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第09章 勇者召喚
03 テレスフィリアの交易品
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ゾーリン村の領主であるレミフェリアから、ゾーリン村に俺の名がないのはどいうことかと聞かれた。
「あっ」
辺境伯の質問に対してポリーが反応した。
「ポリー?」
「え、ええと、領主様、すみません、そのスニル、スニルバルドは2歳の時に亡くなったことになっていて、その時に死亡届を提出していると思います」
「死亡届?」
日本でもそういったものを提出するかこの世界でもそうなのだろうか。
「う、うん、税金は農地の広さと人口を合わせて決まるの。だから誰かが生まれた時や亡くなったときには村にやってくる徴税官に届け出る必要があるのよ」
「ええ、その通りですが、なぜそのようなことを?」
これは辺境伯なら当然の疑問だろう。特に隠すようなことでもないために説明することにした。
「簡単に言いますと、私は2歳の折に両親を亡くしまして、その後村の者に引き取られたのですが、その者たちは私を死んだことにし、虐待をていたのですよ」
「えっ! ぎゃ、も、申し訳ありません。知らぬこととはいえそのような目に合われていたとは」
「いえ、私にとってはすでに過去、もはや気にすらしていないことですから、お気になさらずに」
「いいえ、本当に申し訳ありません。しかし、もしや陛下のお身体がそのように……」
辺境伯は当然俺の実年齢が14歳であることは知っているようで、その割に小さい体に納得したみたいだ。
「ええ、幼いころはあまり食料をもらえませんでしたから、これでもここ2年でずいぶんと伸びたのですが」
2年前は1mにも満たなかった俺だが、今現在は130ぐらいにはなった。そう考えると2年間で30は伸びたということだ。まぁ、それでも実年齢からしたら小さいけどね。
「そうでしたか、それはご苦労をなさったのですね」
そう言って同情の目を向けてくる辺境伯であった。
「はい、ですが今は日々楽しくさせていただいていますよ。こうして魔王という立場にもなりましたし」
「それはようございましたわ」
俺の言葉を聞いて辺境伯は小さくほほ笑んだ。
「なんですって!!」
辺境伯との会話がひと段落したところで突如そんな叫び声が聞こえてきた。
一体何事だ、そう思って声のした方を見てみる。するとそこに、シュンナに絡む1人の女性がいた。
「さぁ、そのドレスをこちらに渡しなさい」
何やらシュンナが追いはぎに会っているんだが……どういう状況だよ。
「あらっ、またあの人は……」
辺境伯がそう小さくつぶやいたが、知り合いだろうか、まぁ同じ国の貴族同士知り合いでない方がおかしいか。
「辺境伯、あの方は?」
「すみません。あのものはパスメリア侯爵夫人でエスメリダといいまして、隣領であるタウシップノリス辺境伯のご令嬢なのです」
なるほど辺境伯にとってはお隣さんというわけか、んっ、タウシップノリスって確かシュンナやダンクスの出身領だよな。
そう思いながらもう一度シュンナを見てみると、ん、何やらシュンナが珍しく憎々し気に夫人を見つめている。どうしたんだ……シュンナがあんな表情をしているのをこれまで見たことがない。
そこでちょっと考えてみると、ええと、さっきも言った通りシュンナは夫人の実家がある辺境伯領の出身。となるとあの夫人と何かあったのだろうか。でも一冒険者と領主の令嬢、接点がないと思うんだけどなぁ。あっ、待てよ確か以前シュンナから聞いた事があったな。
それはシュンナの故郷の話、シュンナの故郷はタウシップノリス辺境伯が居を構えるバリエソという街の近くの村出身なんだが、そこは以前も説明した通りはやり病で失くしている。問題はそのはやり病、実はこの病はすでに治療方法も治療薬も確立された治るものだった。そこで当然村は領主に病のことなどを報告、治療薬を届けてもらうはずだった。というのもそうしたものは領主が治療費を支払い責任をもって治療をするという法律があるからだ。そして領主は法律に従い、その費用を役人に持たせて薬師の元へと送り出したわけだが、その道中出くわした令嬢に金を奪われてしまった。その結果としてシュンナの村に薬が届けられることがなかったという。ここで疑問が残る。令嬢に金を奪われたのなら領主はすぐにそれを補填すべきではないかということだ。しかし、領主はこれを知らなかったとして、補填をしなかった。なにせ領主はすでに金を出したわけだからだ。そうしてシュンナの村はほろんだというわけだ。つまり、シュンナにとってタウシップノリスの領主令嬢は家族の敵というわけだ。
ちなみになぜ俺がここまで詳しく知っているかというと、シュンナが調べた内容とダンクスが知っていた内容を合わせたからである。というのもダンクスもタウシップノリスの出身であり、ここの騎士だった。そして、何よりその金を奪った犯人としてダンクスが挙げられたからだ。裁判の時に詳細を聞いたと話していた。
「辺境伯、つかぬことを伺いますが、タウシップノリス辺境伯のご令嬢はほかには?」
「いえ、彼女だけです」
ああ、まじか、となるとやっぱりあれがシュンナの敵、あの表情をするわけだな。確かシュンナによると令嬢は普段から取り巻きを引き連れてバリエソの街中を闊歩していたというし、その時に幾度となく見ていたんだろう。
その令嬢が今度は追いはぎって、これはもはやシュンナではどうしようもないな。下手なことをすると切りかかりそうだ。かといってダンクスはとちらっと見ると、そちらも気が付いたようでどうするか迷っている。
ダンクスじゃ無理か、一応騎士として仕えていた主家の令嬢だし、何より今現在はジマリートの子供たちの護衛で動けないしな。仕方ない俺が行くしかないか。
「辺境伯失礼します」
辺境伯に一言断りを入れてその場を離れる。
「お待ちください陛下、わたくしもまいりますわ。あの方とは長い付き合いですから」
「わかりました」
「しかし、あの方シュンナさんでしたか、彼女はなぜあのような目を?」
シュンナに目は辺境伯でも気が付くほどにらみつけているようだ。
「彼女はタウシップノリス領出身なのです」
「ああ、そうでしたかもしかしてその際に?」
「ええ、そういうことです」
そうして話している間にシュンナの元へとたどり着いた。
「エスメリダさん、ご無沙汰していますわ」
たどり着いたところでまずは辺境伯が声をかける。
「あらっ、レミフェリアではありませんか、ええご無沙汰ね」
侯爵夫人はそういって辺境伯に返事をするがこれは通常おかしい。というのも侯爵夫人はあくまで夫人でしかなく爵位を持っているのはわけではない。それに対して辺境伯はれっきとした爵位を持った貴族。たとえ旦那の爵位が上であっても夫人と爵位持ちでは圧倒的に爵位持ちの方が身分が高い。だから本来なら侯爵夫人は辺境伯に敬意をもった言葉づかいでなくてはならない。ここら辺は基本であり、本人たちが良ければ問題ないんだけどな。
さて、それよりも俺も声をかけないといけない。
「歓談中に失礼する、スニルバルド・ゾーリン・テレスフィリアだ」
自己紹介しながらシュンナに近づきその肩に手を置くことで、シュンナの意識をこっちに向けたのちその前にずいっと出ることで両者の間に立つことになった。本来ならこれでシュンナの視界から侯爵夫人を排除したいところだが、残念ながら俺の身長では無理なので仕方ない。でもま、視界に俺が入ることで落ち着くだろう。
「いえ、かまいませんわ。わたくしパスメリア侯爵が妻でエスメリダと申しますわ」
侯爵夫人は俺が魔王ということで一応それなりの態度で答えるが、そこに敬意は全く感じない。まぁ、俺が元はコルマベイントの平民だということは聞いているだろうからね。
「今しがた耳にしたのだが、どうやら貴女はこのドレスをご所望ということのようだ」
「ええ、このようなドレスはわたくしのような高貴なものにこそふさわしいですわ」
「なるほど、確かにあなたには似合いそうだ」
この言葉は本音で公爵夫人はセリフや態度はともかく見た目は間違いなく美女だからよく似合うだろう。というか俺に世辞なんてできるわけがない。尤も本音でも普段なら間違いなく言わないけどね。
「ですが、このドレスを譲るというわけにはいかないが」
「なぜですの?」
侯爵夫人はそういって首をかしげるが、このしぐさと表情は美女だけあってかかなり様になっており、俺が俺じゃなかったら一瞬でやばいかもしれない。それほどの破壊力があった。まぁ、幸い俺は人嫌いとして生きてきた人生を前世に持つ男だ。前世では芸能人とか世間でいう美女とか美少女とかにほぼ興味がなかったし、そもそも人を好きになるということ自体がなかった。人によってはこれは寂しい人生だったんだなと、同情してくるだろうが、正直俺にとってはなにが? って意味が分からないだろう。
「このドレスは我が国のドワーフが彼女のために作り上げたもの、彼女にこそふさわしいドレスだからだ。それに、そもそもこれはすでに彼女が身に着けている。そんなものを贈ったとあってはこちらの沽券にかかわるというものだ」
正直言ってこのドレス限定で考えると侯爵夫人には似合わないと思う。というのもシュンナは現在19歳でまさに今美少女から美女へと変貌を遂げようとしている最中だ。まぁまだ少女の部分が強く残っている気がするが、そんなシュンナのために作られたものだ。美女の領域にどっぷり入っている侯爵夫人ではちょっと幼いドレスになってしまう似合わないと思う。というかその前に胸が超絶にぶかぶかになるだろうし、それも含めたデザインだから直したらそれで変になると思う。
「しかし、今現在我が国とここコルマベイントの間で国交が結ばれている。これが正式に始まれば交易品として、わが国で作るドレスなどを販売することはできるだろう」
「その必要はないわ。我が家にもドワーフがおりますもの。わざわざあなたに頼まなくても我が家のドワーフに作らせればいいのよ」
侯爵夫人はそういって交易を断ってきたがここで残念な知らせを知る必要があるだろう、なにせ周囲で聞いて多くの者たちが頷いているし。というか堂々とテレスフィリアの民であるドワーフを所有しているといわれても困るんだけどな。
「残念ながらそれは無理というものだ。服飾技術を持つのはドワーフでも女性のみで、男性にはその技術はない」
「あらっそうなの。確かにうちのドワーフも今まで服飾は作っていないわね」
侯爵夫人はふと思い出したようにそういった。
「それなら、そのドワーフのメスを探せばいいのではなくて?」
ここでそんな声が上がった。いや、動物じゃないんだかメスってなんだよ。そんな突っ込みが出そうになったがここはぐっとこらえる。
「それも無理だな」
「それはなぜでしょう?」
ここで今まで黙っていた辺境伯が訪ねてきたが、周囲に集まっている人々はみんな思っているようで注目してきている。
「ドワーフ族の特徴で、男性は鉱石などを求めて放浪するから国土を離れてこちらへ来ることもある。しかし、女性は生まれた土地を離れることはない。だから服飾ができるドワーフの女性は我が国にしかいないということになる」
そのことからわかるかもしれないが、今人族で奴隷となっているドワーフというのは自ら人族の土地へやってきて覚悟の上で奴隷の首輪をはめている。そこらへんはほかの種族とは違うよな。一方で女性は本当に生まれた土地を離れない。もちろんよほどのことがあれば離れるが、それだってやむなく住めなくなり移動するためでしかない。まぁ、彼女たちが住んでいる場所はアベイルの近くだし、呼べば来るんだけどな。俺たちの衣装だって来てもらったしね。
「そうなのですね」
「へぇ、それではそのドワーフを一匹譲ってくださらない。もちろん対価はお支払いしますわ」
……
…………
あまりの発言に絶句してしまった。まさか国民をよこせと言ってくるとは……
「エスメリダさん、今のはさすがに」
辺境伯も驚きつつもあきれ、額に手を当てている。
「きゃぁぁぁぁっー!!」
突然悲鳴が響いてきた。今度は何だぁ!
侯爵夫人の言葉に絶句しているタイミングで響いた悲鳴、一体何が起きたのかと悲鳴のした方を見てみると、まず目に飛び込んできたのはダンクスだが、問題はその下、一人の少年がなんと剣を抜き放っていた。そして、その正面にはジマリートの息子であるジニアスが妹のサリフィアを背後にかばいながら立っていた。
えっと、どういう状況?
ちょっと意味が分からない、ちらっとシュンナを見るがシュンナのよくわかっていないみたいだ。
というか、どうしてあの少年が剣を持っているのか疑問が出るが、これはこの国ならではというべきだろう。以前説明したようにこの国は冒険者を中心にした反乱から始まった国だ。王家も主要貴族たちもその初代は冒険者。そのため彼らが持つ紋章はそれぞれが使っていた武器が刻まれている。といってもただそれだけではパーティーに帯剣はしない。その最たる理由は2代目たちの時代に起きたある事件がきっかけとなる。それはパーティーの最中、突如襲撃を受けたというものだ。その時武器を携帯していなかったとこで、数名の貴族が命を落としている。ちなみにその時の襲撃者は前国時代の貴族たちの残党だったそうだ。まぁ、それ以来パーティーの際にも帯剣をすることがこの国の常識となった。尤も、現代ではほとんど飾りみたいなものらしいけどね。ああ、そうそうこの話はパーティーに招待されたときに説明されたことだ。それと、重要なことを言い忘れていたけど、いくら帯剣しているからといって不用意に剣を抜くことは禁止されているのは言うまでもないだろう。
「え、ええと、すまない向こうでトラブルがあったようだ。これで失礼する。シュンナ、ポリー」
「う、うん」
「ええ」
2人に声をかけてから問題の場所へと向かった。
たどり着くとすでにダンクスが両者の間に立ち少年に剣を納めるようになだめようとしている。
「ダンクス」
「おう、悪いな」
「どうなってるの、ちょっと目を離したすきに」
「それがよぉ」
それからダンクスが説明してくれたわけだが、きっかけとしては少女が転びそうになり、それをたまたま近くにいたジニアスが助けたことに始まる。少女も相手が魔族であるジニアスということで、思わずといった風に悲鳴を上げてしまった。これは仕方ない。しかし、問題はその悲鳴を聞いた少女の兄である少年がジニアスを見て、妹に何かしたのかと疑った。でも少年である以上魔族は怖い、そこでついつい剣を抜き放ってしまったということらしい。
「ああ、なるほどねぇ。ええと、とりあえずその剣をしまってくれ」
ダンクスから話を聞いたのち、少年に向かって剣を納めるように言ってみた。しかし、気が動転したままの少年はいまだ剣をしまう気配がない。はぁ、どうしたもんか。ここで俺がはっきりとした大人なら大丈夫かもしれないが、残念ながら今の俺は少年よりも年下にしか見えない。そんな俺の言葉は届かないみたいだ。
ほんと、どうすっかなぁ
「あっ」
辺境伯の質問に対してポリーが反応した。
「ポリー?」
「え、ええと、領主様、すみません、そのスニル、スニルバルドは2歳の時に亡くなったことになっていて、その時に死亡届を提出していると思います」
「死亡届?」
日本でもそういったものを提出するかこの世界でもそうなのだろうか。
「う、うん、税金は農地の広さと人口を合わせて決まるの。だから誰かが生まれた時や亡くなったときには村にやってくる徴税官に届け出る必要があるのよ」
「ええ、その通りですが、なぜそのようなことを?」
これは辺境伯なら当然の疑問だろう。特に隠すようなことでもないために説明することにした。
「簡単に言いますと、私は2歳の折に両親を亡くしまして、その後村の者に引き取られたのですが、その者たちは私を死んだことにし、虐待をていたのですよ」
「えっ! ぎゃ、も、申し訳ありません。知らぬこととはいえそのような目に合われていたとは」
「いえ、私にとってはすでに過去、もはや気にすらしていないことですから、お気になさらずに」
「いいえ、本当に申し訳ありません。しかし、もしや陛下のお身体がそのように……」
辺境伯は当然俺の実年齢が14歳であることは知っているようで、その割に小さい体に納得したみたいだ。
「ええ、幼いころはあまり食料をもらえませんでしたから、これでもここ2年でずいぶんと伸びたのですが」
2年前は1mにも満たなかった俺だが、今現在は130ぐらいにはなった。そう考えると2年間で30は伸びたということだ。まぁ、それでも実年齢からしたら小さいけどね。
「そうでしたか、それはご苦労をなさったのですね」
そう言って同情の目を向けてくる辺境伯であった。
「はい、ですが今は日々楽しくさせていただいていますよ。こうして魔王という立場にもなりましたし」
「それはようございましたわ」
俺の言葉を聞いて辺境伯は小さくほほ笑んだ。
「なんですって!!」
辺境伯との会話がひと段落したところで突如そんな叫び声が聞こえてきた。
一体何事だ、そう思って声のした方を見てみる。するとそこに、シュンナに絡む1人の女性がいた。
「さぁ、そのドレスをこちらに渡しなさい」
何やらシュンナが追いはぎに会っているんだが……どういう状況だよ。
「あらっ、またあの人は……」
辺境伯がそう小さくつぶやいたが、知り合いだろうか、まぁ同じ国の貴族同士知り合いでない方がおかしいか。
「辺境伯、あの方は?」
「すみません。あのものはパスメリア侯爵夫人でエスメリダといいまして、隣領であるタウシップノリス辺境伯のご令嬢なのです」
なるほど辺境伯にとってはお隣さんというわけか、んっ、タウシップノリスって確かシュンナやダンクスの出身領だよな。
そう思いながらもう一度シュンナを見てみると、ん、何やらシュンナが珍しく憎々し気に夫人を見つめている。どうしたんだ……シュンナがあんな表情をしているのをこれまで見たことがない。
そこでちょっと考えてみると、ええと、さっきも言った通りシュンナは夫人の実家がある辺境伯領の出身。となるとあの夫人と何かあったのだろうか。でも一冒険者と領主の令嬢、接点がないと思うんだけどなぁ。あっ、待てよ確か以前シュンナから聞いた事があったな。
それはシュンナの故郷の話、シュンナの故郷はタウシップノリス辺境伯が居を構えるバリエソという街の近くの村出身なんだが、そこは以前も説明した通りはやり病で失くしている。問題はそのはやり病、実はこの病はすでに治療方法も治療薬も確立された治るものだった。そこで当然村は領主に病のことなどを報告、治療薬を届けてもらうはずだった。というのもそうしたものは領主が治療費を支払い責任をもって治療をするという法律があるからだ。そして領主は法律に従い、その費用を役人に持たせて薬師の元へと送り出したわけだが、その道中出くわした令嬢に金を奪われてしまった。その結果としてシュンナの村に薬が届けられることがなかったという。ここで疑問が残る。令嬢に金を奪われたのなら領主はすぐにそれを補填すべきではないかということだ。しかし、領主はこれを知らなかったとして、補填をしなかった。なにせ領主はすでに金を出したわけだからだ。そうしてシュンナの村はほろんだというわけだ。つまり、シュンナにとってタウシップノリスの領主令嬢は家族の敵というわけだ。
ちなみになぜ俺がここまで詳しく知っているかというと、シュンナが調べた内容とダンクスが知っていた内容を合わせたからである。というのもダンクスもタウシップノリスの出身であり、ここの騎士だった。そして、何よりその金を奪った犯人としてダンクスが挙げられたからだ。裁判の時に詳細を聞いたと話していた。
「辺境伯、つかぬことを伺いますが、タウシップノリス辺境伯のご令嬢はほかには?」
「いえ、彼女だけです」
ああ、まじか、となるとやっぱりあれがシュンナの敵、あの表情をするわけだな。確かシュンナによると令嬢は普段から取り巻きを引き連れてバリエソの街中を闊歩していたというし、その時に幾度となく見ていたんだろう。
その令嬢が今度は追いはぎって、これはもはやシュンナではどうしようもないな。下手なことをすると切りかかりそうだ。かといってダンクスはとちらっと見ると、そちらも気が付いたようでどうするか迷っている。
ダンクスじゃ無理か、一応騎士として仕えていた主家の令嬢だし、何より今現在はジマリートの子供たちの護衛で動けないしな。仕方ない俺が行くしかないか。
「辺境伯失礼します」
辺境伯に一言断りを入れてその場を離れる。
「お待ちください陛下、わたくしもまいりますわ。あの方とは長い付き合いですから」
「わかりました」
「しかし、あの方シュンナさんでしたか、彼女はなぜあのような目を?」
シュンナに目は辺境伯でも気が付くほどにらみつけているようだ。
「彼女はタウシップノリス領出身なのです」
「ああ、そうでしたかもしかしてその際に?」
「ええ、そういうことです」
そうして話している間にシュンナの元へとたどり着いた。
「エスメリダさん、ご無沙汰していますわ」
たどり着いたところでまずは辺境伯が声をかける。
「あらっ、レミフェリアではありませんか、ええご無沙汰ね」
侯爵夫人はそういって辺境伯に返事をするがこれは通常おかしい。というのも侯爵夫人はあくまで夫人でしかなく爵位を持っているのはわけではない。それに対して辺境伯はれっきとした爵位を持った貴族。たとえ旦那の爵位が上であっても夫人と爵位持ちでは圧倒的に爵位持ちの方が身分が高い。だから本来なら侯爵夫人は辺境伯に敬意をもった言葉づかいでなくてはならない。ここら辺は基本であり、本人たちが良ければ問題ないんだけどな。
さて、それよりも俺も声をかけないといけない。
「歓談中に失礼する、スニルバルド・ゾーリン・テレスフィリアだ」
自己紹介しながらシュンナに近づきその肩に手を置くことで、シュンナの意識をこっちに向けたのちその前にずいっと出ることで両者の間に立つことになった。本来ならこれでシュンナの視界から侯爵夫人を排除したいところだが、残念ながら俺の身長では無理なので仕方ない。でもま、視界に俺が入ることで落ち着くだろう。
「いえ、かまいませんわ。わたくしパスメリア侯爵が妻でエスメリダと申しますわ」
侯爵夫人は俺が魔王ということで一応それなりの態度で答えるが、そこに敬意は全く感じない。まぁ、俺が元はコルマベイントの平民だということは聞いているだろうからね。
「今しがた耳にしたのだが、どうやら貴女はこのドレスをご所望ということのようだ」
「ええ、このようなドレスはわたくしのような高貴なものにこそふさわしいですわ」
「なるほど、確かにあなたには似合いそうだ」
この言葉は本音で公爵夫人はセリフや態度はともかく見た目は間違いなく美女だからよく似合うだろう。というか俺に世辞なんてできるわけがない。尤も本音でも普段なら間違いなく言わないけどね。
「ですが、このドレスを譲るというわけにはいかないが」
「なぜですの?」
侯爵夫人はそういって首をかしげるが、このしぐさと表情は美女だけあってかかなり様になっており、俺が俺じゃなかったら一瞬でやばいかもしれない。それほどの破壊力があった。まぁ、幸い俺は人嫌いとして生きてきた人生を前世に持つ男だ。前世では芸能人とか世間でいう美女とか美少女とかにほぼ興味がなかったし、そもそも人を好きになるということ自体がなかった。人によってはこれは寂しい人生だったんだなと、同情してくるだろうが、正直俺にとってはなにが? って意味が分からないだろう。
「このドレスは我が国のドワーフが彼女のために作り上げたもの、彼女にこそふさわしいドレスだからだ。それに、そもそもこれはすでに彼女が身に着けている。そんなものを贈ったとあってはこちらの沽券にかかわるというものだ」
正直言ってこのドレス限定で考えると侯爵夫人には似合わないと思う。というのもシュンナは現在19歳でまさに今美少女から美女へと変貌を遂げようとしている最中だ。まぁまだ少女の部分が強く残っている気がするが、そんなシュンナのために作られたものだ。美女の領域にどっぷり入っている侯爵夫人ではちょっと幼いドレスになってしまう似合わないと思う。というかその前に胸が超絶にぶかぶかになるだろうし、それも含めたデザインだから直したらそれで変になると思う。
「しかし、今現在我が国とここコルマベイントの間で国交が結ばれている。これが正式に始まれば交易品として、わが国で作るドレスなどを販売することはできるだろう」
「その必要はないわ。我が家にもドワーフがおりますもの。わざわざあなたに頼まなくても我が家のドワーフに作らせればいいのよ」
侯爵夫人はそういって交易を断ってきたがここで残念な知らせを知る必要があるだろう、なにせ周囲で聞いて多くの者たちが頷いているし。というか堂々とテレスフィリアの民であるドワーフを所有しているといわれても困るんだけどな。
「残念ながらそれは無理というものだ。服飾技術を持つのはドワーフでも女性のみで、男性にはその技術はない」
「あらっそうなの。確かにうちのドワーフも今まで服飾は作っていないわね」
侯爵夫人はふと思い出したようにそういった。
「それなら、そのドワーフのメスを探せばいいのではなくて?」
ここでそんな声が上がった。いや、動物じゃないんだかメスってなんだよ。そんな突っ込みが出そうになったがここはぐっとこらえる。
「それも無理だな」
「それはなぜでしょう?」
ここで今まで黙っていた辺境伯が訪ねてきたが、周囲に集まっている人々はみんな思っているようで注目してきている。
「ドワーフ族の特徴で、男性は鉱石などを求めて放浪するから国土を離れてこちらへ来ることもある。しかし、女性は生まれた土地を離れることはない。だから服飾ができるドワーフの女性は我が国にしかいないということになる」
そのことからわかるかもしれないが、今人族で奴隷となっているドワーフというのは自ら人族の土地へやってきて覚悟の上で奴隷の首輪をはめている。そこらへんはほかの種族とは違うよな。一方で女性は本当に生まれた土地を離れない。もちろんよほどのことがあれば離れるが、それだってやむなく住めなくなり移動するためでしかない。まぁ、彼女たちが住んでいる場所はアベイルの近くだし、呼べば来るんだけどな。俺たちの衣装だって来てもらったしね。
「そうなのですね」
「へぇ、それではそのドワーフを一匹譲ってくださらない。もちろん対価はお支払いしますわ」
……
…………
あまりの発言に絶句してしまった。まさか国民をよこせと言ってくるとは……
「エスメリダさん、今のはさすがに」
辺境伯も驚きつつもあきれ、額に手を当てている。
「きゃぁぁぁぁっー!!」
突然悲鳴が響いてきた。今度は何だぁ!
侯爵夫人の言葉に絶句しているタイミングで響いた悲鳴、一体何が起きたのかと悲鳴のした方を見てみると、まず目に飛び込んできたのはダンクスだが、問題はその下、一人の少年がなんと剣を抜き放っていた。そして、その正面にはジマリートの息子であるジニアスが妹のサリフィアを背後にかばいながら立っていた。
えっと、どういう状況?
ちょっと意味が分からない、ちらっとシュンナを見るがシュンナのよくわかっていないみたいだ。
というか、どうしてあの少年が剣を持っているのか疑問が出るが、これはこの国ならではというべきだろう。以前説明したようにこの国は冒険者を中心にした反乱から始まった国だ。王家も主要貴族たちもその初代は冒険者。そのため彼らが持つ紋章はそれぞれが使っていた武器が刻まれている。といってもただそれだけではパーティーに帯剣はしない。その最たる理由は2代目たちの時代に起きたある事件がきっかけとなる。それはパーティーの最中、突如襲撃を受けたというものだ。その時武器を携帯していなかったとこで、数名の貴族が命を落としている。ちなみにその時の襲撃者は前国時代の貴族たちの残党だったそうだ。まぁ、それ以来パーティーの際にも帯剣をすることがこの国の常識となった。尤も、現代ではほとんど飾りみたいなものらしいけどね。ああ、そうそうこの話はパーティーに招待されたときに説明されたことだ。それと、重要なことを言い忘れていたけど、いくら帯剣しているからといって不用意に剣を抜くことは禁止されているのは言うまでもないだろう。
「え、ええと、すまない向こうでトラブルがあったようだ。これで失礼する。シュンナ、ポリー」
「う、うん」
「ええ」
2人に声をかけてから問題の場所へと向かった。
たどり着くとすでにダンクスが両者の間に立ち少年に剣を納めるようになだめようとしている。
「ダンクス」
「おう、悪いな」
「どうなってるの、ちょっと目を離したすきに」
「それがよぉ」
それからダンクスが説明してくれたわけだが、きっかけとしては少女が転びそうになり、それをたまたま近くにいたジニアスが助けたことに始まる。少女も相手が魔族であるジニアスということで、思わずといった風に悲鳴を上げてしまった。これは仕方ない。しかし、問題はその悲鳴を聞いた少女の兄である少年がジニアスを見て、妹に何かしたのかと疑った。でも少年である以上魔族は怖い、そこでついつい剣を抜き放ってしまったということらしい。
「ああ、なるほどねぇ。ええと、とりあえずその剣をしまってくれ」
ダンクスから話を聞いたのち、少年に向かって剣を納めるように言ってみた。しかし、気が動転したままの少年はいまだ剣をしまう気配がない。はぁ、どうしたもんか。ここで俺がはっきりとした大人なら大丈夫かもしれないが、残念ながら今の俺は少年よりも年下にしか見えない。そんな俺の言葉は届かないみたいだ。
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