菩提樹の猫

無一物

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6章 吟遊詩人を追跡せよ

エピローグ

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◆◆◆◆◆


「お前なんかやつれたな……でもちゃんと手に入れたみたいじゃないか」

 メストに帰ると、団長の執務室に直行した。
 バルナバーシュは、レネの腰に差した二本の剣を見て、満足そうに……でも少し寂しそうに笑った。
 レネは団長の後ろに、何事もなかったかのように控えるルカーシュを睨む。

「副団長は、いつ帰って来たんですか?」

「お前、いつだったか?」

「三日前です」

(なんてことない顔で、しれっと言いやがる……)

 レネはルカーシュの底知れぬ恐ろしさを知った。
 弟子を置いてあっという間に去って行った師匠が、三日も早くメストへと帰還していたなんて、いったいどういう魔法を使ったのだ。

 こうしてリーパの松葉色のサーコートを着て団長の後ろに立っていると、三十半ばのお堅い男に見えるのがレネは不思議でたまらない。
 紫煙を燻らせ妖艶な笑みを浮かべる吟遊詩人や、目線だけで人を殺しそうなコジャーツカの戦士と、本当にこの男は同一人物なのだろうか。

 レネは改めて、執務室の奥に飾られた大振りの両手剣を見る。
 一度も使われたことのないこの剣に、自分は幻想を求めていた。

 大切ななにかを捨てたから、本当に自分に必要なものが手に入った。

 今回の旅で、レネの中ではスッキリと心の整理ができた。
 なりたい理想と、己の本来の形が違っていたのだ。

 幼いころは、あんなに認めたくなかったのに、今となってはこの師匠しか自分にはいなかったのだと思う。
 今の記憶を持ったまま十一歳のころに戻って、バルナバーシュとルカーシュどちらを師にするかと問われたら、迷わずルカーシュと答えるだろう。

 自分が迷うことで、正しい判断をしたバルナバーシュをも苦しめていた。
 口に出さずとも、レネは養父が思い悩んでいたことを知っていた。
 レネは、ずっと戻って来たら言おうと思っていた言葉を口にする。

「自分が十一のころ、団長が副団長を師に選んでくれたことは、今では感謝しかありません。本当にありがとうございました。——では、失礼いたします」

 そう言うと、レネは一礼して執務室を退出した。


 二人の越された執務室で、鼻を啜る音だけが響く。

「なんだよ……親子揃って……」

 呆れた顔をして、ルカーシュはポケットからハンカチを取り出し、バルナバーシュへそっと渡した。


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