不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜lovin’ you〜

砦の奇跡

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 目の前に真っ暗な闇の世界が広がっていた。

 私達の乗った飛空艇は真っ暗な闇の中をひたすら進んでいた。上も下も右も左も分からない、真っ直ぐに飛んでいるのかさえ疑ってしまう。ただひたすら音も光もない暗闇の中に取り残された様だった。

 しばらくすると眼下に僅かではあるが光が見えた。おそらく目的地の砦にある篝火かがりびの灯りだろう。微かに見える程度の心細い灯りではあるが、少なくとも目的地に近づいていることが分かり少し安堵した。

 私は砦の光を見てあることに気がついた。これから向かう砦の場所が昨日の昼間に馬車で見た七色の虹があった場所と同じ方向だった。

(あの光の正体は何だったんだろう?)

 私以外の人には見えないようだったので、ずっと気になっていた。私は砦に行けば光の正体が何かわかるかもしれないと思った。


 やがて砦の近くに着いたが、人の気配が全くなかった。わずかに篝火だけが数カ所点いているだけ、そんな印象だった。

 私達は砦の近くの広場に降ろされた。エルフの男に連れてきてもらったお礼を言うと、せいぜい無駄な努力をするんだな、と嫌味を言うとすぐに飛空艇で去っていった。

 私達は構わず砦の門に向かって走った。もう少しで門に着くと思った時、白いローブを被った人が砦の城壁の上から飛び降りてきて私の目の前に立った。私はその人に近づいて話しかけようとした時、レンが急に叫んだ。

「ティアラ、待て!」

 レンは謎の男から私を守るように前に立つと身構えて警戒した。レンを見ると額から汗が見えてかなり緊張しているのが伝わった。

「気をつけろ! あいつ只者じゃないぞ!」

 レンが叫んだ瞬間、謎の人物の姿が消えて、『ガキーーーン』という金属音が響き渡った。

 気がつくとレンと謎の人物が刀を抜いて鍔迫つばぜりり合いをしていた。私の目には何が起こったのか全く見えなかった。

 謎の人物はレンを見ると笑いながら言った。

「ほう、俺の攻撃を受け止めるとは大したもんだ」

「き……貴様! 何者だ!」

 次の瞬間二人は互いに後ろに飛んで間合いを開けた。謎の男の被っているローブが脱げて濃いピンク色の髪が見えた。

「仕方がないな、少し本気を出すか」

 レンはそう言うと全身に力を込めた。レンの体から黒いオーラが出てきて全身を包んでいった。ゴブリンソルジャーも一撃で倒す、剣聖の称号を持つレンだけに許された技である。レンの本気の攻撃を普通の人間が受ければひとたまりもないだろう。レンから出た黒いオーラは全身を包むと鎧のようになった。 

 レンが漆黒と言われる所以である。

 レンは全身を黒く染めてパワーアップしたところで謎の男に向かって言った。

「これで終わりだ!!」

 剣聖のオーラを纏ったレンの一撃に周りの誰もが男が吹き飛ぶ様を想像していたが、謎の男はレンの一撃を難なく防いでいた。

 渾身の一撃を防がれてレンは信じられないという表情をしていた。謎の男はレンの攻撃を防いだあと、逆にレンを弾き飛ばした。レンは後方に飛んで間合いを開けた。

「フン、この程度で剣聖だと? 笑わせるな!」

 謎の男は剣を構えると全身に力を込めた。男の体から黒いオーラが出てきた。レンのオーラよりも黒く感じた。

「本物の剣聖の力を見せてやるよ」

 謎の男の言葉に遠くで見守っていたクリスが驚いた。

「本物だと? 剣聖はこの世でレンとエナジーの二人しかいないはず、しかも剣聖エナジーは何百年も昔に実在した人物でもうすでに亡くなっているはず」

「クリス、知らないのか?」

 アルフレッドが言った。

「え? なにを?」

「剣聖エナジーの正体はエルフ属でしかもエルフの中でも希少なハイエルフのため千年は生きると言われている人物だぞ」

「そ……それじゃ……ま、まさか?」

「そうだ。私もまだ幼かった頃に一度しか合ったことがないが、特徴的な濃いピンク色の髪はそのままで、まるで変わっていない。あいつがまさにその剣聖エナジーだ」

「彼が伝説の剣聖エナジー!? 俺たちの目の前にいるのが伝説の男なのか?」

 クリスは目の前で戦っている男を見た。二人の男はどちらも黒いオーラを身にまとい再び衝突するために間合いを計っていた。

「「うおぉぉぉーーーー」」

 お互い雄叫びを上げて飛び込んだ。互いに刀を振り下ろそうとした瞬間。

「やめてーーー!!」

 砦の上から女の人の叫び声が聞こえた。

 その瞬間二人の体はピタリと止まった。

 私達が砦を見ると声のした方に女の人が立っていた。やがてその女の人がエナジーに戦うのをやめて砦の中に案内するように言うとエナジーはおとなしく女性の指示に従った。

 ようやく私達は砦の中に入ることができた。

 ◇

 砦の中で私達を待っていたのは多くの人の死だった。

 そこら中のベッドに子供たちが寝かされて、その殆どの子供がペスト菌に侵されていた。

「どうしてこんな……」

 私はそれ以上の言葉が見つからなかった。

 近くのベッドに小さい子供が息を荒げて病気と戦っていた。その両脇にはその子の両親と思われる男女が子供の手を握り必死で看病していた。

 私はすぐに鞄からペスト菌の抗体を取り出して注射器に移すと子供に近づいた。両親は私に気づくと深刻な顔でこちらをにらんできた。

「だれだあんた?」

「子供たちを助けに来ました」

「助けるだと? 気休めはもう、うんざりだ! そこを見ろ!!」

 両親の指差す方向を見ると二人の子供が横たわっていた。二人はお互いの手を握り合っていたが、ふたりとも息を引き取っていた。

「シリウスとジュリア。この子の兄と妹だよ。祈りの効果も虚しく死んでいったよ。お前も教会の人間だろ! この光景を見ろ! 地獄だ! 次々と何も罪もない子供が大勢死んでいくのを……だ……誰も助けることができない…………」

 両親はそこまで言うと声を上げて泣いた。

「私がその子を助けるわ」

「な? 何を言っているんだ! そんなことは無理だ、もう教会は信じない」

「私は教会の人間じゃないわ。私を信じて、この注射をすればその子を助けることができるわ」

「そんなデタラメを言うな!!」

 父親の方が叫びながら私に掴みかかろうとした時、レンが横から来てその手を遮って話してくれた。

「ティアラを信じろ。俺の妹も助けてくれたんだ。その子も助けられるかもしれないんだ!」

 そう言うと母親のほうが私の腕を掴んできた。

「本当に!? 本当にメアリーを助けることができるの!?」

「本当よ! 大丈夫、私を信じて!」

「メアリーを助けることができるのなら何でもします! お願いです、メアリーを助けてください!!」

 私は病気で弱って細くなった子供の腕にペスト菌の抗体を注射した。

「これで大丈夫です」

「本当に? これで良いのか?」

「はい。あとは二人でしっかりメアリーさんの看病をしてください。明日には熱が下がると思います」

「本当に、メアリーは助かるのか? うぅぅぅーー!」

 二人は声を殺して泣き崩れて、私に何度もありがとう、ありがとうと言ってきた。

 私はすぐに立ち上がると他に苦しんでいる子供達にペスト菌の抗体を注射して回った。

 砦の奥の一室に入ると先程砦の上に居た女の人が居た。

 私が女性の顔を見ると思ったより年をとっていた。ちょうど前世で死んだ私の母親と同じぐらいの年配の女性だった。

 年配の女性は修道女のような服を着てベッドに横たわっている幼子の手を握っていた。私は女性をアスペルド教会のシスターだと思った。

 その幼女はかなり弱っていた。誰が見ても息をするのもやっとの状態でまさに死にそうだった。

「今助けてあげるからね」

 私はそう言うとやせ細って今にも折れそうな腕に抗体を注射した。その幼女はシスターを見ると声を振り絞り消えそうな声で

「あ……り……が……と……」

 幼女はそう言うと息をひきとった。

 目の前で小さな命が消えていく様にいたたまれなくなり、幼女の手を握ると声を上げて泣いた。

「ご……ごめんね……あ…あと少し早く来てれば、助けられたのに……ごめんね……」

 私が何度も謝っているとシスターが私の肩に手を置いた。

「貴方は何も悪くありません。貴方はこの子を……シェリーを救おうとしてくれた。ただ祈ることしかできない私と違って貴方は行動を起こしてくれた。それだけでシェリーは救われたと思います」

 私は申し訳ないと思いシスターに謝った。

「お子さんを救えなくて……ごめんなさい……」

「シェリーは私の子供ではありません」

「え?……、シ……シェリーの親御さんは?」

 私がシスターに聞くと首を横に振りながら、すでに病に侵されてこの世にはいません、と言った。

 私が目の前の現実に打ちのめされているとシスターは私の手を握った。

「まだ、たくさんこの子のような子供たちがここには居ます。お願いです。どうか一人でも多く助けてください」

 シスターの言葉を聞いて私はやるべきことを思い出した。

(泣いている暇はない。まだ、救える命がある。全員を救わなくては!)

 私はすぐに立ち上がり他の部屋を見て回った。がむしゃらに子供たちにペスト菌の抗体を打って回った。すべての子供に抗体を打ったときには次の日の夕方になっていた。その間レンとクリスとアルフレッドとエリカは、子供たちの看病をしたり、亡くなった子供を弔っていた。

 私は光熱に侵されてぐったりしている子供の額に濡れた布を置いて熱を冷ましていた。本当に抗体の効き目があるのか不安になっていた。

(もしかするとここにいる子供にはこの抗体が効かないかもしれない)

 そう思うとどうして良いかわからなくなる。居ても立っても入れなくなり不安に押しつぶされそうになった。

 子供達の看病していると最初に抗体を打ったメアリーの両親が部屋に入ってきて、私を見ると泣きながら駆け寄ってきた。私は最悪の結果を想像した。

(あの子供が死んでしまったのか? やっぱりこの抗体は、ここの子供たちには効かなかったのか?)

 私が覚悟していると思いがけない言葉が耳に飛び込んできた。

「ありがとう! ありがとう! メアリーの熱が……、熱が下がって、意識を取り戻したよ!!」

 その言葉を聞いた瞬間、自分のしたことは間違っていなかったと改めて思った。人から感謝されることがこんなにも尊いことだと改めて思った。

「私への感謝は良いから、メアリーさんのもとに居てあげてください。もう大丈夫と思いますが、安心はできません」

 私がそう言うと夫婦は泣きながら何度も何度も私に感謝をすると部屋を出ていった。

(良かった……、本当に良かった……。この抗体は、ここの子供たちにも有効だ)

 そう思うと疲れが一気に無くなった。辛さが薄れてやる気がドンドン湧いてきた。

 そのティアラの様子をシスターはじっと見ていた。

(この子は一体何者だろうか? いきなり砦に現れたかと思うと子供たちを助けるために一睡もしないで頑張ってくれている)

 シスターにも昔、娘が居た。ちょうどティアラと同じぐらいの年頃の子供だった。その子がちょうど中学の時、自分が癌だと診断され、それから半年もしないうちに自分は夫とその子を残して死んでしまった。

(咲子は今頃どうしているかしら? 元気にしてくれていれば良いんだけど?)

 シスターはティアラに前世で別れた自分の子供の姿を重ねていた。
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