菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
196 / 663
11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

17 そもそも

しおりを挟む
◆◆◆◆◆


 宿に戻ると、マルツェルも交えて大部屋で一連の出来事について、レネは皆に説明をした。

 昨日リーパの団長からレネ宛に送られてきた手紙のこと。
 ハミルよりも前にマルツェルへ会う必要があったので、皆が温泉に行っている間に八班の宿舎に一人で行ったこと。
 朝からハミルが宿を抜け出した後に書き置きを残して、マルツェルと自習室で待機し、ハミルの襲撃を阻止したこと。
 これによりハミルの一連の犯行が決定的になったこと。

 ハミルも後ろ手に拘束されたまま、その話を聞いていた。
 
(奥様に知られてしまったのか……)
 
 そして、あることが頭をよぎる。
  
「じゃあ……あんたたちが真面目に仕事をしてなかったのも……」

「そもそも、お前はオレたちの護衛対象じゃない」
 
 レネが甘さの欠片も感じさせない表情でそう告げた。
 一気に形勢逆転し、ハミルはいたたまれなくなる。
 
「だから……そのサーコート……」
 
 リーパ護衛団のトレードマークである緑色のサーコートを今朝になって初めて、団員たちが着用している。
 
「今日からがリーパの正式な仕事だからな」
「俺たちは最初からマルツェルさんの護衛しか依頼されてないんだよ」
 
 団員たちからきっぱり言われ、ハミルは自分の浅はかさに歯噛みした。

(クソ……自分だけ踊らされていたのか)

 ハミルが見ていただらしのない団員たちの姿は、自分を油断させる目眩ましでしかなかったのだ。
 ドゥシャンの後についていっただけでも足が竦んだ八班の宿舎に、レネは昨夜、一人で乗り込んでマルツェルと面会していたのだ。

(もしかしたら……ドゥシャンの言っていたことも……)
 
「まさか……昨夜、竜騎士団の奴らが倒れてたってのは、お前の仕業なのか?」
 
 ハミルが問いかけると、レネは目を泳がせる。

「おい、今のは聞き捨てならねぇな。竜騎士団ってなんだよ」
 
 答えが返ってくる前に、カレルが眉間に皺を寄せてレネを睨む。
 
「いや……あっちが先に因縁つけてきたし、こっちもイライラ来てたから、ついね……」

「お前っ、昼間も拉致られそうになってたのになにやってんだよ」
 
 バルトロメイが昨日の昼間の話題を持ち出して怒りだす。
 
「だからイラッときてたんだって」
 
 レネは面倒臭そうに言い返す。
 もしかしたらハミルが言ったことも、この青年を苛つかせた要因の一つになっていたかもしれない。
 だが虫の居所が悪かったという理由で、剣を持った複数人の相手を倒すとは……しかも相手はあの竜騎士団だ。

 この青年はいったいなんなのだ?
 ハミルが抱いていたか弱そうな美青年のイメージが、足元からガラガラと崩れていく。
 
「そんなことよりも、マルツェルさんこいつどうする?」
 
 レネが罠にかかった獲物みたいにハミルを一瞥すると、他の男たちの目線が一斉にこちらへと向った。
 ハミルは腕を拘束され、猟犬たちに睨まれる獲物の気分だった。

「そうだな……こいつに幾つか訊いておきたいことがある。お前……どうして俺を陥れるようなことをした?」
 
 やはりマルツェルはなにもわかっていない。
 
「奥様は……あんたが女遊びをする度に悲しんでらっしゃった。あんたがいなくなれば奥様も悲しむことはないと思ったんだっ!」
 
 ハミルはマルツェルが夜出かける度に、クラーラが悲しい顔をして夫の帰りを待っているのを見ていた。
 あんな美しい妻がいながら、女遊びをやめないマルツェルのことを次第に憎むようになってきた。
 痛い所を突かれ、マルツェルも苦い顔をしている。

「だからあの日、歓楽街で酔い潰れているあんたに浮浪者の服を着せて、金鉱山に連れて行く浮浪者たちが集められる河原に転がしておいた。あんたがいなくなって奥様も悲しむことがなくなると思ったのに、奥様は毎日泣いて過ごされるようになった……こうなったらもういっそのこと、亡き者にしてしまった方が奥様も悲しまれることはないだろうと思ったから……」

 自分のために奥様がたくさんの護衛を雇ってくれたと思ったのに、蓋を開けてみれば、すべてこの憎き男のためだった。

「奥様のためと言いながら、ただ自分に振り向いてくれるよう仕向けてるだけじゃねえか」
 
 ベドジフが一刀両断に斬り捨てる。
 その通りかもしれない。自分はあの美しい人妻に惚れていたのだ。
 手の届かない存在に背伸びして、無理矢理こちらを振り向かせようとしていただけだ。

 マルツェルはしばらくの間、難しい顔をしてずっと考え込んでいた。
 ハミルにはこの時間がまるで針の筵にでも座らされているようで、身体中から脂汗がタラタラと流れ出る。

「お前は俺を陥れ殺そうとした。許すつもりはねえが俺も鬼じゃねえ。お前には二つ選択肢を与えてやる。主人を殺そうとした罪で捕まるか、ここの八班で俺の代わりに強制労働するか。どっちがいいか選べ」
 
 ハミルは捕まってから、この先どうなるかなんてまだぜんぜん頭が回っていなかったが、現実を突きつけられ身体中に震えが走った。

 役人に突き出されたら、自分は……未遂とは言え、主人殺しの罪に問われ死罪を言い渡されるだろう。
 それだったら……たとえ過酷だとしても、ここで働いた方がまだましだ。選択肢など最初からなきに等しい。

 失敗した時のことはできるだけ考えないでいたが、いま目の前にある現実は厳しいものだ。
 ブルブルと震えて声が出なかったが、やっとのことで声を絞り出し、答えを出した。

「——ここで働きます……」

 ハミルが躊躇いながらも、やっとのことで言葉を吐き出すと、マルツェルはその手首を掴んで、無理矢理立たせる。

「決まりだ。管理棟へ手続きに行くぞ」


しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...