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第3章 少年期中編
第40話 敗北の味
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シャーウッドの樹海では、様々な魔物達が怯え、震え上がっていた。
その森で闘う二つの存在があまりにも常識外れのモノであったからだ。
その衝撃波で森全体が震え、解き放たれる魔力が吹き抜け、轟音と振動が幾度となく響き渡る。
その中心に、タマリウスと半幻獣化したアネッサがいた。
「アッハッハッハッ!!
また壊れたかっ!
これで二十四本目かっ!?」
アネッサ……もとい、半フェンリルが高笑いしながら握り潰すのはタマリウスの銀槍。
その腕は艶やかな長い体毛が生えており、更に鋭い結晶に包み込まれている。
その結晶の籠手に包まれた手に握られた銀槍は、まるでガラス細工のように粉々に砕け散る。
その対面に肩で息をする血まみれのタマリウス。
傷は高速治癒により完治こそしているものの、おびただしい量の血痕がどれほど傷を負ったかを現している。
タマリウスは思わず顔をしかめる。
幻獣フェンリルは想像以上の強さだった。
それでも、今日はまだブラッドムーンでは無い。
そんな完全な幻獣となっていない状態ではあるが、その身体能力の高さについていけない。
こちらは身体昇華と身体金剛を併用しているにも関わらず、である。
「冗談キツイニャ……」
そう一言ボヤいて再度黒紅の銀槍を構築する。
複数回に及ぶ魔装具の構築により、流石にマナが減ってきている。
このままマナが尽きれば意識を失いなぶり殺しにされてしまうだろう。
朝までなんて啖呵を切ったが、長期戦は出来ないだろう。
タマリウスは槍の切っ先を半フェンリルに向け、槍を構える。
槍を向けられた半フェンリルは嘲笑う。
その身体には傷一つすらありはしない。
半フェンリルにとって、もはやあの槍は驚異では無い。
それでも、タマリウスは己の鍛え上げた力を全てぶつけていく。
槍を構えたタマリウスの姿が搔き消え、鋭い突きが三連続で胴元を狙い放たれるが、軽々と半フェンリルは躱していく。
踏み込む半フェンリルを近付けまいと銀槍が薙ぎ払われ、フェンリルの目前に迫るが、やはり紙一重で避けられる。
そのまま槍がグルリと一回転し、再度薙ぎ払いが襲いかかるが結晶の籠手で防がれそうになる。
しかし、その手に触れずに器用に高速で動く銀槍の軌道をズラし、足を払おうとする。
その攻撃もまた予測され、結晶で出来たブーツで槍が踏み潰され、魔槍が砕け散る。
舌打ちしながら即座に距離を取るタマリウス。
「二十五本目。
一体何本無駄にするつもりだ?」
余裕の表情の半フェンリル。
「どうしたどうした?
槍では私に届かんようだぞ?
他にも試してみるがいい。
もっと私を楽しませろっ!
それとも……もう終わりにするか?」
そう言って半フェンリルは牙を見せてニヤリと笑う。
そして片手を真上に掲げると、周りに十を超える結晶で出来た突撃槍が構築される。
「舞い踊れ!」
放たれる結晶槍は縦横無尽に駆け回り、タマリウスを狙い撃つ。
身をよじって結晶槍の攻撃を躱すが、その槍の速度と数はタマリウスの反射神経を持ってしても捌き切れない。
掠った槍の切っ先が容赦なくタマリウスの身体を切り裂き、鮮血を散らす。
しかし、そんな事は気にしてはいられない。
タマリウスは迫り来る槍以上にそれを放った半フェンリルの動向を注視する。
また瞬動によって半フェンリルの姿が消え、宙には無いはずの足場を蹴り飛ばしながら半フェンリルは森中を駆け抜ける。
その速さは最早目で追える代物ではない。
タマリウスは襲いかかる結晶槍を躱しながら生体感知にて半フェンリルの姿を感じ取る。
その動きを追い、攻撃を予測する。
しかし、予測してわかっていても……。
ドスっ!と鈍い音がタマリウスの脇腹から響く。
タマリウスの身体を突き抜けるのは半フェンリルの結晶で包まれた細い腕。
その一突きは防壁のプロテクションを紙細工のように突き抜けて容赦なくタマリウスを貫いたのだった。
タマリウスの口から大量の血が溢れ出す。
しかし、立ち止まっている場合ではない。
力を振り絞って地を蹴り飛ばし、その腕を無理やり引き抜き第二撃を避ける。
タマリウスのいた場所には複数の結晶槍が突き刺さる。
そこに振り下ろされる半フェンリルの容赦ない手刀は地面を叩き割り、その斬撃は広がり周辺の木々をも叩き割る。
衝撃波でタマリウスも僅かに飛ばされ、身体も切り裂かられる。
馬鹿げた速度に馬鹿げた力である。
そして、この幻獣フェンリルの特徴であるこの結晶が何より厄介なのだ。
これは魔法や魔力を打ち消す力を持つフェンリルの固有スキル。
つまり、フェンリルの周りの結界内では魔法が使えない。
更にあの結晶を纏った手足は魔素でできた槍は砕かれ、防壁も意味をなさない。
幻獣フェンリルが魔法使い、あるいは魔族の天敵と呼ばれる所以がこの力である。
必然的に物理での戦闘をせざるを得ないのだが、身体能力が桁違いに高いフェンリルには及ぶはすがない。
タマリウスは半フェンリルの結晶結界から離れ、治癒魔法を自分にかける。
もうマナは残り二割を切った……。
まだこちらの攻撃は掠りもしない。
対してこちらは重傷と言える傷を幾度となく負っている。
高速自然治癒が無ければ既に三、四回は死んでいる。
迷宮の最深部ですらこんな化け物は存在しなかった。
まさに伝説の存在。
しかも、これだけ圧倒的な力を持っているにも関わらず、半分以下なのだ。
ブラッドムーンの夜は更にこの上をいく。
「まったくもって、笑えないニャ……」
ペッと口に溜まった血を吐き出し、再度半フェンリルに向き直る。
相手は悠然とこちらへと歩いてくる。
「物静かになったものだなぁ、猫よ。
私の器に出会った時は饒舌であったではないか。
もっと話してみろ。
もっと笑ってみろ。
もっと楽しませろっ」
「うっさいニャ……。
そっちこそ、最初はオイラを無視して物静かなクールキャラだったのに、キャラ崩壊し過ぎだニャ」
タマリウスは大きく息を吸い、残された命を燃やす。
「オイラはまだ、死ぬつもりは無いニャ……」
そう呟き、タマリウスは天を仰ぐ。
「シルフィード様ッ!お力をお借りするニャッ!!
“本能覚醒”ッ!!」
タマリウスが叫ぶとその周囲に突風が巻き起こり、竜巻が作られる。
半フェンリルはそれに動じず銀の髪だけをなびかせてその竜巻に向っていく。
その竜巻の中心で、タマリウスの姿が変貌する。
手足がしなやかに伸び、体毛が伸び、凛とした顔つきになる。
それは一回り成長した猫の姿となっていた。
そして、その身体からは暴風を纏い続けている。
解放したのはスキル“本能覚醒”。
獣の身である種族はその本能の力を解き放つ事で身体能力を飛躍的に引き上げる。
理性を失う者も多いが、鍛えられた戦士は自我を保ったままでいられる。
更に、タマリウスを加護する大精霊シルフィードの力も身に纏う。
それは風を司る大精霊の力。
魔法とも違う自然の猛威はフェンリルにも有効である。
タマリウスは長い尻尾をくねらせ、体勢を低くする。
「おめーの速度とオイラの全開の速度。
どっちが早ぇか勝負ニャッ!」
暴風を纏ったタマリウスが地面を蹴り上げ、姿が搔き消える。
それはまさに電光石火。
一瞬にして半フェンリルの眼前にタマリウスの拳が迫り、強力な猫パンチを食らわせた。
吹き飛ばされた半フェンリルは大木にぶち当たり、その大木もへし折れる。
そこに追撃する暴風が襲いかかり、大木を突き抜けさらに遠くへと半フェンリルは吹き飛ばされる。
しかし、何事も無かったかのように半フェンリルは体勢を立て直し、即座に駆け出し、タマリウスを追う。
超高速で動き回る二つの影。
しかし、今度は僅かにタマリウスが上回る。
「オッラァッ!!」
雄々しい咆哮を一つ上げ、振り抜いたタマリウスの脚撃が半フェンリルの胴体を捉え、地面に叩きつける。
その衝撃で巨大なクレーターを作り、地面にめり込む半フェンリル。
その直後、暴風の鉄槌が追撃し、辺り一面を更地に変える。
タマリウスは少し離れ、地面に足を着ける。
流石に死んではいない、はずだ。
普通は即死する威力だが……。
すると、笑い声がクレーターから響く。
「アハ……ッ!
アハハッ!!
アッハッハッハッハ!
いいよ、猫。お前最高だッ!
久々に上質な獲物だよ」
一頻り笑って、そう言った半フェンリルがクレーターから飛び出し、更地の地面に降り立つ。
「……だが、その力を会得してるのはお前だけじゃ無いだろう?この器にもあるのだぞ?
そう言ってニヤリと笑った半フェンリルが身構える。
タマリウスはその瞳を大きく開く。
まさか……コイツッ!
「本能覚せ——ッ!」
その言葉を言い終える寸前、半フェンリルがガクッと地面に膝をつく。
そして片手を額につけ、口を開く。
「……三毛猫、さん……逃げて、ください……」
アネッサの声だけでそう囁いた。
小さな声だったが、タマリウスは確かにその言葉を聞き取る。
「アネッサたんかニャ!?
目覚ましたかのかニャッ!?」
その問いかけに、アネッサは悲痛に歪む顔を上げる。
その片方の瞳が金色と天色に瞬きながら、涙を流していた。
「まだ、今夜のフェンリルの侵食は終わってません……。
今はほんの少しだけ、意識を取り戻したに……過ぎません。
直にまた幻獣が目を覚まします。
まだ少しの間は、私が抑えます。
だから、今のうちに早く……ッ」
タマリウスもまた、その変貌した姿から元に戻る。
こちらも時間切れである。
普段ならまだまだ覚醒状態を維持できるが、深い傷を負い過ぎた……。
無理な力の増強をした後は、身体もガタがくる。
成長した身体も縮み、全身の骨も軋む。
「……アネッサたん……オイラは……」
ギリッと痛みと悔しさに歯軋りをして、肩を震わせるタマリウス。
「私は……大丈夫です……。
だから、早く……。
ご迷惑を……おかけしました……」
そう言って頭を垂れるアネッサ。
「オイラはッ!まだっ!」
そう強がって顔を上げるが、足から力が抜けて地面に膝をつく。
「お願いです……。
私に、殺させないで……。
もう、誰も殺したく無いんです……。
誰かから目の前でしぬひふひ
お願いします……お願い、します……」
顔を上げず、アネッサは懇願する。
タマリウスはワナワナと震え、地面を殴りつけ、大きく吠える。
そして、ゆっくり立ち上がり、アネッサに背を向ける。
「力にニャれなくて、申し訳ない限りニャ……」
そう、呟いた。
しかし、アネッサは首を振る。
「いえ……謝ることは、ありません。
早く、行ってください……急いで……」
タマリウスは目を閉じて、力を振り絞り地面を蹴った。
ニャアアァァゥッ!!
広い森中に響くような大きな遠吠えを上げながら、振り返らず風のように走る。
その激戦は、タマリウスの惨敗によって幕を下ろす事となった。
最強を目指した猫が、生まれて敗北した。
初めて噛み締めた敗北の味は苦く、心は締め付けらるようであった。
その森で闘う二つの存在があまりにも常識外れのモノであったからだ。
その衝撃波で森全体が震え、解き放たれる魔力が吹き抜け、轟音と振動が幾度となく響き渡る。
その中心に、タマリウスと半幻獣化したアネッサがいた。
「アッハッハッハッ!!
また壊れたかっ!
これで二十四本目かっ!?」
アネッサ……もとい、半フェンリルが高笑いしながら握り潰すのはタマリウスの銀槍。
その腕は艶やかな長い体毛が生えており、更に鋭い結晶に包み込まれている。
その結晶の籠手に包まれた手に握られた銀槍は、まるでガラス細工のように粉々に砕け散る。
その対面に肩で息をする血まみれのタマリウス。
傷は高速治癒により完治こそしているものの、おびただしい量の血痕がどれほど傷を負ったかを現している。
タマリウスは思わず顔をしかめる。
幻獣フェンリルは想像以上の強さだった。
それでも、今日はまだブラッドムーンでは無い。
そんな完全な幻獣となっていない状態ではあるが、その身体能力の高さについていけない。
こちらは身体昇華と身体金剛を併用しているにも関わらず、である。
「冗談キツイニャ……」
そう一言ボヤいて再度黒紅の銀槍を構築する。
複数回に及ぶ魔装具の構築により、流石にマナが減ってきている。
このままマナが尽きれば意識を失いなぶり殺しにされてしまうだろう。
朝までなんて啖呵を切ったが、長期戦は出来ないだろう。
タマリウスは槍の切っ先を半フェンリルに向け、槍を構える。
槍を向けられた半フェンリルは嘲笑う。
その身体には傷一つすらありはしない。
半フェンリルにとって、もはやあの槍は驚異では無い。
それでも、タマリウスは己の鍛え上げた力を全てぶつけていく。
槍を構えたタマリウスの姿が搔き消え、鋭い突きが三連続で胴元を狙い放たれるが、軽々と半フェンリルは躱していく。
踏み込む半フェンリルを近付けまいと銀槍が薙ぎ払われ、フェンリルの目前に迫るが、やはり紙一重で避けられる。
そのまま槍がグルリと一回転し、再度薙ぎ払いが襲いかかるが結晶の籠手で防がれそうになる。
しかし、その手に触れずに器用に高速で動く銀槍の軌道をズラし、足を払おうとする。
その攻撃もまた予測され、結晶で出来たブーツで槍が踏み潰され、魔槍が砕け散る。
舌打ちしながら即座に距離を取るタマリウス。
「二十五本目。
一体何本無駄にするつもりだ?」
余裕の表情の半フェンリル。
「どうしたどうした?
槍では私に届かんようだぞ?
他にも試してみるがいい。
もっと私を楽しませろっ!
それとも……もう終わりにするか?」
そう言って半フェンリルは牙を見せてニヤリと笑う。
そして片手を真上に掲げると、周りに十を超える結晶で出来た突撃槍が構築される。
「舞い踊れ!」
放たれる結晶槍は縦横無尽に駆け回り、タマリウスを狙い撃つ。
身をよじって結晶槍の攻撃を躱すが、その槍の速度と数はタマリウスの反射神経を持ってしても捌き切れない。
掠った槍の切っ先が容赦なくタマリウスの身体を切り裂き、鮮血を散らす。
しかし、そんな事は気にしてはいられない。
タマリウスは迫り来る槍以上にそれを放った半フェンリルの動向を注視する。
また瞬動によって半フェンリルの姿が消え、宙には無いはずの足場を蹴り飛ばしながら半フェンリルは森中を駆け抜ける。
その速さは最早目で追える代物ではない。
タマリウスは襲いかかる結晶槍を躱しながら生体感知にて半フェンリルの姿を感じ取る。
その動きを追い、攻撃を予測する。
しかし、予測してわかっていても……。
ドスっ!と鈍い音がタマリウスの脇腹から響く。
タマリウスの身体を突き抜けるのは半フェンリルの結晶で包まれた細い腕。
その一突きは防壁のプロテクションを紙細工のように突き抜けて容赦なくタマリウスを貫いたのだった。
タマリウスの口から大量の血が溢れ出す。
しかし、立ち止まっている場合ではない。
力を振り絞って地を蹴り飛ばし、その腕を無理やり引き抜き第二撃を避ける。
タマリウスのいた場所には複数の結晶槍が突き刺さる。
そこに振り下ろされる半フェンリルの容赦ない手刀は地面を叩き割り、その斬撃は広がり周辺の木々をも叩き割る。
衝撃波でタマリウスも僅かに飛ばされ、身体も切り裂かられる。
馬鹿げた速度に馬鹿げた力である。
そして、この幻獣フェンリルの特徴であるこの結晶が何より厄介なのだ。
これは魔法や魔力を打ち消す力を持つフェンリルの固有スキル。
つまり、フェンリルの周りの結界内では魔法が使えない。
更にあの結晶を纏った手足は魔素でできた槍は砕かれ、防壁も意味をなさない。
幻獣フェンリルが魔法使い、あるいは魔族の天敵と呼ばれる所以がこの力である。
必然的に物理での戦闘をせざるを得ないのだが、身体能力が桁違いに高いフェンリルには及ぶはすがない。
タマリウスは半フェンリルの結晶結界から離れ、治癒魔法を自分にかける。
もうマナは残り二割を切った……。
まだこちらの攻撃は掠りもしない。
対してこちらは重傷と言える傷を幾度となく負っている。
高速自然治癒が無ければ既に三、四回は死んでいる。
迷宮の最深部ですらこんな化け物は存在しなかった。
まさに伝説の存在。
しかも、これだけ圧倒的な力を持っているにも関わらず、半分以下なのだ。
ブラッドムーンの夜は更にこの上をいく。
「まったくもって、笑えないニャ……」
ペッと口に溜まった血を吐き出し、再度半フェンリルに向き直る。
相手は悠然とこちらへと歩いてくる。
「物静かになったものだなぁ、猫よ。
私の器に出会った時は饒舌であったではないか。
もっと話してみろ。
もっと笑ってみろ。
もっと楽しませろっ」
「うっさいニャ……。
そっちこそ、最初はオイラを無視して物静かなクールキャラだったのに、キャラ崩壊し過ぎだニャ」
タマリウスは大きく息を吸い、残された命を燃やす。
「オイラはまだ、死ぬつもりは無いニャ……」
そう呟き、タマリウスは天を仰ぐ。
「シルフィード様ッ!お力をお借りするニャッ!!
“本能覚醒”ッ!!」
タマリウスが叫ぶとその周囲に突風が巻き起こり、竜巻が作られる。
半フェンリルはそれに動じず銀の髪だけをなびかせてその竜巻に向っていく。
その竜巻の中心で、タマリウスの姿が変貌する。
手足がしなやかに伸び、体毛が伸び、凛とした顔つきになる。
それは一回り成長した猫の姿となっていた。
そして、その身体からは暴風を纏い続けている。
解放したのはスキル“本能覚醒”。
獣の身である種族はその本能の力を解き放つ事で身体能力を飛躍的に引き上げる。
理性を失う者も多いが、鍛えられた戦士は自我を保ったままでいられる。
更に、タマリウスを加護する大精霊シルフィードの力も身に纏う。
それは風を司る大精霊の力。
魔法とも違う自然の猛威はフェンリルにも有効である。
タマリウスは長い尻尾をくねらせ、体勢を低くする。
「おめーの速度とオイラの全開の速度。
どっちが早ぇか勝負ニャッ!」
暴風を纏ったタマリウスが地面を蹴り上げ、姿が搔き消える。
それはまさに電光石火。
一瞬にして半フェンリルの眼前にタマリウスの拳が迫り、強力な猫パンチを食らわせた。
吹き飛ばされた半フェンリルは大木にぶち当たり、その大木もへし折れる。
そこに追撃する暴風が襲いかかり、大木を突き抜けさらに遠くへと半フェンリルは吹き飛ばされる。
しかし、何事も無かったかのように半フェンリルは体勢を立て直し、即座に駆け出し、タマリウスを追う。
超高速で動き回る二つの影。
しかし、今度は僅かにタマリウスが上回る。
「オッラァッ!!」
雄々しい咆哮を一つ上げ、振り抜いたタマリウスの脚撃が半フェンリルの胴体を捉え、地面に叩きつける。
その衝撃で巨大なクレーターを作り、地面にめり込む半フェンリル。
その直後、暴風の鉄槌が追撃し、辺り一面を更地に変える。
タマリウスは少し離れ、地面に足を着ける。
流石に死んではいない、はずだ。
普通は即死する威力だが……。
すると、笑い声がクレーターから響く。
「アハ……ッ!
アハハッ!!
アッハッハッハッハ!
いいよ、猫。お前最高だッ!
久々に上質な獲物だよ」
一頻り笑って、そう言った半フェンリルがクレーターから飛び出し、更地の地面に降り立つ。
「……だが、その力を会得してるのはお前だけじゃ無いだろう?この器にもあるのだぞ?
そう言ってニヤリと笑った半フェンリルが身構える。
タマリウスはその瞳を大きく開く。
まさか……コイツッ!
「本能覚せ——ッ!」
その言葉を言い終える寸前、半フェンリルがガクッと地面に膝をつく。
そして片手を額につけ、口を開く。
「……三毛猫、さん……逃げて、ください……」
アネッサの声だけでそう囁いた。
小さな声だったが、タマリウスは確かにその言葉を聞き取る。
「アネッサたんかニャ!?
目覚ましたかのかニャッ!?」
その問いかけに、アネッサは悲痛に歪む顔を上げる。
その片方の瞳が金色と天色に瞬きながら、涙を流していた。
「まだ、今夜のフェンリルの侵食は終わってません……。
今はほんの少しだけ、意識を取り戻したに……過ぎません。
直にまた幻獣が目を覚まします。
まだ少しの間は、私が抑えます。
だから、今のうちに早く……ッ」
タマリウスもまた、その変貌した姿から元に戻る。
こちらも時間切れである。
普段ならまだまだ覚醒状態を維持できるが、深い傷を負い過ぎた……。
無理な力の増強をした後は、身体もガタがくる。
成長した身体も縮み、全身の骨も軋む。
「……アネッサたん……オイラは……」
ギリッと痛みと悔しさに歯軋りをして、肩を震わせるタマリウス。
「私は……大丈夫です……。
だから、早く……。
ご迷惑を……おかけしました……」
そう言って頭を垂れるアネッサ。
「オイラはッ!まだっ!」
そう強がって顔を上げるが、足から力が抜けて地面に膝をつく。
「お願いです……。
私に、殺させないで……。
もう、誰も殺したく無いんです……。
誰かから目の前でしぬひふひ
お願いします……お願い、します……」
顔を上げず、アネッサは懇願する。
タマリウスはワナワナと震え、地面を殴りつけ、大きく吠える。
そして、ゆっくり立ち上がり、アネッサに背を向ける。
「力にニャれなくて、申し訳ない限りニャ……」
そう、呟いた。
しかし、アネッサは首を振る。
「いえ……謝ることは、ありません。
早く、行ってください……急いで……」
タマリウスは目を閉じて、力を振り絞り地面を蹴った。
ニャアアァァゥッ!!
広い森中に響くような大きな遠吠えを上げながら、振り返らず風のように走る。
その激戦は、タマリウスの惨敗によって幕を下ろす事となった。
最強を目指した猫が、生まれて敗北した。
初めて噛み締めた敗北の味は苦く、心は締め付けらるようであった。
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88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
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