泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第3章

レオ

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「私はアストライアに所属している聖の言望葉使いのレオという者だ。君達の先輩として指導係を拝命した。よろしく頼む」

 揺れる電車の中、レオによって強制的に座席を後ろに回転させられたアミナとリナリアはぺこりと律儀に下げられた銀髪に慌てて頭を下げた。
 窓際にアミナ、通路側にリナリアが並んで座るのと向かい合わせにアミナの前にシオン、その隣にレオが座っていた。
 平日の昼間ということもあり、空いている車内でアミナは初めて乗る電車の風景を楽しむ余裕もなく、聖の使い手である厳しそうな先輩に緊張し、体を強張らせていた。

「ちなみに私は剣の覚えもあるから君達の護衛という役割でもある。新米三人で不安だっただろう、安心してくれて構わない」

 レオの言葉にシオンが不快を露にした。

「いらへんいらへん!俺だけで十分やっちゅーねん!」
「君は自信過剰な性質のようだな。戦場で真っ先に命を落とすタイプだ」
「なんやと!」

 むきぃっと猿のように怒りだすシオンを相手にせず、レオは内ポケットの金時計を取り出すと「12時だ。昼食にしよう」と片手を上げ、弁当や飲み物を載せた台車を押す女性の販売員を呼び止めた。

 販売員はレオの整った顔立ちに頬を染め、次に窓側に座るシオンを見つけると更に瞳を輝かせた。

「きゃ!お二人とも、とっても素敵ですね!どこかへご旅行でしょうか?」

 レオは律儀に「仕事です。弁当を四つと、お茶を四つ下さい」と返し、注文をした。

「はい!かしこまりました!」

 うきうきと弁当を手渡す販売員はアミナとリナリアもいることに気がつき、二人を値踏みするように眺めると苦虫を噛み潰したような顔をした。

「.....お二人もお仕事で?」

 レオに話しかけていた時よりも若干険の含まれる声にアミナは不思議に思いながらもとりあえず頷く。販売員は四人の関係に≪ただの仕事仲間≫と結論を出すと嬉しそうににっこりと笑った。

「また何かありましたらお気軽にお声がけくださいませ~!ごゆっくりどうぞ~!」

 リナリアはガラガラと台車を押す販売員の後ろ姿を見送ると、意外にもきちんと「いただきます」と手を合わせてから弁当の蓋を開けているシオンに「黙っていればそれなりなのにねぇ」と残念そうに溢しつつ、自身も弁当箱に手を合わせた。

 右隣のリナリアの呟きに「?」を浮かべながらアミナも手を合わせて「いただきます」と丁寧に言ってから蓋を開けた。

「わあ!」

 弁当箱の中は手のひらサイズのサンドイッチが四つ、きっちりと詰められており、端にはちょうど今が旬の房の付いたさくらんぼがどっさりと盛られていた。

「さくらんぼだぁ。可愛い!....サンドイッチは、卵サンド、ツナときゅうり...あ、玉ねぎも細かく入ってる!...あとは、」
「カツサンドとハムチーズサンドや。カツのソースが甘めやけど、からしが合っとる。けど、うちのからしとはちゃうなぁ」
「.......んー、おいしい!うちのはスーパーで買ってるやつだけど、このからし、普通のと違うね?何混ぜてるんだろう?キャベツとマヨネーズたっぷりでおいしい~」
「ハムチーズもうまいで!ハムとチーズが五層になっとるんや!」

 図書館でご飯係を進んで受け持っているアミナは初めての駅弁に興味津々だ。
 今後のごはん作りになにか参考になるものはないか丁寧に分析しているとアミナの料理の手伝いをするようになってから興味を持ち出したシオンも参加する。

 シオンとの会話によって徐々に緊張が解けてきたアミナは窓の景色にようやく目を向けることができた。
 広いセゾニエールを海沿いに走っていく電車の窓に耳を澄ませると、風の中を突き抜けていくようにゴオオ、と低い音が唸るのが聞こえる。
 真昼の太陽が海を照らし、鮮やかなコバルトブルーが視界いっぱいに広がった。
 海、建物、森、と進むごとに変わっていく景色。
 たった一時間半ほどの移動だが、冒険小説の序章を読んでいる時のようなわくわくとした高揚がアミナの胸を弾ませた。

 そんな彼女の心情を見透かしたようにレオが角張った声で牽制した。

「遠足気分は今すぐやめてくれ」

 冷や水を頭からかけられたように、アミナは肩を強ばらせ固まった。黙ってさっさと食事を済ませていたレオは弁当箱を折り畳みながら、「任務中の食事は迅速に」と簡潔に言葉を結んだ。

「は、はい。すみません....」

 萎縮して謝り、もそもそと食事を再開した彼女の前に座るシオンは窓際のスペースに肘を預けただるそうな姿勢のまま呆れ顔をレオに向けた。

「任務て。ただ葉っぱ取りいくだけやん」
「どんな内容でも、命令されれば任務は任務だ。口にパンくずが付いている。だらしないぞ」
「おっと」

 べろんと舌を出しパンくずを舐めとる雑な所作にレオは左目の涙袋をぴくりと痙攣させたが、「それに、ただの葉っぱではない」とシオンの言葉を訂正した。

「聖の力が宿る聖樹の葉は、加工して粉状にすることで服にも武器にも使うことができる。私が今着ているこの隊服には、染料に聖樹の葉の粒子が混ぜられている。そのおかげで闇の言望葉を受けた時の負担を減らすこともできるのだ。また、聖の使い手はそもそも闇の力への耐性があるわけだが、この服から聖の力を補い、心力の消費を軽減することもできる。闇の言望葉使いと戦うことが使命の私たちには非常に重要なものだ」

 腕を組んで力説するレオにアミナは恐る恐る手を挙げた。

「あ、あの、レオさん....。すみません....シオン寝てます....」
「なにぃ!?」

 上を向き口を大きく開けて気持ち良さそうに眠るシオンにレオは「なんて不真面目な奴なんだ...!」と新種の生き物と遭遇してしまったかのように困惑の表情を浮かべた。

 シオンとレオを眺めながらリナリアは、この二人が相容れることはなかなか難しそうだ、と一人頷くのであった。



「次はオリジン行きバス停前~オリジン行きバス停前~」

 降りる駅のアナウンスがスピーカーから流れるとアミナとリナリアはほっと息をついた。
 レオの前ではお喋りもできず、ただただ気詰まりな空間からようやく解放された、とアミナは「シオン、着いたよ」と気持ち良さそうに寝ていたシオンの肩をぽん、と叩く。

「ああ~!よく寝たー!」

 空に手のひらを見せて伸びをしたシオンは固まった体をほぐすように肩を回す。

「まだ到着じゃない。ここから更にバスで三十分程かかる」
「そんなかかるん?やったら飛んだ方がむぐ!!」
「とんだ?」

 口を塞がれたシオンと、両手でシオンの口を塞いだアミナは何でもない、と言うように首を振った。
 レオは怪訝そうに首を傾げると、「バスに乗るぞ」とバス停を指差し、背を向けて歩いていく。

 冷や汗をかいたアミナは小声でシオンを叱る。

「竜族のこと、簡単に言っちゃだめって、オリビアさんに言われてたでしょ!今言いそうになってたでしょ!」
「すまんすまん」

 軽く謝るシオンにアミナはもう、本当に分かってるの?と頬を膨れさせたが、バスの窓から早く乗れと言わんばかりに睨み付けてくるレオが怖かったので早々に会話を切り上げ、シオンの背中を押しバスに乗り込んだ。

 アミナの隣に座ったシオンは街を抜けて狭い道路を進むバスの窓を開けた。
 延々と続く砂ぼこりが舞う地面や放置されている大きな岩、そして海だけになっていく殺風景な景色を目を細めて眺めていた彼はちらりと横目で正面に座るレオを観察した。
 彼は少し開いた両膝に拳をのせ、きちんと背筋を伸ばしていた。
 金色の瞳はシオンの方を向いているのに、目が合う気がしない。

「何を見とるん?」

 声をかけると金色はしっかりとシオンの瞳を見つめ返した。

「何も」
「何を考えとるん?ぼーっとして」
「ぼーっとしているわけではない。任務のことを考えている」

 シオンは呆れたように眉を上げ、鼻で笑った。

「任務、任務て。あんたつまらんなぁ。人形みたいや」
「シオン!」

「失礼だよ!」とシオンを咎めようとしたアミナはレオの表情に言葉を失った。

 シオンの言葉に腹をたてたということもなく、傷ついたという風でもなく。

 彼は先ほどと同じ姿勢、同じ表情でただ前を向いていた。

 その美しい顔と瞳は何も語らず何の色も宿していない。
 アミナはつい思ってしまった。

「君達にどう思われようと構わない」



 …人形……みたい。











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