104 / 663
6章 吟遊詩人を追跡せよ
6 背中を預ける理由
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
風呂から上がると、新しい着替えが準備されていた。
だが、その服を見てレネは戦慄する。
元着ていた服を探すが、見当たらない。
裸でいたくなければ、この服を着るしかないのか。
あの男はいったい弟子の自分になにをさせるつもりなのだ……。
我が師ながら、なにを考えているのかまったくわからない。
旅の間もただただ驚かされるばかりだった。
男と連れ込み宿に入って行った時は、止めるべきか本気で悩んだ。
吟遊詩人の姿はこれまで何度も見たことがあるが、まさか男とも寝るとは思ってもいなかった。
リーパの団員たちが知ったらきっと卒倒するだろう。
お堅い副団長の姿からは想像もつかないが、これがルカーシュの本来の姿なのだ。
こんな自由な男を、団の中に引き留めているバルナバーシュは凄いと思う。
リーパの中でこの男だけが、バルナバーシュに服従していない。
バルナバーシュがマウンティング行為をせずとも、ルカーシュがリーパに留まる理由を、レネは知りたいようで、知りたくないような……複雑な気持ちだ。
本気で殺り合って、バルナバーシュに勝てる可能性があるのは、ルカーシュだけだろう。
ゼラも剣では圧倒的に強いが団長には及ばない。
それに人を殺すのに必ずしも剣で殺す必要はない。剣の腕と人を殺す能力は違うものだ。
ルカーシュはあらゆる状況からでも人を殺す能力に長けていた。一度殺すと決めたら、自分が有利な状況を作り出してあの男はどうにかする。
もしかしたら……バルナバーシュを背後から仕留めるために、大人しく副団長の座に納まっているのかもしれない。
ないとは思うが、そうとはいい切れないところが、ルカーシュの恐ろしい所だ。
そんな男をいつも背後に置いているバルナバーシュは、やはり凄い。
『こいつは絶対自分を殺さない』
『こいつになら殺されてもいい』
どちらかでないと無理だ。
そんなルカーシュの弟子に、自分はなったのだ。
目の前にある布切れ一枚で、いちいち感情を動かされていては師匠には到底追いつけない。
レネは覚悟を決めて、服に袖を通す。
『ルカの後を追え』とバルナバーシュに命じられた時から、ルカーシュはコジャーツカ族の所へ行くのではないかという予感が、どこかにあった。
子供のころにバルナバーシュのような剣士になるのを夢見て、将来リーパ団に入団することを決意したのに、最初に突きつけられた現実は厳しいものだった。
父親のようにとはいかないが、それ以上の尊敬と憧れを持って慕っていたバルナバーシュから、もう直接剣を教えることはないと知らされた時には、目の前が真っ暗になった。
そしていつもその後ろに立つ、キツい印象の男が自分の師匠になると言われ、絶望のあまり家出した。
両手剣のバルナバーシュではなく、片手剣を得意とするルカーシュを師に持つということはなにを意味するのか、子供だってすぐにわかる。
憧れの存在と同じにはなれないと……現実を突きつけられた。
自分は男らしい剣士に憧れていたのに、どうしてこんな奴が……と何度も思った。
そして、時が経つとともに、その男と自分との共通点に気付いていく。
ルカーシュは体格にも恵まれず、他の団員たちから陰口を叩かれることがあっても、自分の強さを誇示することはない。
弱肉強食の雄の集団の中で、貧弱な体格も、一見柔らかそうな物腰も、全部が侮られる材料でしかない。
犬の集団の中で『猫』と呼ばれ、もみくちゃにされながらも必死に居場所を作ってきたネにはわかる。
ルカーシュは劣等感の塊を抱えながら生きている。
だが……ルカーシュは誰よりも自由だった。
すべてをひっくり返す強さを、あの男は持っているからだ。
「準備はできたか?」
ルカーシュが風呂場に顔を出す。
「なんだよ、準備って……」
レネは改めて、自分の師を見る。
コジャーツカの戦士の服に身を包んだルカーシュは……一発殴ってやりたくなるほど似合っていた。
吟遊詩人として歌っていた時は、レネさえおかしな気分にさせるほど妖艶だったのに、今はどうだ……。
薄いが少し無精ひげが生え、キツイ眼差しは雄の色気が滲んでいた。
男らしくないことにかけては自分といい勝負だと思っていたのに、なんだか抜け駆けされた気分だ。
(それに比べて、オレはなんだっ!)
自分の顎を触るが、髭など生えても来ない。
旅する間も自分の容貌について嫌というほど向き合う機会があった。役にも立ったが、変なのに目を付けられて碌な目に遭わなかった。
拍車をかけるのが今のこの格好だ。
今回の旅で、澱のようにたまっていた師匠に対する怒りがあふれ出す。
「……いい顔になってきたな。今のお前になら抱かれてもいい」
唇を舐めるとゴクリと唾を飲み込み、ルカーシュは呟く。
(こいつは本気で言ってやがる……)
「下種が……」
怒りで声が掠れた。
風呂から上がると、新しい着替えが準備されていた。
だが、その服を見てレネは戦慄する。
元着ていた服を探すが、見当たらない。
裸でいたくなければ、この服を着るしかないのか。
あの男はいったい弟子の自分になにをさせるつもりなのだ……。
我が師ながら、なにを考えているのかまったくわからない。
旅の間もただただ驚かされるばかりだった。
男と連れ込み宿に入って行った時は、止めるべきか本気で悩んだ。
吟遊詩人の姿はこれまで何度も見たことがあるが、まさか男とも寝るとは思ってもいなかった。
リーパの団員たちが知ったらきっと卒倒するだろう。
お堅い副団長の姿からは想像もつかないが、これがルカーシュの本来の姿なのだ。
こんな自由な男を、団の中に引き留めているバルナバーシュは凄いと思う。
リーパの中でこの男だけが、バルナバーシュに服従していない。
バルナバーシュがマウンティング行為をせずとも、ルカーシュがリーパに留まる理由を、レネは知りたいようで、知りたくないような……複雑な気持ちだ。
本気で殺り合って、バルナバーシュに勝てる可能性があるのは、ルカーシュだけだろう。
ゼラも剣では圧倒的に強いが団長には及ばない。
それに人を殺すのに必ずしも剣で殺す必要はない。剣の腕と人を殺す能力は違うものだ。
ルカーシュはあらゆる状況からでも人を殺す能力に長けていた。一度殺すと決めたら、自分が有利な状況を作り出してあの男はどうにかする。
もしかしたら……バルナバーシュを背後から仕留めるために、大人しく副団長の座に納まっているのかもしれない。
ないとは思うが、そうとはいい切れないところが、ルカーシュの恐ろしい所だ。
そんな男をいつも背後に置いているバルナバーシュは、やはり凄い。
『こいつは絶対自分を殺さない』
『こいつになら殺されてもいい』
どちらかでないと無理だ。
そんなルカーシュの弟子に、自分はなったのだ。
目の前にある布切れ一枚で、いちいち感情を動かされていては師匠には到底追いつけない。
レネは覚悟を決めて、服に袖を通す。
『ルカの後を追え』とバルナバーシュに命じられた時から、ルカーシュはコジャーツカ族の所へ行くのではないかという予感が、どこかにあった。
子供のころにバルナバーシュのような剣士になるのを夢見て、将来リーパ団に入団することを決意したのに、最初に突きつけられた現実は厳しいものだった。
父親のようにとはいかないが、それ以上の尊敬と憧れを持って慕っていたバルナバーシュから、もう直接剣を教えることはないと知らされた時には、目の前が真っ暗になった。
そしていつもその後ろに立つ、キツい印象の男が自分の師匠になると言われ、絶望のあまり家出した。
両手剣のバルナバーシュではなく、片手剣を得意とするルカーシュを師に持つということはなにを意味するのか、子供だってすぐにわかる。
憧れの存在と同じにはなれないと……現実を突きつけられた。
自分は男らしい剣士に憧れていたのに、どうしてこんな奴が……と何度も思った。
そして、時が経つとともに、その男と自分との共通点に気付いていく。
ルカーシュは体格にも恵まれず、他の団員たちから陰口を叩かれることがあっても、自分の強さを誇示することはない。
弱肉強食の雄の集団の中で、貧弱な体格も、一見柔らかそうな物腰も、全部が侮られる材料でしかない。
犬の集団の中で『猫』と呼ばれ、もみくちゃにされながらも必死に居場所を作ってきたネにはわかる。
ルカーシュは劣等感の塊を抱えながら生きている。
だが……ルカーシュは誰よりも自由だった。
すべてをひっくり返す強さを、あの男は持っているからだ。
「準備はできたか?」
ルカーシュが風呂場に顔を出す。
「なんだよ、準備って……」
レネは改めて、自分の師を見る。
コジャーツカの戦士の服に身を包んだルカーシュは……一発殴ってやりたくなるほど似合っていた。
吟遊詩人として歌っていた時は、レネさえおかしな気分にさせるほど妖艶だったのに、今はどうだ……。
薄いが少し無精ひげが生え、キツイ眼差しは雄の色気が滲んでいた。
男らしくないことにかけては自分といい勝負だと思っていたのに、なんだか抜け駆けされた気分だ。
(それに比べて、オレはなんだっ!)
自分の顎を触るが、髭など生えても来ない。
旅する間も自分の容貌について嫌というほど向き合う機会があった。役にも立ったが、変なのに目を付けられて碌な目に遭わなかった。
拍車をかけるのが今のこの格好だ。
今回の旅で、澱のようにたまっていた師匠に対する怒りがあふれ出す。
「……いい顔になってきたな。今のお前になら抱かれてもいい」
唇を舐めるとゴクリと唾を飲み込み、ルカーシュは呟く。
(こいつは本気で言ってやがる……)
「下種が……」
怒りで声が掠れた。
64
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる