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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ
8 グリシーヌ公爵夫人
しおりを挟む◆◆◆◆◆
「午後から祖母が話を聞いてくれることになったんだけど、やっぱりレネたちにも事情を話しておこうと思って」
来客用の食堂で朝食を終え、お茶を飲んでいる時にアンドレイが話をきしりだしてきた。
グリシーヌ公爵家の中で起きている問題についてだろう。
昨日の夕方遅く、レネはたまたま公爵の息子夫婦であるメビルス伯爵夫妻が馬車から降りてくるのを見かけたのだが、二人とも憔悴した表情を浮かべていた。
「メビルス伯爵は僕の伯父にあたるんだけど、二人子どもがいて……えー僕の従妹ね。兄妹なんだけど、数日前に僕と同じ年の妹がとつぜん行方不明になっちゃったんだ」
「えっ!?」
嫡男も大問題だが、嫁入り前の令嬢が姿をくらますなどよそに情報が漏れたなら大問題だろう。
(だからメビルス伯爵夫妻はあんなに思いつめたような暗い表情をしていたのか……)
「実は以前にも僕の母上の弟が消息不明になって、十年以上経った今でも戻ってきていないこともあって、お祖父さまは気に病んでおられるんだ」
「そんなことが……」
公爵家の子息が行方不明になるなんて普通では考えられないことだ。
身代金目的だったら犯人から金の請求があっているはずだが、話を聞いているとそうでもないようだし、不気味な事件だ。
「グリシーヌ家と敵対する勢力でもあるのか?」
リーパに来る護衛の依頼の大半は、トラブルに巻き込まれ、何者かに狙われているという理由からだ。
バルトロメイは、グリシーヌ公爵家もその可能性が高いのではないかと思っているのだろう。
「さあ……僕はこの家の人間じゃないからそこまで詳しくはわからないけど、祖母へ会う前にその辺の事情を頭の中に入れておいてほしかったんだ」
突然押しかけて来て非があるのはこちらなのに、アンドレイは申し訳なさそうな顔をしてレネたちを見る。
「話しづらいことをわざわざ教えてくれてありがとう。絶対外には漏らしたりしないからその辺は安心して。グリシーヌ公爵夫人もわざわざそんな大変な時に会って話を聞いてくださるなんて感謝しかないよ」
本来なら部外者のレネたちにかまっている時間などないのだろう。
今の状況ではあまりいい答えは返ってこないかもしれない。
午後になり、レネたちは公爵夫人が客を迎える時に使うという貴婦人の間に通された。
グリシーヌ家の色ともいえる藤色を基調とした内装は、女性的な柔らかな印象だ。
(あっ……)
「あなたたちがアンドレイのお友たちとやら?」
迎え入れた部屋の主人に、レネは思わず身を固くする。
アンドレイの祖母というので老女の姿を想像していたが、どう見ても五十代くらいにしか見えない。
それだけではない、朝から猫を助けた時に上から様子を見ていた女性だった。
冷たい空色の目がレネたちを値踏みするようになぞる。
(いや……大丈夫だ)
公爵夫人の見ている前で、困っている猫と老人を助けたのだ。
ロランドの教え通りだと印象は悪くないはずだ。
「そうです、大切な友人です。以前レネにはヴルビツキーから殺されそうになったところを二度も助けられました」
「あら、それは祖母のわたくしからもお礼を申し上げるわ。大事な孫を助けてくれてありがとう。……ということは、普段は護衛をなさっていらっしゃるのかしら?」
結局は偽物だったのだが、継母の実家であるヴルビツキー男爵にアンドレイが命を狙われていたことは、祖母なので当然知っていることだろう。
「はい。リーパ護衛団に所属するレネと申します」
「同じくバルトロメイ」
「えっと、俺はヴィートです」
ヴィートはリーパを退団しているので、少ししどろもどろだ。
「アンドレイのお友たちというからどんな方々かと思えば、傭兵さんたちなのね」
どこか含みのある言い方に、レネは公爵夫人が自分たちのことをあまりよく思っていないことを肌で感じる。
だからアンドレイも微妙な顔をしていたわけだ。
◆◆◆◆◆
ペネロープは夫がいない間に、暖炉の前にぬくぬくと転がっていた忌々しい黒猫を庭へと追い出した。
黒い毛皮に淡藤色の瞳を持つ猫は、嫁ぎ先で亡くなった娘を連想させる。
しかし同時に、憎らしい子のことも思い出す。
グリシーヌ公爵である夫は、愛人との間にできた子どもを屋敷の中に呼び寄せてまで育てていた。
四人目にしてやっと生まれた嫡男は、古代王朝の血の証である淡藤色のではなかった。
珍しい瞳の色は必ずしも表に現れるものではない。
それなのに、庶子であるシリルは淡藤色の瞳を持って生まれてきた。
十年以上前にペネロープは人に頼んで、その憎たらしい庶子を殺してもらった。
夫は今でも突然と姿をくらませたシリルのことが忘れられないようで、書斎にこっそりと肖像画を飾って眺めているようだ。
それだけにとどまらず、どこからか見つけてきた猫にまでシリルの愛称である『シィロ』と名付けて可愛がっている。
当然ペネロープは面白いはずがない。
庭をうろつく猫の様子を二階から眺めていたら、木に登り下りることができなくなったのか、大声で助けを求め始めた。
内心ざまあみろと思いながらほくそ笑んでいると、姿の見えなくなった猫を公爵自ら探しているではないか。
ペネロープの眉間に皺が寄る。
美容に悪いので普段から眉を顰めないでいたが、こればかりは我慢できない。
必死で猫を探す様子は公爵の威厳など微塵もなく、ただの弱々しい老人にしか見えなかった。
現在孫娘が忽然と姿を消し、夫はシリルの時のことを思い出したのか精神的にも二重の苦しみがあるようだ。
そんな中、愛猫までもがいなくなったら気が気ではないだろう。
ペネロープもそれはわかっているので、外に捨てたりはせず庭の中に放すだけにした。
夫が何度も忌まわしい愛猫の名を呼ぶが、猫は木から下りることができない。
日ごろから甘やかしすぎるからそんなことになるのだと、ペネロープ口元に手を当てて笑う。
そこへ一人の青年が現れた。
見事な銀髪に美しい容姿をしていることが遠目からでもよくわかる。
(誰かしら……?)
アンドレイが会ってほしいと言っていた客の一人かもしれない。
青年は状況を把握すると、あっという間に木に登り、下りることのできなくなっていた猫を助けてしまった。
夫は猫を助けてもらい礼を言っているようだが、なにかに気付くと慌てて井戸でハンカチを濡らし、青年の首元をそのハンカチで拭っていた。
ペネロープは驚いた面持ちでその様子を眺めた。
この国で夫より地位が高いのは王族しかいない。
そんな夫が、どこの誰ともわからない若い男に自らが動いてなにかしてやるなど、あってはならない。
妻であるペネロープでさえもああして夫からなにかしてもらったことなどないというのに……。
相手は若くて綺麗な男。
ペネロープは綺麗な男が大嫌いだ。
どうして公爵家の男たちを誘惑するのだろうか?
もうこの世にいないはずのシリルを連想させ、無意識のうちに唇を噛みしめていた。
屋敷にいた頃、少女のような美少年だと周囲から騒がれていたシリルも、嫡男である自分の息子を誘惑した。
十七も年が離れ、既婚者で子どもがいたのにも関わらず、息子は妻をそっちのけでシリルにだけ構っていたのだ。
ペネロープはそれを見て、この子はここにはいてはいけない存在だと思って消し去った。
夫が猫を抱いて屋敷に戻り、青年だけが庭に残っていた。
青年はこちらの視線に気付きペネロープと目を合わせたが、ニコリともせずに目をそらした。
まだ会釈くらいするのならば可愛げもあろうが、自分が綺麗だと自覚しているのだろうか高飛車な態度に腹が立つ。
(だから綺麗な男は嫌いなのよ……)
皺になるから駄目だと思っていても我慢できずに、眉間を寄せて不機嫌を隠すことなく二階の部屋から立ち去った。
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