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第5章 遥か遠いあの日を目指して
第106話 良薬傷に痛し
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ラムリカ村は太い丸太を幾本も突き立てた外壁で囲われており、その入り口には大きな木造の門が構えられていた。
遠目から見ても村の規模は決して小さくは無いのがわかる。
木造とは言え外敵から守る為の外壁は頑丈そうでかつ立派な造りである。
また村の中には背の高い見張り用の櫓も幾つか外壁から頭をのぞかせていた。
一呼吸置いた俺はそんな村に近付く前に足を一旦止める。
「リリー、そろそろリアナを起こしてもらえるか?」
「ん、大丈夫。もう起きてるよ」
いつの間に、と思いつつ振り返って彼女を見ると瞳の色も元の色に戻っていた。
そしてその雰囲気もまた先程までのチャラけた感じはすっかり消え失せている。
頭の上に乗っていたリリーはと言えば、リアナが羽織っている外套のポケットにすっぽり入って顔だけ覗かせていた。
「ゴメンね、シン。私いつの間にか気を失っちゃって……。なんだか、記憶が途切れる前の事がよく思い出せないんだけど——」
「いや、思い出さない方が良いぞ」
悪夢で今夜うなされるからな。
トラウマレベルで嫌いなものってのは誰にでもある。
俺だってミーシャさんのご飯は思い出したくない。
むしろその記憶は抹消したいくらいだ。
俺達が門の前まで歩いていくと門番らしき髭モジャの男が見張り台から顔を覗かせてこちらを見てきた。
俺達の姿を確認するや否や、ギョッと大きく目を見開いて声を張り上げる。
「おい!子供の怪我人だッ!重症だぞッ!!」
その張り上げられたその声に応じて木製の門が軋みながら開いていく。
門前払いされたらどうしようか、と不安でもあったが、この大怪我が幸いしたようだ。
門が開くと先程の男が階段から駆け下りて来て、他の若い男達を連れ駆け寄ってくる。
「おい、坊主ッ!大丈夫か!?ヒデェ怪我だぞ!」
そう言って髭モジャのおっさんが俺達を中に連れて行ってくれた。
引き連れて来た若い男達とすれ違う時、リアナを見て「エルフだ」とボソッと呟いていたのを俺やリアナは聞き逃さなかった。
リアナは少し顔を背けるような仕草をして外套のフードをかぶり直す。
エルフはやはり珍しいのか嫌でも注目を浴びてしまうようだ。
「側を離れるなよ」
俺が小声でそう伝えるとリアナはコクリと頷き、少しだけ安心したように微笑んで身を寄せてきた。
大きな門を潜り抜けると視界が開け、大きな広場を通り抜ける。
広場には子供達が遊んでいたが、俺の姿を見て固まってしまう。
大人ですら血塗れの傷だらけの姿を見れば顔を背けたくなる程だろう。
躊躇わずに俺に近寄ってきたこのおっさんは大したもんだと思う。
「あの、一人でも歩けますよ?」
肩を貸そうとしてきた髭モジャのおっさんに俺は遠慮がちに言ったのだが、おっさんは「気にするな」と言って微笑んでいた。
強面のおっさんだが、良い人なんだろう。
「坊主、お前は運が良い。この村には優秀な魔術師がいてな——」
「ん?お前達は……」
おっさんが説明している最中、横から誰かが割って話しかけてきた。
「おう、ちょうどその人がやってきた!」
その男は腰まである長いブランドの髪をした壮年の男であった。
その特徴的な耳が長さはエルフである事を証明していた。
しかもそのエルフは無精髭こそしているものの、顔立ちは俺の良く知る人にとても似ていたのだ。
「ジノ……?」
つい、口からその疑問が溢れてしまった。
「またその名前か。お前達は揃って誰と勘違いしているんだ」
心外だと言わんばかりにその男は長い髪を乱暴にかきあげてため息をつく。
よく見れば確かにジノとは少し顔付きも違う上に、年齢もジノの方が若い。
目の前のエルフの男はジノにはないワイルドな親父感が漂っており、目つきもまた一段と鋭く威圧感がある。
「ゼノさん!あの時はありがとうございました」
そう言って隣のリアナがペコリと頭を下げる。
「大した事はしていない」と手を振るゼノ。
「ゼノさん、この子達をご存知で?」
「えぇ、モンドさん。〝聖樹の苗木〟を植えてきた時に出会った子達でして」
モンドと呼ばれた髭モジャのおっそんの問いかけにゼノはそう答える。
その言葉の中に、気になる単語が入っていたのを聞き逃さなかった。
今、〝聖樹の苗木〟と言ったか?
まさか、聖樹ユルドってのはこの人が植えたものなのか?
「この子、見た通り酷い怪我ですが、診てもらえますか?」
「この人族の子には治癒術が効かないのですがね。一応、応急処置は出来るますので。ホラ、お前達はこっちに来い」
そう言ってゼノは首であっちだ、と示すと俺達に背を向けて歩き出す。
「それから肩を貸さなくてもその人族の子は歩ける筈ですよ。見た目以上にその子は丈夫で、生命力も高い」
背を向けたままそう伝えるゼノであったが、その言葉の意味を理解できなかったモンドは首を傾げるばかり。
そんな混乱した髭モジャのおっさんに俺達は一礼すると、ゼノに置いてかれないようその背中を足早に追ったのであった。
「そんな見た目では村の人達が驚いてしまう。これでも羽織れ」
そう言ってゼノは身に纏っていたローブを脱ぐと俺に放り投げた。
ブカブカのローブをであったが、とりあえず言われた通りにそれを羽織る。
ローブに袖を通したのは、いつぶりだろうか。
俺はそんな事を思いつつ、ジノの後ろを早足に付いて行きながら村の様子を伺っていた。
この村には畑や果樹園、そして牧場も存在していた。
自給自足しながら生活しているのか、そこまで建物や人口の数は多くないように見える。
商店や屋台も見受けられないし、都会の街とは違った田舎の農村といった所だ。
そしてとある木造の住居の前で立ち止まると、「入って良いぞ」と一言言って家の中に入っていった。
ぶっきら棒な言い方であるが、そんなところもどこかジノとも似てるのでとても懐かしく感じてしまう。
小さな木造の家に入ると、中にいた若い女性が出迎えてくれた。
ストレートロングの黒髪を揺らしながら驚いた顔をして近寄ってくる。
整った顔立ちはまるでエルフかと思える程で、どこか品の良さすら感じさせる女性だった。
服装はそこらの村人と変わらない貧相なものだが、肌艶もよく育ちの良さが見て取れる。
そして胸には高そうな宝石が嵌め込まれたペンダントをしていた。
「まぁ大変!ゼノ、この子凄い怪我してるじゃない!」
「だから手当てしてやるんだ。アンリ、包帯を沢山持ってきてくれ。無ければ綺麗な布でも良い」
「わかった!二人とも、ここに座ってて」
アンリと呼ばれた女性は俺達に椅子を差し出すと部屋の奥に消えていった。
「……今の人は?」
部屋の奥に視線を向けたまま棚を弄るゼノに尋ねてみる。
「私の同居人だ」
「同居人って言い方はないでしょう、ゼノッ」
包帯と白地の布を沢山抱えてやってきたアンリは頬を膨らませてゼノに言い返す。
「えっと……それじゃ恋人か、奥さんですか?」
二人を交互に見て興味ありげなリアナ。
「そ、そう見える?えっと、実はね——」
「彼女はただの居候だ。それ以上でも以下でもない」
テレテレと恥ずかしそうにするアンリを余所に、ゼノは淡々と答えて薬草や薬を棚から取り出してきた。
「その言い方酷くない!?そりゃあ確かに行く当てもないんだけどさぁ……」
「今は私とお前の関係等どうでもいいだろう。それより二人ともこの部屋から出た方が良い。かなり痛々しいモノを見る羽目になる」
ゼノが忠告するが、リアナは首を振って強い眼差しでゼノを見返す。
「私は残ります。シンの側を離れません」
対するアンリはドギマギしながら、即答したリアナを見て「じゃ、じゃあ私も残ろうかな、うん」と答えた。
彼女は本当は引っ込んでおきたかったのかも。
ちなみにリリーはリアナの外套のポケットに引っ込んだまま出てこない。
「後悔するなよ。どんな事があったか知らんが、木片が背中にいくつも刺さってる。取り敢えず全部抜くぞ」
そう告げた途端に鋭い痛みが背中を突き抜け、思わず歯を食いしばる。
「——ッ!デカい熊から必死に逃げてきたんだ」
続けて二本目。
背中に温かい血が湯水のように湧き出て、床がみるみる血の海になっていく。
しかめた顔をしながらアンリがゼノの肩を叩く。
「ねぇ、ちょっとちょっと、ゼノ!出血がヤバい事になってるけど!早く治癒魔法かけてあげなさいよ」
「コイツには治癒魔法は効かん。それよりデカい熊とはあの神獣の事か?これも深く刺さってるな、抜くぞ」
抜くぞ、と言った時には既に引き抜いているので聞く意味は無いだろ、と言いたいが俺はただただ激痛に耐え続ける。
そんな俺の姿を痛々しそうに見るリアナはソッと俺の手を置いて握っていた。
「そ、です……。目覚めさせるつもりは無かったんですが、成り行きで……」
絞るように答える俺に、ふむ、と一言溢すゼノ。
そんなところまでジノにそっくりかよ。
てか後何本残ってるんだ?
「よく生きて森を抜けられたものだな。神獣に遭遇してこの程度の怪我で済んだのなら、逆にまだ良かったかもしれん」
普通は死んでいるだろうさ、と続けたゼノは背中に突き刺さったモノを全て抜き終えると血染めの手を布で拭う。
血が大分流れたせいか、少し頭がクラクラする。
「おい、コイツを咥えろ」
そう言ってゼノは短い木の棒に皮が巻いてあるモノを差し出した。
なんだこりゃ?
「これ……何ですか?何をするんですか?」
「薬を塗る。効き目は保証するが、焼かれるような痛みが走る。舌を噛みたく無ければ咥えとけ。痛みもマシになる」
ほら、と俺に手渡してくるので渋々俺はそれを咥える。
「さん、にい、いち、で薬を塗るぞ。準備はいいか?」
「は、大丈夫です」
「さん、にい——ッ!」
いち、を飛ばして背中に焼かれるような激痛と焼かれるような熱が広がっていく。
まるで熱した焼鏝で傷口を塗りたくられてるような。
いや、むしろ焼かれてるんじゃないのか?と錯覚するほど。
俺は声にならない声を押し殺しつつ、木の棒が割れんばかりに噛み締める。
ミシミシと軋む音が聞こえ、両手を握り締める。
それは時間にすればほんの一分程の出来事。
しかし、俺には一時間も二時間も身体中を焼かれ、皮膚を抉らられるような痛みに襲われていた。
「終わったぞ。この薬を塗って意識を失わずに耐えれる奴なんて初めて見たな」
大したモノだ、と笑いながら手際よく包帯を巻いていくゼノ。
俺は今にも倒れそうになるのをなんとか堪え、肩で息をしていた。
驚くべき事にあれだけの出血は止まったようだが、代わりに滝のような汗が出ていた。
「笑ってる場合!?なんか拷問してるみたいだったけど!?」
声を張り上げて突っ込むアンリ。
「『この薬を塗るくらいなら死んだほうがマシだ』、なんて言う奴もいるからな」
「今の薬、本当に効くんですよね?大丈夫なんですよね?」
震える声で問いかけたリアナは隣でポロポロと泣いていた。
「毒性に侵された傷口もあったからな。あれくらいの薬で無ければこの傷は癒えん。毒の耐性はあるようだが、あのまま放っておけば傷口から肉が腐る」
と、ゾッとする話をするゼノ。
「あの薬ならばきちんと治るさ。とは言え清潔を保つために日に一回、包帯と布を新しいものに変えておく事だ。おい、人族の子よ。明日も今の薬を塗れば治りは早いが、どうする?」
明日も——?
この人、ジノには似てると思ったけど勘違いだ。
ジノはこんなにドSじゃない……。
だが——。
「上等っスよ……」
俺の涎でまみれた木の棒を握り締め、不適に笑って俺は応えた。
そんな俺を正気か?と目を疑うような顔をして見るアンリと、止めようとするリアナがいた。
だが、早く治せるならそうしたい。
それに、もしこの人が俺の予想通りの人なら元気になって聞きたい事も教えてもらいたい事も山のようにある。
「ゼノさん、一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
手を布で拭いながら応えるゼノ。
こちらを見やるその瞳はまるで聞かれるであろう事柄を既に悟っているかのよう。
「……〝オルディール〟という名前に、聞き覚えは?」
俺の質問に、手を拭き終えたゼノは俺の前に椅子を置いてどかっと座る。
「勿論あるとも。オルディールとは私の事だからな」
そう答えに、俺は勿論リアナも驚く事は無かった。
彼女も薄々気が付いていたのだろう。
「ゼノ・オルディール、それが私の名だ。人族の子、シン・オルディール」
鋭い目付きで俺を見つめ、狼の唸り声のような低い声でそう答えたのであった。
遠目から見ても村の規模は決して小さくは無いのがわかる。
木造とは言え外敵から守る為の外壁は頑丈そうでかつ立派な造りである。
また村の中には背の高い見張り用の櫓も幾つか外壁から頭をのぞかせていた。
一呼吸置いた俺はそんな村に近付く前に足を一旦止める。
「リリー、そろそろリアナを起こしてもらえるか?」
「ん、大丈夫。もう起きてるよ」
いつの間に、と思いつつ振り返って彼女を見ると瞳の色も元の色に戻っていた。
そしてその雰囲気もまた先程までのチャラけた感じはすっかり消え失せている。
頭の上に乗っていたリリーはと言えば、リアナが羽織っている外套のポケットにすっぽり入って顔だけ覗かせていた。
「ゴメンね、シン。私いつの間にか気を失っちゃって……。なんだか、記憶が途切れる前の事がよく思い出せないんだけど——」
「いや、思い出さない方が良いぞ」
悪夢で今夜うなされるからな。
トラウマレベルで嫌いなものってのは誰にでもある。
俺だってミーシャさんのご飯は思い出したくない。
むしろその記憶は抹消したいくらいだ。
俺達が門の前まで歩いていくと門番らしき髭モジャの男が見張り台から顔を覗かせてこちらを見てきた。
俺達の姿を確認するや否や、ギョッと大きく目を見開いて声を張り上げる。
「おい!子供の怪我人だッ!重症だぞッ!!」
その張り上げられたその声に応じて木製の門が軋みながら開いていく。
門前払いされたらどうしようか、と不安でもあったが、この大怪我が幸いしたようだ。
門が開くと先程の男が階段から駆け下りて来て、他の若い男達を連れ駆け寄ってくる。
「おい、坊主ッ!大丈夫か!?ヒデェ怪我だぞ!」
そう言って髭モジャのおっさんが俺達を中に連れて行ってくれた。
引き連れて来た若い男達とすれ違う時、リアナを見て「エルフだ」とボソッと呟いていたのを俺やリアナは聞き逃さなかった。
リアナは少し顔を背けるような仕草をして外套のフードをかぶり直す。
エルフはやはり珍しいのか嫌でも注目を浴びてしまうようだ。
「側を離れるなよ」
俺が小声でそう伝えるとリアナはコクリと頷き、少しだけ安心したように微笑んで身を寄せてきた。
大きな門を潜り抜けると視界が開け、大きな広場を通り抜ける。
広場には子供達が遊んでいたが、俺の姿を見て固まってしまう。
大人ですら血塗れの傷だらけの姿を見れば顔を背けたくなる程だろう。
躊躇わずに俺に近寄ってきたこのおっさんは大したもんだと思う。
「あの、一人でも歩けますよ?」
肩を貸そうとしてきた髭モジャのおっさんに俺は遠慮がちに言ったのだが、おっさんは「気にするな」と言って微笑んでいた。
強面のおっさんだが、良い人なんだろう。
「坊主、お前は運が良い。この村には優秀な魔術師がいてな——」
「ん?お前達は……」
おっさんが説明している最中、横から誰かが割って話しかけてきた。
「おう、ちょうどその人がやってきた!」
その男は腰まである長いブランドの髪をした壮年の男であった。
その特徴的な耳が長さはエルフである事を証明していた。
しかもそのエルフは無精髭こそしているものの、顔立ちは俺の良く知る人にとても似ていたのだ。
「ジノ……?」
つい、口からその疑問が溢れてしまった。
「またその名前か。お前達は揃って誰と勘違いしているんだ」
心外だと言わんばかりにその男は長い髪を乱暴にかきあげてため息をつく。
よく見れば確かにジノとは少し顔付きも違う上に、年齢もジノの方が若い。
目の前のエルフの男はジノにはないワイルドな親父感が漂っており、目つきもまた一段と鋭く威圧感がある。
「ゼノさん!あの時はありがとうございました」
そう言って隣のリアナがペコリと頭を下げる。
「大した事はしていない」と手を振るゼノ。
「ゼノさん、この子達をご存知で?」
「えぇ、モンドさん。〝聖樹の苗木〟を植えてきた時に出会った子達でして」
モンドと呼ばれた髭モジャのおっそんの問いかけにゼノはそう答える。
その言葉の中に、気になる単語が入っていたのを聞き逃さなかった。
今、〝聖樹の苗木〟と言ったか?
まさか、聖樹ユルドってのはこの人が植えたものなのか?
「この子、見た通り酷い怪我ですが、診てもらえますか?」
「この人族の子には治癒術が効かないのですがね。一応、応急処置は出来るますので。ホラ、お前達はこっちに来い」
そう言ってゼノは首であっちだ、と示すと俺達に背を向けて歩き出す。
「それから肩を貸さなくてもその人族の子は歩ける筈ですよ。見た目以上にその子は丈夫で、生命力も高い」
背を向けたままそう伝えるゼノであったが、その言葉の意味を理解できなかったモンドは首を傾げるばかり。
そんな混乱した髭モジャのおっさんに俺達は一礼すると、ゼノに置いてかれないようその背中を足早に追ったのであった。
「そんな見た目では村の人達が驚いてしまう。これでも羽織れ」
そう言ってゼノは身に纏っていたローブを脱ぐと俺に放り投げた。
ブカブカのローブをであったが、とりあえず言われた通りにそれを羽織る。
ローブに袖を通したのは、いつぶりだろうか。
俺はそんな事を思いつつ、ジノの後ろを早足に付いて行きながら村の様子を伺っていた。
この村には畑や果樹園、そして牧場も存在していた。
自給自足しながら生活しているのか、そこまで建物や人口の数は多くないように見える。
商店や屋台も見受けられないし、都会の街とは違った田舎の農村といった所だ。
そしてとある木造の住居の前で立ち止まると、「入って良いぞ」と一言言って家の中に入っていった。
ぶっきら棒な言い方であるが、そんなところもどこかジノとも似てるのでとても懐かしく感じてしまう。
小さな木造の家に入ると、中にいた若い女性が出迎えてくれた。
ストレートロングの黒髪を揺らしながら驚いた顔をして近寄ってくる。
整った顔立ちはまるでエルフかと思える程で、どこか品の良さすら感じさせる女性だった。
服装はそこらの村人と変わらない貧相なものだが、肌艶もよく育ちの良さが見て取れる。
そして胸には高そうな宝石が嵌め込まれたペンダントをしていた。
「まぁ大変!ゼノ、この子凄い怪我してるじゃない!」
「だから手当てしてやるんだ。アンリ、包帯を沢山持ってきてくれ。無ければ綺麗な布でも良い」
「わかった!二人とも、ここに座ってて」
アンリと呼ばれた女性は俺達に椅子を差し出すと部屋の奥に消えていった。
「……今の人は?」
部屋の奥に視線を向けたまま棚を弄るゼノに尋ねてみる。
「私の同居人だ」
「同居人って言い方はないでしょう、ゼノッ」
包帯と白地の布を沢山抱えてやってきたアンリは頬を膨らませてゼノに言い返す。
「えっと……それじゃ恋人か、奥さんですか?」
二人を交互に見て興味ありげなリアナ。
「そ、そう見える?えっと、実はね——」
「彼女はただの居候だ。それ以上でも以下でもない」
テレテレと恥ずかしそうにするアンリを余所に、ゼノは淡々と答えて薬草や薬を棚から取り出してきた。
「その言い方酷くない!?そりゃあ確かに行く当てもないんだけどさぁ……」
「今は私とお前の関係等どうでもいいだろう。それより二人ともこの部屋から出た方が良い。かなり痛々しいモノを見る羽目になる」
ゼノが忠告するが、リアナは首を振って強い眼差しでゼノを見返す。
「私は残ります。シンの側を離れません」
対するアンリはドギマギしながら、即答したリアナを見て「じゃ、じゃあ私も残ろうかな、うん」と答えた。
彼女は本当は引っ込んでおきたかったのかも。
ちなみにリリーはリアナの外套のポケットに引っ込んだまま出てこない。
「後悔するなよ。どんな事があったか知らんが、木片が背中にいくつも刺さってる。取り敢えず全部抜くぞ」
そう告げた途端に鋭い痛みが背中を突き抜け、思わず歯を食いしばる。
「——ッ!デカい熊から必死に逃げてきたんだ」
続けて二本目。
背中に温かい血が湯水のように湧き出て、床がみるみる血の海になっていく。
しかめた顔をしながらアンリがゼノの肩を叩く。
「ねぇ、ちょっとちょっと、ゼノ!出血がヤバい事になってるけど!早く治癒魔法かけてあげなさいよ」
「コイツには治癒魔法は効かん。それよりデカい熊とはあの神獣の事か?これも深く刺さってるな、抜くぞ」
抜くぞ、と言った時には既に引き抜いているので聞く意味は無いだろ、と言いたいが俺はただただ激痛に耐え続ける。
そんな俺の姿を痛々しそうに見るリアナはソッと俺の手を置いて握っていた。
「そ、です……。目覚めさせるつもりは無かったんですが、成り行きで……」
絞るように答える俺に、ふむ、と一言溢すゼノ。
そんなところまでジノにそっくりかよ。
てか後何本残ってるんだ?
「よく生きて森を抜けられたものだな。神獣に遭遇してこの程度の怪我で済んだのなら、逆にまだ良かったかもしれん」
普通は死んでいるだろうさ、と続けたゼノは背中に突き刺さったモノを全て抜き終えると血染めの手を布で拭う。
血が大分流れたせいか、少し頭がクラクラする。
「おい、コイツを咥えろ」
そう言ってゼノは短い木の棒に皮が巻いてあるモノを差し出した。
なんだこりゃ?
「これ……何ですか?何をするんですか?」
「薬を塗る。効き目は保証するが、焼かれるような痛みが走る。舌を噛みたく無ければ咥えとけ。痛みもマシになる」
ほら、と俺に手渡してくるので渋々俺はそれを咥える。
「さん、にい、いち、で薬を塗るぞ。準備はいいか?」
「は、大丈夫です」
「さん、にい——ッ!」
いち、を飛ばして背中に焼かれるような激痛と焼かれるような熱が広がっていく。
まるで熱した焼鏝で傷口を塗りたくられてるような。
いや、むしろ焼かれてるんじゃないのか?と錯覚するほど。
俺は声にならない声を押し殺しつつ、木の棒が割れんばかりに噛み締める。
ミシミシと軋む音が聞こえ、両手を握り締める。
それは時間にすればほんの一分程の出来事。
しかし、俺には一時間も二時間も身体中を焼かれ、皮膚を抉らられるような痛みに襲われていた。
「終わったぞ。この薬を塗って意識を失わずに耐えれる奴なんて初めて見たな」
大したモノだ、と笑いながら手際よく包帯を巻いていくゼノ。
俺は今にも倒れそうになるのをなんとか堪え、肩で息をしていた。
驚くべき事にあれだけの出血は止まったようだが、代わりに滝のような汗が出ていた。
「笑ってる場合!?なんか拷問してるみたいだったけど!?」
声を張り上げて突っ込むアンリ。
「『この薬を塗るくらいなら死んだほうがマシだ』、なんて言う奴もいるからな」
「今の薬、本当に効くんですよね?大丈夫なんですよね?」
震える声で問いかけたリアナは隣でポロポロと泣いていた。
「毒性に侵された傷口もあったからな。あれくらいの薬で無ければこの傷は癒えん。毒の耐性はあるようだが、あのまま放っておけば傷口から肉が腐る」
と、ゾッとする話をするゼノ。
「あの薬ならばきちんと治るさ。とは言え清潔を保つために日に一回、包帯と布を新しいものに変えておく事だ。おい、人族の子よ。明日も今の薬を塗れば治りは早いが、どうする?」
明日も——?
この人、ジノには似てると思ったけど勘違いだ。
ジノはこんなにドSじゃない……。
だが——。
「上等っスよ……」
俺の涎でまみれた木の棒を握り締め、不適に笑って俺は応えた。
そんな俺を正気か?と目を疑うような顔をして見るアンリと、止めようとするリアナがいた。
だが、早く治せるならそうしたい。
それに、もしこの人が俺の予想通りの人なら元気になって聞きたい事も教えてもらいたい事も山のようにある。
「ゼノさん、一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
手を布で拭いながら応えるゼノ。
こちらを見やるその瞳はまるで聞かれるであろう事柄を既に悟っているかのよう。
「……〝オルディール〟という名前に、聞き覚えは?」
俺の質問に、手を拭き終えたゼノは俺の前に椅子を置いてどかっと座る。
「勿論あるとも。オルディールとは私の事だからな」
そう答えに、俺は勿論リアナも驚く事は無かった。
彼女も薄々気が付いていたのだろう。
「ゼノ・オルディール、それが私の名だ。人族の子、シン・オルディール」
鋭い目付きで俺を見つめ、狼の唸り声のような低い声でそう答えたのであった。
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また連載が再開して毎日楽しみにしてます!
ゆっくりでもいいので更新待ってます!
自分の小説を待っていてくれてる方がいる事は何よりの励みになります。
いきなり筆が止まりまって書けなくなる自分ですが、自分なりにこれからも頑張って書き続けていきますね。
無理しないでゆっくりで良いので更新お待ちしております。
楽しみにしています!
お久しぶりです。
こうして未だに読んで頂けている事に本当に感謝しております。
遅筆で大変申し訳ありませんが、細々とまた頑張っていきたいと思います。
お疲れ様です。続きが読めることを期待します!
有難うございます。
現在少しづつ執筆を再開しております。
まだ数話しか進んでいませんが、年末年始にて投稿できればな、とは思っております。
長々と待たせた上で言うのも心苦しいのですが、気長に待って頂けたら幸いです。