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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ
7 朝の鍛練
しおりを挟むグリシーヌの庭の奥にある鍛練場では剣戟音が鳴り響く。
珍しい真剣での手合わせに、近くを通りかかった使用人も足を止めて見入っている。
ここは癒し手のいるリーパ本部の鍛練場ではない。
お互い防具は着けているものの、もし力の入れどころを間違ったら、大怪我に繋がる。
向かい合う二人の獲物はどちらも大振りの両手剣で、基礎をしっかりと学んでいないと扱いが難しい代物だ。
紙一重の所で力を加減しながらも、両者からは凄まじい殺気が迸っている。
「うわぁ……バルトロメイも強いね」
「いや、デニスさんも流石だよ」
レネはまだ真剣を持って戦うデニスを一度しか見たことがなかった。
それも相手は剣の基礎もなっていない山賊たちだった。
こうして改めてバルトロメイとやり合っている姿を見ると、凄い腕の持ち主だと言うことがわかる。
主同士でお互いの騎士を褒め合っているが、なぜこんなことになっているかと言うと、デニスが昨夜、バルトロメイを朝の稽古に誘ったのがきっかけだ。
ヴィートとレネも久しぶりに剣を振って汗を流し終え、拮抗を続ける二人の手合わせをアンドレイと一緒に眺めていた。
(真剣になりすぎて怪我すんなよ……)
レネは癒しの力が使えるが、できるだけ周囲の人間には知られたくはない。
ただの手合わせにしては、熱が入りすぎではないかと思うが、二人ともそこら辺はちゃんと分別を持っているだろう。
「でもさバルトロメイにレネは決闘で勝ったんでしょ?」
「まあ、あの時は滅茶苦茶怒ってたからね、今だったら、たぶんあいつの方が強いよ」
「いや……自分より力の強い相手と真剣勝負して勝つなんて、やっぱレネが一番強いんじゃないの?」
あの頃に比べても自分は強くなったと思うが、それ以上にバルトロメイの方が腕を上げている気がする。
今は二本に一本自分が勝てたらいい方だろう。
それに先ほどヴィートとも手合わせしたが、濃墨の元で修業を積んでから、まるで別人のように強くなっていた。
独特の間合いに慣れていないせいか、二人の勝負も勝ったり負けたり繰り返している。
「そんなことはないって。その時の調子にもよるし相性もあるんだって。バルトロメイだってヴィートは苦手だし」
レネと同じくバルトロメイも千歳の刀を使った剣法に手こずっている最中だ。
攻略までまだ少し時間がかかりそうだ。
みんなますます強くなり、自分だけが置いていかれているようでレネは焦っていた。
まだ騎士たちの手合わせは終わりそうにもない。
少し汗も掻いたし顔でも洗って頭を冷やそうと、レネは庭との間にある井戸へ向かった。
(あれ?)
井戸の側にあるサトウカエデの木の下に老人が上を見上げて立っていた。
よく見たら、木の上に毛足の長い黒猫が下を見ながら枝の上を行ったり来たりしてニャーニャーと鳴いている。
「シィロ、シィロ、下りておいで」
猫の名前を呼んでいるが、猫は高い枝から飛び下りることを躊躇している様子だ。
(もしかして……下りれないのか?)
なにも考える前に身体が勝手に動いていた。
スルスルと幹を登り猫のいる枝まで辿り着き、レネの体重も十分に支えられるような太い枝だったので、少し猫と距離をとりそこに腰掛ける。
老人は突然現れた青年に目を白黒させながらも、なにをしようとしているかすぐに理解したようで、その様子を見守っていた。
「大丈夫。一緒に下りよう。こっちへおいで」
安心させるように猫の方に人差し指を突き出す。
猫など飼ったこともないので扱い方などよくわからないが、自然とそうしていた。
見知らぬ人物に警戒していた猫は、人差し指の匂いをクンクンと嗅ぎ顔をすり寄せた。
濡れた鼻先が当たり、なんともいえない気分になるが、レネは辛抱強く猫が安心するまで待つ。
トントンと自分の膝を叩くと、誘導されるように猫はレネの太腿の上に乗ってきた。
「よしよし、お利口さんだねぇ」
心を開きゴロゴロと喉を鳴らし始めた猫の毛皮を撫でながら語りかける。
「いいか、今から抱っこして下に飛び下りるからな、ちゃんとここに掴まってろよ」
レネは肩口にしがみつかせるように猫の身体を抱いたまま、トンっと地面に着地した。
ビクッと身を震わせたものの、レネが地面へと身体を下ろしてやると、腹を見せてころころと地面に寝返りを打つ。
「ありがとう、なんと礼を言っていいか」
すぐさま老人がレネの元に駆け寄り、感謝の気持ちを伝えてくると、あることに気付いた。
(あれ……? これって……)
子ども・年寄り・動物には優しくしろ。
昨日思い出した、ロランドの教えがすぐに頭をよぎった。
まさに、これは絶好のシチュエーションではないだろうか……。
「そんなお気になさらず。たまたま井戸を使おうと思って通りかかっただけですから」
満面の笑みを浮かべ、レネは老人に話しかけた。
「ああ、血が……」
さっき下りる時に猫が吃驚して爪を立てたのだろう、首から鎖骨にかけて爪が食い込んだ場所に血が滲んでいた。
「ぜんぜん大丈夫です。大した傷でもないし」
そう言っている間にも、老人は自分のハンカチを井戸の水で濡らしシャツに血が付かないように拭き取ってくれた。
「本当に申し訳ない。膿んだりしたら大変だ。後でちゃんと手当てしてもらいなさい」
「そんな、これくらいの傷で大袈裟ですって。ここまでしてもらったら大丈夫ですよ。ほら、あの子も呼んでる」
二人の様子を下から眺めていた猫が、老人に屋敷の中に早く帰ろうと後ろを何度もふりむきながら鳴いていた。
「シィロ、お前……ちゃんとお礼も言わずに。では、私もこれで失礼するよ、助けてくれてありがとう」
猫にせかされるように、老人も屋敷の中へと帰っていった。
「……?」
レネはふと視線を感じ上を見上げると、屋敷の二階の窓から中年の女がこちらを見ていた。
(えっと……チャラチャラして見えるといけないから、女の人にはそっけなくしていた方がいいんだっけ?)
いつものレネだったら目が合ったら目礼くらいはするが、ロランドの言葉が頭をよぎり、スッと目をそらした。
せっかく血を拭き取ってもらったので、また濡らすのもどうかと思い、レネはそのまま鍛練場へと戻る。
戻ってみるとどうやら長かった手合わせも終わったようで、バルトロメイとデニスの間に流れていた殺伐とした空気は消え、完全に打ち解けたとはいい難いが、何やら二人で話し込んでいるようだ。
「テサク家の人間だとは驚きだ」
「いや、俺だって吃驚さ。まさかあんたがカレルギス連隊長の弟だとはな……合同訓練で何度か見たことあるけど全然似てねえな」
「長男だけ母が違うからな。次男と俺は南国人の母親の血を濃く受け継いでいる」
会話の内容を聞いて、レネは二人の距離が近付いた理由に気付く。
二人の実家はどちらも代々竜騎士団の要職に就くような家系だったから、それぞれの家族について知っているのだ。
「知ってる? デニスさんのもう一人のお兄さんのラデクさんはリンブルク伯爵の騎士を務めていて、デニスさんとそっくりなんだよ」
剣呑だった雰囲気が緩み、嬉しくなったレネも会話に割って入った。
「ラデクの方がもっととっつきやすいけどね」
アンドレイも白い歯を見せてにやりと笑うと、自分の騎士を冷やかす。
「ふん、あいつは軽すぎだ」
「——これは? 剣でできた傷じゃなさそうだけど……」
血も止まったし外していた襟のボタンを掛けていたのに、バルトロメイが目ざとく傷を発見し勝手にまたボタンを外す。
「大したことないって、あっちで猫が木に登って下りれなくなってたから、下してやった時にしがみつかれただけだって」
アンドレイたちも見ているというのに、まるでレネを子ども扱いするバルトロメイの行動に気恥ずかしくなってきた。
「一応消毒だけでもしておいた方がいいぞ。後で傷がパンパンに腫れて死んだ奴を知っている」
デニスまでもがバルトロメイの横から傷をのぞき込んでくる。
本当にこんな傷どうでもいいのにと思いながら、困った顔をする。
「こわっ……早く手当てしてもらおう。そして朝ご飯食べようよ」
「朝から久しぶりに身体動かしたから腹減ってたんだよね」
昨日の夕飯は日ごろ庶民が口にできないような豪華なものだったので、ヴィートが朝食にも期待した様子で食事に誘うアンドレイの方を見た。
朝からみっちり剣を振って、用意された朝食を食べる。
こんな平和な時間も悪くない。
バルトロメイとデニスの間に張りつめていた空気が解けたこともあり、レネの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
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