泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第3章

入団

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「ああ、ようこそいらっしゃいました」
「遅いぞガキ共」

 教会では雑巾を片手に持ったディーノと祭壇にパンやらスープやらを好き放題に並べ食事をするジャクソンが迎えた。

「さ、祭壇って、食事して良い場所でしたっけ....?」
「よくありませんよ....」

 困惑したアミナにディーノはもう諦めているという様に疲れた笑みを浮かべた。

「アストライア様が寂しくならんようにここで飯を食っとるんじゃ。司祭の鏡じゃろう」

 真顔でのたまうジャクソンにディーノは「どうして私の上司はこの方なのか....もう少しお手本になるような人の下につきたかった...」と項垂れた。

「デ、ディーノさんっ。あの、反面教師、というものではないでしょうか!」
「そうよディーノ様!悪いお手本があれば、将来は絶対同じ道を辿らないように気を付けるでしょうし、むしろ、運が、よかった....?のよ!」

 アミナとリナリアは落ち込むディーノをはげまそうと声をかけるが、ジャクソンの大きなゲップでどん引いてしまい、さらにディーノは肩を落とした。

「おー来たか」

 だるそうに教会の扉を開けたヴォルフガングが口に挟んだ煙草を抜きとり、煙を吐いた。
 アミナとシオンがいるのを確認し頷くと、あれ?というように生気のない目を開いた。

「オリビアは?」

 髭をぽりぽりと掻くヴォルフガングにディーノはまた更に疲れた顔で返す。

「昨夜いつの間にか出掛けていたみたいで、まだ戻っていません。....ここは禁煙ですと何度言えばよろしいのでしょうかヴォルフガング様」
「ふへへ~いいじゃんディーノちゃーん?可愛い顔が台無しだぜー?」
「あんたまた酔ってるんですか」
「さっきまで呑んでたからなぁ~ちびっと酔ってるかもね....うっ!!ぼえええー!!」

 頬を緩めてへらへら笑っていたかと思えば鼻を抑え、扉を開き外に顔をつきだして吐いたヴォルフガングをアミナやシオン、リナリアはこんな大人にはなりたくないと呆れたように首を振った。

「なんで朝っぱらからステーキなんだよジャクソン様!匂いで気持ち悪くなるでしょうが!」
「チェルミ州から取り寄せていた牛肉の消費期限が今日までじゃったんじゃ」
「夜に食えよ!」
「儂の勝手じゃわい!」

 ジャクソンは涙目のヴォルフガングに鷲鼻をふんと鳴らすと再びナイフを動かした。

「相変わらずじゃのう」

 笑みを含んだしわがれ声が教会内に響いた。
 いつの間にかひょろりと背の高い老人が扉の前に立っていた。腰まで伸びたシルバーへアに、細い鷲鼻、長い髭を携えた老人は丸眼鏡の奥の瞳を微笑ませている。

「教皇!?」

 ジャクソンが目を剥いて立ち上がった。ディーノとヴォルフガングも驚いたように老人を見つめていた。

「ふぉふぉふぉ。新しく若い力がアストライアに入団すると聞いてな。組織の代表として一度挨拶をしに来た」
「これはこれは....!お忙しい中お越しくださり、恐縮でございます」

 へこへこと頭を下げるディーノとジャクソンとは対照的にヴォルフガングは訝しげに眉をひそめた。

 教皇はアミナの前まで歩み寄ると目を細め、微笑んだ。

「お主がアミナじゃな?」
「は、はい!」

 まさかアストライア東支部の最高責任者が現れるとは。肝が潰されるような思いでアミナは姿勢を正した。

「ふぉふぉ。そんなに緊張せずともよい。....ふむ」

 アイスブルーの瞳がアミナをじっと眺める。ひととき、瞳の奥がほの暗く歪んだように見え、アミナはかすかな違和感に心の中で首を傾げた。
 教皇がにっこりと笑った。人好きのする笑顔だった。

「励みなさい」
「は、はい!」
「ふぉふぉ」

 腰を九十度に折って頭を下げたアミナに教皇は穏やかに笑い声を上げ、教会を後にした。
 アミナはさきほど感じた違和感が気になり、扉を見つめた。
 教皇の瞳は膜が二枚あるようだった。穏やかな薄膜の奥に何かもう一枚...。

「儂の肉ー!!小僧お前何してくれとんじゃー!!」
「ナイフとフォーク置いたらごちそうさまなんやろ?」
「違うわボケナス!一体誰にマナー教わったんじゃ!」
「わ、シオン!違うよ!」
「え?違うん?」

 慌ててシオンとジャクソンの間に入ったアミナの頭の中で、教皇への疑念は底の方に沈んでしまった。



「さて、では入団式を始めますよ」

 疲れた表情でディーノはアミナとシオンを祭壇の前に呼んだ。祭壇の上は彼がきっちりと片付けたようだ。
 入団式と聞いて本当にアストライアに入れるのだと顔を明るくしたアミナは、けれど疑問が残り「あの」と遠慮がちに訪ねた。

「....私の入団をねえさ...王家が反対していたことは、どうなったのでしょうか?」

 世界機関であるアストライア東支部のトップは教皇だ。けれどこの国の最高権力を握るのは王家なのだ。
 それを無視することはやはりできないだろう。
 本当に入団を認められているのか、きちんと確認して安心したかった。

「実は王家からの承認はとれてなかったんだよ」

 煙草を没収されたヴォルフガングは口寂しいのか棒付きの飴を咥えながら言った。

「....え、と。それは......?」

 では、なぜ入団を認めるとヴォルフガングは言ったのか。アミナは困惑し答えをねだるように彼を凝視した。
 目の前のディーノも知らなかったのだろう。「....は?」と小さな声が漏れていた。

 ヴォルフガングは後ろ手で癖の強い髪の上から頭皮を掻き、あっさりと言い放った。

「だから特殊部隊つくって、そこにお前ら入れてさぁ。王家にはバレないように秘密でやってこうって計画してたんだなぁ。格好いいだろ?特殊部隊って」

 へらりと笑うヴォルフガングに皆の目が点になる。シオンだけは「なんや良い響きやないか」と瞳をきらめかせていたが、それをジャクソンが目を剥いて叱りつけた。

「馬鹿者!!そんな無茶に儂を巻き込もうとしていたのか!」
「どうどう」
「儂は馬か!」

 額を赤くして怒り狂うジャクソンは手のひらを向けて落ちつかせようとするヴォルフガングにさらに頭に血を上らせる。
 ヴォルフガングは「話は最後まで聞いてくださいよ」とへらりと笑った。

「一応ね、修道院での一件の後、東出張所に行ってお嬢ちゃん達の登録申請してみたんだよ。またこれで通らなかったら特殊部隊しかねぇかなーなんて考えてたら、今朝、王家の許可も得たって連絡が来た」
「.....それを早く言わんかい!」

 腕を組んでそう吐き捨てたジャクソンはほっとした様子で語気を和らげた。「話を最後まで聞かねぇからでしょ」と苦笑すると、ヴォルフガングはまだ不安そうにこちらを見つめるアミナに視線をやった。

「.....ま、素直に飲み込めっていうのも難しいわな」
「........」

 あの姉様が簡単に覆せる決断をそもそもするとは思えない。難しい顔でヴォルフガングを見つめ返す彼女に、飴を舌で転がすと彼は死んだ魚の目で城の方角を指した。

「俺も何も引っ掛からないわけじゃない。....だから今度直接聞いてみろ」
「....え?」

 聞いてみろ、とは.....?男の言っている意味が分からずに首を傾げるアミナに「なんだ。知らないはずはないだろう?」とヴォルフガングは口端を上げた。

「二週間後の灯台祭り最終日、城で舞踏会がある。そこの警護にはアストライアも協力することになっている」

 アミナは目を大きく開いて、息を呑んだ。

「わ、私も、行けますか!?」

 どきどきと逸る心臓のままに前のめりになって両手の拳を握る少女の瞳は「絶対に行きたい」とありありと物語っていた。
 ヴォルフガングは目の前の少女の今時の子供にしては珍しく素直でまっすぐな姿勢につい笑みをこぼし、言った。

「ああ。頼むよ」




 教会を出たアミナとシオン、そしてリナリアは日中でもっとも高い位置に移動した太陽の日差しを受けながら、街中を歩いていた。
 アミナは手のひらにある金時計を裏返し、女神アストライアの横顔とそれを囲む聖樹の葉の彫刻を夢うつつで眺めていた。
 隣ではシオンが金時計の鎖をつまんでブラブラと手遊びしている。

「入団式いうからなにすんのかと思えば、ただ金時計渡されただけやったな」
「....うん」

 噛み締めるように笑んだアミナは金時計をそっと首に通した。滑らかな縁に陽光が反射する。

 舞踏会。姉様に会える。

「オリジン!早く行こ!!」

 シオンとリナリアに満面の笑みを浮かべてアミナはヴォルフガングに告げられた目的地へと意気揚々と歩く。
 シオンは「浮き足立っとるなぁ」とどこか嬉しそうに片頬を上げた。

「.....あなた、ほんっとうに自覚ないの?」

 じとりと疑うように目を細めるリナリアにシオンは「自覚ぅ?なんのやねん?」と本気で分からないというように眉を寄せた。

「........私、どうすればいいのかしら...見守っていればいいの....?ああ、誰か教えて...」

 こめかみに人差し指を当て、大切な女友達の恋路を心配するリナリアは目の前をスキップするように(本人はスキップのつもりだが、なんとも言えない独特なステップだった。シオンは腹を抱えて笑っている。)歩くアミナの前方に気がつき、あ、と片手を上げた。

「アミナ危ない!前見て!」

「え」

 駅前で佇む人に気がつかずぶつかりそうになったアミナは来るだろう衝撃につい目をつぶった。

「......?」

 しかし、予想していた衝撃は来ず、代わりに両肩に手を添えられている感触があった。
 怖々と目を開くと、そこには美しい青年がいた。
 癖のない真っ直ぐな銀の髪に清廉な金の瞳。すとんと乱れのない形の良い鼻に引き結ばれた意思の強そうな薄い唇。

 中性的な雰囲気の、けれど弱々しくはない。腰に下げられた剣がよく似合っていた。
 王子様みたい。アミナは素直にそう思ったが、青年のぎゅうっと寄せられた眉間にびくっと肩が跳ねた。

「……遅い!五分も待った。初任務だというのにどうやら君たちには緊張感が足りないらしい。.......先に言っておくが、私の足を引っ張る真似だけはしないでくれ」

ツン、と言い放たれた棘のある言葉にアミナは頬をひきつらせた。









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