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番外編
前日談 とある王太子の話1
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どうしてこうなったのか。
どこで違えたのか。
考えて考えて、行き着くのはいつも同じ。
――きっと最初から、間違えていたのだろう。
◇◇◇
優しい父上に厳しいけど優しい母上。それからかしこい従兄と、気の好い城の人たち。
僕は綿で包まれているような、温かい世界で生きていた。
「ハロルド殿下は優秀で、陛下も王妃殿下も誇りに思ってくださることでしょう」
いつものように褒めてくれた教師の言葉に、ほんの少しだけ違和感を覚えたのは何歳の頃だっただろう。
言われたことをすべて完璧にできたわけじゃないことは自分でもわかっていた。だけどそんなのはいつものことで、なのにどうして少しだけがっかりしているんだろうと、首を捻った。
「本当に?」
「ええ、もちろんですよ」
そう聞いた僕に、教師は微笑んで頷いてくれた。
優秀だと褒めてくれたのは本心だと思う。だけど、教師からしてみれば少しだけものたりなかったのかもしれない。
どうしてそう思われたのか――それは少し考えたらすぐにわかった。
僕のそばには優秀な従兄がいる。教師をつける必要がないくらいかしこくて、僕も従兄のクレイグは自慢だった。
だから、クレイグと比べて少しだけ残念に思ってしまったのは、きっとしかたないことだ。
心の底から優秀だと言ってもらえるように頑張ろう――その時は、そう思っていた。
僕の温かい世界が崩れはじめたのは、クレイグの領地で不正が発覚してからだった。
その領地を与えたのも、そこを管理する家臣を配したのも父上だったから、父上はどうにか挽回ようと試行錯誤し、母上は父上を支えるのに必死だった。
城の人たちも忙しくなり、僕の話し相手は次第にクレイグと、婚約者になったクラリス。それから教師だけになっていった。
それでも幸せだった。皆忙しいだけで、優しい人たちだと知っていたから。忙しいのが終われば、また昔のように話せると思っていたから。
それにクレイグもクラリスも教師も、僕に優しくしてくれた。
僕自身には、なんの不満もなかった。
「……最近、クラリスが頑張りすぎてる気がするんだ」
だけど、城に来て勉強しているクラリスのことが少しだけ心配になった。
僕の婚約者だからと頑張ってくれるのは嬉しいけど、頑張りすぎて倒れたら大変だ。
だからどうにかできないかな、とクレイグに相談すると、彼は苦笑しかながら肩をすくめた。
「王太子妃になるために必死だろうから、しかたないよ」
「でも、もう僕の婚約者だよ? どうして必死になるの?」
僕は王太子だから、婚約者であるクラリスが王太子妃になるのは決まっていることだ。
なのにわざわざ必死になる必要なんてあるのだろうか。
そう思って首を傾げると、クレイグは少し考えるように視線をさまよわせてから「ああ」と小さく呟いた。
「……そうか、ハロルドは知らなかったね」
「何を?」
「婚約者を選ぶ茶会が開かれる少し前に、彼女とその父親が城に来ていたんだよ。ハロルドに茶会よりも早く会って好印象を与えたかったんだろうね。渋る門番に必死に食い下がっていたよ。……あの家にとって、君の婚約者になるのはそのくらい重要なことだったんだろうね」
その言葉にぱちくりと瞬きを繰り返す。僕がクラリスと会ったのは茶会の日が初めてだ。
それまでに彼女と会っていたら、間違いなく覚えている。
「まあ、結局追い払われていたけど……。その時に彼女が大丈夫、絶対に選ばれると自信満々に言っていたんだよ。だから、自分の言ったことや、家族の期待を裏切らないために必死になっているんじゃないかな。万が一がないように、ね」
彼女のためを思うなら見守るしかないよ、とクレイグが言ったところで扉が叩かれた。
今では忙しくて僕に注意を払えない母上だけど、それでも僕がクレイグと会ったと聞けばいい顔をしなかった。だから、ある程度の時間で切り上げられるように侍女に合図を送ってもらえるように頼んでいた。
このノックの音は、その合図だ。
「うん、そっか。ありがとう」
「構わないよ。また何かあったらいつでも相談に乗るから、気軽においで」
優しく微笑むクレイグにもう一度お礼を言って部屋を出る。侍女と連れ立って歩きながら考えるのは、クラリスのことだ。
彼女が家族を大切に想っていることは知っている。だから、そのために頑張っているのなら横から口を挟んでも、いい気はしないだろう。
むしろ、頑張っている彼女のために、僕も何かできないだろうか。
そう思って、彼女の家族について調べると――よくない噂ばかりが目についた。
お世辞にも良好とはいえない家庭環境。財政状況もあまりよくなく、なんとかやっていける程度。そして、リンデルフィル公は領地にほとんど帰らずにいることや、昔の話ではあるけど女性関係があまりよくなかったことを知った。
「父上と母上はこのことを知っていたのかな」
僕がクラリスを選んだ時、二人は反対しなかった。だけど、クラリスの教育を城で請け負うことにしたのは、このことが関係していたのかもしれない。
きっと、彼女の家では満足な教育が行なえないと思ったのかもしれない。
「……どうしよう」
彼女は家族を大切にしている。家庭環境がよくないと指摘しても、気分を悪くさせるだけになる。
だけど放っておけば、彼女に悪影響を及ぼすかもしれない。
おろおろと悩んで考えて相談して――結局僕にできたのは、城での勉強時間を増やすことだけだった。
本当はずっと城にいてほしかった。でも、それをすれば家族のもとに帰りたいと彼女は泣くかもしれない。それに、帰さなければ他の人が色々と言ってくるかもしれない。
王太子なのにできないことばかりだと知ったのは、その時が初めてだった。
どこで違えたのか。
考えて考えて、行き着くのはいつも同じ。
――きっと最初から、間違えていたのだろう。
◇◇◇
優しい父上に厳しいけど優しい母上。それからかしこい従兄と、気の好い城の人たち。
僕は綿で包まれているような、温かい世界で生きていた。
「ハロルド殿下は優秀で、陛下も王妃殿下も誇りに思ってくださることでしょう」
いつものように褒めてくれた教師の言葉に、ほんの少しだけ違和感を覚えたのは何歳の頃だっただろう。
言われたことをすべて完璧にできたわけじゃないことは自分でもわかっていた。だけどそんなのはいつものことで、なのにどうして少しだけがっかりしているんだろうと、首を捻った。
「本当に?」
「ええ、もちろんですよ」
そう聞いた僕に、教師は微笑んで頷いてくれた。
優秀だと褒めてくれたのは本心だと思う。だけど、教師からしてみれば少しだけものたりなかったのかもしれない。
どうしてそう思われたのか――それは少し考えたらすぐにわかった。
僕のそばには優秀な従兄がいる。教師をつける必要がないくらいかしこくて、僕も従兄のクレイグは自慢だった。
だから、クレイグと比べて少しだけ残念に思ってしまったのは、きっとしかたないことだ。
心の底から優秀だと言ってもらえるように頑張ろう――その時は、そう思っていた。
僕の温かい世界が崩れはじめたのは、クレイグの領地で不正が発覚してからだった。
その領地を与えたのも、そこを管理する家臣を配したのも父上だったから、父上はどうにか挽回ようと試行錯誤し、母上は父上を支えるのに必死だった。
城の人たちも忙しくなり、僕の話し相手は次第にクレイグと、婚約者になったクラリス。それから教師だけになっていった。
それでも幸せだった。皆忙しいだけで、優しい人たちだと知っていたから。忙しいのが終われば、また昔のように話せると思っていたから。
それにクレイグもクラリスも教師も、僕に優しくしてくれた。
僕自身には、なんの不満もなかった。
「……最近、クラリスが頑張りすぎてる気がするんだ」
だけど、城に来て勉強しているクラリスのことが少しだけ心配になった。
僕の婚約者だからと頑張ってくれるのは嬉しいけど、頑張りすぎて倒れたら大変だ。
だからどうにかできないかな、とクレイグに相談すると、彼は苦笑しかながら肩をすくめた。
「王太子妃になるために必死だろうから、しかたないよ」
「でも、もう僕の婚約者だよ? どうして必死になるの?」
僕は王太子だから、婚約者であるクラリスが王太子妃になるのは決まっていることだ。
なのにわざわざ必死になる必要なんてあるのだろうか。
そう思って首を傾げると、クレイグは少し考えるように視線をさまよわせてから「ああ」と小さく呟いた。
「……そうか、ハロルドは知らなかったね」
「何を?」
「婚約者を選ぶ茶会が開かれる少し前に、彼女とその父親が城に来ていたんだよ。ハロルドに茶会よりも早く会って好印象を与えたかったんだろうね。渋る門番に必死に食い下がっていたよ。……あの家にとって、君の婚約者になるのはそのくらい重要なことだったんだろうね」
その言葉にぱちくりと瞬きを繰り返す。僕がクラリスと会ったのは茶会の日が初めてだ。
それまでに彼女と会っていたら、間違いなく覚えている。
「まあ、結局追い払われていたけど……。その時に彼女が大丈夫、絶対に選ばれると自信満々に言っていたんだよ。だから、自分の言ったことや、家族の期待を裏切らないために必死になっているんじゃないかな。万が一がないように、ね」
彼女のためを思うなら見守るしかないよ、とクレイグが言ったところで扉が叩かれた。
今では忙しくて僕に注意を払えない母上だけど、それでも僕がクレイグと会ったと聞けばいい顔をしなかった。だから、ある程度の時間で切り上げられるように侍女に合図を送ってもらえるように頼んでいた。
このノックの音は、その合図だ。
「うん、そっか。ありがとう」
「構わないよ。また何かあったらいつでも相談に乗るから、気軽においで」
優しく微笑むクレイグにもう一度お礼を言って部屋を出る。侍女と連れ立って歩きながら考えるのは、クラリスのことだ。
彼女が家族を大切に想っていることは知っている。だから、そのために頑張っているのなら横から口を挟んでも、いい気はしないだろう。
むしろ、頑張っている彼女のために、僕も何かできないだろうか。
そう思って、彼女の家族について調べると――よくない噂ばかりが目についた。
お世辞にも良好とはいえない家庭環境。財政状況もあまりよくなく、なんとかやっていける程度。そして、リンデルフィル公は領地にほとんど帰らずにいることや、昔の話ではあるけど女性関係があまりよくなかったことを知った。
「父上と母上はこのことを知っていたのかな」
僕がクラリスを選んだ時、二人は反対しなかった。だけど、クラリスの教育を城で請け負うことにしたのは、このことが関係していたのかもしれない。
きっと、彼女の家では満足な教育が行なえないと思ったのかもしれない。
「……どうしよう」
彼女は家族を大切にしている。家庭環境がよくないと指摘しても、気分を悪くさせるだけになる。
だけど放っておけば、彼女に悪影響を及ぼすかもしれない。
おろおろと悩んで考えて相談して――結局僕にできたのは、城での勉強時間を増やすことだけだった。
本当はずっと城にいてほしかった。でも、それをすれば家族のもとに帰りたいと彼女は泣くかもしれない。それに、帰さなければ他の人が色々と言ってくるかもしれない。
王太子なのにできないことばかりだと知ったのは、その時が初めてだった。
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