[R18]空き缶太郎のBL短編集 1冊目

空き缶太郎

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狭い世間は愛ばかり/院卒エリート×高卒平社員、ゲーム内恋愛

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…その日の夕方。
隼人は定時で退社するために全力で仕事を進めていた。

(今日は絶対直帰する!!そして…)

頭の中に浮かぶのは昼に話題の挙がった…VRゲーム内のの姿。

その優しい笑みを思い出し、隼人は思わず頬が緩む。
しかし…


「何を気持ち悪い顔をしているんだ」
「げっ、白神…」
「上司に向かってなんだその生意気な口は。…黒川、お前の出した書類に不備があったぞ。こことここ、今日中に直せ」
「えっ!で、でも俺定時で…」
「知るかアホ。仕事も終わらせないで定時退社する気か?」
「ぐ、ぐぬぬ…」

圭一のド正論に隼人は唇を噛み締める。
そして大人しく書類を受け取った隼人が椅子に座ると、圭一は頷いてそれを見届けてから自身の鞄を握った。

「では今日はこれで。皆、お疲れ様」
「お疲れ様でーす」
(え、えぇええ!お前は定時退社かよ!)

早々に定時退社した圭一に隼人は思わず叫びそうになったがどうにか声を押し殺す。

…圭一の仕事ぶりは完璧で、今日の必須事項はおろか明日以降の締切のものもある程度片付いていた。

(くっ…エリートめ…)

その仕事ぶりには流石の隼人も文句を言えず、鋭い目で圭一の背中を睨みつけることしか出来なかった。


……………………


結局、隼人が家に帰り着いたのは予定より30分遅れだった。

「くっそー!白神のヤツ、ただの誤字程度で残業させやがって…」

書類を直すのは1分たらずで終わったのだが、その後コピー機のエラーなどで無駄に時間を浪費してしまったのだ。

「アイツのせいで完全に遅刻だ…恨んでやる…」

早々に風呂と食事を済ませた隼人はブツブツと恨み節を零しながらヘッドギアを被る。

ログインするのはもちろんVR Sephirot Explorer。
メイン画面から自身のアバター…白髪の男性聖職者ビショップを選択すると、隼人の意識はゆっくりと沈んでいった。


ーーWelcome to Sephirot World.

聞きなれたシステム音声と共に隼人の意識は浮上する。

目を開き、体を起こせばそこは恋人と暮らすゲーム内自宅のベッド。
体を軽く動かし違和感ないことを確認すると、隼人は手早くメニュー画面を開いた。

『今北産業』
待ち
待ちくたびれた
罰金な』
『五七五じゃん』
『草』

チャットでメッセージを飛ばしたのはこの日約束をしていたゲーム仲間たち。

隼人…いや、ビショップのスノウはアイテムなどのチェックをすると足早に待ち合わせ場所へと走った。


「あ。来た来た!」
「おっせーぞスノウ!」

人の多く集まる広場の中心、噴水の前でスノウの仲間は待っていた。

「ぜはぜは…ご、ごめん…クソ上司に残業させられて…」
「リアルを言い訳にしないっ!」
「はい!すみません!『はんぺんカムチャッカファイヤー』さん!!」

『はんぺんカムチャッカファイヤー』と呼ばれたのは、色黒で筋骨隆々としたモヒカン頭の男。
このSephirot Explorerの世界でもかなり目立つ姿だが、これでジョブはまさかの『ニンジャ』である。

「まぁまぁ。はんぺん、許してあげてよ。スノウもわざとじゃないんだし…」
「し、SHAKEしゃけ…」

そしてはんぺん(以下略)とスノウの間に割って入ったのは黒いローブを身にまとった魔法使い風の女性。
見た目通りの魔法使い系ジョブ・メイガスである彼女は『SHAKE』と書いて『しゃけ』と読む古参プレイヤーである。

「とりあえずMPポーション系50ずつ買ってくれたら許してあげるから♡」
「うぐぅ…き、金欠なのにぃ…」
「うん、知ってるよ」
「SHAKE鬼畜すぎワロエナイ」

そんな会話で3人がはしゃいでいると、不意にスノウはなにかに気付いて辺りを見回す。

「そう言えば…月影つきかげは?」
「スノウが遅刻したからその間買物行くってさ」
「……っていうか、気付くの遅くない?それでもなの?」

ニヤニヤと笑いながらSHAKEはスノウの脇腹をつつく。
それに呼応するようにはんぺんもスノウの周りをくるくると回った。

「し、しょうがないだろ。遅刻で焦ってたんだし…」
「おやおやぁ?スノウ月影夫妻はもう倦怠期か?」
「はんぺん!」

茶化され、顔を真っ赤にしたスノウが叫べば2人はケラケラと笑う。

「冗談だって。…ほら、愛しの旦那様が戻ってきたぞ?」
「え?」

はんぺんが指さした先には、スノウ達の方へと歩いてくる白銀の鎧を着込んだ黒髪の騎士。
彼はスノウと目が合うと嬉しそうに笑みを浮かべ、小走りで向かってきた。

「スノウ!ごめん、俺買い物にいってて…」
「月影…俺の方こそごめん。約束してたのに、遅刻なんかして…」
「いや、スノウにもリアルがあるからな。多少の遅刻は仕方ないさ」
「つ、月影…」

騎士…月影と呼ばれた彼こそがスノウのゲーム内恋人。
さらに言えばゲーム内で結婚もも済ませた『夫』である。

「相変わらずお熱いねぇ…」
「しかもパラディンとビショップだろ?いやぁ、ジョブまでお似合い過ぎて妬けるわぁ」

少し離れた所からはんぺんとSHAKEがニヤニヤと笑いながら茶化すが、月影は顔色ひとつ変えずにスノウを抱き寄せた。

「当然。そもそも俺がパラディンになったのはスノウを護るためだし」
「っ~…げ、言動がいちいちカッコイイんだよ!好き!」

月影のイケメン発言にスノウも喜んで抱きつき、はんぺんとSHAKEは『ご馳走様』と大きくため息をついた。

「じゃ、いつものラブラブなやり取りが繰り広げられた所でぼちぼちダンジョン行くか」
「おけまる。イベントダンジョンだろ?」
「毒対策は万全だよ」
「よっし、じゃあ…レッツゴー!」


……………

……………………


その日の目標は4人でのイベントダンジョン攻略。

本来このゲームでは12人ほどのパーティを組むのが普通なのだが、スノウ達は気の合う4人での攻略にこだわっていた。

やがて4人は時間をかけながらも長いダンジョンを協力して進み、最深部のボスへと到達する。

相手は毒を得意とする大型の爬虫類系エネミー。
4人はいつもの戦法で焦ることなく堅実に敵の体力を削っていった。


「スノウ!援護!」
「OK!『加速アクセル』!『攻撃増加シャープ』!」

はんぺんの言葉に呼応し、スノウは即座に補助魔法を行使する。

月影が敵の攻撃を引き受けている間にバフを受けたはんぺんが敵を攻撃し、またSHAKEも攻撃魔法を飛ばすのが彼らの戦闘スタイルだ。

「っ、スノウ!こっちも!」
「月影任せて!『快癒リカバリー』!『自然治癒リジェネレート』!」

そして傷ついた月影には念入りに回復系魔法を使用する。
更にMPポーションをがぶ飲みしながら補助や回復に務めるスノウの後ろでは、SHAKEが杖を大きく掲げて詠唱を続けていた。

「………よっし!準備完了!はんぺん!月影!ぶっぱなすからね!!」
「了解!月影、離れるぞ!」
「あぁ!」

SHAKEの合図に2人は即座に大型の敵から離れ、距離を取る。

「全力全開フルチャージ!!『太古のエンシェント双轟炎ツインブレイズ』!!」

その詠唱と共に杖が振り下ろされた瞬間、凄まじい熱量の炎柱が敵の体を包み込む。

長い詠唱時間を必要としただけにその威力はとても高く、月影とはんぺんが削りきれなかった敵のHPはみるみる減っていった。

「ひぇー。やっぱりSHAKEのコレ、威力えぐいよなぁ」
「バフもかなりモリモリだったしな」

やがて炎柱が消えると敵の体はそのまま崩れ落ち、光の粒子となって消えていった。

ーーDungeon Clear.

エリアに響くシステム音声に4人は戦闘態勢を解くと、敵のいた場所に鎮座する宝箱に歩み寄った。

「たっからっばこっ♡たっからっばこっ♡」
「レアドロ装備出るかなー♡」

意気揚々と箱を開けたスノウとはんぺん。
その中身を物色する2人の姿を、SHAKEと月影は生温かく見守る。

「これとこれは売却だな。狩人連中に高く売れる」
「こっちは…お。はんぺん向きのアクセじゃない?」
「マジ?そろそろ新しいの欲しかったんだよなぁ。…あとは……あ!」

不意に大声を出したはんぺんが、『ある装備品』を手にして立ち上がる。

「それは…」
「…これはスノウと月影に、だな」
「うん。文句なし」

SHAKEとはんぺんは互いに頷きあい、スノウと月影に向けてその装備品を差し出した。


『プレゼントフォウユー!』

 
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