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4章 見習い団員ヴィートの葛藤
3 食堂で
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「——あれ? ヴィート!」
自分の名を呼ぶレネの姿が、キラキラと輝きだした。
「……レネ」
あの猫みたいな独特の色をした目で見つめられ、ヴィートは脳味噌の中から得体の知れない物質が溢れ出してくるのを感じた。
久しぶりに飼い主と再会した犬は、もしかしたら……こんな気持ちなのだろうか?
茫然としていると脇腹を小突かれて、ヴィートは現実に引き戻される。
「お、お前……まさか猫と知り合いなのか?」
エミルが小声で訊いてくる。
「あいつの紹介でここに入ったんだよ」
「なんで黙ってたんだよ」
「猫って誰のことか知らなかったから……」
なんだか他の三人が、羨望の目で自分を見つめている。
レネは洗い髪をタオルで拭きながらこっちに向かってくる。
流石に上半身裸ではなかったが、上は薄い肌着と下は下着のまんまだ。
団員たちはリーパ護衛団本部を『男の花園』などと自虐的に呼んでいるが、こんなにも悩ましい白い太ももが食堂をウロウロしていていいのだろうか?
隣を歩く男たちのように、せめてぼーぼーと毛でも生えていてくれれば二度見することもないのに……と見習いたちは視線を逸らす。
レネがこちらに来ると、自ずと他の団員たちもゾロゾロとついてきた。
「ここいいか?」
当たり前のようにレネがヴィートの隣に座るものだから、やたらとアクの強そうな他の団員たちも、ゾロゾロと近くの席を埋めていった。
見習いたちは圧倒的な存在感に、思わず居住まいを正す。
「あれから元気にしてたかい? 気にはなってたんだけど、仕事でここを離れてたから心配してたんだ」
ボリスがレネの向かいに座ると、ヴィートに今まで会えなかった事情を話す。
予想していた通りの内容だ。
「あんたたちが帰って来た時、俺門番やってたんだけど、気付いてなかったでしょ?」
いま思い出すだけでも鳥肌が立つ。
自分よりも強い者たちと遭遇した、驚きと恐怖。
これから、こんな男たちと一緒に働くという喜び。
ヴィートは自分がそんな思いに駆られていることを、ボリスとレネに悟られないよう、平常心を装った。
「マジで!? 普段全然門番の顔とか見ねーし」
そんなヴィートの心など露知らず、レネが拭いた髪を後ろで器用にまとめて結ぶと、横目で笑いかける。
本人は気にもしていないが、髪先から垂れる雫が肌着を濡らし、張り付いた生地から薄っすらと乳輪が透けていた。
レネの方を見ていた見習いの一人が、スプーンで掬った肉団子をポロリと落とす。
『リーパには一匹だけ猫が紛れ込んでいるが、見て見ぬふりをせよ』
先輩団員のこの言葉が、見習いたちに重くのしかかって来る。
「なになに、もしかして……猫ちゃんが拾ってきた奴?」
レネの隣に座った赤毛の男が興味津々に訊いてくる。
(『猫ちゃん』呼びかよ……)
サーコートを着ていた時の雰囲気とはまるで別人のような砕けた雰囲気に、ヴィートは肩を落とす。
それにしても……赤毛の男の裸を見てもなにも感じない。
髪より少し薄いくらいの赤銅色の乳首を見て、逆に安堵の気持ちが湧いてくるのはなぜなのだろうか。
「そうそう、こいつだよ」
「でも猫が拾ってくるなんて初めてじゃないか?」
「成り行きでね」
今度はレネよりも小柄な男がこちらを覗き込む。
よく見るとヴィートよりも小さな男だ。
大男たちに混じっているとよけい小さく見えるのに「こんなのが混じってていいのか?」という危うさは感じない。
なぜだ。
「おい、飯ができたみたいだぞ」
一番大きな熊男がそう言うと、レネたちはカウンターに置かれた料理を取りに行った。
「——なあ、成り行きってなんだよ」
威圧感のある先輩たちが消えた間に、勢いを取り戻したエミルがヴィートを小突く。
エミルはヴィートというよりレネのことが気になって仕方ないようだ。
「喧嘩ふっかけて返り討ちに遭った……みたいな」
まさか妹が掏りをしてたなんて言いたくないのでそこは適当にごまかす。
「お前が負けたのかよ?」
鍛練の時に手合わせしているが、ヴィートはこの四人の中では一番強い。
「それも俺はナイフで、あっちは武器なしだぞ」
あの時のことを思い出すだけでも、身体が熱くなる。
興奮と恐怖とが混じり合って、恍惚となってしまった瞬間だ。
「は?」
「お前が?」
「嘘だろ?」
他の三人はあんぐりと口を開けて驚いている。
外見だけだったら、レネよりもヴィートの方が何倍も強そうに見える。
「気絶するまでボコボコに殴られて、俺は負けてあいつの言いなりになるってことで、ここに連れて来られたんだ」
ちょっと最後は自慢気に言ってやった。
負けた情けない話なのだが、羨望の眼差しで三人から見つめられると、悪い気はしない。
「マジかよ……猫ってそんなに強いのかよ」
「じゃないと、まずあの中に混じれないよな」
「確かに……」
カウンターで食事を受け取る屈強な男たちの背中を見て、見習いたちは納得する。
それぞれの食事を手に持った男たちが席に戻って来た。
レネの皿は自分たちと変わらないが、大柄の団員たちの山盛りになった皿は半端ない。
(コイツらヤベェ……)
そして、こんな中へ普通に混じっているレネが信じられない。
「そういやさ、ミルシェ今どこにいるの?」
レネは肉団子をモグモグ食みながら、肘でヴィートを小突く。
「奥にある団長の私邸に住み込みで働いている夫婦に面倒見てもらってるけど、昼はここの厨房の手伝いをしてる。まあ、行先が決まるまでの間だけどね」
「へー、じゃあ後で覗いてみようかな……」
「でも、このじかん厨房にはもういないって」
「いや、団長の私邸の方だよ。オレもあそこに住んでんだ」
「は?」
なんだか今とんでもないことを聞いた気がする。
自分の名を呼ぶレネの姿が、キラキラと輝きだした。
「……レネ」
あの猫みたいな独特の色をした目で見つめられ、ヴィートは脳味噌の中から得体の知れない物質が溢れ出してくるのを感じた。
久しぶりに飼い主と再会した犬は、もしかしたら……こんな気持ちなのだろうか?
茫然としていると脇腹を小突かれて、ヴィートは現実に引き戻される。
「お、お前……まさか猫と知り合いなのか?」
エミルが小声で訊いてくる。
「あいつの紹介でここに入ったんだよ」
「なんで黙ってたんだよ」
「猫って誰のことか知らなかったから……」
なんだか他の三人が、羨望の目で自分を見つめている。
レネは洗い髪をタオルで拭きながらこっちに向かってくる。
流石に上半身裸ではなかったが、上は薄い肌着と下は下着のまんまだ。
団員たちはリーパ護衛団本部を『男の花園』などと自虐的に呼んでいるが、こんなにも悩ましい白い太ももが食堂をウロウロしていていいのだろうか?
隣を歩く男たちのように、せめてぼーぼーと毛でも生えていてくれれば二度見することもないのに……と見習いたちは視線を逸らす。
レネがこちらに来ると、自ずと他の団員たちもゾロゾロとついてきた。
「ここいいか?」
当たり前のようにレネがヴィートの隣に座るものだから、やたらとアクの強そうな他の団員たちも、ゾロゾロと近くの席を埋めていった。
見習いたちは圧倒的な存在感に、思わず居住まいを正す。
「あれから元気にしてたかい? 気にはなってたんだけど、仕事でここを離れてたから心配してたんだ」
ボリスがレネの向かいに座ると、ヴィートに今まで会えなかった事情を話す。
予想していた通りの内容だ。
「あんたたちが帰って来た時、俺門番やってたんだけど、気付いてなかったでしょ?」
いま思い出すだけでも鳥肌が立つ。
自分よりも強い者たちと遭遇した、驚きと恐怖。
これから、こんな男たちと一緒に働くという喜び。
ヴィートは自分がそんな思いに駆られていることを、ボリスとレネに悟られないよう、平常心を装った。
「マジで!? 普段全然門番の顔とか見ねーし」
そんなヴィートの心など露知らず、レネが拭いた髪を後ろで器用にまとめて結ぶと、横目で笑いかける。
本人は気にもしていないが、髪先から垂れる雫が肌着を濡らし、張り付いた生地から薄っすらと乳輪が透けていた。
レネの方を見ていた見習いの一人が、スプーンで掬った肉団子をポロリと落とす。
『リーパには一匹だけ猫が紛れ込んでいるが、見て見ぬふりをせよ』
先輩団員のこの言葉が、見習いたちに重くのしかかって来る。
「なになに、もしかして……猫ちゃんが拾ってきた奴?」
レネの隣に座った赤毛の男が興味津々に訊いてくる。
(『猫ちゃん』呼びかよ……)
サーコートを着ていた時の雰囲気とはまるで別人のような砕けた雰囲気に、ヴィートは肩を落とす。
それにしても……赤毛の男の裸を見てもなにも感じない。
髪より少し薄いくらいの赤銅色の乳首を見て、逆に安堵の気持ちが湧いてくるのはなぜなのだろうか。
「そうそう、こいつだよ」
「でも猫が拾ってくるなんて初めてじゃないか?」
「成り行きでね」
今度はレネよりも小柄な男がこちらを覗き込む。
よく見るとヴィートよりも小さな男だ。
大男たちに混じっているとよけい小さく見えるのに「こんなのが混じってていいのか?」という危うさは感じない。
なぜだ。
「おい、飯ができたみたいだぞ」
一番大きな熊男がそう言うと、レネたちはカウンターに置かれた料理を取りに行った。
「——なあ、成り行きってなんだよ」
威圧感のある先輩たちが消えた間に、勢いを取り戻したエミルがヴィートを小突く。
エミルはヴィートというよりレネのことが気になって仕方ないようだ。
「喧嘩ふっかけて返り討ちに遭った……みたいな」
まさか妹が掏りをしてたなんて言いたくないのでそこは適当にごまかす。
「お前が負けたのかよ?」
鍛練の時に手合わせしているが、ヴィートはこの四人の中では一番強い。
「それも俺はナイフで、あっちは武器なしだぞ」
あの時のことを思い出すだけでも、身体が熱くなる。
興奮と恐怖とが混じり合って、恍惚となってしまった瞬間だ。
「は?」
「お前が?」
「嘘だろ?」
他の三人はあんぐりと口を開けて驚いている。
外見だけだったら、レネよりもヴィートの方が何倍も強そうに見える。
「気絶するまでボコボコに殴られて、俺は負けてあいつの言いなりになるってことで、ここに連れて来られたんだ」
ちょっと最後は自慢気に言ってやった。
負けた情けない話なのだが、羨望の眼差しで三人から見つめられると、悪い気はしない。
「マジかよ……猫ってそんなに強いのかよ」
「じゃないと、まずあの中に混じれないよな」
「確かに……」
カウンターで食事を受け取る屈強な男たちの背中を見て、見習いたちは納得する。
それぞれの食事を手に持った男たちが席に戻って来た。
レネの皿は自分たちと変わらないが、大柄の団員たちの山盛りになった皿は半端ない。
(コイツらヤベェ……)
そして、こんな中へ普通に混じっているレネが信じられない。
「そういやさ、ミルシェ今どこにいるの?」
レネは肉団子をモグモグ食みながら、肘でヴィートを小突く。
「奥にある団長の私邸に住み込みで働いている夫婦に面倒見てもらってるけど、昼はここの厨房の手伝いをしてる。まあ、行先が決まるまでの間だけどね」
「へー、じゃあ後で覗いてみようかな……」
「でも、このじかん厨房にはもういないって」
「いや、団長の私邸の方だよ。オレもあそこに住んでんだ」
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