泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

文字の大きさ
51 / 76
第3章

いってらっしゃい

しおりを挟む




「いよいよ今日じゃのう。何時に教会じゃったか」

 朝食の時間、いつもは開いている新聞を閉じてリーフはアミナに尋ねた。
 目の前に座る少女は自分と同じく甘くしたカフェオレを飲もうとして、止まった。ピンクのマグカップを持つ手が震えている。

「じ、10時くらいって、いひ、い、言ってた....」
「そうか。気を付けていってくるんじゃぞ」

 本当にアストライアに入れるのか、いざその時が来たら急に不安に駆られてしまったのだろう。焦点の合わない瞳はきょどきょどとテーブルの上をさまよい、サンドイッチに目を止めると彼女は、はっはっと息を荒くしながらそれを手に取り強く握った。

「う、うん」
「あー!あー!こぼしとるこぼしとる!」

 シオンの慌てた声でアミナは「ああっ」と声を上擦らせ、緊張でガチガチになった手でテーブルの上に溢してしまったサンドイッチの具のスクランブルエッグやらレタスやらを取ろうとする。しかし、震えた手ではうまく掴めず、それらは彼女の太股に落ち、キュロットを汚した。

「うあっ!ああ!お気に入りなのにっ。ど、どうしよ、えと、えと…!ぅあ」
「落ち着け!!」
「んぐ!」

 目を回し両手で頭を抱えるアミナの口めがけてシオンは自分のサンドイッチを無理矢理詰め込んだ。

「俺が作ったんやで!あんたが使いもんにならんかったからな!ちゃんと食え!」

 アミナは目をぱちくりとさせながら、口内を占領したサンドイッチを咀嚼する。もぐもぐと顎を動かし大人しくなった彼女にシオンは得意気に「うまいやろ?」と笑った。

「そう言われたらまずくても言えないじゃないの」
「なにをー!俺様が一生懸命作ったんやで!まずいわけないやろがい!それともまずいってのかババア!あーん!?」
「美味しいわ」
「やろ!ほれみろ!!」

 アイリスに向かってビシィッと人差し指を突きだし胸を張るシオンにアミナは目元を緩ませた。
 この騒がしい人の傍にいると、緊張などしている暇もないな、と彼女は眉を下げて呆れたように笑った。

 その二人の様子を見守っていたリーフは目尻の皺をそっと深めた。



 図書館の門まで見送りに来てくれたリーフとアイリスにアミナはもじもじと指を絡ませ、「....えと」と口ごもった。
 なかなか続きを言わないので、ついにシオンが痺れを切らし、「なんやねん!言いたいことあんならはよ言え!」と荒々しく彼女の背中を押した。

「わ、分かってるもん!」

 アミナは唇を尖らし、シオンに「せっかち!」と一言文句を言うと(シオンは「なんやとっ」と彼女に噛みつこうとしたがアイリスが羽交い締めにして止めた)、ぎゅっとキュロットパンツを握り、リーフとアイリスに顔を向けた。その顔はひどく不安そうだった。

「....が、がんばれって、言って....」

 短い眉を下げて今にも泣き出しそうな少女の様子にリーフとアイリスは目配せをし微笑んだ。
 二人はそれぞれの手を彼女の肩に乗せ、心を込めて言葉を伝えた。

「頑張れ!」

 ほっと肩の力を抜き笑ったアミナは「いってきます!」と教会へ続く道へ足を向けた。



 小さくなっていくアミナの後ろ姿をリーフとアイリスはじっと見守っていた。

「.....行ってしまいましたね」

 アイリスの瞳は少し寂しげだった。

 ずっと近くで守ってきた小さな少女は成長し、自分の意思で新たな場所へと歩き始めた。
 今までなら何かあればすぐに駆けつけることができた。
 けれど、少女は外へ。
 もう、すぐに助けてあげられない。
 自分達の手が届かない場所へと。

「ああ」

 リーフは眩しそうに目を細め、少女の背中を見つめていた。
 初夏のからっとした青い空の下。少女はうつ向かずに前を向いている。

「頑張れ。....頑張れ。」

 リーフは言葉が風に乗って少女の力になるように祈りながら何度も「頑張れ」と繰り返した。
 子供の門出を見送る親と同じ眼差しで。




 アミナは角を曲がった瞬間、自分の頬を涙が伝っていたことに気がついた。

「.....え、なんで...」
「おわ!?なに泣いとるん!」

 ボタボタと滝のように涙を流しているアミナにシオンはぎょっとして自分の服の裾を持ち上げ彼女の涙を拭こうとした。

「わか、んない。なんか、ここがぎゅうって」

 苦し気に胸をおさえ、眉を寄せるアミナにシオンは困惑する。

「....でも、悲しいとかじゃないの。.......寂しくて、....心細くて、....それで、それでね、私、」

 アミナは角の向こうに視線を向ける。

「私、幸せだったんだぁ、って、....たくさん、たくさん、貰っていたんだなぁって...。変だね、今日、帰ったらすぐに会えるのに」

 開く扉の色が今までと変わった。
 もう二度と同じ扉は開けないのだ。

 くっと彼女は顔を上げた。その横顔をシオンは何も言わずに見つめていた。

「頑張れは、期待の言葉。私は、今、期待されたいんだ…」

 うつ向き、怯えながらも自分を奮い立たせる。
 シオンは彼女のこの姿を何度も見てきた。
 進んだかと思えば、一歩下がり、そしてまた涙を拭いて進むこの姿を。

「....いつも、弱くてごめんね。シオンも、呆れるよね」

 恥じたように頬を掻き、苦笑するアミナに彼は「まあ、そうやな」とそっけなく返した。
 申し訳なさそうに唇を一文字に結んだ彼女に、彼は続けて口を開いた。

「そんなあんたやから、俺は一緒にいたい思うんやろうな」

 臆病で、自信がなくて、後ろ向きだか前向きなんだか分からなくて。
 たったの一歩にどんだけ時間かけるんやって、苛立つこともあるけれど。

 頬を染めてはにかむ少女の歩き始めた背中にシオンは片頬を上げ、彼もゆっくりとスニーカーを履いた足を前に踏み出した。

 その一歩が、どれだけ確かなものかも、知っとるから。

 隣に並んだシオンにアミナは微笑み、街で一番高い灯台である[導きの灯台]を見上げた。シオンもつられるように見上げたが、ふと眉を寄せた。

「.....ひとつ、気に入らんことがある」

 低く唸るようなシオンの声にアミナは「な、なに?」とおそるおそる彼を見上げた。

「心細いって、なんやねん」
「.....え?」

 どういうこと?首を傾げるアミナにシオンは憮然とした表情で「俺がおるのに」と続けた。
 彼の言葉にアミナは驚いて違う、と首を振る。

「ちがうよっ!そういう意味じゃなくて...!」

 ぎゅうっとアミナの左手を握り、シオンは歩きだした。
 アミナが繋がれた手に驚き言葉を失っていると、肩越しにシオンが振り返った。

「俺がおること忘れんように、つないどいたるわ!」

 名案だとでも言うように、彼はにんまり笑った。

「っわ、忘れない!忘れたこと、ないから!」

 な、なんでシオンって、こんな突拍子もないこと思いつくの!?

 必死で手を振り、ほどこうとするがシオンの手はアミナの手を握りこみ離さない。
 竜族のシオンにとってはほとんど力を入れていないと言えるのだが、それでもアミナの小さな手を捕まえておくのには十分だった。

「は、放してよ!これじゃ、迷子にならないように手をつないでる親子みたいだよー...!恥ずかしいよう……」
「嫌だったら振りほどいてええんやでー」
「シ、シオンの馬鹿力!」
「ぶははははー!」

 羞恥心で真っ赤に頬を染め、涙目になるアミナと上機嫌に彼女を引っ張るシオンを街の住民達が「付き合いたてのカップルかな?」「可愛いわね」と微笑ましく見守っていた。




「あんた達....なに、朝からイチャついてるのよ」
「リ、リナリア!?」

 導きの灯台に着くと、箒を持ち、パフスリーブの半袖シャツの上に黒のジャンパースカートを身に付けたリナリアが今にも砂を吐きそうな表情でこちらを見ていた。
 修道院にいるはずのリナリアの登場にアミナは驚き、声を上げた。

「こっちは真面目に修行中だっていうのに......やんなっちゃうわよまったく」

 リナリアはじとりとアミナとシオンを冷めた瞳で見つめ溜め息を吐き「さ、入るんでしょ?」と背を向けて教会の扉へ向かった。

 ぽかんとしたままのアミナの顔が面白かったのか、リナリアは「ふふ!」と笑い声を漏らし、片目を閉じてウィンクをした。

「修道院は辞めたの。癒し手になるのが目標なら、ここで修行するのが一番近道だからね!アストライアにも見習いとして登録してもらえたわ!.....見習いだから、まだまだなんだけど、一緒に頑張りましょ!」

 リナリアの話を聞いていくうちにみるみる笑顔になっていったアミナは「うん!」と力強く頷いた。
 その様子をつまらなそうに眺めていたシオンは「この前うちでわんわん泣いて営業妨害しよった奴やんけ。なんやもう元気なったんか」と嫌みを言った。

 一音もこぼさずに拾い上げたリナリアは、シオンに向き直り「なによ!嫌みな男ね!」と吠えた。

「へぼの癒し手なんか足引っ張るだけや。すっこんどれ」
「な!うるっさいわねえ!あれから必死に特訓してるのよ!それに、これから成長すればいいでしょ!あなたが助けてって言っても、助けてあげないから!」
「いらんわ!ええか、あんた勘違いするんやないで」

 目元を険しくして凄むシオンは迫力がある。リナリアはごくりと喉を鳴らした。
 その横ではアミナも息を呑んでシオンの言葉を待っていた。

 どうしてシオンはリナリアに噛みつくのだろう?

「な、なによ!」
「アミナの一番の友達は、俺やからな!俺俺俺ー!!!」

 くわっと歯をむき出しにして自身を親指で指したシオンは街中に宣言するかのように大きな声を出した。思わずアミナとリナリアは耳をふさぐ。
 一拍おいてリナリアが「はあ?」と呆れたように顔をしかめた。

「なに。あなたやきもち妬いてるの?」
「なんで今餅やくねん」
「いやこっちがなんでだわ」

 リナリアは「くっだらない」と吐き捨てるとアミナの肩に手を添え、教会の中へと促した。

「入りましょ」
「う、うん」
「こら待てぃ!」

 シオンを気にするアミナにリナリアは「友達だって。あいつ素直じゃないのねぇ」と苦笑すると、アミナは「……え?」と首を傾げた。
 アミナのきょとんとした瞳に映るリナリアは驚愕に目を見開いていた。

「……嘘でしょ。あなた達、どっちも鈍感…なの?」
「へ?なに?」

頭にハテナマークを何個も浮かべるアミナと後ろでこちらを睨み付けるシオンにリナリアは「信じられない…!」と口を手で覆った。










しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

殺されるのは御免なので、逃げました

まめきち
恋愛
クーデターを起こした雪豹の獣人のシアンに処刑されるのではないかと、元第三皇女のリディアーヌは知り、鷹の獣人ゼンの力を借り逃亡。 リディアーヌはてっきりシアンには嫌われていると思い込んでいたが、 実は小さい頃からリディアーヌ事が好きだったシアン。 そんな事ではリディアーヌ事を諦めるはずもなく。寸前のところでリディアーヌを掠め取られたシアンの追跡がはじまります。

処理中です...