らかな感触が包んだ。アミナはハンカチで丁寧にリナリアの頬や髪を拭っていく。何も言わないアミナにリナリアは唇を噛んで彼女の手を振り払った。

「放っておいてよ!!」

 叫んだリナリアは震えながら顔を真っ赤に染めていた。

 恥ずかしくて、みじめで、格好悪くて。
 体の中から沸き上がる屈辱に拳を震わせていた。


「あの人たち、本当に友達なの...?」

 まっすぐに問いかける空色の瞳が嫌で嫌で、鬱陶しくて、リナリアは視線を下に反らした。

「そうよ?言ってたでしょ!?ただふざけていただけよ!!」

 唇が曲がりそう。

 いたい、いたい。かなしい。
 どこかで女の子が泣いている。

「友達だったら、濡れた友達を放っておかない」
「次の授業があるからよ!」

 顔を覆ってリナリアは見えないようにする。

 何も見えない。
 そうしないと、耐えられないから。

 ここで私は必要とされていないなんて、知りたくないから。
 居場所はここしかない。
 ここにいるしかないの。

「リナリア」

 声がする。
 初めて会った時からまっすぐに私を見る女の子の声が。

「友達に、なりたい」

 差し出された白い手から顔を反らして、リナリアは感情のままに泣き叫んだ。

「ふざけないでよ!!同情?そんなのいらない!!あなたみたいな...っ、あなたみたいなおどおどした子を友達なんて言ったら私が馬鹿にされるわ!格好悪いもの!」

 白い手が硬直して、息を呑んだのが分かった。

 ほら。これくらいで何も言えなくなっちゃうじゃない。

 同情なんていらない。
 私は可哀想じゃないのよ。

「帰ってよ!!もう私に関わらないで!!」
「おー帰ったらぁ!!なんやねんあんたアミナのことよう知りもせんと!たしかにこいつはおどおどしとるし、たまにイラつくけどなぁっ」
「シオン、いいから...」

 アミナは泣くのをこらえてシオンの手を掴み走っていった。

 去っていく二人の背中をぼうっと眺めていたリナリアは、地面に落ちていた白いハンカチをそっと拾い上げた。
 すんっと鼻をすする。

「いいの?追わなくて」

 声がした後ろを振り返ると掃除用具がまとめて置かれている倉庫の窓からクラスメイトが顔を覗かせていた。
 窓の縁に肘をのせて頬杖をつく彼女の丸い顎を亜麻色の髪がさらりと撫でる。
 リナリアの苦手な光を湛えた瞳で彼女はリナリアに再度問いかけた。

「いいの?」

 リナリアは何も答えず、泥で汚れたハンカチを見つめていた。

 その様子を教会の屋根に寝そべって伺っていた赤髪の男は「そろそろ頃合いやなぁ…」と楽しげに牙を覗かせた。


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