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第3章
オリジンへようこそ!
しおりを挟むイースト・サンライズ国の城下街セゾニエールを出発点として広大な街の海に面した西側に沿って下っていくと、地面と岩だけの殺風景な場所に出る。
人の影も、車の気配もない。海のさざめく音と鳥の鳴き声だけが時折思い出したようにあたりに響いていた。
ろくに整備もされていないでこぼこ道に揺られながら三十分ほど。
激しいバスの揺れにすっかり酔っていたアミナは顔を青ざめさせ、背中をさすってくれるリナリアに「.....ありがとう....」と力なく笑みを向けた。
バスは砂ぼこりを上げ駅に戻る為に走り去る。
木々のひしめく森を見上げ、アミナはゆっくりと膝に手を当て立ち上がった。
「....ここが、オリジン....。人に言望葉の力を与えたといわれる女神アストライアが天から舞い降りた場所....。本で読んだ場所だわ。まさか自分がここに来ることになるなんて....」
風にさわさわと揺れる森の葉達。感慨深い気持ちでアミナはそれらを眺めた。知識としては知っていた場所だが、実際に自分がここに足を運ぶとは思ってもみなかった場所だ。
伝説の聖樹を見られる期待からアミナはさっそくわくわくと入り口を探した。
リナリアやシオンも一緒になって森の入り口を探したが、どこも木々が密集しており、道らしいものを見つけることができなかった。
「入り口がないわね」
「どこから入ってもええんちゃう?」
ジーパンのポケットに両手をつっこんだシオンが森から視線を右にずらすと、少し離れた所に街があるのを見つけた。
「あんな所に街があるで。人間の声が聞こえる」
「本当だ」
アミナは目を細めて街を眺める。聖樹を守る防衛地区だからだろう、街を囲む石造りの門は隣の森よりも高く、強固な厚みがある。
門上に掲げられた旗がイースト・サンライズ国の鮮やかな青を潮風に乗せて誇らしげにはためかせていた。
「.....ん?」
門扉の前にいる、恐らくアストライアの騎士だと思われる男が視界に入ると、アミナは何度か瞬きをし、改めて目をこらした。
なぜならアストライアの隊服の象徴である白色のジャケットと金時計を身に付けた男は、地面に仰向けになり、ジャケットの前を広く開け、日に焼けた浅黒い肌を大胆に太陽へさらしていた。
寝ぼけているのか左手をリズムを取るように動かし、なぜか右腕にコンポーネントを抱えていた。
「ね、寝てる....?門兵さんなのに?」
「もう行こうや!」
門兵の役割をまったく果たしていなさそうな男から目を離せずにいると、シオンが短気を起こし、森に走り出した。
「ぶ!!」
猪突猛進な走りで森に向かったシオンは木々の間に足を踏み入れる寸前に後ろへ飛ばされた。
「うおぉ!?」
ゴロゴロと後転し、シオンは目を回しながら上半身を起こす。
「な、なんや!?壁にぶつかったで!?」
「鼻血出てる!大丈夫!?」
ティッシュを片手にアミナはシオンに走り寄る。
リナリアはシオンを指差し爆笑していた。
「あはは!ろくに考えないからよ!ばーっか!!」
「なにー!?へぼに馬鹿にされた!屈辱や!!」
「あはははは!へぼはあなたでしょーう?」
屈辱に震えるシオンにリナリアは今までの鬱憤を晴らすかのように笑った。これまでのシオンの失礼な物言いに実はかなり怒りを溜めていたらしい。
大人びて落ち着いていると思っていた友人の新たな一面を知り、アミナはぽかんと口を開けた。
緊張感のない三人の様子にレオが痺れを切らし、苛立たしげに「いい加減にしないか」と低い声で場を諌めた。
「いつまで観光気分なんだ。さっさと行くぞ」
「ちょっとくらいいいじゃない。堅いわねぇ」
「せかせかしとらんと死ぬ病気なんか?」
ぽしょりと不満を漏らすリナリアと普通にレオの耳に届く声量で文句を言うシオンにアミナは冷や汗を流しつつ、「すみません。で、でも、何か見えない壁?のようなものがあるみたいで....木は密集しているし、どこから入れば....」と恐る恐るレオを伺うように見上げた。
「聖樹は聖の言望葉の源。その為、聖樹の破壊を目論む闇の言望葉使い達から守る為に結界を張っている。結界の中に入るには、アストライアである証が必要だ」
レオは懐から金時計を取り出すと、人差し指で短針を五、長針を十二に合わせる。
「夜明けの五時。そして聖の言望葉」
真剣に聞いているアミナに視線を下ろすと、レオは「君に唱えてもらおう」と金時計を懐にしまった。
「わ、私ですか!?」
「ああ。新人には実際にやって覚えてもらう方が早いと思う」
「たしかに....」
せっかくやらせてもらうのだ。しっかり覚えよう。
アミナは胸元に下げていた金時計を手のひらに乗せ、秒針を指でくるりと回し、五時に合わせた。そして、「言望葉はなんですか?」とレオを見上げた。
ふ、と右肩と耳元に温かな温度が寄った。
「ホーリィ・アレイだ。金時計に囁くように、誰にも聞こえないようにしろ」
「....!は、はい!」
レオの低すぎず、聞き取りやすい声がアミナの右耳をくすぐった。
まさかこれほどの至近距離になるとは思ってもいなかったので、ノミの心臓を持つアミナは驚きで飛び上がりそうになった。
胸に左手を当て、息を整え、金時計を口許に寄せる。
金時計にしか聞こえない声量でアミナは言望葉を唱えた。
『ホーリィ・アレイ(正しき小道)』
金時計から光が生まれ、まっすぐに木々の間を貫く。そこに金色に輝く道が生まれた。
「わあ!」
肩幅ほどの道は淡い光と共にアミナ達を聖樹へ導く。
最初にレオが金の道へ足を乗せた。続いて両手を胸の前で握ったアミナが慎重に右足を踏み込んだ。
「わ.......」
茶色の皮のブーツが道を踏む度に淡い光の粒が舞い上がり脛の辺りでキラキラと発光する。まるで自分の足の周りで遊んでいるような光の粒達にアミナはうっとりと目を細めた。
「....きれい」
吐息と共に自然と漏れた声に反応して、レオが肩越しにアミナを振り返った。
また叱られる、口を「す」の形にさせたが、彼は意外にもほんのわずかに口角を上げただけで、何も言わずに前へ顔を戻した。
ほっと胸を撫で下ろしたアミナはレオさんも笑うんだ....。そりゃ、笑うよね、と自分の失礼な考えに呆れるように苦笑した。
そして、さっきの表情はなんだったんだろう...とバスの中での彼の仮面を張り付けたような、感情の一切消え去った顔を思った。
ポーカーフェイス?ううん、もとから顔に出さない人なのかもしれない。
アイリスも、あまり表情に出すタイプではないし....。
人形みたい、だなんて失礼だったな。
前髪を留める雫型のエメラルドグリーンを指で確かめるようにそっと触れ、レオのうなじでなびく銀髪に目をやった。
最初の厳しそうな発言でレオさんの人となりを決めつけてしまっていたかもしれない。
……リーフだったら、知ろうとする。
自分から近づき、声をかけ、自分の目と耳、心すべてで。偏見など持たずに。
離れていても、リーフはアミナの指針として側にいてくれるような気がした。
レオの背中を見ながら歩くアミナの後ろをシオンはつまらなそうに眺めていた。
金色の道を踏み、光の粒が舞った瞬間、彼女はこちらを振り返ると思っていた。
満面の笑みで、瞳を輝かせて「シオン、見て!すごいね!」と。
予想して無意識に上がっていた頬は、彼女がこちらを見ないと察すると元の位置に戻り、唇は拗ねて鳥のくちばしの様になっていた。
.....なんでこんなに気分下がるんやろ。
彼女が自分を振り返らなかった。
レオと視線を交わす様子がなんとなく気に入らず、胸がざわめく。
わけの分からない気持ちに悶々とするのが自分らしくなくて、シオンは小さく舌打ちをした。
拓けた場所に着くと先頭を歩くレオが立ち止まった。
「あれが聖樹だ」
ここにいる四人が手をつないでも、囲みきれないほどの太い幹から延びた根がしっかりと大地と繋がり、聖樹の枝はよく晴れた空の下で太陽の恵みに感謝するかのごとく長く、そして高く、悠々と天を仰ぐ。枝から生えた瑞々しい葉脈の巡る緑の葉が心地好さそうに爽やかな風へ身を任せていた。
聖樹から流れ出す清らかな空気がアミナの肌を撫でる。この樹の側にいるおかげか、緊張のせいで凝り固まっていた体から疲れが飛び、今からまた電車でセゾニエールに行き、ここまで戻ってこいと言われても軽くこなせそうだと思った。
リナリアは聖樹の清浄な空気を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「.....なんて澄みきった.......。すごいわ。これが聖の力の源なのね。納得だわ.....あら?」
聖樹の枝から葉が一枚、そしてまた一枚、落ちたかと思ったらそれらがかまいたちの風のごとくアミナに向かっていく。
「アミナ!」
リナリアの声で自分に迫り来る数枚、いや数十枚もの葉に気がついたアミナは驚きで悲鳴を上げた。
「!きゃあ!!?」
べちべちべちっ。
「大丈夫か!?なんやっこの葉っぱ!」
「....なにこれぇ.....?」
アミナの頬に張り付いた葉をシオンが慌てて剥がす。アミナも困惑しながら全身にくっついた葉達を摘まんで落としていく。
「ははは!聖樹は聖の言望葉使いが好きなんだぜ!お前が新しい聖の使い手だな!ようこそオリジンへ!」
声のした方を見上げると、枝に腰を下ろした小柄な男がコンポーネントとマイクを抱えて笑っていた。
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