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第07章 魔王

05 襲撃

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 ジマリートとの会談を終えた俺たちは宿へと戻っていた。

「この後、どうする?」

 会談は午前中で終わり、もう1時間ぐらいで昼となる。そんなちょっと中途半端な時間だ。

「どうすると言われてもねぇ。お昼にするにしてもちょっと早いし、どうしよっか」
「そうだなぁ。だからと言ってどっか行くってのも時間が足りない気がするしな」
「だな」
「だったら、適当にのんびりするしかないんじゃないか」
「たまにはそうすっか」
「そうね」

 そう言うわけで、俺の提案で昼までのんびりと過ごすことになった。前世の俺は常にのんびりと過ごしていたはずなんだけど、こっち来てから何かしらやっている気がしてあまりのんびりと過ごした記憶がない。だから、たまにはこうしてのんびりとするの良いだろう。

「あそぶー」
「そうね。あそびましょうか」
「うん」

 俺たちがのんびりと過ごすことにしたところでサーナが遊びたいと言い出したので、俺たちはサーナと一緒に遊ぶことになったのだった。


 小一時間が過ぎたころ、そろそろ腹も減って来たし飯にしようということになり、1階に降りて食事をとることとなった。

「ごはん?」
「そう、ご飯よ」

 今現在サーナを抱いているのは母さんのため、サーナの疑問に母さんが答えている。

「ブリンダさん、ご飯もらえる?」
「はいよ。ちょっと待っててちょうだい」

 ブリンダというのは宿のおかみの名前で、この数日ですっかりシュンナや母さんと仲良くなっているし、サーナのこともかわいがってくれている。そのブリンダはシュンナから注文を受けるとすぐさまサーナ用の離乳食を差し出してくれた。どうやらそろそろ俺たちが来ることを見越してサーナの食事を準備していてくれたようだ。そのあと俺たちの物も持ってきてくれたところでさっそく食べることになった。

「ほら、サーナちゃん美味しそうよ」

 今回は母さんが抱いていただけあり食べさせるのも母さんで、まさに慣れた様子でサーナの口元へと離乳食を運んでいる。

「あむっ」
「おいしい?」
「うんっ」

 離乳食を食べ始めたころはいつもいやいやとしていたサーナであったが、最近は成れたのか素直に食べるようになった。尤も、その食べ方はまだ周囲を汚してしまうために涎掛けは必須だ。ちなみに、この涎掛けだけどこの世界には存在しなかった。そのせいか最初のころはかなりひどいことになった。俺としてもまさかないとは思わずなんで使わないんだとシュンナに尋ねたら、逆に何それ? って帰ってきたんだよな。その後母さんと再会した時も知らなかったんだよな。つまり俺が幼いころは食事の度に服を着替えさせるのが大変だったという。だからか俺が涎掛けを適当な布で作ってつけさせたら、画期的だと称賛された覚えがある。

 とまぁ、それはともかく俺たちもそんなサーナを眺めつつ自分の食事をとることにした。

「あらっ、サーナちゃん、おいしい?」
「あむ、うん、あのね。こえ」
「ふふっ、そうよかったわねぇ」

 サーナが食べていると1人のエルフ女性が声を掛けてきた。この女性はこの宿に泊まっている人物で見た目は20代ぐらいにしか見えないが、すでに孫までいるんだそうだ。今も長年連れ添った夫とともにアベイルへ旅行に来ているそうで、まだ幼いサーナのことをかわいがってくれる1人でもある。

「それで、午後はどうするんだ。いつものようにばらけるか?」

 エルフ女性が去り、サーナを含む俺たちの食事が終わったところでみんなに向けてそう尋ねた。

「そうだな。そうしようぜ」
「ええ、いいわね。そうだ、ミリアあの店に行ってみよう」
「あらっ、いいわね」

 どうやらシュンナ、母さん、サーナでどこかの店に行くみたいだ。

「それじゃ、俺たちも男だけでどっか行くか?」
「おっ、いいな。行くか」
「たまにはいいか」

 男同士でつるんでどこかに行く、そう聞くとなんだか怪しげな感じがするが、俺や父さんがいる時点でそういったことにはなりえない。なにせ中身はともかく見た目は完全に子供だからな。
 とまぁ、そんなわけで特にシュンナたちから怪しまれることなく……いや、違うな。変なものを買ってくるなとか無駄使いするなとかさんざん言われながら送り出されてしまったよ。子供か! あっ、いや、子供だったな。


 それから俺たちは男同士で街へと繰り出していったのだった。


 …………
 ……

 そして、俺たち正座をさせられている。

「まったく、あれほど無駄使いはしないようにって言ったでしょ」
「また、こんなもの買ってきて、どうするの。ていうかこれなんて同じもの持ってなかった?」
「い、いや、あれとは別物だろ」
「言い訳しない」
「めっ!」

 正座をする俺たち男をシュンナたち女性陣が寄ってたかって説教している。そんな図である。
 どうしてこうなっているのかというと、俺たち男3人で出かけていった結果としか言いようがない。まぁ、ありていに言って、かなりの金を使い込んでしまった。
 それが理由だ。

 男が金を持つとろくなものを買わない。そんなことを以前にもいったような気がする。しかもダンクスも父さんもそして俺もまた、過去にやって怒られたことがあった。そんな3人がそろって武器屋に行けばどうなるかということだ。

「スニル? 反省しているのかしら」

 俺が少し現実逃避気味に考えていると、母さんが睨みつけるようにじっと見てきた。

「あ、ああ、してる」

 ちょっとしどろもどろになりながらもそう答えるしかないし、それしか言えない状態だ。

「全く、まぁこうなるんじゃないかとは思ってたけど、3人ともしばらく小遣いはなしだからね」
「えっ!」
「お、おい!」
「ちょっと待ってくれ!」

 あまりの採決俺たちはそろって反論しようとしたが、シュンナと母さんの目がそれを許してはくれなかった。
 というか、シュンナと母さんにつられてかサーナまでぷんすかという感じの表情をしているから、思わず顔がほころんでしまうんだけど。しかも、それを見た2人が名に笑ってるのって。さらにおころんだよな。なにこれ?


 とまぁ、そんなことがあってから一週間が過ぎようとしている。
 俺たちはいまだにアベイルの街に滞在していた。本当ならもっと早くに街を出ようと思っていたんだが、なんというかこの街なんだか落ち着くんだよなぁ。なんでだろうかと思っていると、ふと気が付いた。
 多分だけど、この街の住人が日本人に似ている気がするんだよな。もちろん住人は魔族がほとんどなので、姿かたちは全く違うだけど、なんというか気質というか雰囲気というか、それが同じなんだよな。俺たちに対してもちゃんと礼儀正しく接してくれるし、謙虚さもある。それに他者を尊重して自己主張が少ない。まさに日本人の性格と同じだ。もちろんこれは全員に当てはまっているわけではないが、それでもそうした人物が多い気がする。それに、街の空気もなんだか懐かしさすら覚える。だから、落ち着くんだ。人族の街って、カリブリンもそうだけど、どちらかというと西洋とかアメリカって感じがするんだよな。尤もどちらも行ったことないからイメージでしかないんだが……
 そして、この居心地の良さを感じているのは俺だけではなくシュンナやダンクス、父さんと母さんも同様に感じているようで誰も街を出ようという話をしない。その結果として、現在もまったりと過ごしているというわけだ。

「えっとね。こえねぇ……」
「うん、うん」

 俺たちは現在公園で過ごしているわけだが、そこではサーナが母さんやシュンナとともに何やらしている。サーナが一生懸命何かを説明し、それを2人で微笑みながら聞いているという状況だ。それで、俺たち男3人はというと、俺はベンチでのんびり過ごし、父さんとダンクスはそれぞれ剣を振り回している。

「のんびりしてるなぁ。ふわぁぁ」

 あまりにのんびりしすぎて眠くなってきた。

 その時、突如街中にけたたましい音が響いた。

「な、なにごとっ!」

 あまりに突然のことに危うくベンチからずり落ちそうになった。

「うわぁぁぁぁん」
「あらあら、大丈夫よ。サーナちゃん」

 サーナはびっくりして泣き出した。

「いきなりどうしたんだ?」
「さぁな。でも、これはただ事じゃないだろ」
「そうね。あたし詰め所に言って聞いてくる」
「おう、頼むぜ」

 というわけでシュンナが立ち上がり街の警備兵たちの詰め所へと向かおう一歩足を踏み出したところで、今度は音声が聞こえてきた。

『警報、警報、現在、街にレッサードラゴンが接近します。住人、および、旅行者の方は直ちに最寄りの避難所へと非難してください。繰り返します……』


 何やら防災無線のような音声が聞こえてくる。これって、もしかしたら何らかの魔道具を使ったものだと思うが人族の街ではこんなものはなかった。その証拠に長く人族の街で過ごしていたシュンナとダンクス、父さんと母さんがあたりを見渡している。その様子からしても間違いないだろう。

「おい、今、どこから?」
「声が聞こえてくるんだけど、なに?」
「落ち着け、ただの放送だよ。それより、今レッサードラゴンって言わなかったか?」

 防災無線が聞こえてきたということよりも今は、その内容が重要だ。

「そうだ。ドラゴンってどういうことだよ」
「そうよね。確かドラゴンって言えば別の大陸にいてめったに人がいる場所には来ないはずよね」
「ええ、今までそんな話は聞いたことないわ」
「ああ、冒険者やってた時も孤児院でも聞いたことないな」

 それぞれがそう言ってありえないといっているが、これはちょっとした勘違いだ。

「いや、それはただのドラゴンの話だろ、出てきたのはレッサードラゴンだ」
「違うのか?」

 どうやらみんなは知らないようなので説明をした。
 レッサードラゴンというのは、種類的にはドラゴンの亜種ってところで、ドラゴンよりも劣った存在となる。といってもワイバーンよりも強いけどな。そして、その知能は低いとされている。

「……とまぁ、簡単に言えばこんなところだ。ドラゴンは知能が高いから人間とかかわる理由がない限り関わら用とはしない。でも知能の低いレッサードラゴンは本能の赴くままにこうしてやってくることだってあるだろ」
「まじかよ」
「それで、強いのか。スニル」

 父さんが真剣な顔で聞いてきた。

「そりゃぁね。ドラゴンと名がついているだけあって、それなりにね。とりあえず人間がかなう相手ではないよ」
「それは、まずいわね。私たちもすぐに避難所に行きましょ」
「だな」
「そ、そうね」

 というわけで満場一致で避難所へと向かうことにしたわけだが、問題はその避難所の場所が分からないことだ。しかし、当然周囲にいた人たちもその避難所へ向かうわけだから、その人たちの後についていくことにしたのだった。


 グギャァァァア!!!


 とその時、強大な気配の後、ばっさばっさという音とともに大きな影が上空に現れた。

「おいおい、まじかよ」
「でかいな。おい!」
「キャァァァァアァァァ」

 どうやら思っていたよりも早く出現してしまったようで、俺たちは見事エンカウントしてしまった。その大きさは優に建物と同等、それを見たダンクスと父さんは思わずという感じにあっけにとられ、近くにいた人たちが悲鳴を上げた。

「ギャァァァオ!」

 俺すらも初めて見るドラゴンに呆けていると、ふいにその口を開けた。……って、やべぇ。

「ブレスが来るぞ! 逃げろ!!」

 ブレス、それはドラゴンにとっての最大の攻撃方法、それはたとえレッサーと付くものでも使えるものだ。もちろんその威力は通常のドラゴンの比ではないが、それでもただの人間に耐えられるレベルではない。それが分かってる俺はすぐさまそう言って大声を上げた。
 しかし、まだ多くの人が逃げきれていないし、さらにパニックを起こしてしまった。

「ちっ、間に合え!」

 ブレスの射線上に位置する人たちへ向けて結界を飛ばす。まさにそのタイミングを見計らったようにレッサードラゴンのブレスが発動。何とか間に合ったようだが、うおっ、まじかよ。

 さすがの威力のようで、俺の結界が破られてしまった。しかし、ブレストは相打ちとなったようで、結界で守った人々は何とか無事だった。

「シュンナ、ダンクスあの人たちを頼む!」
「おう、任せろ」
「わかったわ」

 俺の指示に従い2人はすぐに駆け付け、恐慌状態となってしまっている人たちを避難所へと誘導している。おっと、どうやら警備兵がやって来たみたいで任せたようだな。

「ふぅ、どうするスニル?」
「あれはかなりやばいな」
「あんなの、どうしようもないわよ」
「うん、あれは無理ね」

 だろうな。シュンナとダンクスの2人は強い、多分人間の中でも指折りの強さを持っているのは間違いない。しかも2人は俺が渡している魔道具の装備品があるために、その力も底上げされている。にもかかわらず、2人ではレッサードラゴンよりも下位の存在であるワイバーンですら勝ち目はない。つまり、レッサードラゴンの相手などできるわけがないというわけだ。

「こういう時はさっさと逃げるしかないんだが……」

 俺はそう言いながらあたりを見渡した。すると、まだ街中には逃げ惑う人々が大勢、どう見ても彼らがそのまま逃げ切れるとは思えない。

「この街にきて一週間余り、なんというか居心地のいい街だったよなぁ」
「ええ、そうね」

 さっきも言ったようにこの街の人はなんというか日本人に似ているために、故郷のような気がしていた。といっても俺は日本にいた時は完全な人間不信で、早く世界が滅ばないかなぁ、とか思っていたし、日本という国にも世界の人間にもまさに失望し絶望していた。そんな俺だというのに、なぜかこの逃げ惑う人々を放置したくないという思いがこみ上げてくる。

「おいっ、あんたらも逃げろ!」

 俺が考え込んでいるとふいにそんな声がかけられた。見てみるとそこにいたのは魔族のおっさん、どうやら逃げている最中に俺たちを見かけて声を掛けてきてくれたようだ。

「ええ、こっちは大丈夫よ。ありがと」

 その声にシュンナがこっちは大丈夫だと告げると、おっさんは俺たちを見てから少しして俺たちが獣人族の英雄と呼ばれるものたちであることに気が付いたのか、何か納得してから去っていった。

「ああやって、あたしたちにもちゃんと声を掛けてくれる人もいるのね」
「だよな」

 ここアベイルが居心地がいい理由の1つが、この魔族とか人族とかそういった種族関係なしに他応してくれるところだろう。

「よしっ、仕方ない。やるか」

 俺はつぶやくようにそう言った。この声でもみんなにはちゃんと聞こえている。

「やるって、まさかあれをか?」

 父さんが少し驚きつつレッサードラゴンを指さして言った。

「ああ、このまま逃げてもいいんだけど、なんというかそうじゃない気がして」

 柄にもなくこの街を守りたいそう思ってしまった。俺って今では人間不信の影響で他人とかそういったものに全く興味がなかったから、多分ちょっと前までの俺なら迷うことなく、いや、多少の後ろ髪は引かれるとは思うが、逃げていたと思う。でも、実はまだ人間不信にならない幼いころは、妙に正義感が強かった。なにせ、そのせいで子供ころニュースを見ることができなかったぐらいだからな。
 それにだ、いくらあの戦闘民族の漫画やアニメを見て育ったといっても別に俺自身はワクワクはしない。でも、俺には神様からもらった”メティスル”のおかげで、あのレッサードラゴンをどうにかする力がある。なら、このまま逃げるより奴を倒してしまったほうがいいだろう。

「このまま逃げたとしても、まだ逃げきれていない人が多く犠牲になる可能性があるし、何よりこのまま放置するとあの野郎この街を破壊室巣だろ、ドワーフがいるからすぐに再建はできるだろうがな」
「そうね。こんなきれいな街ががれきになるのはさすがにね」
「ああ、でもよスニル。あんなもん倒せるのか、正直俺には無理だぞ」
「だろうな。あれはレッサーといってもワイバーンよりも強いわからな」
「ワイバーンだって俺たちじゃどうすることもできないぞ」
「わかってるよ」
「まさか、スニル1人でやるつもりなの?」

 母さんがそう言ってジトッと見てきた。

「そうしたいのはやまやまなんだけど、さすがに無理、力はあっても経験値が足りなすぎるからな。だから、シュンナ、ダンクス、父さん、母さん協力してくれ」
「おう、任せろ!」
「任せて頂戴」
「息子の頼みを断る親はいないさ」
「ふふっ、そうね」

 俺の頼みにまさに二つ返事で答えてくれるみんな、ありがたい話だ。ほんと前世の俺に聞かせてやりたいよ。今はこんな頼もしい仲間がいるんだってな。あの頃いらねぇと言いながらも追い求めていたものを手に入れたぞって、おしえてやりたいよ。
 さて、さっさとこの野郎をぶっ飛ばすとするかね。
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