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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ
9 交換条件
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ヴィートは他人事のようにこの状況を面白がっていた。
主人の命の危機を救ったレネに心を寄せるデニス。
しかし二年ぶりに再会するとその隣にはレネの騎士だと名乗る男がいた。
挑発的な騎士の態度が気にくわないデニスと、自分の知らないところで他人の騎士と信頼関係を築いていたレネに嫉妬するバルトロメイ。
あの派手な見かけによらずデニスは堅物だ。
そしてバルトロメイは、本人から直接訊いたことはないが、レネに出会う前は相手に困まらないほどに遊んでいただろうと推測する。
一見全く正反対の二人に見えるが、レネという人物に対しては似た態度をとる。
デニスは積極的に行動に表し、バルトロメイはまるで初恋の相手のように慎重になることで、正反対の二人が中央値に寄ってくる。
本来ならば自分も参戦したいところではあるが、二人の間に入ろうとは思わない。
二人が火花を散らしているその隙に、置いてけぼりのレネと一緒にいた方がおいしいと感じるからだ。
朝の稽古でバルトロメイとデニスは互いを認め合ったようだが、ただ相手を理解しただけで、レネを挟んだ構図はなにも変わっていない。
ヴィートと似たような立ち位置で楽しんでいるのが、デニスの主人であるアンドレイだ。
ドロステアに帰ったら、婚約者であるクーデンホーフ侯爵家の令嬢と結婚するといわれている。
そういった事情があり、少し離れた場所からその様子を眺めて楽しんでいる。
自分の想いもデニスに乗せて、応援しているのだろう。
だがこの主従は、レネに絶対的な信頼を寄せているが、バルトロメイや自分のように下心があるわけではない。
ただ強い絆で結ばれたいというとてもストイックなものだと思う(もしかしたらデニスはムッツリかもしれないが……)。
そんな二人には、レネと寝食を共にするということがどれだけ大変なことか理解できないだろう。
まだ暗いうちからレネの寝顔を尻目に、手洗いへ行くと高確率でバルトロメイと鉢合わせする。
互いの股間に目が行った瞬間に、ふと我に返り萎えるということを繰り返していた。
島から脱出したばかりの頃は痛々しくて、見ていてそんな気分にもならなかったが、最近のレネは困る。
惚れた弱みだからか……外側は完璧な美青年なのに、中身は天真爛漫な猫のレネが可愛くて仕方ない。
レネが元気を取り戻すとともに、ヴィートの股間までも元気になってきた。
本当に困ったものだ。
昼食が終わった後に部屋へ戻って、食べ過ぎたと腹を出してさする猫を、呆れ顔でヴィートは見つめた。
「アンドレイのお友たちというからどんな方々かと思えば、傭兵さんたちなのね」
いかにも高慢そうな女が、アンドレイの祖母にあたるグリシーヌ公爵夫人だという。
アンドレイは現在十八歳で、その祖母にあたるなら六十は過ぎているだろうが、目の前に座る女は五十代くらいにしか見えない。
しかし六十代が五十代に見えようとも、ヴィートは全く関心のない所なのでどうでもいい。
問題は、ちゃんと話を聞いてくれるかどうかだ。
これまでの感触だと、自分たちの印象はあまりよくなさそうだ。
特にレネに対してこの女は警戒心を見せている。
たぶん自分よりも若くて綺麗な男に嫉妬しているのだ。
アンドレイがレネを褒めれば褒めるほど、公爵夫人の表情が曇っていく。
「で、どんなご用件なのかしら?」
「実は……ドホーダ島へ行く船に乗せてもらいたくてお願いしに来ました」
レネがいつになく真剣な顔で公爵夫人に訴える。
このためにわざわざファロにまでやってきたのだから、どうしても乗船の許可を貰いたい。
「——それはできません」
ドホーダ島という単語を聞いた途端に夫人は顔色を変えると、ピシャリと強い言葉で言いきった。
今までの雰囲気から、レネはこうなることを予想していたのか、少し俯いただけで動じる様子はない。
「お祖母様、僕からもお願いします」
普段は優しい祖母なのだろう、レネよりもアンドレイの方が公爵夫人の冷たい態度に驚き、レネへと口添えする。
だがこれは余計に公爵夫人を刺激することになる。
「アンドレイ、あなたのお願いだから聞いてあげたいのですが、公爵はお忙しくてそれどころではないのです。——そういえば……この人たちは傭兵だと言っていたけれど、人捜しもやってくれるのかしら? 我が家で起こっている問題を解決してくれるのなら喜んで協力しましょう」
グリシーヌ公爵家で起こっている問題とは、エミリエンヌ嬢の失踪についてだろうが、夫人は孫娘を見つけ出して来たら話を聞いてやると言っているのだ。
本来ならば家の醜聞にもなることを部外者に知られたくはないはずだが、きっとまだ見つからぬ孫娘に、夫人は焦っているに違いない。
なりふり構わない展開に、これはチャンスなのかそれとも難題を押し付けられ困った状況に陥ったのかヴィートは判断しかねる。
「でもお祖母様、専門の人間を雇ってもなんの手掛かりも掴めていないのですよ、この土地もエミリエンヌのことも知らないレネたちが捜し出せるとは思えません」
「だったら船の件は諦めてもらうしかないわ」
ヴィートはレネに視線を移す。
表情を崩すことなく、黙って祖母と孫の会話を聞いているが、この顔はもうすでに答えを決めている顔だ。
(偉そうにふんぞり返ってるババアへ「自分はレナトスの生まれ変わりだ!」って言っちまえよ)
そう叫びだしたくなる。
世が世なら、圧倒的にレネの方が格上の存在だ。
前世の記憶を取り戻したヴィートは、グリシーヌ家とレナトスがどんな関係だったのかを知っている。
家の地位を確立するために、レナトスを政治の道具として利用した。
レナトスが死んだあとは、今度はこの土地を治めることになったフェリペへ必死になって縋り付き、レナトスの末裔を島から出さないという条件付きでここまで生き延びてきた連中だ。
自分たちだけのうのうと生き残っているこの一族に、ヴィートは少しもいい感情を持っていなかった。
「——やります。詳しい内容を教えてもらえませんか?」
レネの出した予想通りの答えに、ヴィートは隣にいるバルトロメイと目を見合わせた。
その顔には「めんどくせえことに巻き込まれやがって」と書いてある。
「あら、やってくれるの? 人捜しをしてその人物を無事に連れ帰って来るのが条件よ?」
(無事にって……)
相手は若い娘だ。
生きて連れ戻せたとしても、無事ではない可能性の方が高いのではないか?
「ええ。ちゃんと理解しています」
(おいおい……勘弁してくれよ……)
ヴィートが途方に暮れていると、この屋敷の執事が部屋へとやってきて、公爵夫人に何やら耳打ちした。
「もうそんな時間……わたくしはここで失礼するわ。アンドレイから詳しい話を聞いておいてちょうだい」
次の用事でもあるのか、いそいそと部屋を出て行った。
「——なんかゴメン……普段はあんな人じゃないんだけど」
無理な要求をしてきた侯爵夫人の代わりにアンドレイが謝る。
アンドレイに対しては優しい祖母なのだろう。
ヴィートが思うに、きっとあの公爵夫人は人によって態度を変える嫌な女だ。
権威を笠に着て、自分よりも格下の者たちを見下すという、金持ちや貴族によくありがちな性格だ。
(自分じゃなにもできねえくせに……)
「いや、大変な時だし、最初からこっちも無理なお願いをしてるってわかってるから大丈夫。それよりもアンドレイの従妹を捜し出さないと!」
レネの目はメラメラとやる気に燃えていた。
どうやら負けず嫌いな性格が、レネのやる気に火をつけたようだ。
「学校も休みだし、僕も全面的に協力するよ。ねっデニス」
「全くお前は……そう嬉しそうな顔をするんじゃない」
「ゴメン……ついつい。でもエミリエンヌのことは僕だって心配でたまらないから、こうやって協力したいんだよ」
不謹慎だとばかりにデニスに睨まれ、アンドレイはペロリと舌を出した。
(呑気なもんだよ)
なにも知らないアンドレイに怒りをぶつけても仕方がないのだが、ヴィートは不機嫌に鼻を鳴らした。
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