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第4章 少年期後編

第61話 里帰り

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「一週間分も護衛の仕事を任せてしまって申し訳ないです」

 俺はフレデリックさんに頭を下げる。
その脇に並んで立つアネッサもまた続けて頭を下げた。

「構わんさ。
困った時はお互い様。
一年以上も我々の代わりに君達が奮闘し続けていたのだ。
少しでもその恩を返さなければならん」

 フレデリックは優しく微笑みながらそう答える。
その反応に俺は胸をなで下ろす。

「商人達には既に連絡は入れてあります。
アネッサの護衛が無くなった事に対してのみ苦情があったのは腹立ちますけど」

 俺が呆れたように告げるとフレデリックも苦笑いしてアネッサを見る。

「人気者だな、エルフィン君」

「正直、複雑です……」

 アネッサは尻尾と耳をヘタリとさせて小さく答える。

「戦争、か……。
私のところにも王都から使者が来てね。
参戦の申し入れがあったが、ジーナスを守る為にも断ったのだ。
恐らく君にも声がかかり、ジーナスを守る要がいなくなるのでは、と危惧してね。
君がいない間、ここは我々が命がけで守るさ」

「フレデリックさんやリゼットさんの元護衛団の人達がいればジーナスは大丈夫ですよ」

 その言葉に強く同意するように大きく頷くフレデリックさん。

 リゼットさんは二年前の事件後、商業区域の長として街の商業全体を取り仕切る大役を担う事になった。
護衛団はそれで解散となるはずだったが、彼等の高い実力をフレデリックは買い、傭兵団の精鋭として受け入れるり
今では日々、忙しなく近辺を駆け回っているとの事。
そんな元護衛団の中でも特にガウェンさんとサリアさんの成長には目覚ましいものがあった。
ガウェンさんは変わらず俺が指導し、サリアさんはアネッサに指導を受けていたからだ。
サリアさんの場合はいずれアネッサを超える為に、との事だが、まだその日は訪れない様子。
そんな二人は二年間でフレデリックさんと並ぶか、或いはそれを上回る力を身に付けてしまった。
傭兵団率いる腕利きの団長も形無しである。

「シン君。
そしてエルフィン君。
戦争とはいつの時代も凄惨なモノ……。
だからこそ、二人共必ず此処に戻って来るんだ。
どれほど大きな怪我をしても、無様でも、君達には生きて戻ってきて欲しい。
私はそれを切に願う」

 フレデリックさんは真っ直ぐ俺達を見据えてそう言った。

「はい。
必ずジーナスに戻ってきます」

 俺とアネッサは力強く頷いて、その場を後にした。




 一週間、埋まっていた護衛の仕事は傭兵団に代行してもらい、俺達は荷物をまとめてジーナスを出発した。

 目指すは、懐かしの故郷。
エルフの里だ。

 危険もあるので、アネッサだけでも残そうかとも考えたが、絶対に着いて行くと彼女は聞かなかった。
そんな彼女が共にいてくれるのは俺にとって何より心強かった。

 ジーナスの門を抜けると、アネッサが銀狼へと姿を変える。
その姿は少しばかり小さくなったフェンリルそのもの。

 今となっては見慣れた光景なので何も思わないが、初めて見た時は少しばかり警戒したものだ。
タマリウスなんて魔槍をすぐ様構える始末。
アイツはどうやらフェンリル恐怖症になってしまったようだ。

 そんな銀狼に俺が跨ると、一気に加速し始めるアネッサ。
その速度は大型二輪車の速度を優に超えるだろう。

 そんな銀狼となったアネッサは俺を背に乗せ草原を駆け抜ける。
この荒くれ狼と死闘を繰り広げたのが僅か二年前だなんて……。
今となっては二年前の出来事が遥か昔のように感じてしまう。

「シン様のお父様はどのようなお方なのですか?」

 草原を疾走しながらアネッサが尋ねてくる。

「どんな……んー。
堅物で、物静かで、無愛想。
趣味は園芸と薬作り。
そして引きこもり」

「そ、そうなのですか……。
なんだかシン様とは真逆なのですね」

 乾いた笑いをするアネッサ。

「そうか?
ジノとは割と似た者同士だと思うけれど」

「もしもシン様が引きこもりでは、稼ぎがゼロになってしまいます」

 そう言って、ふふふ、と笑うアネッサ。

「確かにな。
つっても、貯蓄は既にかなりあるし、しばらくは働かなくても問題無いけどな」

「それもそうですね。
何処かでのんびりと暮らすのも悪くはありません」

 そう言って俺達は仲良く笑い合う。

 二年前に比べてアネッサは良く笑うようにった。
多分、もともとは明るい娘なのだろう。
暗い過去を持つ彼女だが、それでも一歩づつ前に進み、忌むべき存在とも手を取り合っている。
歳は下でも、それはとても尊敬出来る事だと思う。




 最初はエルフの里から二日程かかってジーナスまで辿り着いた俺だったが、フェンリルの足にかかればたった半日程でエルフの里まで着いてしまう。

 そして目の前に広がるのは巨大な薄暗い森。
それは俺にとっては懐かしの景色でもある。
とは言え、この場所に到着するのは予想より遥かに……。

「早ぇ……」

 思わずボソッと感想が漏れて呟いてしまう。
そんな俺を小首を傾げて疑問顔のアネッサ。
何がでしょう?と口に出さずともその表情から読み取れる。
もはやその速度は乗ってる人からすれば風除けをしなければ呼吸も出来ない域だという事も、アネッサはわかってないようだ。

 俺は銀狼から飛び降りると、アネッサも狼から人の形に戻る。
そして林道を見据え、俺達は歩き進み始めた。

 しばらく二人並んで歩いて進んでいると、急速に接近してくる気配を敏感に感じ取る俺とアネッサ。
身構えるアネッサだが、俺が片手で警戒しなくていいと手振りで伝える。

 少し離れた大木の太い枝が大きく揺れると、そこに外套を羽織ったつり目のエルフが降り立った。
その女性のエルフは鋭い目付きで俺達を見つめてくる。
そして——。

「シン……?
シンじゃないっ!」

 俺の姿を確認すると枝から飛び降りて駆け寄ってくる長耳の美女。
ミーシャさんである。

「お久しぶ——ッ!」

「少し見ない間にでっかくなって!」

 俺に飛び付いてくるミーシャさんは俺の挨拶を遮ってくる。
続けて首に腕を絡めて頭をグリグリと乱暴に撫でてくる。
そんなミーシャさんの姿はここを出た頃からまったく変わっていない。

「お、お久しぶりですね。
元気でしたか?」

「そりゃ元気よ。
あんたこそ、うまくやってるの?
ジノに聞いても、なんとかやってるようだ、問題ないようだ、とか一言二言しか言わないしッ」

 憤慨するようにそう言って、ようやく俺を放して腕組みするミーシャさん。
ジノに対して相変わらずご立腹のようだ。
 
「って、そうだ!
あんたの訪問にも驚いたけど、今さっきヤバい奴がジノん所へ向かったの。
最初にソイツとは私が出会ったんだけど、出会い頭に動きも取れなくされちゃって……。
早くジノの所に行ってあげた方が良いかもしれないわ」

 少し深刻な顔付きで言うミーシャさん。

「ヤバい奴……」

 俺は気配を探ると、ただならぬ気配を実家とも言える木造の小屋から感じ取った。

「シン様。
この気配、魔境にいるモノにかなり近いです。
私の中でフェンリルが唸り声をあげています」

 後ろに控えていたアネッサが鋭い目付きで俺に囁く。
その光景を見たミーシャさんが俺とアネッサを交互に見て目をパチクリさせる。

「あ、あんた……久々に帰ってきたかと思ったら、女連れて来てんの!?
まさか歳上の彼女作って来たとか!?
まだガキの分際で生意気よっ!」

 一気にテンションが上がるミーシャ。

「ミーシャさん、ちょっと落ち着いて。
今それどころじゃなさそうです。
ともかく、すぐにジノに会ってきます」

「と、とっても気になるわ……。
もー、後で絶対話を聞かせなさいよ!」

 ミーシャさんは名残惜しそうにそう言って俺達を見送った。




 そして俺とアネッサは木造の小屋の前に立つ。

 二年半。
この小屋から飛び出し、経過した年月。
長いような短いその年月を思い返しながら、俺は勢いよく木の扉を開く。

「ジノッ!帰ったぞ!」

 大きく開かれる扉。
高らかに自分の帰宅を告げる俺。
そして、目の前に広がる光景を見て思わず俺は固まってしまう。

 そこには困ったような顔をして頬をかきながら立っているジノの姿。
そしてジノの目の前には土下座している真紅のドレスを着た輝く金髪の女性がいた。
それはもう、ピシッと背筋の伸びた綺麗な土下座だった。
思いもよらない光景に、俺はパクパクと口を開け閉めする。
その横からアネッサがヒョコリと顔を覗かせ、目を見開く。
そして俺達へと顔を向けるジノ。

「む、シンか。
久しいな」

 平然と声をかけてくるいつものジノ。

「……む、シンか、じゃねぇよッ!
なんだよこの状況!
見知らぬ女性に土下座させるとか俺の親父はいつからそんな鬼畜男になりやがった!」

 盛大に突っ込む俺。
すると、ゆっくり立ち上がるドレスの女性。
そしてこちらを見やるとギロリと睨んでくる。

「ジノ、誰だこのクソガキは」

「クソ……ガキ……」

 俺のこめかみがピクリと動き、引き攣った表情になる。
その女性は先程までの土下座が無かったかのように腕を組んで偉そうに俺とアネッサを見下してくる。

 まさか、この人が団長の言っていた……?

「ルナ。
コイツは私の息子、シンだ。
シン、コイツはヴァンパイアのルナマリアだ」

「紹介が簡単過ぎて大事な所が抜け落ちてるから!
この人王女なんだろ!?」

 セシリアさんからの事前情報のお陰でその大雑把な紹介にも辛うじてついていけた。

「そうだ。
お前、よく知っているな」

 感心したように微笑むジノ。
よく知ってるな、じゃねぇよ。

「どういう意味だ?
お前の息子だと?
どう見てもこのガキは人族ではないか。
ハーフエルフですらないぞ」

「いでで!」

 そう言って俺の耳を摘まみ上げるルナマリア。
その手をガシッと掴むのは後ろで控えていたアネッサ。
その瞳からは怒りの色が見て取れる。

「その手を放して下さい。
シン様への無礼は私が許しません」

 アネッサの手に力がこもる。
すると俺の耳から手を放すルナマリア。
代わりに冷たい表情でアネッサを睨みつける。

「……貴様こそ、その手を放せ。
軽々しく触れるなよ、獣風情が」

 睨み合う二人。
いきなり一触即発。
こ、こんな今にも壊れそうな小屋で暴れないで、アネッサ!

「落ち着け、アネッサ」

「落ち着け、ルナ」

 俺とジノの声が重なる。
顔を合わせる俺とジノ。
それを見たアネッサは手を放し、ルナマリアもまた睨むのを止める。

 これから大事な話があるのに、前途多難すぎる……。

 その状況に俺は思わず頭を抱えたくなったのだった。
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