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12章 伯爵令息の夏休暇
12 ベルナルト
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◆◆◆◆◆
「アンドレイ、久しぶりだな」
吟遊詩人と別れて水辺近くの開けた場所に歩いていると、自分を呼び止める声が聞こえ足を止める。
「……ベルナルト」
背の高い黒髪の少年がこちらを見ている。
リンブルク伯爵家の隣に領地を持つ、ダルシー伯爵家の長男のベルナルトだ。
領地が隣同士ということもあり、よく顔を合わせていた二人だが、アンドレイが留学してからといもの、もう一年近くベルナルトとは会っていなかった。
一年しか年は違わないはずだが、ベルナルトの方が拳一つ分くらい背が高い。身体つきも筋肉質でがっしりしている。
仲が悪いわけではないが、なにかと比べられることの多く、アンドレイはベルナルトに引け目を感じていた。
「デニスはどうしたんだ? 今日はやけに美青年を連れてるじゃないか」
そう言うベルナルトのすぐ隣には騎士のなりをした屈強な男が控えていた。
クルトという名のその男は、アンドレイに仕えるデニス同様、ベルナルトに剣を捧げた騎士で、いつも一緒にいる。
だからアンドレイが、デニスと一緒にいないのを不思議に思ったのだろう。
そしてその代わりのように付き添うレネの姿に、興味を示している。
「帯剣してるみたいだが、まさか彼が新しい騎士なのか?」
ベルナルトはレネの腰に差している剣まで目ざとく見つけたようだ。
「いや、デニスはいま怪我をして療養中だけど、明日帰ってくる予定なんだ。レネは僕の従者だ。だが彼も立派な剣士だ」
つい、ベルナルトには負けたくないという出来心で、レネも剣士だというよけいなことまで口にしてしまう。
事実を述べただけなのだが、この一言で厄介なことに巻き込まれてしまう羽目になる。
「そうなのか? だったら彼を連れてオストロフ島で野営をしに行かないか? 実はパトリクも誘ってるんだ。君は留学中だし、一緒に過ごせるのもジェゼロにいる間だけだ。昔はよく一緒に遊んだじゃないか」
パトリクはペレリーナ侯爵家の嫡男で、ベルナルトと同じ十七歳だ。
格好つけたがりのいけ好かない男だったと記憶している。
ただでさえ命を狙われているというのに、午餐会の前にそんな面倒なこと行きたくはなかったが、貴族の子弟同士のこういった付き合いを疎かにすると、後々厄介なことにもなる。
オストロフ島はボジ・ルゼ湖に浮かぶ無人島だが、貴族の子弟たちの間では昔から、あの島で一晩過ごすと一人前の男として認められるという謂れがある。
ジェゼロに別荘を持っている貴族の男子にとっての通過儀礼のようなものだ。
もし断れば、「リンブルク伯爵家の嫡男は尻尾を巻いて逃げた」と醜聞が広まり、下手すれば縁談にも悪影響を与えるかもしれない。
「わかったよ。デニスも一緒に連れて行くよ」
「でも、療養明けなんだろ? まだ無理しない方がいいんじゃないか? それに君だけ二人も供を連れて行くなんてズルいじゃないか。彼だけでいいだろ」
「…………」
アンドレイはなにも言い返すことができない。
それにもう子供ではないのだから、いつまでもデニスに頼りっぱなしなのはよくないとわかっていた。
「じゃあ決まりだ。五日後に、うちで舟を出すから屋敷に来てくれ。君も一緒にね」
ベルナルトは勝手に物事をぽんぽんと決めてしまうと、もう用は済んだとばかりに、お付きの騎士のクルトを従えて、賑やかな天幕の方へと去って行った。
「なにあれ……」
レネが呆然としながらベルナルトの後ろ姿を見つめている。
「どうしよう……無人島とか絶対無理に決まってる。デニスも連れていけないし……」
頭ではわかっていても、ずっと一緒だったデニスの不在は、アンドレイを不安の海へと突き落とす。
突然のなりゆきに、肩を落とし途方に暮れた。
そんな空気など読まずに、お供の従者は落ち込むアンドレイ背中を叩く。
「無人島だろ? 食料は現地調達? 任しといてよ。オレ野宿慣れてるし、彼らを見返してやろうよ」
なんだか、レネの顔にやる気が漲って見えるのは気のせいだろうか?
その自信がどこから来るのかわからず、よけいにアンドレイは不安になった。
ふと、ジェゼロの手前で雨に降られ雨宿りした時のことを思い出す。
あの時が生まれて初めての野宿だった。
薪を拾ってきて、レネは手慣れた様子で火を付けていた。
そしてあの時見た、暗闇の中に白く浮かぶレネの裸が、今でもアンドレイを悩ませている。
他人の裸など絵画以外では、デニスしか見たことがなかったので、そのあまりの違いに目が離せなかったのを覚えている。
デニスがレネをボフミルから隠そうとしていたのも、レネの裸をアンドレイが意識する要因になった。
裸のまま同じ毛布に包まって過ごした一晩は、アンドレイにとっては衝撃的な一晩で、あれから熱が出たのも……たぶん身体が冷えたことだけが原因ではない。
(もしかしたら……無人島に行くと、また同じような体験ができるかもしれない……)
まだ名前のつかない欲求が頭をもたげ、その欲を追求するために、アンドレイの身体を突き動かす。
「よしっ! 無人島でやつらを見返してやろうっ!」
「うん! その調子だよアンドレイ」
「アンドレイ、久しぶりだな」
吟遊詩人と別れて水辺近くの開けた場所に歩いていると、自分を呼び止める声が聞こえ足を止める。
「……ベルナルト」
背の高い黒髪の少年がこちらを見ている。
リンブルク伯爵家の隣に領地を持つ、ダルシー伯爵家の長男のベルナルトだ。
領地が隣同士ということもあり、よく顔を合わせていた二人だが、アンドレイが留学してからといもの、もう一年近くベルナルトとは会っていなかった。
一年しか年は違わないはずだが、ベルナルトの方が拳一つ分くらい背が高い。身体つきも筋肉質でがっしりしている。
仲が悪いわけではないが、なにかと比べられることの多く、アンドレイはベルナルトに引け目を感じていた。
「デニスはどうしたんだ? 今日はやけに美青年を連れてるじゃないか」
そう言うベルナルトのすぐ隣には騎士のなりをした屈強な男が控えていた。
クルトという名のその男は、アンドレイに仕えるデニス同様、ベルナルトに剣を捧げた騎士で、いつも一緒にいる。
だからアンドレイが、デニスと一緒にいないのを不思議に思ったのだろう。
そしてその代わりのように付き添うレネの姿に、興味を示している。
「帯剣してるみたいだが、まさか彼が新しい騎士なのか?」
ベルナルトはレネの腰に差している剣まで目ざとく見つけたようだ。
「いや、デニスはいま怪我をして療養中だけど、明日帰ってくる予定なんだ。レネは僕の従者だ。だが彼も立派な剣士だ」
つい、ベルナルトには負けたくないという出来心で、レネも剣士だというよけいなことまで口にしてしまう。
事実を述べただけなのだが、この一言で厄介なことに巻き込まれてしまう羽目になる。
「そうなのか? だったら彼を連れてオストロフ島で野営をしに行かないか? 実はパトリクも誘ってるんだ。君は留学中だし、一緒に過ごせるのもジェゼロにいる間だけだ。昔はよく一緒に遊んだじゃないか」
パトリクはペレリーナ侯爵家の嫡男で、ベルナルトと同じ十七歳だ。
格好つけたがりのいけ好かない男だったと記憶している。
ただでさえ命を狙われているというのに、午餐会の前にそんな面倒なこと行きたくはなかったが、貴族の子弟同士のこういった付き合いを疎かにすると、後々厄介なことにもなる。
オストロフ島はボジ・ルゼ湖に浮かぶ無人島だが、貴族の子弟たちの間では昔から、あの島で一晩過ごすと一人前の男として認められるという謂れがある。
ジェゼロに別荘を持っている貴族の男子にとっての通過儀礼のようなものだ。
もし断れば、「リンブルク伯爵家の嫡男は尻尾を巻いて逃げた」と醜聞が広まり、下手すれば縁談にも悪影響を与えるかもしれない。
「わかったよ。デニスも一緒に連れて行くよ」
「でも、療養明けなんだろ? まだ無理しない方がいいんじゃないか? それに君だけ二人も供を連れて行くなんてズルいじゃないか。彼だけでいいだろ」
「…………」
アンドレイはなにも言い返すことができない。
それにもう子供ではないのだから、いつまでもデニスに頼りっぱなしなのはよくないとわかっていた。
「じゃあ決まりだ。五日後に、うちで舟を出すから屋敷に来てくれ。君も一緒にね」
ベルナルトは勝手に物事をぽんぽんと決めてしまうと、もう用は済んだとばかりに、お付きの騎士のクルトを従えて、賑やかな天幕の方へと去って行った。
「なにあれ……」
レネが呆然としながらベルナルトの後ろ姿を見つめている。
「どうしよう……無人島とか絶対無理に決まってる。デニスも連れていけないし……」
頭ではわかっていても、ずっと一緒だったデニスの不在は、アンドレイを不安の海へと突き落とす。
突然のなりゆきに、肩を落とし途方に暮れた。
そんな空気など読まずに、お供の従者は落ち込むアンドレイ背中を叩く。
「無人島だろ? 食料は現地調達? 任しといてよ。オレ野宿慣れてるし、彼らを見返してやろうよ」
なんだか、レネの顔にやる気が漲って見えるのは気のせいだろうか?
その自信がどこから来るのかわからず、よけいにアンドレイは不安になった。
ふと、ジェゼロの手前で雨に降られ雨宿りした時のことを思い出す。
あの時が生まれて初めての野宿だった。
薪を拾ってきて、レネは手慣れた様子で火を付けていた。
そしてあの時見た、暗闇の中に白く浮かぶレネの裸が、今でもアンドレイを悩ませている。
他人の裸など絵画以外では、デニスしか見たことがなかったので、そのあまりの違いに目が離せなかったのを覚えている。
デニスがレネをボフミルから隠そうとしていたのも、レネの裸をアンドレイが意識する要因になった。
裸のまま同じ毛布に包まって過ごした一晩は、アンドレイにとっては衝撃的な一晩で、あれから熱が出たのも……たぶん身体が冷えたことだけが原因ではない。
(もしかしたら……無人島に行くと、また同じような体験ができるかもしれない……)
まだ名前のつかない欲求が頭をもたげ、その欲を追求するために、アンドレイの身体を突き動かす。
「よしっ! 無人島でやつらを見返してやろうっ!」
「うん! その調子だよアンドレイ」
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