[R18]空き缶太郎のBL短編集 1冊目

空き缶太郎

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狭い世間は愛ばかり/院卒エリート×高卒平社員、ゲーム内恋愛

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次の日から隼人はいつも以上に仕事に励んだ。

月影との初めての対面に備え、使ったことの無い化粧水を試したり食生活を改善してみたりと無駄な足掻きを繰り返す姿に同僚達は訝しんだ。

「…黒川、それなに?」
「アサイーボウル」
「女子かっ」

ガツガツとアサイーボウルに食らいつく姿はどちらかと言えば男らしかったが、隼人は気にせず食事を済ます。

「最近ヘルシーなもんばっかり食べてるよな。ダイエットか?」
「まぁそんなもん」
「ふーん…怪しい」

同僚達は隼人をじっと見つめたが、当の本人は気にすることなく携帯を取り出す。

(…あ!月影からメッセージ来てる!)

ゲーマー向けSNSで繋がっている月影からのメッセージを読めば、そこには『来週の土曜日、朝から飯借ままかりメッセでも大丈夫か?』と書かれていた。

(来週の土曜日?…!まさか、セフィプロの4周年リアルイベント!)

チケット入手困難と言われているセフィプロのリアルイベント。
抽選が外れていた隼人は高鳴る胸を抑えきれずにメッセージを返す。

『もしかしてセフィプロのリアルイベントか?俺、抽選外しちゃったんだけど…』
『大丈夫だ。コネを使って2人分用意したからな』
『イケメン!!月影大好き!!』
『俺もスノウが大好きだぞ』

「っ~……すき…しんどい…」
「お、おいどうした黒川?」
「アサイーが当たったか?」
「……ちがうもん」

携帯を握りしめたま悶える隼人に同僚達はただただため息をついた。

どうやら隼人に何かしらの悩みがあると勘違いしたらしい。

「…今度一緒に飲みに行くか」
「どうせ白神チーフ絡みの悩みだろ?俺も時々『頭硬すぎだろコイツ』とか思うもんな。…少しなら愚痴も聞いてやるよ」

と、同僚Bが隼人の肩を叩いていると、その真後ろに何者かの影が…

「頭が硬くて悪かったな」
「げえっ!白神チーフ!」

噂をすればなんとやら。
眉間にシワを寄せる圭一の登場に同僚Bは思わず構えた。
しかし…

「…陰口は周りをよく見てから言った方が身のためだぞ」
「えっ?」

圭一は特別嫌味を言うこともなく、むしろどこか楽しそうな様子で隼人達の居たテーブルを通り過ぎてしまった。

「……白神チーフ、なんか機嫌良かったな」
「ってか、今チーフも昼飯アサイーボウルじゃなかったか?」
「いやいやそんなまさか…」

同僚達は困惑したように引きつった笑みを浮かべ、恐る恐る隼人を見る。

だが隼人は相変わらず携帯を見つめたまま惚けていて、圭一が来たことにも気付いていない様子だった。

「……はぁ…(リアルの月影…どんな人なんだろう…?俺より年下なのかな?逆にダンディなおじ様だったりして…)」
「黒川?くろかわー。…だめだ。聞いちゃいねえ」
「…そっとしておこう」

こうして恋する乙女のような状態に陥った隼人。

バーチャルではない…リアル世界の恋人と対面するため、その涙ぐましい努力は対面当日まで続いた。


……………

……………………


…そして約束の土曜日。

隼人は寝坊することなく早起きをすると、しっかりと顔を洗い、この日のために買っておいた高めの洋服に袖を通して約束の飯借メッセへと向かった。

(月影とリアルデート!月影とリアルデート!)

最初の時のようなバーチャルとリアルの乖離という心配はまだ残っていたものの、それよりも『リアルの月影とデート出来る』という喜びが圧倒的に勝っていた。

(俺の目印はカバンに付けた雪モチーフのキーホルダー。月影は…月モチーフのネックレスをしてくるって言ってたな)

待ち合わせ場所は飯借メッセから少し離れたバス停。
隼人がソワソワしながら辺りを見回せば、皆待ち合わせをしているのか同じようにソワソワしている人がちらほらと見受けられた。

(あの人たちも、リアルの仲間と初めて会う感じなのかな?)

過去にもセフィプロのリアルイベントは開催されたが、チケットや仕事の関係上で行けなかったため隼人は今回初参加だ。

「……月影…早く来ないかなぁ…」

そして隼人がアンニュイな様子で携帯に目を落としたその時だった。


「……スノウか?」


背後からかけられた低めの声。
その声、そして自分のゲーム内での名前を呼ばれたことに隼人はビクリと肩を震わせる。

「…つ、月影…?」
「やっぱりスノウか!あぁ、会いたかっ……!?」
「月影、俺……っ!?」

2人は互いに向き合い感動の出会いを……果たすはず、だった。

しかし何故か2人は顔を合わせた瞬間、時が止まったかのように硬直してしまう。

「…う、嘘だろ…?」
「そんな、まさか…お前は……」


「白神!?」
「黒川!?」


…こうして2人の対面は、(ある意味)一生忘れられないものとなったのである…


………………………………………


「………(気まずい)」
「………(気まずすぎる)」

衝撃の出会いから数分。
2人は一言も言葉を発せずに同じベンチに座っていた。

「…黒川…お前は、最初から気付いてたのか?」
「んなわけないだろ。…分かってたら、月影おまえと結婚なんてしてないし」
「……そうか」

短い会話を交わしてもすぐに言葉が途切れ、また沈黙が訪れる。

そして、先にその空気に耐えられなくなった隼人は不意に立ち上がるとカバンを抱えた。

「…帰る」
「えっ…?」
「帰る!…ちょっと、考える時間が欲しいから…」

1年も睦み合った恋人が会社のだと分かった心境は計り知れず、隼人は砂糖を口に含んだ所に苦虫を噛み潰したような…とにかく複雑な顔をしていた。

圭一はそんな顔の隼人を引き止めることも出来ずに眉間にシワを寄せたのだが……


『VR Sephirot Explorer リアルイベント、まもなく入場開始となりまーす』

「!」

飯借メッセから響いたアナウンスに、隼人の動きが止まる。

(そうだ、すっかり忘れてたけど元々セフィプロのリアルイベントに来てたんだった!でもチケットは月影…白神が持ってるし……)
「…黒川?」
「……あーもー!」

癇癪を起こしたような声を出したかと思えば、隼人はまた振り返り圭一の腕を掴む。

「今日だけ…今日だけは、お互い仕事のことを忘れるぞ。いいな、?」
「……あぁ、分かった。

恥ずかしそうな隼人スノウに対し、圭一つきかげは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


『この度はセフィプロリアルイベントにご参加いただき、ありがとうございます!』

スタッフ達の歓迎を受けながら会場に入れば、そこはまさにゲームの世界が再現されていた。

「うわっ、すご…たった2日間のイベントなのに本気出しすぎだろ」
「スノウ。あの装備、今スノウが装備してるやつと同じじゃないか?」
「え?…うわっ、マジだ!すげー!写真撮ってくるわ!」

所々に設置された装備品やアイテムのレプリカに、隼人は無邪気にはしゃぐ。
その姿を見つめながら、圭一は僅かに目を細めた。

(…よくよく考えると、あの考え無しで向こう見ずな所は確かにスノウそのままだな…)

学が浅く短慮な男だと隼人を下に見ていた圭一だが、ゲーム内の恋人・スノウとの共通点を多数見つけてしまい隼人=スノウだと改めて実感する。

実感してしまえば単純なもので、圭一の隼人に対する嫌悪感は簡単に霧散してしまっていた。

「…要は考え方の問題か」
「月影?どうした?」
「なんでもない。…それより、あっちのブースに行こう。防具を身につけての記念撮影が出来るらしいぞ」
「マジか!ビショップ装備あるかなー」

すっかりイベントを楽しんでいる隼人は、ここがリアルの世界であることも忘れて自然に圭一の手を握る。


「月影!整理券無くなる前に早く行くぞ!」
「あんまりはしゃぐなよスノウ。すっ転ぶぞ」


リアルでの関係を忘れ、『恋人』としてイベントをたっぷりと堪能した2人。

イベントが終わる頃には日は沈みきり、名残惜しい気持ちを抱きながらも両手に物販の袋を抱えて飯借メッセを後にした。
 
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