[R18]空き缶太郎のBL短編集 1冊目

空き缶太郎

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竜の恩返し/自称ドラゴン×元・竜殺し、中年受け、欠損あり

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…ここは神と竜と人と魔物が暮らす世界。

世界を覆い尽くすような巨悪の存在は無かったものの、特別平和という訳でもないこの世界の片隅に、人間が暮らす小さな集落が存在した。


「クリフさーん!!採れたての野菜、持ってきたぜー!」
「あぁ、いつも悪いな」

小さな小屋のような店舗の入口。
そこで籠2つ分の野菜を運んできた若い村人を出迎えたのは、くすんだ金髪と碧眼を持つガタイのいい中年の男性。

彼の名はクリフ。
5年程前からこの集落に定住して酒場を経営している冒険者だ。

「今日のランチは?」
「森で兎が捕れたからシチューだな。この野菜も使わせてもらおうか」

右腕で野菜の入った籠を1つ受け取ったクリフは、もう片方も受け取ろうとして一瞬動きを止める。

「っと…そうか、こっちは無理だったな」

そう言ってを振り、苦笑した。
それを見た村人は眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる。

「クリフさん…やっぱり、その腕…義手をつけた方がいいんじゃ…」
「そうは言ってもな、義手を付けた所で昔のように動けるわけじゃないし。それに…片腕でもなんとか生活は出来てる」

その言葉通り、今のクリフの左腕は二の腕の途中から先がない。

それは生まれつきなどではなく、以前冒険者としてこの村を訪れた際にに食いちぎられてしまったのだ。

「…『リンドヴルム』…まさかあんなドラゴンがウチみたいな小さな村を襲うなんて」

悪龍・リンドヴルム。
多数いる竜種の中でも比較的下級のドラゴンだが、それでも応戦するには騎士団のような統率の取れた戦力が必要な相手だ。

しかし5年前、そのリンドヴルムが村を襲った時…クリフはたった1人で立ち向かい、その結果自らの左腕と引き換えにリンドヴルムを追い返したのだった。

「ま、あの時は運がよかった。片腕は喰われたが、あちらさんの片目を潰せたおかげで追い返せたからな」
「流石は『竜殺し』!」

村人が茶化すように声をかけた『竜殺し』という称号。
元々クリフは竜…リンドヴルムを追い払っただけなのだが、その話に尾ヒレが付いて『竜殺し』と呼ばれるようになっていた。

「だから殺してないって。せめて『竜追い返し』だろ」
「えー。語呂悪いじゃないですかー」

先程の暗い様子から打って変わって明るい笑顔を見せたクリフは、村人と共に店舗の中へと入り野菜の入った籠をカウンターに置く。

そして隻腕で器用に芋や人参を剥き始め、ランチの支度を始めた。

「野菜の礼にご馳走してやるから、貯蔵庫に置いてる肉を取ってきてくれるか?」
「お安い御用!」

クリフの依頼に村人は満面の笑みで応えると、半ばスキップのような足取りですぐ隣の貯蔵庫へと向かう。

しかし…


『…うぎゃぁぁぁぁああああ!!』

「っー!?」

数分後、倉庫から聞こえた大きな悲鳴。
クリフは即座に店に置いていた片手剣を右手に握ると、倉庫に向かって駆け出す。

(まさか、魔物が中に?いやでも、そんな気配は全く…)

店の裏口からすぐそこの倉庫が目に入ると、そこには地面に尻もちをつく村人が。

「おい!怪我はないか?何があった?」
「く、くくくくりふ、さん…っ…あ、あそこ…倉庫の、なか…」

村人が恐る恐る指さしたのは倉庫の中。
クリフはゴクリと息を飲み、片手剣を構えながら倉庫へと足を踏み入れる。

…ブチッ…グチャ…

(何か、食ってる?肉か?…少し血の匂いがするが、不思議と殺気は感じない)

そして数歩足を踏み入れたところで暗闇に潜む何者かの姿に気付いたクリフ。

剣の切っ先をそちらに向け、声を張り上げる。

「そこ、何者だ!…泥棒か?旅人か?それとも、言葉を解せぬ獣か?」
「……………」

クリフの声にその『何者か』はピタリと動きを止める。

そして…


「…その声、その魂の輝き…あぁ、間違いない!」
「…?一体何を…」

暗闇からひっそりと現れたのは長身細身、白髪の美しい青年。
貯蔵庫に置かれていた生肉片手に何やらクリフを見て目を輝かせていたが、次の瞬間捉えられない程のスピードでクリフの視界から消える。

「っー!?(消えた!?)」

咄嗟に片手剣で防御の体勢を取るが間に合わない。

青年の腕はクリフの体を……

ギュッ!

「会いたかったぞ!よ!!」
「……は?」

…害することは無く、むしろ思いっきり抱きしめ、嬉しそうに頬擦りまでしていた。


…………………………………………


「…で、何だったんですか?」
「わからん。どうやら腹を空かせてうちの倉庫に忍び込んだらしいが…おかげで兎肉のシチューはお預けだな」
「えぇー!」

所変わって酒場の店舗。
客席で美味しそうに料理を食べる青年を尻目に、クリフと村人はこそこそと話していた。

「…旅人にしては軽装すぎるし、泥棒だったらそもそも倉庫で生肉を齧ったりしない。色々と謎なんだよな…」
「ど、どうするんです?」
「そうだな…とりあえず向こうは俺を知っているようだから、まずは話を聞いて…」

と、クリフが青年を見た瞬間、青年はスプーン片手にガタッと立ち上がる。

「!ど、どうした?口に合わなかったか?」
「いや、食事は大変美味しかった。…助けられたのはこれで2度目だな」
「クリフさん、この人と会ったことが?」
「んー…いや…申し訳ないが、記憶にないな…」

小首を傾げるクリフだが、青年はショックを受けることも無く首を横に振る。

「それは仕方ない。あの時の私はまだ幼く未熟だったからな」
「はぁ…それで、俺に何か用事が?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた」

青年はどこか独特な口調で微笑むと、クリフの右手を掴み、手の甲にキスをする。


「私は…二十数年前、貴方に助けて貰ったドラゴンだ。を前提に結婚してくれ、我が伴侶よ」

「…え?」

『なんか頭ヤバい奴来た!!』と叫ばなかったのはクリフも村人も英断だっただろう。

至極真剣にプロポーズをしてきた青年…いや、『自称ドラゴン』に、2人はぽかんと口を開いていた。

「…む?何かおかしかったか?人の世ではこのように求婚するのだと聞いてきたのだが…」
「い、いや間違ってないけど…く、クリフさん…」
「…そうだな…どこから話すか」

不思議そうに小首を傾げる自称ドラゴンと、困ったようにクリフを見る村人。
そんな光景にクリフは大きなため息を一つつき、ゆっくりと口を開いた。

「まず…俺は二十数年も前にアンタを助けた覚えはない。あと見たところアンタも男のようだし…男同士で子供は作れない」
「ふむ。色々話したいことはあるが…アンタ、とは私のことか?」
「あぁ、そもそも名前を知らないからな」

クリフが正直に告げると、自称ドラゴンの青年は『これは失礼した』と素直に謝った。

「私はリオン。ホワイトドラゴンのリオンだ」
「……俺はクリフだ。元冒険者で、今はこの村で酒場を営んでる」

少し間をあけて自己紹介を返したクリフ。
何故なら、青年…リオンが名乗った『ホワイトドラゴン』とは、存在が確認されていない伝説上の竜種だったからだ。

(詐欺師か、はたまた真性の勘違い野郎なのか…)

嬉しそうに握手を交わすリオンを見つめ、少し警戒するクリフ。

勿論リオンが本物のドラゴンだとは到底信じていなかったが、言動や気配などから悪い人間にもあまり思えなかった。

「ふむ、では我が伴侶クリフ。どうしたら私と結婚してくれる?」
「だから出来ないって言ってるだろ。俺はアンタのこと何も知らないし、そもそも…」

と、ため息をつきながら皿を片付けるクリフ。
それを見ていたリオンは『あること』に気付き、表情を一気に険しくする。

「…クリフ」
「ん?おわっ!」

クリフが振り返った瞬間、リオンは鼻先が触れそうになるほど接近してクリフの服の『左袖』を掴んだ。
その表情は至極真剣で、ある種の圧を感じる。

「これは…左腕は、どうした?私の記憶が正しければ、二十数年前には確かにあったはずだ!」
「か、顔が…近い…」

ギリギリまで詰め寄られ、困ったように顔を背けるクリフ。
そして救いを求めるように村人の方を見つめ、視線で説明を頼み込む。

「…5年前、村を襲ったリンドヴルムを追い払った時に食いちぎられたんだよ。あの時の俺はまだ子供だったけど…よく覚えてる」
「リンドヴルム…あの知性も持たぬ下等竜種か…っ」

村人からの説明に、リオンは悔しそうに歯を食いしばる。
その様子にクリフは少し目を伏せると、大きくため息をついた。

「そういうこった。だから結婚は諦めて家に……」
「ならば私が…我が伴侶の左腕となろう」
「えっ?」

リオンはクリフの右手と左袖を握り、真剣な眼差しでその瞳を見つめる。

「結婚の返事は追々で構わぬ。だが今しばらくは…人の生活を学ぶためにも、我が伴侶クリフの傍に居させてくれ」
「…えぇ……」


こうして、小さな村の酒場に押しかけ女房ならぬ『押しかけ夫』が(半ば無理矢理)滞在することとなったのである……。
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