48 / 61
第48話 ~潜入捜査~
しおりを挟む
第48話 ~潜入捜査~
アッシュに連れられて屋敷内を歩き回る。広大な建物はまるで迷宮のようだ。長い廊下の両側には装飾品が溢れ、豪華な絨毯が敷き詰められている。
「すごい……」
思わず声が漏れる。壁に掛けられた巨大な肖像画は先代当主と思われる男性。鋭い眼光でこちらを見据えているようだ。
「ここが書斎だ」
「えっ?」
突然立ち止まったアッシュがドアを指差す。重厚な木製の扉には複雑な彫刻が施されている。
「父の執務室だ」
「入ってもいいの?」
「駄目だ」
「ですよねー」
軽く肩をすくめる。冗談半分で聞いてみたけれど当然却下される。当たり前といえば当たり前の反応だが少し残念だ。
「次に行くぞ」
「ちょっと待って」
彼の袖を引っ張る。
「何だ?」
「あの……」
「早く言え」
「この書斎について詳しく知りたいんだけど……」
アッシュの眉がピクリと動く。
「なぜだ?」
「だって重要な手掛かりがあるかもしれないじゃない」
「……」
沈黙が流れる。彼は私を疑っているのだろうか。確かに警戒心を抱かせる質問ではある。
「別に悪いことを企んでるわけじゃないわよ」
「わかっている」
「本当?」
「ああ」
彼は小さく溜息をつくとポケットから鍵束を取り出した。
「特別だぞ」
「えっ?」
「入れてやる」
「いいの!?」
驚きのあまり大きな声が出てしまう。慌てて口を押さえるが時すでに遅し。周囲を見回すと幸い廊下には誰もいない。
「静かにしろ」
「ごめん……でも意外だわ」
「何がだ?」
「あなたの性格上、絶対許可しないと思ったから」
「馬鹿にするな」
「ごめんってば」
苦笑しながら謝る。彼の横顔を見ると少し頬が赤いような気がする。照れているのだろうか。
「入りたいのか?」
「もちろん!」
「わかった」
慎重に鍵を差し込む。カチャリという音と共に扉が開いた。室内は薄暗く埃っぽい空気が漂ってくる。
「暗いわね……」
「灯りをつけろ」
言われるまま壁際のスイッチを押す。魔法灯が徐々に明るくなり部屋全体が照らし出される。広々とした空間には大きな机と本棚が並んでいる。壁際には歴史資料や魔法に関する専門書がぎっしり詰まっている。
「すご……」
圧倒的な知識の蓄積に言葉を失う。まるで図書館の一室のようだ。
「父は研究熱心な人間だ」
「みたいね」
「特に魔導理論に関しては天才的と言われている」
「へぇ……」
感心しながら室内を見回す。ふと目に留まったのは机の上の古い羊皮紙。何やら複雑な図形が描かれている。
「これは……」
手に取ろうとした瞬間、アッシュの手が伸びてきて阻まれた。
「触るな」
「どうして?」
「機密文書だ」
「でも……」
「気になるなら後で説明してやる」
彼の表情が硬い。これは重要な何かなのだろう。
「わかったわ」
「よし」
ホッとした様子で彼は続ける。
「他に見るものはあるか?」
「本棚を調べてもいい?」
「構わん」
許可を得て近づく。タイトルを見ると殆どが高等魔法や古代文字に関するものだ。私のレベルでは理解できそうにない。
「難しそう……」
「当然だ」
「でも意外だわ」
「何がだ?」
「あなたも読むの?」
「当然だ」
少し誇らしげな表情を浮かべる。
「学者タイプなのね」
「父の影響だ」
「なるほど……」
彼の意外な一面を知る。普段の傲慢な態度からは想像できない勤勉さだ。
「アッシュ」
「なんだ?」
「一つ質問していい?」
「内容による」
「レンカさんのことよ」
「……」
またしても沈黙。やはり触れられたくない話題なのだろう。
「何か知ってるんでしょう?」
「何故そう思う?」
「女の勘よ」
「……」
彼の瞳が僅かに揺れる。これは確信だ。
「お願い教えて」
「今は言えない」
「どうしても?」
「ああ」
きっぱりと言い切る。これ以上追求しても無駄だろう。
「わかったわ」
「……すまない」
「え?」
「いや……何でもない」
彼は急いで部屋を出る。慌てて追いかけると廊下で待っていた。
「次に行くぞ」
「うん」
その後も様々な部屋を巡る。食堂、客間、礼拝堂。それぞれが贅を尽くした内装で圧倒される。特に地下室は広大で様々な器具が整然と並んでいた。
「ここは何?」
「研究室だ」
「すごい……」
「父の趣味だな」
部屋の隅には奇妙な機械が置かれている。球体型の装置で表面には複雑な魔法陣が刻まれている。
「これは?」
「時空測定器だ」
「時空?」
「時間を測る装置だ」
驚きで息を飲む。まさにレンカに関係しそうな装置だ。
「詳しく教えて」
「父の発明品だ」
「すごいじゃない!」
「ああ……」
何故か彼の表情が曇る。
「どうしたの?」
「いや……何でもない」
「何かあったの?」
「気にするな」
彼は話を切り上げるように早足で歩き出す。追いかけるのが精一杯だ。
「ねぇアッシュ」
「何だ?」
「レンカさんは本当にこの屋敷にいるの?」
「多分な」
「確信はないの?」
「ない」
正直な答えに驚く。てっきり自信満々かと思っていた。
「なんで探さないの?」
「探しているさ」
「どこを探すつもり?」
「全てだ」
意味不明な回答に首を傾げる。
「どういうこと?」
「屋敷中の死角を調べる」
「そんな簡単に見つかるものなの?」
「見つかるさ」
「根拠はあるの?」
「ある」
きっぱりと言い切る彼の横顔は真剣そのものだ。
「信じていい?」
「ああ」
互いの視線が交錯する。一瞬だけ時間が止まったような感覚。彼の瞳の奥に秘めた強い意志を感じる。
「わかったわ」
「明日から本格的に始める」
「了解」
探索が終わり夕食の時間になる。食堂では豪華な料理が並べられていた。美味しそうな香りに食欲が刺激される。
「いただきます!」
「相変わらず元気だな」
「当然よ!」
フォークを持ち上げた瞬間、アッシュが席を立つ。
「どこ行くの?」
「仕事だ」
「一人で食べるの?」
「そうだ」
「寂しいわね……」
「気にするな」
冷たく言い放ち彼は出て行く。仕方なく一人で食事を始める。
「美味しい……」
ローストビーフを口に入れると柔らかな肉質と香ばしいタレが絶妙に絡み合う。思わず頬が緩む。
「あら?」
「どうしました?」
給仕の女性が駆け寄ってくる。
「あの……」
「はい?」
「アッシュ様のことなんですけど……」
「何か?」
「最近落ち込んでいるみたいで……」
「そうなんですか?」
「ええ。いつもなら食事も一緒なのに……」
同情的な目で私を見る彼女。どうやら私に何か期待しているようだ。
「彼を励ましてあげてください」
「私?」
「ええ!彩音さんならできると思います!」
「そんな責任重大なことできませんよ!」
「大丈夫です!」
押しの強い彼女に負けて頷いてしまう。困ったことになった。
「わかりました……」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑む彼女を見て断れなくなる。これが女子の怖さだ。
「失礼します」
彼女が去った後も悩みは続く。どうやって励ませばいいのか皆目見当がつかない。
「とりあえず明日の予定を決めようかしら……」
部屋に戻り明日の作戦を練る。まずは屋敷の地図を作成することにした。記憶を頼りに紙に書き出すと意外と多くの隙間があることに気づく。
「ここが怪しいわね……」
「あそこもチェックしなきゃ……」
熱中しているうちに夜も更けてきた。集中力も切れかけている。
「明日に備えて寝なきゃ……」
「おやすみ……」
ベッドに入り目を閉じる。しかし眠れそうにない。アッシュの言葉が頭から離れない。
「見つかるさ」
彼の自信はどこから来るのだろうか。そしてあの時空測定器との関係は?
「やっぱり考えても無駄か……」
諦めて再び眠りにつこうとする。しかし不思議な感覚が襲ってくる。
「何か変だ……」
微かな違和感。部屋の空気が少しずつ変わっていくような……。
「アマテラス!」
小声で呼びかけるが返事はない。まだ通信不能状態のようだ。
「気のせい?」
不安になりつつも意識が遠のいていく。深い眠りに落ちていく瞬間、耳元で小さな声が聞こえた。
「助けて……」
ハッとして目を開ける。しかし誰もいない。ただの幻聴だろうか。
「疲れてるのかな……」
再び瞼を閉じる。今度こそ本当に眠りについた。
翌朝
目覚めると身体が重い。昨夜の違和感のせいか頭も少し痛む。
「おはようございます!」
勢いよく入ってきたのはソフィアだった。
「今日の予定はどうなさいますか?」
「まずはアッシュと合流するわ」
「かしこまりました!」
彼女は元気よく返事をすると出て行った。私も準備を始める。
「よし!」
鏡の前で髪を整えながら決意を新たにする。今日こそレンカを見つける。そして海斗とマフユの元へ帰るのだ。
「行ってきます!」
部屋を出てアッシュの部屋へ向かう。ノックをするとすぐに返事があった。
「入れ」
「おはよう!」
勢いよくドアを開けると彼は既に準備万端だった。
「早いわね」
「当たり前だ」
「私も負けないわよ!」
「勝負じゃないだろ」
苦笑する彼を見て少し安心する。昨日より元気そうだ。
「まずはどこから?」
「地下だ」
「また?」
「ああ」
真剣な表情で答える彼。確かに昨日見たあの装置が気になる。
「わかったわ」
「行くぞ」
廊下を歩きながら昨日の違和感について話してみる。
「昨夜何か感じなかった?」
「何をだ?」
「妙な気配というか……」
「何も」
「そう……」
彼には伝わらなかったようだ。
「気にしすぎだ」
「かもね……」
否定できない自分がいる。しかし確実に何かあったはずだ。
「着いたぞ」
「うん」
地下室の扉を開けると冷たい空気が流れ出してくる。昨日と同じ光景。しかし何か違う。
「あれ?」
床の一部が不自然に浮いている。明らかに新しい痕跡だ。
「ここだけ新しい……」
「確かにな」
アッシュも気づいたようだ。二人で近づき観察する。
「掘り起こされてるわ」
「誰かが動かしたな」
「レンカさん?」
「わからない」
慎重に調べると床板の下に小さな穴が空いていた。
「これは……」
「通路か?」
屈んで覗き込むと地下へ続く道が見える。非常用通路だろうか。
「行く?」
「当然だ」
躊躇なく進む彼に続いて私も続く。狭い通路をしばらく進むと広い空間に出た。
「ここは……」
薄暗い部屋。中央に寝台がありそこに一人の少女が横たわっていた。
「レンカ!」
アッシュが駆け寄る。私も後に続く。
「起きて!」
彼女の肩を揺すると微かに反応がある。
「うぅ……」
ゆっくりと目を開けた少女は茶色の髪で小柄な体型。間違いなくレンカだ。
「レンカさん?」
「はい……」
か細い声で答える彼女。状態は良くなさそうだ。
「無事でよかった……」
「アッシュ様……」
「待っていろ!今医者を呼ぶ!」
慌てて立ち上がる彼を制する。
「大丈夫です……」
「何が大丈夫なんだ!」
「ちょっと疲れただけですから……」
弱々しく微笑む彼女を見て胸が締め付けられる。こんな場所にずっと一人で……。
「どうしてこんなところに?」
「それは……」
言葉を濁す彼女。何か事情があるようだ。
「説明してくれ」
「実は……」
彼女はゆっくりと話し始めた。だいぶ前から父親の命令でここで過ごしていたこと。理由は分からないが厳重に監視されていたこと。そしてつい先程脱走しようとしたこと。
「時空測定器に触ってしまったんです……」
「なに!?」
「ごめんなさい……」
震える声で謝る彼女。アッシュの表情が強張る。
「それでどうなった?」
「一瞬だけ時間の流れが変わったような……」
「具体的には?」
「ほんの少し前に戻ったような感覚がありました」
「戻った?」
「はい……」
信じられない話だが彼女の真剣な眼差しは嘘を言っていない。
「まさか……」
「アッシュ?」
「父の研究が……」
彼の表情が青ざめていく。どうやら重大なことらしい。
「どういうこと?」
「父は時間を操る装置を完成させたかもしれない」
「えっ!?」
「だからレンカを隠していたんだ」
衝撃の事実に言葉を失う。この屋敷で何が行われているのか。
「落ち着け」
「うん……」
深呼吸をして平静を保つ。まずはレンカを安全な場所へ連れて行かないと。
「お姉さん……」
「どうしたの?」
「あなたは誰ですか?」
「私は彩音。アッシュのお友達よ」
「彩音さん……」
安心したように微笑む彼女。しかしその目には恐怖の色が残っている。
「立てる?」
「はい……」
彼女を支えながら出口へ向かう。アッシュも無言で付いてくる。
「ねえアッシュ」
「なんだ?」
「あなたの父さんは何を考えているの?」
「わからない……」
珍しく弱気な彼。こんな表情初めて見る。
「でも一つだけ確かなことがある」
「なに?」
「父は禁忌を犯した」
「禁忌?」
「時間を操ることは自然の摂理に反する」
「そうね……」
海斗ならどう考えるだろうか。きっと彼なりの見解を持っているはずだ。
「海斗……」
思わず名前を口にしてしまう。彼の姿が恋しい。
「彼氏か?」
「えっ!?」
「顔に書いてある」
「そ、そうかな……」
「図星だな」
意地悪く笑う彼。恥ずかしさで顔が熱くなる。
「余計なお世話よ!」
「そうか」
楽しそうに笑うアッシュ。昨日よりもずっと人間味がある。
「まあいい。今はレンカの保護が最優先だ」
「同感よ」
「医務室へ運ぼう」
「了解」
三人で慎重に移動する。途中何度か振り返ってみたが誰も追ってきていないようだ。無事に医務室へ到着すると医師が待っていた。
「どうされました?」
「見てやってくれ」
「かしこまりました」
医師にレンカを託すと一旦部屋を出る。廊下で二人きりになると緊張が解ける。
「お疲れ様」
「ああ……」
「これからどうするの?」
「父と話す必要がある」
「危険じゃない?」
「危険だろうな」
「じゃあどうして……」
「放っておけない」
「そう……」
彼の決意は固いようだ。
「一緒に来てくれるか?」
「もちろんよ!」
即答すると彼は安堵の表情を見せる。
「ありがとう」
「お礼なんていいわよ」
「いや……感謝している」
「へへ……」
照れ臭くなって頭を掻く。
「それじゃあ行くわよ!」
「ああ」
医務室でレンカの状態を確認すると安定しているとのこと。ひとまず安心だ。
「良かった……」
「あとは父の問題だな」
「大丈夫?」
「多分な」
またしても不安そうな彼。しかし引き下がるわけにはいかない。
「行きましょう」
「ああ」
「覚悟はいい?」
「もちろんだ」
二人で屋敷の最上階へ向かう。父の部屋はそこにあるとのこと。
「緊張するわね……」
「当たり前だ」
「でも大丈夫」
「なぜだ?」
「二人なら乗り越えられる」
「……」
彼は少し考えてから答える。
「そうだな」
「でしょう?」
「ああ」
互いに頷き合う。固い絆を感じる瞬間だ。
「着いたぞ」
「うん」
豪華な扉の前で立ち止まる。深呼吸をしてノックする。
「入れ」
威厳のある声が響く。恐る恐る中に入ると広い書斎に一人の男性が座っていた。アッシュによく似た精悍な顔立ちだが厳しさが際立つ。
「久しぶりだなアッシュ」
「父上……」
「そしてお前は?」
「彩音です」
丁寧にお辞儀をする。父の視線が全身を舐めるように見回す。
「ほう……興味深い」
「何がですか?」
「お前の能力だ」
「!?」
驚きで声が出ない。なぜ知っているのか。
「私にはわかる」
「どういうことですか?」
「時空測定器のおかげだ」
「あの装置ですか?」
「そうだ」
冷静に語る彼。恐怖心を抑えつつ質問を続ける。
「なぜレンカさんを閉じ込めていたのですか?」
「実験のためだ」
「実験?」
「時間遡行の被験者として適していた」
「そんな……」
ショックで言葉を失う。娘を使って実験とは。
「許せません!」
「感情的になるな」
「これが感情的にならないでいられますか!」
「若いな……」
呆れたように首を振る父。しかし目は笑っていない。
「それで何が望みだ?」
「レンカを解放してください」
「それはできない」
「なぜですか?」
「研究が重要だからだ」
「人の命より大事なものがあるのですか?」
彼の表情が険しくなる。
「貴様は甘いな」
「いいえ!これが正しい判断です!」
「そう思うか?」
「はい!」
きっぱりと言い切る。どんな罰を与えられても曲げるつもりはない。
「面白い……」
「どういう意味ですか?」
「お前のような若者がいるとは思わなかった」
「褒めているのですか?」
「ああ……」
皮肉っぽく笑う彼。油断できない。
「だが譲歩はしない」
「そうですか……」
「ただし条件次第では考えよう」
「条件?」
まさかの提案に戸惑う。
「なんですか?」
「私の研究を手伝え」
「!」
「時空測定器の完成に協力すればレンカを自由にしてやる」
「本気ですか?」
「冗談だと思うか?」
「……」
悩む。罠かもしれない。しかしチャンスでもある。
「アッシュ……」
「……」
彼も葛藤しているようだ。無理もない。父と敵対するのは辛いだろう。
「どうする?」
「考えさせてください」
「今日中に決めてくれ」
「わかりました」
一礼して部屋を出る。廊下で深呼吸をする。
「大丈夫?」
「ああ……」
「どうするつもり?」
「……」
苦しそうな表情の彼。迷っているのがわかる。
「お前の意見は?」
「難しいわね……」
「ああ」
「でも可能性はあると思う」
「そうだな」
同意する彼。確かにこれは大きな一歩かもしれない。
「俺たちだけで決めるのは危険だ」
「誰か相談する?」
「レンカだ」
「いいアイデアね」
彼女なら客観的な意見をくれるはずだ。
「行くぞ」
「うん」
医務室へ戻るとレンカは起き上がっていた。
「具合はどう?」
「だいぶ良くなりました」
「良かった……」
「ありがとうございます」
彼女は弱々しく微笑む。まだ疲労の色が濃い。
「実は……」
「なにかあったんですか?」
「父との取引について相談したい」
彼は要点を簡潔に説明する。レンカは真剣な表情で聞き入っていた。
「どう思う?」
「危険だと思います」
「やっぱり……」
「でもチャンスかもしれません」
「どういうこと?」
「私が解放されれば父の監視から逃れられる」
希望を含んだ発言に胸が高鳴る。
「確かにそうだわ!」
「油断は禁物ですが可能性はあります」
「ありがとう!」
「いえ……」
控えめに首を振る彼女。しかし確かな光が宿っている。
「アッシュ」
「なんだ?」
「やってみない?」
「……」
深刻な表情のまま彼は黙考する。長い沈黙の末に結論を出す。
「わかった」
「本当に!?」
「ああ」
「嬉しい!」
思わず抱きつこうとするが彼は素早く避ける。
「調子に乗るな!」
「えー」
「まったく……」
呆れたように溜息をつく彼。しかしその目は優しい。
「じゃあ決まりね!」
「ああ」
「レンカさんもいい?」
「はい!」
「やった!」
三人でガッツポーズをする。奇妙な連帯感が生まれている。
「さて問題はこれからだ」
「どういうこと?」
「父の指示に従うとしてもどう動くかだ」
「そうね……」
悩む私を見てアッシュは言う。
「俺が中心となって動く」
「いいの?」
「任せておけ」
「頼もしいわね!」
「からかうな!」
赤面する彼を見てレンカも微笑む。和やかな雰囲気だ。
「とりあえず今日は休みましょう」
「賛成!」
「異論なし」
「よし!」
解散して各自の部屋へ戻る。ベッドに入っても興奮は収まらない。
「ついに動き出したわね……」
胸の高鳴りを感じながら目を閉じる。明日からの展開に思いを馳せる。
「彩音」
「なに?」
「ありがとう」
「突然どうしたの?」
「いや……なんとなく言いたくなった」
「へへ……」
照れ臭そうに笑う彼。こんな素直な一面もあるんだ。
「明日から大変だけど頑張ろうね!」
「ああ」
「おやすみ!」
「おやすみ」
ドアを閉めて自分の部屋へ戻る。ベッドに横になり天井を見つめる。
「本当にうまくいくのかな……」
不安と期待が入り混じる複雑な心境。しかし不思議と悪い予感はしない。
「大丈夫……みんながいるもの」
「レンカもアッシュもいるし……」
それに海斗も応援してくれているはずだ。
「よし!」
自分を奮い立たせて眠りにつく。明日への決意を胸に抱きながら。
アッシュに連れられて屋敷内を歩き回る。広大な建物はまるで迷宮のようだ。長い廊下の両側には装飾品が溢れ、豪華な絨毯が敷き詰められている。
「すごい……」
思わず声が漏れる。壁に掛けられた巨大な肖像画は先代当主と思われる男性。鋭い眼光でこちらを見据えているようだ。
「ここが書斎だ」
「えっ?」
突然立ち止まったアッシュがドアを指差す。重厚な木製の扉には複雑な彫刻が施されている。
「父の執務室だ」
「入ってもいいの?」
「駄目だ」
「ですよねー」
軽く肩をすくめる。冗談半分で聞いてみたけれど当然却下される。当たり前といえば当たり前の反応だが少し残念だ。
「次に行くぞ」
「ちょっと待って」
彼の袖を引っ張る。
「何だ?」
「あの……」
「早く言え」
「この書斎について詳しく知りたいんだけど……」
アッシュの眉がピクリと動く。
「なぜだ?」
「だって重要な手掛かりがあるかもしれないじゃない」
「……」
沈黙が流れる。彼は私を疑っているのだろうか。確かに警戒心を抱かせる質問ではある。
「別に悪いことを企んでるわけじゃないわよ」
「わかっている」
「本当?」
「ああ」
彼は小さく溜息をつくとポケットから鍵束を取り出した。
「特別だぞ」
「えっ?」
「入れてやる」
「いいの!?」
驚きのあまり大きな声が出てしまう。慌てて口を押さえるが時すでに遅し。周囲を見回すと幸い廊下には誰もいない。
「静かにしろ」
「ごめん……でも意外だわ」
「何がだ?」
「あなたの性格上、絶対許可しないと思ったから」
「馬鹿にするな」
「ごめんってば」
苦笑しながら謝る。彼の横顔を見ると少し頬が赤いような気がする。照れているのだろうか。
「入りたいのか?」
「もちろん!」
「わかった」
慎重に鍵を差し込む。カチャリという音と共に扉が開いた。室内は薄暗く埃っぽい空気が漂ってくる。
「暗いわね……」
「灯りをつけろ」
言われるまま壁際のスイッチを押す。魔法灯が徐々に明るくなり部屋全体が照らし出される。広々とした空間には大きな机と本棚が並んでいる。壁際には歴史資料や魔法に関する専門書がぎっしり詰まっている。
「すご……」
圧倒的な知識の蓄積に言葉を失う。まるで図書館の一室のようだ。
「父は研究熱心な人間だ」
「みたいね」
「特に魔導理論に関しては天才的と言われている」
「へぇ……」
感心しながら室内を見回す。ふと目に留まったのは机の上の古い羊皮紙。何やら複雑な図形が描かれている。
「これは……」
手に取ろうとした瞬間、アッシュの手が伸びてきて阻まれた。
「触るな」
「どうして?」
「機密文書だ」
「でも……」
「気になるなら後で説明してやる」
彼の表情が硬い。これは重要な何かなのだろう。
「わかったわ」
「よし」
ホッとした様子で彼は続ける。
「他に見るものはあるか?」
「本棚を調べてもいい?」
「構わん」
許可を得て近づく。タイトルを見ると殆どが高等魔法や古代文字に関するものだ。私のレベルでは理解できそうにない。
「難しそう……」
「当然だ」
「でも意外だわ」
「何がだ?」
「あなたも読むの?」
「当然だ」
少し誇らしげな表情を浮かべる。
「学者タイプなのね」
「父の影響だ」
「なるほど……」
彼の意外な一面を知る。普段の傲慢な態度からは想像できない勤勉さだ。
「アッシュ」
「なんだ?」
「一つ質問していい?」
「内容による」
「レンカさんのことよ」
「……」
またしても沈黙。やはり触れられたくない話題なのだろう。
「何か知ってるんでしょう?」
「何故そう思う?」
「女の勘よ」
「……」
彼の瞳が僅かに揺れる。これは確信だ。
「お願い教えて」
「今は言えない」
「どうしても?」
「ああ」
きっぱりと言い切る。これ以上追求しても無駄だろう。
「わかったわ」
「……すまない」
「え?」
「いや……何でもない」
彼は急いで部屋を出る。慌てて追いかけると廊下で待っていた。
「次に行くぞ」
「うん」
その後も様々な部屋を巡る。食堂、客間、礼拝堂。それぞれが贅を尽くした内装で圧倒される。特に地下室は広大で様々な器具が整然と並んでいた。
「ここは何?」
「研究室だ」
「すごい……」
「父の趣味だな」
部屋の隅には奇妙な機械が置かれている。球体型の装置で表面には複雑な魔法陣が刻まれている。
「これは?」
「時空測定器だ」
「時空?」
「時間を測る装置だ」
驚きで息を飲む。まさにレンカに関係しそうな装置だ。
「詳しく教えて」
「父の発明品だ」
「すごいじゃない!」
「ああ……」
何故か彼の表情が曇る。
「どうしたの?」
「いや……何でもない」
「何かあったの?」
「気にするな」
彼は話を切り上げるように早足で歩き出す。追いかけるのが精一杯だ。
「ねぇアッシュ」
「何だ?」
「レンカさんは本当にこの屋敷にいるの?」
「多分な」
「確信はないの?」
「ない」
正直な答えに驚く。てっきり自信満々かと思っていた。
「なんで探さないの?」
「探しているさ」
「どこを探すつもり?」
「全てだ」
意味不明な回答に首を傾げる。
「どういうこと?」
「屋敷中の死角を調べる」
「そんな簡単に見つかるものなの?」
「見つかるさ」
「根拠はあるの?」
「ある」
きっぱりと言い切る彼の横顔は真剣そのものだ。
「信じていい?」
「ああ」
互いの視線が交錯する。一瞬だけ時間が止まったような感覚。彼の瞳の奥に秘めた強い意志を感じる。
「わかったわ」
「明日から本格的に始める」
「了解」
探索が終わり夕食の時間になる。食堂では豪華な料理が並べられていた。美味しそうな香りに食欲が刺激される。
「いただきます!」
「相変わらず元気だな」
「当然よ!」
フォークを持ち上げた瞬間、アッシュが席を立つ。
「どこ行くの?」
「仕事だ」
「一人で食べるの?」
「そうだ」
「寂しいわね……」
「気にするな」
冷たく言い放ち彼は出て行く。仕方なく一人で食事を始める。
「美味しい……」
ローストビーフを口に入れると柔らかな肉質と香ばしいタレが絶妙に絡み合う。思わず頬が緩む。
「あら?」
「どうしました?」
給仕の女性が駆け寄ってくる。
「あの……」
「はい?」
「アッシュ様のことなんですけど……」
「何か?」
「最近落ち込んでいるみたいで……」
「そうなんですか?」
「ええ。いつもなら食事も一緒なのに……」
同情的な目で私を見る彼女。どうやら私に何か期待しているようだ。
「彼を励ましてあげてください」
「私?」
「ええ!彩音さんならできると思います!」
「そんな責任重大なことできませんよ!」
「大丈夫です!」
押しの強い彼女に負けて頷いてしまう。困ったことになった。
「わかりました……」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑む彼女を見て断れなくなる。これが女子の怖さだ。
「失礼します」
彼女が去った後も悩みは続く。どうやって励ませばいいのか皆目見当がつかない。
「とりあえず明日の予定を決めようかしら……」
部屋に戻り明日の作戦を練る。まずは屋敷の地図を作成することにした。記憶を頼りに紙に書き出すと意外と多くの隙間があることに気づく。
「ここが怪しいわね……」
「あそこもチェックしなきゃ……」
熱中しているうちに夜も更けてきた。集中力も切れかけている。
「明日に備えて寝なきゃ……」
「おやすみ……」
ベッドに入り目を閉じる。しかし眠れそうにない。アッシュの言葉が頭から離れない。
「見つかるさ」
彼の自信はどこから来るのだろうか。そしてあの時空測定器との関係は?
「やっぱり考えても無駄か……」
諦めて再び眠りにつこうとする。しかし不思議な感覚が襲ってくる。
「何か変だ……」
微かな違和感。部屋の空気が少しずつ変わっていくような……。
「アマテラス!」
小声で呼びかけるが返事はない。まだ通信不能状態のようだ。
「気のせい?」
不安になりつつも意識が遠のいていく。深い眠りに落ちていく瞬間、耳元で小さな声が聞こえた。
「助けて……」
ハッとして目を開ける。しかし誰もいない。ただの幻聴だろうか。
「疲れてるのかな……」
再び瞼を閉じる。今度こそ本当に眠りについた。
翌朝
目覚めると身体が重い。昨夜の違和感のせいか頭も少し痛む。
「おはようございます!」
勢いよく入ってきたのはソフィアだった。
「今日の予定はどうなさいますか?」
「まずはアッシュと合流するわ」
「かしこまりました!」
彼女は元気よく返事をすると出て行った。私も準備を始める。
「よし!」
鏡の前で髪を整えながら決意を新たにする。今日こそレンカを見つける。そして海斗とマフユの元へ帰るのだ。
「行ってきます!」
部屋を出てアッシュの部屋へ向かう。ノックをするとすぐに返事があった。
「入れ」
「おはよう!」
勢いよくドアを開けると彼は既に準備万端だった。
「早いわね」
「当たり前だ」
「私も負けないわよ!」
「勝負じゃないだろ」
苦笑する彼を見て少し安心する。昨日より元気そうだ。
「まずはどこから?」
「地下だ」
「また?」
「ああ」
真剣な表情で答える彼。確かに昨日見たあの装置が気になる。
「わかったわ」
「行くぞ」
廊下を歩きながら昨日の違和感について話してみる。
「昨夜何か感じなかった?」
「何をだ?」
「妙な気配というか……」
「何も」
「そう……」
彼には伝わらなかったようだ。
「気にしすぎだ」
「かもね……」
否定できない自分がいる。しかし確実に何かあったはずだ。
「着いたぞ」
「うん」
地下室の扉を開けると冷たい空気が流れ出してくる。昨日と同じ光景。しかし何か違う。
「あれ?」
床の一部が不自然に浮いている。明らかに新しい痕跡だ。
「ここだけ新しい……」
「確かにな」
アッシュも気づいたようだ。二人で近づき観察する。
「掘り起こされてるわ」
「誰かが動かしたな」
「レンカさん?」
「わからない」
慎重に調べると床板の下に小さな穴が空いていた。
「これは……」
「通路か?」
屈んで覗き込むと地下へ続く道が見える。非常用通路だろうか。
「行く?」
「当然だ」
躊躇なく進む彼に続いて私も続く。狭い通路をしばらく進むと広い空間に出た。
「ここは……」
薄暗い部屋。中央に寝台がありそこに一人の少女が横たわっていた。
「レンカ!」
アッシュが駆け寄る。私も後に続く。
「起きて!」
彼女の肩を揺すると微かに反応がある。
「うぅ……」
ゆっくりと目を開けた少女は茶色の髪で小柄な体型。間違いなくレンカだ。
「レンカさん?」
「はい……」
か細い声で答える彼女。状態は良くなさそうだ。
「無事でよかった……」
「アッシュ様……」
「待っていろ!今医者を呼ぶ!」
慌てて立ち上がる彼を制する。
「大丈夫です……」
「何が大丈夫なんだ!」
「ちょっと疲れただけですから……」
弱々しく微笑む彼女を見て胸が締め付けられる。こんな場所にずっと一人で……。
「どうしてこんなところに?」
「それは……」
言葉を濁す彼女。何か事情があるようだ。
「説明してくれ」
「実は……」
彼女はゆっくりと話し始めた。だいぶ前から父親の命令でここで過ごしていたこと。理由は分からないが厳重に監視されていたこと。そしてつい先程脱走しようとしたこと。
「時空測定器に触ってしまったんです……」
「なに!?」
「ごめんなさい……」
震える声で謝る彼女。アッシュの表情が強張る。
「それでどうなった?」
「一瞬だけ時間の流れが変わったような……」
「具体的には?」
「ほんの少し前に戻ったような感覚がありました」
「戻った?」
「はい……」
信じられない話だが彼女の真剣な眼差しは嘘を言っていない。
「まさか……」
「アッシュ?」
「父の研究が……」
彼の表情が青ざめていく。どうやら重大なことらしい。
「どういうこと?」
「父は時間を操る装置を完成させたかもしれない」
「えっ!?」
「だからレンカを隠していたんだ」
衝撃の事実に言葉を失う。この屋敷で何が行われているのか。
「落ち着け」
「うん……」
深呼吸をして平静を保つ。まずはレンカを安全な場所へ連れて行かないと。
「お姉さん……」
「どうしたの?」
「あなたは誰ですか?」
「私は彩音。アッシュのお友達よ」
「彩音さん……」
安心したように微笑む彼女。しかしその目には恐怖の色が残っている。
「立てる?」
「はい……」
彼女を支えながら出口へ向かう。アッシュも無言で付いてくる。
「ねえアッシュ」
「なんだ?」
「あなたの父さんは何を考えているの?」
「わからない……」
珍しく弱気な彼。こんな表情初めて見る。
「でも一つだけ確かなことがある」
「なに?」
「父は禁忌を犯した」
「禁忌?」
「時間を操ることは自然の摂理に反する」
「そうね……」
海斗ならどう考えるだろうか。きっと彼なりの見解を持っているはずだ。
「海斗……」
思わず名前を口にしてしまう。彼の姿が恋しい。
「彼氏か?」
「えっ!?」
「顔に書いてある」
「そ、そうかな……」
「図星だな」
意地悪く笑う彼。恥ずかしさで顔が熱くなる。
「余計なお世話よ!」
「そうか」
楽しそうに笑うアッシュ。昨日よりもずっと人間味がある。
「まあいい。今はレンカの保護が最優先だ」
「同感よ」
「医務室へ運ぼう」
「了解」
三人で慎重に移動する。途中何度か振り返ってみたが誰も追ってきていないようだ。無事に医務室へ到着すると医師が待っていた。
「どうされました?」
「見てやってくれ」
「かしこまりました」
医師にレンカを託すと一旦部屋を出る。廊下で二人きりになると緊張が解ける。
「お疲れ様」
「ああ……」
「これからどうするの?」
「父と話す必要がある」
「危険じゃない?」
「危険だろうな」
「じゃあどうして……」
「放っておけない」
「そう……」
彼の決意は固いようだ。
「一緒に来てくれるか?」
「もちろんよ!」
即答すると彼は安堵の表情を見せる。
「ありがとう」
「お礼なんていいわよ」
「いや……感謝している」
「へへ……」
照れ臭くなって頭を掻く。
「それじゃあ行くわよ!」
「ああ」
医務室でレンカの状態を確認すると安定しているとのこと。ひとまず安心だ。
「良かった……」
「あとは父の問題だな」
「大丈夫?」
「多分な」
またしても不安そうな彼。しかし引き下がるわけにはいかない。
「行きましょう」
「ああ」
「覚悟はいい?」
「もちろんだ」
二人で屋敷の最上階へ向かう。父の部屋はそこにあるとのこと。
「緊張するわね……」
「当たり前だ」
「でも大丈夫」
「なぜだ?」
「二人なら乗り越えられる」
「……」
彼は少し考えてから答える。
「そうだな」
「でしょう?」
「ああ」
互いに頷き合う。固い絆を感じる瞬間だ。
「着いたぞ」
「うん」
豪華な扉の前で立ち止まる。深呼吸をしてノックする。
「入れ」
威厳のある声が響く。恐る恐る中に入ると広い書斎に一人の男性が座っていた。アッシュによく似た精悍な顔立ちだが厳しさが際立つ。
「久しぶりだなアッシュ」
「父上……」
「そしてお前は?」
「彩音です」
丁寧にお辞儀をする。父の視線が全身を舐めるように見回す。
「ほう……興味深い」
「何がですか?」
「お前の能力だ」
「!?」
驚きで声が出ない。なぜ知っているのか。
「私にはわかる」
「どういうことですか?」
「時空測定器のおかげだ」
「あの装置ですか?」
「そうだ」
冷静に語る彼。恐怖心を抑えつつ質問を続ける。
「なぜレンカさんを閉じ込めていたのですか?」
「実験のためだ」
「実験?」
「時間遡行の被験者として適していた」
「そんな……」
ショックで言葉を失う。娘を使って実験とは。
「許せません!」
「感情的になるな」
「これが感情的にならないでいられますか!」
「若いな……」
呆れたように首を振る父。しかし目は笑っていない。
「それで何が望みだ?」
「レンカを解放してください」
「それはできない」
「なぜですか?」
「研究が重要だからだ」
「人の命より大事なものがあるのですか?」
彼の表情が険しくなる。
「貴様は甘いな」
「いいえ!これが正しい判断です!」
「そう思うか?」
「はい!」
きっぱりと言い切る。どんな罰を与えられても曲げるつもりはない。
「面白い……」
「どういう意味ですか?」
「お前のような若者がいるとは思わなかった」
「褒めているのですか?」
「ああ……」
皮肉っぽく笑う彼。油断できない。
「だが譲歩はしない」
「そうですか……」
「ただし条件次第では考えよう」
「条件?」
まさかの提案に戸惑う。
「なんですか?」
「私の研究を手伝え」
「!」
「時空測定器の完成に協力すればレンカを自由にしてやる」
「本気ですか?」
「冗談だと思うか?」
「……」
悩む。罠かもしれない。しかしチャンスでもある。
「アッシュ……」
「……」
彼も葛藤しているようだ。無理もない。父と敵対するのは辛いだろう。
「どうする?」
「考えさせてください」
「今日中に決めてくれ」
「わかりました」
一礼して部屋を出る。廊下で深呼吸をする。
「大丈夫?」
「ああ……」
「どうするつもり?」
「……」
苦しそうな表情の彼。迷っているのがわかる。
「お前の意見は?」
「難しいわね……」
「ああ」
「でも可能性はあると思う」
「そうだな」
同意する彼。確かにこれは大きな一歩かもしれない。
「俺たちだけで決めるのは危険だ」
「誰か相談する?」
「レンカだ」
「いいアイデアね」
彼女なら客観的な意見をくれるはずだ。
「行くぞ」
「うん」
医務室へ戻るとレンカは起き上がっていた。
「具合はどう?」
「だいぶ良くなりました」
「良かった……」
「ありがとうございます」
彼女は弱々しく微笑む。まだ疲労の色が濃い。
「実は……」
「なにかあったんですか?」
「父との取引について相談したい」
彼は要点を簡潔に説明する。レンカは真剣な表情で聞き入っていた。
「どう思う?」
「危険だと思います」
「やっぱり……」
「でもチャンスかもしれません」
「どういうこと?」
「私が解放されれば父の監視から逃れられる」
希望を含んだ発言に胸が高鳴る。
「確かにそうだわ!」
「油断は禁物ですが可能性はあります」
「ありがとう!」
「いえ……」
控えめに首を振る彼女。しかし確かな光が宿っている。
「アッシュ」
「なんだ?」
「やってみない?」
「……」
深刻な表情のまま彼は黙考する。長い沈黙の末に結論を出す。
「わかった」
「本当に!?」
「ああ」
「嬉しい!」
思わず抱きつこうとするが彼は素早く避ける。
「調子に乗るな!」
「えー」
「まったく……」
呆れたように溜息をつく彼。しかしその目は優しい。
「じゃあ決まりね!」
「ああ」
「レンカさんもいい?」
「はい!」
「やった!」
三人でガッツポーズをする。奇妙な連帯感が生まれている。
「さて問題はこれからだ」
「どういうこと?」
「父の指示に従うとしてもどう動くかだ」
「そうね……」
悩む私を見てアッシュは言う。
「俺が中心となって動く」
「いいの?」
「任せておけ」
「頼もしいわね!」
「からかうな!」
赤面する彼を見てレンカも微笑む。和やかな雰囲気だ。
「とりあえず今日は休みましょう」
「賛成!」
「異論なし」
「よし!」
解散して各自の部屋へ戻る。ベッドに入っても興奮は収まらない。
「ついに動き出したわね……」
胸の高鳴りを感じながら目を閉じる。明日からの展開に思いを馳せる。
「彩音」
「なに?」
「ありがとう」
「突然どうしたの?」
「いや……なんとなく言いたくなった」
「へへ……」
照れ臭そうに笑う彼。こんな素直な一面もあるんだ。
「明日から大変だけど頑張ろうね!」
「ああ」
「おやすみ!」
「おやすみ」
ドアを閉めて自分の部屋へ戻る。ベッドに横になり天井を見つめる。
「本当にうまくいくのかな……」
不安と期待が入り混じる複雑な心境。しかし不思議と悪い予感はしない。
「大丈夫……みんながいるもの」
「レンカもアッシュもいるし……」
それに海斗も応援してくれているはずだ。
「よし!」
自分を奮い立たせて眠りにつく。明日への決意を胸に抱きながら。
10
あなたにおすすめの小説
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
