菩提樹の猫

無一物

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11章 小島から脱出せよ

18 サイレン

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「こっそり逃げようっても、そうはいかせねえぞ!!」

「バートっ!!」

 やっぱり生きていた。
 訓練の最中にゾランが耳元で囁いたことは本当だったのだ。

「レネ、無事か?」

 なにをもって無事といっていいのかわからない。
 無事だと声に出して答えたら嘘になるので、首を縦に振って曖昧に頷く。

 真っすぐにこちらを見つめて来る相手の顔を直視できないでいると、バルトロメイはレネの心の内を察したのか、すぐにその矛先を隣の人物へと変えた。
 

「——よくも……裏切りやがったな」
 
 掠れ声を発しながら、バルトロメイがフィリプを睨む。
 声の調子から、怒りの感情に支配されているのが伝わってくる。
 

「……バート……?」

(……どういうことだ?)


「あれ? 生きてたんだ……。あの時に邪魔が入って止めを刺し損ねたからな……」

 好青年の仮面が剥がれ落ち、金髪の男は開き直った態度でバルトロメイを見た。
 
「……え?」

 ここまで聞いてもレネは、まだ話が飲み込めない。


「ははっ、まだ理解できないみたいだな」

 仲間想いで優しいフィリプの面影はどこにもない。
 レネは本能的に、突然殺気を溢れさせた男から離れようとするが、発熱のため弱った身体では抵抗できるはずもなく、肩を掴む腕を更に引き寄せられ盾に取られる。

 意識の奥底でフィリプに対して違和感を覚えていた。
 さっきだって、レネが閉じ込められているはずの扉には鍵が掛かっていなかった。

 よくよく考えてみると、いくら元騎士だからといって、自由に部屋を出入りできるのもおかしな話だ。
 それに、腰には取り上げられていたはずの剣を差している。

 精神的に極限状態に追いやられていたレネは、違和感には気付きながらもそこまで深く考える余裕もなかったし、ゾランの件もありこれ以上仲間を疑いたくはなかった。


 しかしフィリプがバルトロメイのいう通り裏切り者だとしても、腑に落ちない部分がある。
 二年以上も同僚として一緒に働いてきた。
 命懸けて、川に飛び込み溺れるレネを助けてくれたこともある。

 それにレーリオの仲間だったら、なぜゾランから斬られてすぐに癒し手の治療を受けなかったのだろう?
 
——なにかの間違いじゃないのか?


 混乱する中バルトロメイが放った言葉が……ぐらついていたレネの心に止めを刺した。


「レネ、俺を背中から斬ったのはこいつだ」

 フィリプと一緒に島を脱出することを心の頼りにしていたレネにとって、それはあまりにも耐え難い事実だった。

 
(……オレはフィリプを助けるために、なにをした……?)

 フィリプの治療をするために訓練と称した屈辱的な行為を受け入れた。
 
 初めて受ける手酷い裏切りに、レネは足元から崩れ落ちていった。



◆◆◆◆◆


 
 バルトロメイは公園で起こった出来事を鮮明に覚えている。

 レネより先に迷路のような公園を進み、フィリプが待っている噴水のある広場に辿り着いた。
 待ち合わせ場所へと先に到着していたフィリプが手を上げてこっちへとやってくる。
 すぐにレネも角を曲がってやって来るだろうと来た道を振り返えると、レネの名を呼ぶ声が聴こえた。
 こんな所に知り合いなどいないはずなのに……と気を取られている隙に、背後からバッサリと斬られた。
 
 バルトロメイは衝撃で、土産にと持っていた焼き菓子の入った袋を落し、自分も地面に突っ伏す。
 自分を斬った相手を確かめようと必死に上を向くと、止めを刺そうとこちらに剣を向けるフィリプの姿があった。

 そしてその背後には怒気を纏ったゼラが剣を抜き、一瞬の早業でフィリプを斬り捨てた。
 顔にはフェイスヴェールを付けていたが、地面に転がっていたバルトロメイからは綺麗に顔が見えた。
 
 バルトロメイはゼラのお陰で、止めを刺されずに済んだ。
 そこまでははっきりと覚えている。
 その後、レネの叫ぶ声が聴こえたが、失血が多いせいかすぐに意識を失ってしまった。
 
 レネとバルトロメイの後を追って来ていたヴィートが、木陰からその一部始終を目撃しており、レネの捕獲で忙しいレーリオたちの隙をついてバルトロメイの身体を、生垣の中へと運んで隠してくれたのだ。
 そしてその時、ゼラの付き人の一人がヴィートに色々と手助けをしてくれたという。

 この裏切り者だけはなんとしてでも自分の手で、討ち取りたかった。
 自分が斬られたことよりも、レネを騙して陥れたことの方が許せない。
 フィリプのせいで、まんまと敵の縄張りに自分たちから飛び込んで行った形となる。
 バルトロメイもレネを守る同士として信頼していたので、すっかり油断していた。


——裏切り者には死を


 主を救出すべく、バルトロメイはレーリオの所有する島の屋敷の中まで来ていた。
 日が落ちるのを待ち、二人は闇に姿を隠しながら、雑木林にヴィートが千歳国の間諜が使っている爆音を出す道具と発煙筒を仕込む。
 突然起こった爆音で騎士たちがパニックを起こしている隙に、屋敷の最上階に囚われている主の元へと向かった。

 三階の廊下に出ると、ちょうどフィリプがレネを支えながら廊下を出るところだった。
 一人で歩けないほどに憔悴しているレネの後ろ姿を見て、いったい彼の身になにが起こったのか不安に駆られる。
 それと同時に、素直にフィリプに身体を預ける様子を見て、まだレネは真実を知らないままあの男を信じていることを知る。
 
 あの男がゼラから斬られたのにピンピンしているということは、レネの治療を受けたのだ。
 レネは仲間だと少しも疑わずに力を使ったのだろう。
 
(人の良心につけ込みやがって……)
 
 はらわたが煮えくり返るような憎悪が湧き起こり、極彩色の赤と緑の光がグルグルと回る。
 
 
(へえ……真っ赤じゃないんだ……)
 
 どうやら怒りも度が過ぎると赤だけでは表現しきれずに、緑色が登場するらしい。
 余計に赤が強調されて、なかなかいい演出だ。
 
 バルトロメイは自分の頭の中で起こっている現象を冷静に観察する。
 

 二人の足が止まるのを確認し、怒りの根源とも言える男の方を睨む。
 
「——よくも……裏切りやがったな」

 怒りが過ぎて……自分でも笑えるくらい掠れた声しか出ない。

 
「あれ? 生きてたんだ……。あの時に邪魔が入って止めを刺し損ねたからな……」

 言葉とは裏腹に、フィリプの顔には驚きの色など微塵もない。
 それどころか、バルトロメイの登場を待っていたかのように嬉々とした闘志が漲っている。
 善人面など捨てた男の顔は、生死をかけて戦うことに至上の喜びを感じる狂人になっていた。
 
「……え?」

 ここまで聞いてもレネは、まだ話が飲み込めないでいるようだ。
 レネがこれから受けるであろうショックを思うと、バルトロメイはまるで自分のことのように心が痛む。

「ははっ、まだ理解できないみたいだな」

 完全に開き直っている糞野郎は、嗤ってこの状況を愉しんでいる。
 この馬鹿がこれい以上酷い言葉をかける前に、レネに伝えなければならない。


「レネ、俺を背中から斬ったのはこいつだ」
 

 驚きに大きく瞳を見開いたまま、レネは足元から崩れ落ちた。
 ここ数日間で痛々しいほどにやつれてしまっていたが、気力だけで立っていたのだろう。
 

「あ~あ……。俺を守るために酷いこと沢山されても耐えてたのにね……」

 フィリプが言っている言葉の意味を理解し、心臓を鷲掴みにされるほどのショックを受ける。

(なんてことを……)

 レネはフィリプを助けるために、自由を奪われていたのだ。
 さっき『無事だったか?』と声をかけた時に、レネはバルトロメイから目を反らした。

 間違いなく、口では言いたくないような目に遭っている。


 フィリプが床に座り込んでしまったレネを立たせようとした。
 裏切り者にこれ以上レネの身体に触れさせたくなかったが、バルトロメイとの間にはまだ距離がある。
 どうしようかと逡巡していると、二人の背後にある反対側の階段から突如人影が現れた。

「——汚ねえ手でレネに触るんじゃねえっ!!」
 
 ヴィートが短刀を抜いて、背後から襲いかかる。
 完全に気配を消していたので、バルトロメイもまさかヴィートがそこに潜んでいるとは思いもよらなかった。

 しかしフィリプも負けておらず、紙一重でその攻撃を避け飛び退る。
 ヴィートの目的は戦うことでなく、レネの身柄を保護することだ。
 すぐにレネを腕に抱えフィリプとの間合いを開ける。
 ヴィートがリーパを出て一緒に実戦を経験するのは初めてだが、動きにもそつがなくいい判断だ。
 

 舞台は整った。
 バルトロメイは剣を抜き、フィリプとの間合いを詰めた。


「——テメェを……地獄に落してやる」

 

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