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第10章 表舞台へ
02 安心安全な魔王
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孝輔たち勇者一行がやってきてから2日が経過したわけだが、この間麗香はエルモをはじめとした女性ドワーフとともに地球、というか現代日本の服飾の再現を行っているらしい。その結果として近々現代日本で見るような服が、ここテレスフィリアでも見られるようになるとのことだ。異世界に現代日本の格好をしたものが闊歩する。なんとも異様な光景になりそうだが、俺としては懐かしい光景になりそうだ。
また、那奈はというと聖女としての力を使い、俺とともに奴隷解放を行ってもらっている。これまでは俺一人で奴隷の首輪を”解呪”していたから結構大変だったんだが、那奈ならば俺と同様、いや聖女である那奈であれば、俺よりも少ない魔力で”解呪”を行うことができる。おかげでかなり助かっている。
最後に孝輔はというとこれまで麗香とともに、男物の服を伝えたり那奈の護衛役などをしてもらっている。
尤も、3人は何も一日中そうした仕事みたいなことをしているわけではなく、日のほとんどは街中をぶらついたり、サーナと遊んだり、この世界について学んだりしてもらっている。なにせ彼らはまだ学生だからな。学生の本文は学ぶことであり遊ぶことだと思うからな。
「スニルさん、呼んでるって聞きましたけどなんです?」
これまでのことを考えていると部屋がノックされて孝輔が入ってきた。
「おう悪いな。呼び出して」
「いえ、それでなにか用ですか?」
「ちょっと頼みがあってな」
「頼み?」
「うちの軍に剣道を教えてやってくれないかと思ってな」
「剣道を、ですか、それはいいですけど」
「おっ、ほんとか。ああ、出来れば試合で使うような打つ? 剣ではなくちゃんと実践で使える斬る剣なんだけど、いいか」
剣道というものはもともと剣術などから発展したからもとは斬る剣のはずだが、現代ではスポーツとなったことで、竹刀で打つという感じになっているように思える。あれではたぶん斬れないから軍で覚えさせても意味がない。もちろんこれらは俺の私感だけどな。
「それなら剣道というより剣術の方ですよね。うちの流派ではそっちも教わるのでそれでいいですか?」
剣道について考えていると、孝輔がいいことを言った。
「まじか、それはありがたい。それ頼めるか?」
「えっと、本来であれば外部の人に教えるには師範の許可がいるんですけど、ここは異世界ですし何より師範もいないですし、たぶん大丈夫だと思います。でも、なんで剣術なんですか?」
孝輔は快諾してくれたわけだが、ここで疑問が浮かんだらしい。
「ああそれはな。軍に属している種族のうち魔族にだけ近接系の戦闘技術がないんだ。まぁ、魔法に長けた種族であるからそれだけでもいいんだが、その魔法もせいぜい他種族より優れているというレベルでしかない。今回のお前たちの歓迎にも魔族だけは出張ってないだろ」
「はいそういえば、俺たちが戦った魔族って変装したシュンナさんとダンクスさんですよね」
「そう、そのあたりはやはり魔族たちも気にしててな」
魔族としてはできることならあの歓迎に参加したかった。これは四天王選出の際にも幾度となく要請があった。しかし、先にも言ったように今の魔族では力不足、下手をしたら命を落としていた可能性もあったために俺としても許可するわけにはいかなかった。
「実は以前から魔族も魔法だけじゃなく剣を覚えるべきだという声も上がっていたんだが、これまで教えることができなかったんだよ」
「どうしてですか、ダンクスさんとかなら元騎士なんですよね。なら適任じゃ」
孝輔の言う通り軍に剣を学ばせるなら、正統な騎士剣を使うダンクスが指導者としては適任となるだろう。しかし、ダンクスが使う騎士剣のおおもとになったものが聖騎士の剣技であるということが問題だった。つまり獣人族エルフ族という教会に恨みを持つ者たちが嫌がったのだ。では、ほかの奴、つまりシュンナや俺の両親はというと、これはこれで冒険者だから使う技術は我流となり人に教えることができないし、使う人間を選んでしまう。なら最後に残った俺はというと、俺も確かに基礎の基礎となると剣道になるわけだが、俺の場合中学時代の体育でやった程度のものでしかなく、そこからは完全に我流。もちろん人に教えるレベルではない。
「というわけで、だれも教えることができなくてな。しかも軍の連中は俺の影響もあってか剣より刀を使いたがるものが多いし、どうしたものかと思っていたわけだ」
「そこに俺というわけですか」
孝輔の存在は俺たちにとって渡りに船といったところだった。というわけで、孝輔には今後時間を見て軍に日本の剣術を教えてもらうこととなった。
孝輔の指導はさっそく翌日から行われること取ったわけだが、当然というべきか勇者から剣を学ぶということで抵抗があった。そこで魔族たちがパニックを起こさなかったのは、さすがはダンクスの指導を受けているからといったところか。
「いいかお前たち、確かにここにいる孝輔は勇者であることは間違いない。しかし同時に俺と同じ故郷を持つものでもある。そして、俺の剣技は以前にも話したと思うが、その故郷の剣技をもとにしており、孝輔はその剣技を俺以上に会得している。つまり孝輔に剣技を学ぶということは俺の剣技を学ぶということでもあると知れ」
俺が声高らかにそういうと、その意味を理解したのか一気に孝輔へ注目する軍人たち。その様子からしておそらくもう大丈夫だろうと、俺はその場を引きあとはダンクスに任せると離れた場所から様子をさらに見ることにした。
こうした日々が続くある朝のこと。
「そうだ、3人とも」
俺たちは朝起きるとリビングに集まるわけだが、そこでサーナと遊ぶ麗香と那奈、孝輔を見つけた声をかける。というかこの光景完全に日課になったな。
「なんですか」
しかもこういう時返事をするのはいつも孝輔のみだ。
「近々教会に行こうと思うから、適当なところで時間空けておいてくれ」
「ああ、そういえば文句を言いに行くんですしたっけ」
「ああ、魔王としてというより元日本人としてな」
「私はいつでも大丈夫ですよ。今特にやらなきゃいけないこともないですし」
「あっ、私もです」
「俺もいつでもいいですよ」
3人ともいつでもいいという、それじゃ俺の都合で考えるとするか。
「わかった、それじゃ、明日とかでもいいか」
「はい」
「わかりました」
「明日ですね」
ということで翌日である。
朝から準備をしっかりとして、さっそく”転移”で聖都へとやってきた。
「うわっ、もうついてる」
「魔法ってホントに便利ですよね」
「あんなに遠かったのに、一瞬で……」
考えてみると初めて”転移”を経験した3人はそれぞれの感想を述べている。
「俺も初めて”転移”したときはそう思ったよな。あの移動は何だったんだって」
俺の隣でダンクスがそんな感想を言っているわけだが、今回の同行者は実はこの4人のみとなっている。いくら俺が魔王だからって別に戦争をするわけじゃないし、あまり大勢で行っても仕方ないということでこのメンバーとなった。
「面倒なことはさっさと終わらせるに限るっていうし、さっさと教皇に文句を言いに行こう」
「はい」
というわけでさっそく俺たちは教皇がいるであろう教会へ向かうことにしたのだった。
そうしてやってきました教会、以前は遠目で見たがほんとにでかい。俺の魔王城といい勝負なでかさだ。あれっ、そうすると魔王城って相当にでかいということだよな……うん、考えないようにしよう。
「ここからは孝輔の先導で頼む。勇者だし」
「わかりました。それでは行きましょう」
孝輔先導の元、教会内へ入っていく俺たちであったが、教会奥へ足を踏み入れようとしたところで聖騎士が止めてきた。
「お待ちください、ここより先は許可がない方をお通しするわけにはいきません。お引き取りを」
孝輔たちは当然許可を得ているはずなんだが、どういうわけか止められたけどどういうことだ。よくわからず孝輔を見てみると、孝輔自身も首をかしげている。
「えっと、俺は許可を得ているはずなんですけど……」
孝輔はようやくその言葉を絞り出した。
「? なにを……」
「あっ、勇者様!」
「えっ!」
道をふさいでいた聖騎士の1人がそういって叫んだことで、止められた理由が分かった。どうやら、聖騎士たちは孝輔が勇者であるということに気が付かなかったから止めたようだ。
「ああ、そっか今普通の服だったから、わからなかったのか」
「そういえばそうだったね」
「着替えてきた方がよかったかな」
孝輔たちが言うように今現在彼らは普通の服装をしている。日本の高校生としては全くおかしくない格好ではあるが、残念ながら勇者には見えないから聖騎士にもわからなかったのだろう。そう考えると確かに3人の言う通り勇者としての鎧などを装備しなおして戻ればよかったのかもしれないが、それはちょっと思いつかなかった。
「申し訳ありません勇者様、よくお戻りになられました。すぐに教皇聖下へお伝えいたします」
そう言って先ほど疑ってきた聖騎士がすごい勢いで走っていった。
「どうぞお通り下さい勇者様方」
「あっ、ありがとうございます」
無事通ることができるようで何より、しかも教皇との話もすぐにできそうだ。
ということで再び孝輔先導で歩き、ある部屋の前についた。
「ここは俺たちが使っていた部屋です。話の前に荷物を取ってきていいですか」
「ああ、かまわないぞ。俺の”収納”にでも入れておいてやるよ」
「ありがとうございます」
異世界転移や転生だとアイテムボックス的なものを標準で使えるものだが、残念ながら孝輔たちはそれがなく、荷物も持てるだけしか持つことができなかった。その結果いくらかの荷物、例えば召還時に身に着けていた学校の制服やカバンなどもここに置いていたそうだ。
というわけで荷物を回収していると、不意に扉がノックされシスターの1人がやってきた。
「勇者様、教皇聖下がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
「あっ、はいわかりました」
迎えがやってきたところで俺たちはそのシスターの後についていくこととなった。ちなみにここで問題が発生、教皇に会えるのは孝輔たち3人のみで俺とダンクスはだめだと言われてしまった。なんでも俺たちを従者か何かと思われてしまったようだ。尤も、3人が強硬にそれらを拒否したために、さすがに教会側もきょかせざるを得なくなった。
とまぁ、ちょっとした悶着はあったがいよいよ教皇に挨拶としゃれこむことができそうだ。はてさてどんな強硬なのやら、枢機卿の話では善人であり、孝輔たちの話でもそういう話だったから、そこまで話の通じない相手ではなさそうな気がするが、それはやはり人族であるからこそではないかと思う。例えば俺が魔王であると知ればどうなるか、俺としてはあまり争いたくないが、それでも向こうが喧嘩を売ってくるなら、買うしかない。
「おおっ、勇者様方、よくご無事に戻られました」
教皇がいるという謁見の間にやってくると、そこは無駄に荘厳でかなりの金がかかってそうな作りになっていた。そこになんとも朗らかというか人のよさそうな笑顔を向ける爺さん。おそらくその人物が教皇なんだろう。
「教皇さん、ただいま戻りました」
そう言って頭を下げる孝輔とそれに続く麗香と那奈ダンクスに至っては跪きそうになっている。これは仕方ないダンクスは幼いころからしっかりとキリエルタ教の信者として教え込まれているからな。一方で俺は特に変化はない、ただ黙って立ちいつものように様子を見ている。
「勇者様、魔王討伐おめでとうございます。おかげ様でこの世界は救われました。人間を代表し御礼申し上げます」
教皇がそういうと周囲にいた聖騎士を含むすべての人がその場に跪いた。
勇者が帰還したことで、教皇以下教会の面々は魔王が討伐されたものと考えたようだ。思わぬ事態に感謝されている孝輔もなんとも言えない表情となっている。
「え、ええと、すみません。その、俺たちは……魔王さんとは戦っていません」
「えっ?」
「そ、それは一体?」
孝輔が絞り出した言葉に教皇が呆気にとられながらも、何とかその意味を問うことはできた。そこらへんはさすがは教皇といったところだろう。
「えっと、そもそも魔王さんとは戦う必要がなかったからです」
「ばかなっ、魔王といえば魔族の王、魔族は邪神の眷属なのですよ。ですから勇者様をお呼びし討伐をお願いしたのです」
そう言ったのは教皇の隣にいるおっさんだった。
「いえ、魔族はそんな存在ではありません。俺たちと同じ人間でした。それに、魔王さんは人族です」
「人族? なんだそれは?」
「私たちと同じ姿をした人達、つまりあなたたちのことです」
「人族も魔族も人間の一種でしかありません。人間同士で争うなんて許されません」
孝輔はそういって言葉を締めた。しかし、それを聞いた周りの者たちは憤慨。中には聖騎士に孝輔たちを倒せと命じるものまで現れる始末。曰く孝輔たちは魔王に操られているとのことだった。俺、そんなことしないんだけどな。そう思いため息を一つこぼすと、俺は指をぱちりと鳴らす。
「ガッ」
「な、なんだ?」
「こ、これは結界?」
「誰だ! このようなものを、過ぎに解除せよ」
などといって騒ぎ出すから実にうるさい、話が進まなくなるのでもう一度指を鳴らし、遮音結界も追加した。
「これで静かになったな。孝輔、どういうべきだったのか、あいにくと俺にはアドバイスのしようがないが、この状況を見るに少しミスったみたいだな」
「はい、すみません」
「えっと、私もつい」
「気にするな。というかたぶんどういったとしても同じ結果になった気がするし、さて静かになったところで教皇、まずは自己紹介させてもらおう。俺の名はスニルバルド・ゾーリン・テレスフィリア、テレスフィリア魔王国魔王だ」
「なっ、ま、魔王!」
俺が名乗ると心底驚いた表情をしだす教皇と、結界の外がさらに騒がしくなった。遮音結界は向こうの声は聞こえないがこちらの声は聞こえる王にしてあるからな。
「そうだ。今回俺がここに来た目的は主に2つ、1つは俺のこと確かに俺は魔王を名乗った。それは事実なわけだが、見ての通り俺は人族、年齢に関しては見た目通りではなく15だけどなそれでもあんたらと同じく人族であることは間違いない。そんな俺がなぜ同族と争う必要があるのか、これは先にコルマベイント王などにも伝えてあるが、同族と争うつもりは毛頭ないことをここに宣言しておく。尤も、そちらが先に牙をむくというのなら、それに応戦することもあるだろうがな」
「つまり、あなたは我ら人間の敵ではないと」
「ああ、そうだ。というか孝輔たちも言ったろ、魔族も俺たち人族もまた同じく人間の一種であると、これは紛れもない真実。人族の中で失われたものだ。まぁ、その原因を作ったのが先代魔王であることは事実だけどな」
先代魔王は無駄に欲をかいたことで起きた悲劇としか言いようがないだろう。
「そういうわけで、俺が魔王として勇者に討伐される理由がないというわけだ」
俺がそういうと結界の外では何やらさらに騒いでいるが、特に気にしないことにした。だって、何言っているかわからないし。
また、那奈はというと聖女としての力を使い、俺とともに奴隷解放を行ってもらっている。これまでは俺一人で奴隷の首輪を”解呪”していたから結構大変だったんだが、那奈ならば俺と同様、いや聖女である那奈であれば、俺よりも少ない魔力で”解呪”を行うことができる。おかげでかなり助かっている。
最後に孝輔はというとこれまで麗香とともに、男物の服を伝えたり那奈の護衛役などをしてもらっている。
尤も、3人は何も一日中そうした仕事みたいなことをしているわけではなく、日のほとんどは街中をぶらついたり、サーナと遊んだり、この世界について学んだりしてもらっている。なにせ彼らはまだ学生だからな。学生の本文は学ぶことであり遊ぶことだと思うからな。
「スニルさん、呼んでるって聞きましたけどなんです?」
これまでのことを考えていると部屋がノックされて孝輔が入ってきた。
「おう悪いな。呼び出して」
「いえ、それでなにか用ですか?」
「ちょっと頼みがあってな」
「頼み?」
「うちの軍に剣道を教えてやってくれないかと思ってな」
「剣道を、ですか、それはいいですけど」
「おっ、ほんとか。ああ、出来れば試合で使うような打つ? 剣ではなくちゃんと実践で使える斬る剣なんだけど、いいか」
剣道というものはもともと剣術などから発展したからもとは斬る剣のはずだが、現代ではスポーツとなったことで、竹刀で打つという感じになっているように思える。あれではたぶん斬れないから軍で覚えさせても意味がない。もちろんこれらは俺の私感だけどな。
「それなら剣道というより剣術の方ですよね。うちの流派ではそっちも教わるのでそれでいいですか?」
剣道について考えていると、孝輔がいいことを言った。
「まじか、それはありがたい。それ頼めるか?」
「えっと、本来であれば外部の人に教えるには師範の許可がいるんですけど、ここは異世界ですし何より師範もいないですし、たぶん大丈夫だと思います。でも、なんで剣術なんですか?」
孝輔は快諾してくれたわけだが、ここで疑問が浮かんだらしい。
「ああそれはな。軍に属している種族のうち魔族にだけ近接系の戦闘技術がないんだ。まぁ、魔法に長けた種族であるからそれだけでもいいんだが、その魔法もせいぜい他種族より優れているというレベルでしかない。今回のお前たちの歓迎にも魔族だけは出張ってないだろ」
「はいそういえば、俺たちが戦った魔族って変装したシュンナさんとダンクスさんですよね」
「そう、そのあたりはやはり魔族たちも気にしててな」
魔族としてはできることならあの歓迎に参加したかった。これは四天王選出の際にも幾度となく要請があった。しかし、先にも言ったように今の魔族では力不足、下手をしたら命を落としていた可能性もあったために俺としても許可するわけにはいかなかった。
「実は以前から魔族も魔法だけじゃなく剣を覚えるべきだという声も上がっていたんだが、これまで教えることができなかったんだよ」
「どうしてですか、ダンクスさんとかなら元騎士なんですよね。なら適任じゃ」
孝輔の言う通り軍に剣を学ばせるなら、正統な騎士剣を使うダンクスが指導者としては適任となるだろう。しかし、ダンクスが使う騎士剣のおおもとになったものが聖騎士の剣技であるということが問題だった。つまり獣人族エルフ族という教会に恨みを持つ者たちが嫌がったのだ。では、ほかの奴、つまりシュンナや俺の両親はというと、これはこれで冒険者だから使う技術は我流となり人に教えることができないし、使う人間を選んでしまう。なら最後に残った俺はというと、俺も確かに基礎の基礎となると剣道になるわけだが、俺の場合中学時代の体育でやった程度のものでしかなく、そこからは完全に我流。もちろん人に教えるレベルではない。
「というわけで、だれも教えることができなくてな。しかも軍の連中は俺の影響もあってか剣より刀を使いたがるものが多いし、どうしたものかと思っていたわけだ」
「そこに俺というわけですか」
孝輔の存在は俺たちにとって渡りに船といったところだった。というわけで、孝輔には今後時間を見て軍に日本の剣術を教えてもらうこととなった。
孝輔の指導はさっそく翌日から行われること取ったわけだが、当然というべきか勇者から剣を学ぶということで抵抗があった。そこで魔族たちがパニックを起こさなかったのは、さすがはダンクスの指導を受けているからといったところか。
「いいかお前たち、確かにここにいる孝輔は勇者であることは間違いない。しかし同時に俺と同じ故郷を持つものでもある。そして、俺の剣技は以前にも話したと思うが、その故郷の剣技をもとにしており、孝輔はその剣技を俺以上に会得している。つまり孝輔に剣技を学ぶということは俺の剣技を学ぶということでもあると知れ」
俺が声高らかにそういうと、その意味を理解したのか一気に孝輔へ注目する軍人たち。その様子からしておそらくもう大丈夫だろうと、俺はその場を引きあとはダンクスに任せると離れた場所から様子をさらに見ることにした。
こうした日々が続くある朝のこと。
「そうだ、3人とも」
俺たちは朝起きるとリビングに集まるわけだが、そこでサーナと遊ぶ麗香と那奈、孝輔を見つけた声をかける。というかこの光景完全に日課になったな。
「なんですか」
しかもこういう時返事をするのはいつも孝輔のみだ。
「近々教会に行こうと思うから、適当なところで時間空けておいてくれ」
「ああ、そういえば文句を言いに行くんですしたっけ」
「ああ、魔王としてというより元日本人としてな」
「私はいつでも大丈夫ですよ。今特にやらなきゃいけないこともないですし」
「あっ、私もです」
「俺もいつでもいいですよ」
3人ともいつでもいいという、それじゃ俺の都合で考えるとするか。
「わかった、それじゃ、明日とかでもいいか」
「はい」
「わかりました」
「明日ですね」
ということで翌日である。
朝から準備をしっかりとして、さっそく”転移”で聖都へとやってきた。
「うわっ、もうついてる」
「魔法ってホントに便利ですよね」
「あんなに遠かったのに、一瞬で……」
考えてみると初めて”転移”を経験した3人はそれぞれの感想を述べている。
「俺も初めて”転移”したときはそう思ったよな。あの移動は何だったんだって」
俺の隣でダンクスがそんな感想を言っているわけだが、今回の同行者は実はこの4人のみとなっている。いくら俺が魔王だからって別に戦争をするわけじゃないし、あまり大勢で行っても仕方ないということでこのメンバーとなった。
「面倒なことはさっさと終わらせるに限るっていうし、さっさと教皇に文句を言いに行こう」
「はい」
というわけでさっそく俺たちは教皇がいるであろう教会へ向かうことにしたのだった。
そうしてやってきました教会、以前は遠目で見たがほんとにでかい。俺の魔王城といい勝負なでかさだ。あれっ、そうすると魔王城って相当にでかいということだよな……うん、考えないようにしよう。
「ここからは孝輔の先導で頼む。勇者だし」
「わかりました。それでは行きましょう」
孝輔先導の元、教会内へ入っていく俺たちであったが、教会奥へ足を踏み入れようとしたところで聖騎士が止めてきた。
「お待ちください、ここより先は許可がない方をお通しするわけにはいきません。お引き取りを」
孝輔たちは当然許可を得ているはずなんだが、どういうわけか止められたけどどういうことだ。よくわからず孝輔を見てみると、孝輔自身も首をかしげている。
「えっと、俺は許可を得ているはずなんですけど……」
孝輔はようやくその言葉を絞り出した。
「? なにを……」
「あっ、勇者様!」
「えっ!」
道をふさいでいた聖騎士の1人がそういって叫んだことで、止められた理由が分かった。どうやら、聖騎士たちは孝輔が勇者であるということに気が付かなかったから止めたようだ。
「ああ、そっか今普通の服だったから、わからなかったのか」
「そういえばそうだったね」
「着替えてきた方がよかったかな」
孝輔たちが言うように今現在彼らは普通の服装をしている。日本の高校生としては全くおかしくない格好ではあるが、残念ながら勇者には見えないから聖騎士にもわからなかったのだろう。そう考えると確かに3人の言う通り勇者としての鎧などを装備しなおして戻ればよかったのかもしれないが、それはちょっと思いつかなかった。
「申し訳ありません勇者様、よくお戻りになられました。すぐに教皇聖下へお伝えいたします」
そう言って先ほど疑ってきた聖騎士がすごい勢いで走っていった。
「どうぞお通り下さい勇者様方」
「あっ、ありがとうございます」
無事通ることができるようで何より、しかも教皇との話もすぐにできそうだ。
ということで再び孝輔先導で歩き、ある部屋の前についた。
「ここは俺たちが使っていた部屋です。話の前に荷物を取ってきていいですか」
「ああ、かまわないぞ。俺の”収納”にでも入れておいてやるよ」
「ありがとうございます」
異世界転移や転生だとアイテムボックス的なものを標準で使えるものだが、残念ながら孝輔たちはそれがなく、荷物も持てるだけしか持つことができなかった。その結果いくらかの荷物、例えば召還時に身に着けていた学校の制服やカバンなどもここに置いていたそうだ。
というわけで荷物を回収していると、不意に扉がノックされシスターの1人がやってきた。
「勇者様、教皇聖下がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
「あっ、はいわかりました」
迎えがやってきたところで俺たちはそのシスターの後についていくこととなった。ちなみにここで問題が発生、教皇に会えるのは孝輔たち3人のみで俺とダンクスはだめだと言われてしまった。なんでも俺たちを従者か何かと思われてしまったようだ。尤も、3人が強硬にそれらを拒否したために、さすがに教会側もきょかせざるを得なくなった。
とまぁ、ちょっとした悶着はあったがいよいよ教皇に挨拶としゃれこむことができそうだ。はてさてどんな強硬なのやら、枢機卿の話では善人であり、孝輔たちの話でもそういう話だったから、そこまで話の通じない相手ではなさそうな気がするが、それはやはり人族であるからこそではないかと思う。例えば俺が魔王であると知ればどうなるか、俺としてはあまり争いたくないが、それでも向こうが喧嘩を売ってくるなら、買うしかない。
「おおっ、勇者様方、よくご無事に戻られました」
教皇がいるという謁見の間にやってくると、そこは無駄に荘厳でかなりの金がかかってそうな作りになっていた。そこになんとも朗らかというか人のよさそうな笑顔を向ける爺さん。おそらくその人物が教皇なんだろう。
「教皇さん、ただいま戻りました」
そう言って頭を下げる孝輔とそれに続く麗香と那奈ダンクスに至っては跪きそうになっている。これは仕方ないダンクスは幼いころからしっかりとキリエルタ教の信者として教え込まれているからな。一方で俺は特に変化はない、ただ黙って立ちいつものように様子を見ている。
「勇者様、魔王討伐おめでとうございます。おかげ様でこの世界は救われました。人間を代表し御礼申し上げます」
教皇がそういうと周囲にいた聖騎士を含むすべての人がその場に跪いた。
勇者が帰還したことで、教皇以下教会の面々は魔王が討伐されたものと考えたようだ。思わぬ事態に感謝されている孝輔もなんとも言えない表情となっている。
「え、ええと、すみません。その、俺たちは……魔王さんとは戦っていません」
「えっ?」
「そ、それは一体?」
孝輔が絞り出した言葉に教皇が呆気にとられながらも、何とかその意味を問うことはできた。そこらへんはさすがは教皇といったところだろう。
「えっと、そもそも魔王さんとは戦う必要がなかったからです」
「ばかなっ、魔王といえば魔族の王、魔族は邪神の眷属なのですよ。ですから勇者様をお呼びし討伐をお願いしたのです」
そう言ったのは教皇の隣にいるおっさんだった。
「いえ、魔族はそんな存在ではありません。俺たちと同じ人間でした。それに、魔王さんは人族です」
「人族? なんだそれは?」
「私たちと同じ姿をした人達、つまりあなたたちのことです」
「人族も魔族も人間の一種でしかありません。人間同士で争うなんて許されません」
孝輔はそういって言葉を締めた。しかし、それを聞いた周りの者たちは憤慨。中には聖騎士に孝輔たちを倒せと命じるものまで現れる始末。曰く孝輔たちは魔王に操られているとのことだった。俺、そんなことしないんだけどな。そう思いため息を一つこぼすと、俺は指をぱちりと鳴らす。
「ガッ」
「な、なんだ?」
「こ、これは結界?」
「誰だ! このようなものを、過ぎに解除せよ」
などといって騒ぎ出すから実にうるさい、話が進まなくなるのでもう一度指を鳴らし、遮音結界も追加した。
「これで静かになったな。孝輔、どういうべきだったのか、あいにくと俺にはアドバイスのしようがないが、この状況を見るに少しミスったみたいだな」
「はい、すみません」
「えっと、私もつい」
「気にするな。というかたぶんどういったとしても同じ結果になった気がするし、さて静かになったところで教皇、まずは自己紹介させてもらおう。俺の名はスニルバルド・ゾーリン・テレスフィリア、テレスフィリア魔王国魔王だ」
「なっ、ま、魔王!」
俺が名乗ると心底驚いた表情をしだす教皇と、結界の外がさらに騒がしくなった。遮音結界は向こうの声は聞こえないがこちらの声は聞こえる王にしてあるからな。
「そうだ。今回俺がここに来た目的は主に2つ、1つは俺のこと確かに俺は魔王を名乗った。それは事実なわけだが、見ての通り俺は人族、年齢に関しては見た目通りではなく15だけどなそれでもあんたらと同じく人族であることは間違いない。そんな俺がなぜ同族と争う必要があるのか、これは先にコルマベイント王などにも伝えてあるが、同族と争うつもりは毛頭ないことをここに宣言しておく。尤も、そちらが先に牙をむくというのなら、それに応戦することもあるだろうがな」
「つまり、あなたは我ら人間の敵ではないと」
「ああ、そうだ。というか孝輔たちも言ったろ、魔族も俺たち人族もまた同じく人間の一種であると、これは紛れもない真実。人族の中で失われたものだ。まぁ、その原因を作ったのが先代魔王であることは事実だけどな」
先代魔王は無駄に欲をかいたことで起きた悲劇としか言いようがないだろう。
「そういうわけで、俺が魔王として勇者に討伐される理由がないというわけだ」
俺がそういうと結界の外では何やらさらに騒いでいるが、特に気にしないことにした。だって、何言っているかわからないし。
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