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第10章 表舞台へ

03 苦情を言った

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 教会に赴き教皇と邂逅、俺が人族と争う気がないことを宣言した。

「貴方の言葉はわかりました。ですが、その保証はあるのでしょうか、あなたが我々と敵対しないというものが」

 敵対しない保証、それを言われると困るな。なにせ、さっきも言ったように俺からはするつもりはないが、人族側から何らかの行動をとられると、対応しないわけにもいかない。例えば俺がここで人族に敵意を向けないというような契約でもかわそうものなら、下手したら人族が喧嘩を売ってきてもこっちは手を出せない状況に成りかねない。どうしたものか、そう考えていると、不意に1人の女性が結界を抜けて前に出てきた。

「それは、わたくしが保証いたしましょう」
「アリシエーラ、なぜあなたが、そういえば魔王の存在はあなたが伝えたのでしたね」

 コルマベイント王の姉であるアリシエーラ枢機卿、彼女がここ聖都に向かったことは知っていたし、何より孝輔たちが召喚されたのは、彼女がもたらした情報によるものであることは明白。しかし、まだいるとは思わなかった。

「はい聖下、わたくしがもたらした情報によりこうした事態を招いた事は、深く反省いたしております。しかし、こちらに居られるテレスフィリア魔王陛下は、我が弟が王を務めますコルマベイント王国の出自です。そして陛下は弟、コルマベイント王に対しても宣言なさいました。故国や、同族と争う気はないと、そして、陛下の身元に関しましては、こちらのフェリシア大司教が補償いたします。そうですねフェリシア」

 枢機卿がそういって先ほどまで自身がいた場所の隣で跪いている人物を呼んだ。えっ、フェリシアって、伯母さん! そういえば伯母さんも枢機卿に同行するって話だったから、枢機卿がいることからいてもおかしくはないが、あれっ、ていうかちょっと待った! 伯母さんって司教じゃなかったっけ、今大司教って言ったよな。いつの間に出世したんだ?

「はい、その通りでございます猊下、聖下こちらのスニルバルトの身元はわたくしが保証いたします」
「貴女が? なぜでしょう?」

 伯母さんが俺の身元を保証するという言葉に疑問を呈する教皇、それはそうだよな。

「スニルバルドはわたくしの甥だからでございます」

 伯母さんの爆弾発言に周囲に驚愕の嵐が吹き荒れる。

「甥、それはどういう、確か貴女にはご兄弟はおられなかったはずですが?」

 なんで教皇が伯母さんの家族構成を知っているんだ?

「わたくしのことをご存じでしたか、ありがたく存じますわ。確かに聖下のおっしゃったとおり、わたくしに兄妹はおりません。しかし、実の弟のように世話をしていたものがいるのです」
「ほぉ、それは孤児院で、ですか?」
「いいえ、孤児院に入る前からですわ……」

 ここで伯母さんは父さんとの関係を話して聞かせた。

「……そうして生まれたのがスニルバルドなのです。ただ、この子はとても数奇な人生を歩むことになってしまいました。わたくしにとって、これほど悔やんだことはありません」

 今度は俺が虐待を受けていた事実を話した。もちろん事細かにというわけではなく、かなり簡略化してのものだった。それでも、伯母さんは時折葉を食いしばっていた。当人である俺としてはなんとも言えない話だ。
 ちなみになぜ伯母さんがこんなことまで話したのかというと、伯母さんという教会関係者の身内である俺が、なぜ教会のしきたりを知らず、また魔王という存在になったのかという話になりこの話をせざるを得なかったというわけだ。

「……そのようなことが、さぞつらい出来事であったことだろう」

 そう言って、教皇は俺に同情的な目を向けてきた。

「確かに当時はそれなりにつらいことはあったな。だが、今では過去の話だ」

 記憶を取り戻す前の俺、僕は精神が死にかけるほどにつらい日々であった。しかし、記憶を取り戻して、シュンナやダンクスと出会い、その後多くの者たちとのかかわったことで、過去にすることができたといってもいいだろう。

「いいえ皆様、スニルバルドはその過去を乗り越えております。そのうえで魔王となったのでございます」

 いまだ結界の向こう側にいる伯母さんには有象無象の言葉が聞こえるようでそれにこたえている。ちなみにどうして伯母さんの言葉が俺たちに通じるのかというと、単純にあの結界が効力を示す相手が俺に敵意などを持っているものとしているからで、伯母さんが俺にそうした感情を向けるわけがないから通るというわけだ。

「ふむ、フェリシア大司教、あなたの言うことはわかりました。ですが、懸念としてあなたと血のつながりがないということです。魔族というのは恐ろしい魔法を使うと聞きます。魔族であれば人間に変装することもできるかもしれません。これは私だけではなく皆さんも同じ意見と考えます」

 教皇の言う懸念はちょっと無理がある気がする。確かに俺も変装の魔道具を使っていろいろ姿を変えているが、あれだって幻術で変えているだけで実際に変えているわけではない。そのため短期間なら問題ないが、長時間となると結構しんどくなる。なにせずっと魔力消費しているわけだからな。

「つまり、聖下はスニルバルドの血筋についてご懸念されておられるのですね」
「ええ、その通りです」
「わかりました、ではスニルバルドの血筋についてお話いたしますわ」

 そう言って伯母さんが俺の血筋について語りだしたが、そもそもなぜ伯母さんがそんなことを知っているのかというと、なんでも以前伯母さんは自身の祖父が教会関係者であることを聞いていたためにどんな人物であったのかを調べたのだそうだ。そのついでに同じく祖父母(俺にとっては曾祖父)が教会関係者であったということでそれも調べたという。それによると、曾祖父は枢機卿になったほどの人物であり、曾祖母も大司教となった人物であったという。これだけでも驚くべきことだが、さらにその曾祖父が大司教として勤めていた教会において幼い日の教皇が過ごしていたということにはほんとに驚いた。
 さらにさらに教皇から驚愕の事実が告げられた。それによると、なんでも俺の曽祖父の一族は代々教会関係者であり、その先祖は聖人ダンクスという人物であるということ、あまりに聞き覚えのある名前なので、思わずダンクスを見てしまった。するとダンクスは完全にフリーズしていた……うん、だめだなこれは。
 あれっ? ちょっと待てよ。曾祖父は聖人ダンクスの直系の末裔だという、そしてその曾祖父の子供は祖父のみであり、祖父の子供も父さんのみ、そんでその子供も俺だけ。つまり俺は曾祖父の直系となるわけで、つまり俺もまた聖人ダンクスの直系ということになる。
 どうでもいいことだが、その先祖であるダンクスが何をしたのかというと、正直聞いたとき興味が全くなかったために覚えていないが、確か大昔の人でキリエルタの高弟である人物の高弟であったとか。

 ……ん?
 今思ったのだが、俺が先祖としている初代スニルバルドは母さんの家系で、普通家系を追うときって男親の家系を継ぐものだ。てことはだ。俺の一族というと、その聖人ダンクスの一族ということになる。そして、ダンクスはキリエルタの孫弟子、それほど昔からあり、ずっと教会関係者ということはだ、もしかして教会が他種族に対しての対応が今のものになったときも俺の先祖は教会にいた。つまり下手をすると、俺の先祖がそれにかかわっている可能性もある。そうなると俺って獣人族とエルフたちを苦しめている元凶の子孫ということならない?

 ……いや、先祖は先祖、俺は俺だから気にしないでおこう。

「まさか、ダンクス様の末裔であったとは、フェリシアもう一度確認いたしますが、こちらのスニルバルド殿が、アルバート様の曾孫であるということは事実なのですね」
「はい、間違いありません。弟の父親がアルバート様のお子様であるバーグルであるというのは、幼いころに聞いておりましたので」

 伯母さんは幼いころといってもちゃんと両親などの記憶もあり、父さんの父親、つまり俺の爺さんの名前も当然知っていたし、話としてその父親の名前も知っていたという。

「そうでしたか、わかりました。となるとどうやらスニルバルド殿を信じないというわけにはいかないようですね」

 俺が聖人ダンクスの末裔であることが分かったとたん、教皇はすぐに俺を信じることにしたようだ。これが聖人の力というわけか。

「まぁなんだ。妙なことになったが、とにかく俺が安全であり、人族と敵対するものではないということが分かってもらえたならそれで良しとしよう。さてと、それはともかくだ。俺がここに来たもう1つの目的の方を話をしたいがいいか」
「え、ええもちろんです」

 俺がここに来た目的のメインは孝輔たちの召喚に対して文句をつけに来たということだ。しかし、前座として考えていた俺が安全安心な魔王とであるということが思いのほか盛り上がってしまったが、ようやっと本題に入れそうだ。

「話というのは、この3人のことだ。3人が元居た世界は地球といい、国名は日本、小さな島国ではあるが、とても平和な国でな。というかそもそもの話、地球上には魔物が存在しない」

 俺がそういうと教皇を始め集まった者たちがまさか、という顔をしている。この世界において魔物は常識だからな。

「事実だ。まぁ猛獣と呼ばれる動物はいるがな、それだってある程度すみわけができており、人がいる地域に出てくることはそうそうない。まぁ、たまに出てきて騒動になるがそれだけだ。また、犯罪自体はあるが、盗賊などもはいない。そのため、幼い子供が一人で買い物に出かけるなんてことも問題なくできるし、90年近く前に戦争で負けたことで、法律で戦争事態を禁止しているから、国民のほとんどが戦争を知らないって国なんだ」

 俺が日本についてそういうと、信じられないという表情をしている。

「スニルバルド殿、さすがにそれらを信じることは難しいかと……」

 教皇が尤もなことを言い出した。

「教皇さん、スニルバルドさんが言ったことは事実です。私たちの故郷である日本はとても平和な国なんです」
「麗香殿、本当にそのような世界が」
「そうだ。この世界にいると信じられないかもしれないが、世界が違えば常識も違う、魔物がいるのが当たり前の世界があれば、そんなもの居ない世界だってあるということだ」

 麗香が俺の言葉を肯定し、俺が当然のことを言ったことで、ようやく教皇は日本という国を理解したようだ。

「これでわかっただろ、この3人がいかに平和な世界で育ったのかということを、そして、お前たちが連合軍をと考えた時、3人が否定した理由がこれだ。戦争を悪とする日本人である以上、軍を率いるは最大の悪となるからだ」

 俺の言葉に3人も頷いていることで、教皇も納得している。

「さて、その日本において成人年齢が何歳かわかるか」
「成人年齢ですか、それはやはり15でしょうか?」

 この世界ではどの国でも15歳が成人とされているから、常識として教皇は答えたのだろう。

「いや、日本における成人年齢は18、それも10数年前に20から引き下げられたばかりでな。世間的に言えばまだ20と考えているものが多いんだよ。つまり、孝輔と那奈は16で未成年、麗香は18で成人ではあるが、世間的には未成年扱いとなる。というか、3人ともまだ高校生という学生だからな。まだ親の庇護下にあるんだよ。その意味、分かるか」

 俺の言葉を受けて、教皇は黙り込んでしまっている。

「端的に言えば、お前らがやったのは、平和に暮らしていた未成年を拉致し武器を持たせ、魔王という人間を殺させようとしたんだ。俺がここに来た目的はこれについてこいつらの家族、および日本政府に成り代わり厳重に抗議するためだ。本来であれば、即刻返還し賠償でも要求するところではあるが、残念ながら返還は不可能、さて、この落とし前はどうつけてくれるんだ。教皇」

 これでようやく本来の目的である文句を言えたことになる。ここまで長かった。

「それについては、大変申し訳なく思っております。確かに、我々も魔王の出現という言葉に、思わず勇者召喚を決行してしまいました。勇者様、聖女様、そして麗香様、此度の件本当に申し訳ありませんでした。つきましては、これからの生活の面など多岐にわたり、サポートさせていただきます。何なりと申し付けてください」

 教皇はそういって孝輔たちに向かって頭を下げる。それと同時、アリシエーラ枢機卿や伯母さん、数人の者たちが一斉に頭を下げる。尤も、中には一切頭を下げないやつもいるようだ。

「い、いえ、そんな。俺たちも物語の主人公みたいで楽しかったですから」

 教皇に頭を下げられたことで孝輔も戸惑っている。とりあえずこれでいいとしよう。俺としては文句を言いに来ただけだ。元日本人のおっさんとしてな。

「そうですか、それはようございました。しかし、スニルバルド殿、1つお聞きしてもよろしいですかな」

 文句も言ったしさて帰ろうかと思ったところで、教皇から質問が飛んできた。

「なんだ?」
「はい、先ほどからうかがっていて思ったのですが、あなたはなぜ勇者様方がおられた元の世界について詳しいのでしょう。また、政府に成り代わるとは一体?」

 コルマベイント出身であり、テレスフィリア魔王国魔王、明らかにこの世界の人間である俺がなぜ異世界である日本のことを知っているのか、教皇には不思議なようだ。特に隠しているわけでもないし、話しても問題ないだろう。

「そのことか、さっき伯母さんが俺は特殊だと言ったろ」

 伯母さんの説明の中に俺が特殊な事情を持つものだというものがあった。

「俺には前世の記憶があってな。その前世ってのが、孝輔たちがいた世界、地球の日本だったんだ。そこで俺は40手前の大人だったからな。さっきは魔王としてではなくその立場として文句を言ったというわけだ」
「ぜ、前世の記憶、ですか。それは転生したということ、そのようなことがあるのですか? 私も長年教会に居りますがそのような奇跡聞いたことありません」
「だろうな。この世界でもそうだが、通常は生まれ変わるときに記憶は失うものだからな。まぁ、そこら辺のことも含めて特殊というわけだ」

 俺が転生したことを聞いた教皇はかなり驚いていたが、同時に納得もしているようだ。

「そうでしたか、にわかには信じがたいことではありますが、勇者様方が間違いないとおっしゃるのでしたらそうなのでしょう」

 俺の言葉が嘘ではないということは、孝輔たちが無言で肯定したことで教皇も信じたようだ。

「まっ、というわけで孝輔たちは俺が引き取り保護することにした。異世界の見ず知らずのところより、元とはいえ同じ日本人が王を務めるところの方が、こいつらも落ち着くだろうしな」

 テレスフィリアの生活水準などは、日本とは比べ物にならないものだが、それでも風呂があったりと日本人として生活しやすい国づくりを元日本人である俺が行っている。完全な異世界よりもテレスフィリアの方が圧倒的に過ごしやすいと思う。

 その後、教皇から待ったをかけられたりもしたが、何より孝輔たちがそれを望んだことで、納得してもらい。俺たちは伯母さんたちとの交流の後テレスフィリアに戻ったのだった。
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