空がなくした子供たち

忸怩くん

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高い城の男

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「我々は郊外から来ました。[世界をのぞむ家]というものです」

男は手に持った黒い塊を市民たちに向けながら言った。
市民たちは彼の言動に理解が追いつけず、呆然としていた。

「私たちはあなた方に危害を加えるつもりはありません。いえ・・・むしろ、あなた方を救いに来たのです。盲目の檻から出すために」

数人の市民たちが彼が何を言おうとしているのかを聞こうと近づいて行った。
男はその市民たちに黒い塊を向けながら叫んだ。

「近づくな!」

市民たちはどうして男が声を荒げているのか、自分達の目の前に突きだしている黒い塊に何の意味があるのかを知るはずもなかった。

「どうかされたのですか?気分が悪いのでしたら精神安定センターに連絡しましょうか?」

男の言葉に従わずに、市民たちのなかからボランティア長が彼らの前に出て、そう言った。
それを聞いた男は今までで最も大きな声を発した。

「精神安定だと?お前ら白痴と一緒にするな!」

この時、男の様子を凝視して幸太郎はフードの隙間から少しだけ男の表情を見る事ができた。
それは今まで見たこともない表情だった。
切り開かれたような鋭い目に、むき出された歯、唸りを上げる男の顔は・・・こんなことを考えてはいけないのだが、まるで同じ人間とは思えない別の生き物のようだった。
幸太郎はその顔を見たときに、一瞬だけ今までに感じたことのないような心のざわつきを感じた。
それが何なのかは分からないが、急に足が竦み、手が震えだした。

「幸太郎?どうしたの?大丈夫?」

ドゥーニャは男の表情を見なかったらしい。

「いや・・・大丈夫だよ」

もう正体不明の震えもなくなり、幸太郎はドゥーニャに手を引かれて立ち上がった。

「それにしても何を話してるんだろうね?あまりよく分からないや」

「そうだね・・・。僕にもよく分からない。けど・・・」

男は黒い塊を突きつけたまま、まだランティア長に何か言おうともしていたが、フードを被った小柄な市民がそれを制止した。

「チャーリー!あまり騒ぐと〝奴ら〟に気づかれる!早く事を済まそう」

男はその言葉を聞いておとなしくなり、黒い塊をもった腕を下げた。

「こいつらといると気分が悪くなる。・・・けど、そうだな。俺が言わなくてもいずれ分かる事だ」

男は視線を市民たちから幸福省庁舎に向けた。

「どけ。お前らのを追い払ってやる。そのを外すためにもな」

そう言うと男はボランティア長たち市民を押しのけながら庁舎に向かって歩き始めた。
フードを被った市民たちもそれに続いて行った。

「どうされたのです?あなた方もボランティアに参加されるのでしょう?」

ボランティア長は男の早い歩調に必死に付いていきながら問うた。
男はそれまで見せていた歪な言動からは考えられないほど上機嫌に笑った。

「そうだな!これも所謂〝慈善活動〟の一環だな」

遂にボランティア長も男の歩調と不可解な言動についていけなくなり、その場に立ち尽くした。

男は庁舎の壁の前で止まった。

「ここか?」

「はい!昨晩ここに設置しておきました!そしてこの奥に・・・」

フードを被った市民たちは壁を指さしながら何かを話し合っていた。
他の市民たちは、もう彼らに接してはいけないのではないか、また彼ら自体が何か気分が悪くて接することを疎んでいるのではないかと思い始めていた。
すると、例の男が急に市民たちの方を振り向いて、またいつもの荒々しい声で言った。

「皆さん、今からここを爆破します。怪我をしたくない方はもっと後ろに下がってください。けれど、帰らないようにお願いします。あなたたちは囮であり、目撃者なのですから」

市民たちはなんのことか分からずにお互いの顔を見合って相談していたが、結局彼らの言うとおりに従った。
フードの市民たちも他の市民たちと同じように、壁から距離をとった。

「では皆さん、よく聞き、よく見ていてください。とても大きな音と衝撃が走ります。先ほど私が小銃で鳴らした音よりももっと大きな音と衝撃です。運が悪ければあなたたちも傷を・・・いや、あなたたちにはそれがいい薬となるかもしれないが。この目覚ましであなたたちは目を覚ますことになるでしょう。そのためにも・・・あなた方は全てを見ていかなくてはならない」

市民たちのなかには男の言うことに反して反射的に目と耳を塞ぐ者もいたが、多くのものは彼に従った。
男はそれを一瞥だけすると、フードの市民の一人に向かって片方の手を大きく上げて・・・下げた。
その直後、目に覆い被さるような一瞬の光と大きな波のような音が響いた。
そして見たこともないような大きな煙と、まるで身体洗浄室で身体に発射してくる飛沫のような大量の砂が市民たちに襲いかかった。
幸太郎とドゥーニャは庁舎からは少し離れた場所にいたが、この未曾有の現象から避けることはできなかった。
市民たちの中には出血をしているものもいた。
そして幸太郎たちを含め多くの市民は、一瞬の光と今なお鼓膜に残る大きな衝撃音で意識が朦朧としていて、視線を庁舎に固定したまま立ちすくんでいた。

その目の前でフードの市民たちは忙しそうに動き回っていた。

「どうだ!?【Frest-rin】《※1》は見つけたか!?」

「壁はやりました!中は・・・」

フードの男たちは煙幕が取り巻く壁の奥を覗こうと煙を払っていると、幸太郎たち市民の後方から、彼らと同じようにフードを被った市民が慌てた様子で駆け込んできた。

「団長!〝奴ら〟が・・・」

その市民はそう叫びながら幸太郎の横を通り過ぎようとしていたかどうかという瞬間、鈍い音と共に庁舎の方に大きく吹き飛んでいった。
吹き飛ばされたフードの市民は、フードの市民たちがチャーリー、或いは団長と呼んでいるフードの市民の手前に投げ出され、そのまま動くことはなかった。
フードの市民たちは動かなくなった市民に駆け寄り、彼の名前と思しき言葉を必死に叫びながら身体をさすっていた。
幸太郎はこの騒動よって意識が戻りつつあった。
けれど一体目の前で何が起きているのか、彼には皆目見当がつかなかった。
それは彼の影響が及ばない一つの情景として、目の前の現実がただ淡々と進行していくのだった。

フードの市民が寄り添う中、チャーリーと呼ばれる市民だけは幸太郎の横をじっと睨んでいた。
幸太郎は自分の横と、そして自分の背後に何かがいるのを感じた。

「もう来たのか・・・!」

幸太郎は自分の横を、そして背後に視線を向けた。
そこには今までに見たこともない量のフランクF型が押し寄せていた。




(補足)
※1 幸福省管轄の都市型コンピューター。市民一人一人の【grild-rig】と接続していて常に感情や身体運動の計測を行い、【grild-rig】を通じて市民の幸福活動への補助を行っている。

(引用元)
高い城の男・・・「高い城の男」(フィリップ・K・ディック)

農場主、リボン・・・「動物農場」(ジョージ・オーウェル)
農場主=Fresto-rin リボン=grild-rig
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