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第3章 少年期中編

第53話 狂気の暴君

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 そこはジーナスに続く門の前。
街を守る門番達は遠くに見える何かを目を細めて眺める。
輝く夕日を手で遮り、目を凝らすとそれが人である事を確認する。

「誰か走ってくるぞ」

 一人の門番がそう告げると、他の門番もまたその人影に目を凝らす。

「……一人じゃないな。
何人も来るぞ。
魔物から逃げてるのか?」

「いんや、魔物の姿は見えねぇな」

 そんな話をしていると、段々と人影が近付きその姿がハッキリと見て取れた。
それは首筋や肩から血を流している者や、服も肌も焼けただれ、鉄仮面をつけた者がいた。

「おいっ!怪我人だっ!!」

 それを見た門番が声を上げる。
その声には他の門番達も騒つく。
別の門番がもう一度近付いてくるその人影を見ると、その顔も確認出来た。
白目を剥き、口をあんぐりと開けて疾走してくるその存在。
それはとても普通の人とは思えなかった。
これはまるで——。

「なんだありゃ……ありゃまるでグールみたいだ……」

 一人の門番が呟くと、隣の門番が顔を真っ青にする。

「みたいじゃねぇッ!
あれはグールだっ!!
門を閉めろっ!急げっ!!」

 その門番が声を張り上げ、周りの者も慌てて門の内側へと走り出す。

「門を閉めろっ!!」

 巨大な門が閉められていく。
その時、一人の門番は締まり切る前の門の間から空に浮かぶその存在を見つける。
黒いローブをはためかせ、手を掲げるその存在。
その手から放たれる氷の槍が門へと降り注ぎ、凍りつかせていく。
その凍結はみるみる広がり、近くにいた門番も氷像と化す。

「くそッ!!凍り付いて閉まらないッ!!」

 叫ぶように悪態を吐く別の門番の男。
そして閉じ切らない門の間をローブを纏った男が凄まじい速度で飛び抜けていき、門の内側に入るとクルリと振り返る。
白く濁って景色が映ってるとは思えない両眼が睨みつけるように細まり、細腕から放たれる氷の飛礫つぶてが残りの門番達を襲っていく。
柱の影に隠れた者すら柱ごと凍りつかされ、門番は皆氷の塊と化してしまう。
それを確認したローブの男は門番達に背を向け、長い白髪をなびかせ街へとまた飛び去っていく。

 遅れてその凍り付いた門に辿り着いたグール達は一体、また一体と門の内側に侵入していく。




 その門へと向かって走る二つの人影が街の中にあった。

「さっき上空を飛んでった奴……あれは魔族じゃないかしら?」

 ローラは顔をしかめて杖を構えてそう話しかける。

「ふむ……。
どうやら盗賊どもを後ろから操っていたのは魔族かもしれんなぁ。
厄介な話だ」

 走りながら向かってくるグールを蹴散らし、そう答えるローランド。

 二人は街の西、商業街や交易街を中心に見回っていたが、グリフォンに乗ったリゼットから外から街へと向かってくるグールがいる事を知らされたのだ。
西の街はそこまで荒れておらず、グールの姿もほぼ見かけなかったので二人は門の応援へと向かってる途中だった。
故に、門へと辿り着いた時には魔族の襲撃に僅かに間に合わなかった。
二人が辿り着いた時には門は凍らされ、閉ざすことが出来なくなっていた。

 向かってくるグールはチラホラとする程度。
数は多くない。
向かってくるグール達を軽々大斧で薙ぎ払うローランド。

「ローランドさん、頭を狙って下さいね。
完全に動きが止まりませんよ」

 ローラが上半身と下半身が両断されたグールを眺めてそう言及し、雷撃を放って頭を消し飛ばす。

「ガッハッハッ!
なかなか細かな狙いを付けるのが苦手でなッ!」

「笑い事じゃないですよ……」

 ローラはため息をつきながらローランドがトドメを刺し逃したグールに向けて的確にトドメを刺していく。

 すると、門の向こうから悠然と歩いてくる人影が一つ見えた。
その大男は両手にそれぞれ大刃の斧を持ち、その双斧を揺らしながらゆっくりとこちらへと近付いてくる。
その姿は他のグールとは違うと一目でわかる。

「あーん?
まだ元気な奴等がいるみたいじゃねぇか。
街ん中の襲撃は失敗かぁ?」

 焼けただれた顔をニヤケさせながらそう言う大男。

「……先手を打ちますよ。
“雷を此処に、その一撃で敵を貫きたまえ。
ライトニング・ボルト”ッ!」

 掲げた杖から放たれるのは一筋の雷撃。
真っ直ぐに走り抜けて大男へと向かい、その身体へ直撃する。
しかし、その大男は僅かに怯んだだけで、身体から煙りをあげながら尚も歩みを止める事はなかった。
その光景にローラは目を見開く。

「痺れたぜ。
なんだか筋肉がビクビクしてらぁ。
魔法使いがいるのは面倒くせぇな」

 そう言ってグルンと両方の斧を振り回す大男。

「そんじゃあ、最後の大暴れといくかぁ」

 傍から駆け抜けていくグール達を余所に、ニヤリと笑って一気に駆け出してくる大男——ジグスムント。
ローランドは身構え、突撃して振るわれる一撃を渾身の一振りにて迎え撃つ。
ジグスムントはその一撃を双斧で受け止める。

「ローラッ!
コイツは俺が相手をするッ!
グールを頼むぞッ!」

 ローランドはそう声を上げて指示をするとローラは頷き、杖を振るい雷撃を立て続けに飛ばしてグールの頭を消し飛ばしていく。

 ローランドは目の前の男に集中し、長い大斧を振り回す。
リーチで勝るローランドはジグスムントを近付けさせず、力でも僅かに上回る。
しかし、ボロボロのジグスムントは動きのキレが落ちる事が無い。
どちらも一歩も譲らぬ力比べのような打ち合い。
そこへ次々とやってくるグール達。
ローランドがグールのへと僅かに注意を向けた隙をみて、ジグスムントは片手の斧を振りかぶる。

「よそ見してんじゃねぇぞッ!」

 振り抜かれた手から斧が放たれ、回転しながらローラへと向かう。
ローランドは「避けろッ!!」と振り向き様に叫ぶが、ローラは詠唱中。
隙だらけのその身体へ飛んでいく斧。
思わず目を瞑るローラ。
しかし、その斧がローラを斬り裂く事は叶わない。
ズシンと大きな衝撃音を立て、ローラの目の前に巨体が舞い降りてくる。
その姿はグリフォン。
斧は空から舞い降りてきたグルフォンの足で踏み潰されていた。

「すまんな、コイツらを連れてくるのに時間がかかった。
蹴散らせッ!ポポロッ!!」

 そう声を上げるのはグリフォンに跨るリゼット。
その傍から突進するのは巨体のポックル、ポポロ。
兜の角を突き出し、ジグスムントへと猛進する。
それを見たローランドは横っ飛びし、その突進を躱すとジグスムントだけが吹き飛ばされる。

「おいおいッ!
俺まで巻き添え食らうところだったぞ、リゼット」

「もしそうなっても、避け損ねたお前が悪いね」

 そう言い合う二人はニヤリと笑い合った。

「た、助かりました……。
こっちもそろそろマナが切れそうで……」

 ローラは斧が迫ってきた恐怖からかその場に尻餅をつく。

「少し休んでいろ。あとは私達でやる。
切り刻んでやれ、ディゼル」

 その声に呼応するように雄叫びを上げ、地を駆け抜けるディノセイヴァー。
吹き飛んで体勢を立て直そうと構えるジグスムントへと飛び掛かり、鋭い爪がその身体を切り裂いていく。

「チッ!!魔獣使いって奴か!?
いよいよヤベェなッ!」

 追い詰められて尚笑うジグスムント。
その姿に狂気を感じるリゼット。

 グリフォンは空へと舞い上がり、翼を大きく広げ、烈刃を放つ。
残ったグールを吹き飛ばしながら斬り裂き、同時にジグスムントの身体も斬り刻んでいく。

 怯んだジグスムントへ突撃するローランド。
大きく振りかぶった渾身の一撃が振り抜かれる。

 その大斧が当たる寸前、ローランドは見た。
ニヤリと笑うジグスムントの顔を。
その邪悪な瞳を。
輝きだした手の甲を。
そしてジグスムントの胴体を両断するや否や、片手の甲から真っ黒な煙が吹き出し、周囲を包み込んでいく。

 驚いたローランドだったが、ディノセイヴァーが頭でその巨体を持ち上げ、煙から離してくれる。




 空からリゼットはその光景を眺めていると、その煙の中から雄叫びが響き渡る。

 そして煙の中から飛び出してきたのは両断された胴体も繋がり、一回りその身体を大きくしたジグスムント。
その顔は顎が外れたように大きく開き、口と目から緑の炎が吹き出していた。
両腕と両脚の筋肉は皮膚を突き破り、剥き出しの筋肉が盛り上がっている。
腕の長さは異常に長くなり、二メートルはゆうに超えている。
その左手には持っていた斧がそのまま腕と同化し、巨大な漆黒の大斧に変貌していた。

 まさに異形。
そして、その姿から連想されるもの——。

「魔の……眷属……」

 呟くようにその存在を口にするリゼット。

 ジグスムントは呪印を解放し、元より死から蘇ったそな身体を魔の身体へと変える。
それは狂気の暴君デスタイラント
力無い者が呪印によって変貌した人間の成れの果て。
暴虐の限りを尽くす破壊の使徒。

 デスタイラントは腕をしならせると、目にも留まらぬ速さで振り抜き空を飛ぶグリフォンをはたき落す。
そのあまりの速度にグリフォンは反応も出来ず、リゼットもろとも地面に叩きつけられる。

「リゼットッ!!」

 ディノセイヴァーから飛び降りたローランドは叫ぶが、更に振るわれれた腕にローランドとディノセイヴァーはまとめて弾き飛ばされ、石壁に叩きつけられる。

 ピクリとも動かなくなるリゼットとローランド。
それを見たポックルは唸り声を上げながら突進するが、続けて振るわれる腕に薙ぎ払われポックルの巨体が宙を舞う。
二転三転と地面を転がり、ポックルも動かなくなる。

 残されたのはローラただ一人。
それはあっという間の出来事。
あんぐりと開いた口からけたたましい笑い声を上げるデスタイラント。
恐怖に慄くローラは、腰を抜かしたまま立ち上がる事も出来ない。

 またも振りかぶられるその長い腕がスローモーションに見える。
その直後——。

 デスタイラントが長い腕を振りかぶったまま、ゆっくり振り返る。
その視線の先に、黒紅の銀槍を構えた猫がいた。

 その姿が搔き消えると、紅蓮の炎が走り抜ける。
そして次々と街へと侵入するグールが燃え上がり、消し炭へと変えていく。
何かが走り抜けた跡のように炎が道のようになり、デスタイラントの身体も一瞬で炎に包まれる。

 そしてローラの隣に炎が走り抜けるとすぐ後ろに炎をその身に纏う猫が笑う。

「いやー、参ったニャァ。
オイラとした事がマナ切れ起こすとかやっちまったニャ。
グールどもは道中の村まで襲ってるし、ほんと大失態だニャ。
代わりにお礼のマナポーション沢山もらえたから元気モリモリにニャれたけど」

 素っ頓狂な声でそうまくし立てる猫。
ローラはキョトンとした顔でその猫を見つめる。
すると、猫はキリッとした顔をしてローラを見つめる。

「お嬢さん。
タマリウスが来たからにはもう安心だニャ。
オイラの勇姿をその目に焼き付けると良いニャ。
そして感謝のハグをして欲しいニャー」

 ニャハハー、と照れ臭そうに笑って頭を掻くタマリウス。
そこへ真上から振るわれてくるデスタイラントの大斧。

「会話中は邪魔しちゃダメって教わってニャいのかニャ?」

 緩んだ顔を瞬時に引き締め、槍を一振りして大斧を弾き飛ばすタマリウス。
その小さな身体からはとても想像出来ない衝撃を放ち、大気すら揺れる。

 ローラは思う。
その姿はまるで、あの少年のようだ、と……。
それを口にすれば、きっとタマリウスは憤慨する事を、彼女はまだ知らない。

「お嬢さんは下がっててニャ。
ここはオイラに任せておきニャ」

 タマリウスはグルグルと槍を振り回しながら前に歩き出す。
槍の切っ先が地面を斬りつける度に炎が走り抜ける。

「追いかけっこも終わりだニャ。
てめぇあの盗賊どもの親玉だろ?
前はマナが足りなくて火力不足だったから生焼けにして悪かったニャ。
魔の眷属にまで身を落としやがって、落ちる奴ってのはとことん落ちるだよニャー。
ホント救えないニャ」

 ピタリと槍を止めて姿勢を低くし、切っ先をデスタイラントに向けるタマリウス。

「だから、今度こそオイラがその存在を焼き払ってやるニャ。
消し炭にしてやるから安心しニャ」

 そう言って不敵に笑うタマリウス。
対するは声にならない叫びを上げ、長い両腕を振り上げるデスタイラント。




 決戦の地はジーナス。
街を守るはジーナス最高峰の豪傑三名。
相対するは魔と闇に身を落とす者達。
それぞれの決戦が、幕を開ける。
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