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2.今日この日、この時間だからこそ

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 アニエスが私の前に立ちふさがったのはこれが初めてではない。

 年が両手の数で足りる程度の頃、お父様がお土産に青いドレスとピンクのドレスを買ってきた。

「お姉さまもピンク色がいいの? ……でも私も、ピンク色がいいなぁ。お姉さまには青色のほうが似合うと思うから、ピンク色は私にじゃ、駄目?」

 可愛らしくおねだりする妹に、両親は陥落した。
 ドレスだけでなく、宝石から髪飾りに至るまでがその調子だ。私用にと選ばれたものですら、アニエスの手に渡ることがあった。

 両親が私よりもアニエスのほうが大切だったわけではない。可愛らしくおねだりできるアニエスに甘くなる節はあっても、あからさまな優遇を見せたことはない。
 ただ、アニエスは自分に似合うものをよく知っていただけだ。そして似合うように見せる方法も知っていた。
 質は同じ、色や装飾が少し違う程度の物なら、より似合うほうに似合うものを渡しくなるというのが心情だろう。しかもアニエスが選ばなかった物のほうが私に似合っていたのだから、アニエスの言うとおりにするのが最良だと判断するのもしかたない。

 そうして少しずつ、アニエスの言うことなら間違いないという刷りこみが行われていただけで、両親にとって私もアニエスも大切な子供であることに変わりはなかった。

 ある一度を除いて。

「お姉様も王立魔術学院に受かったの?」

 四年前、家に届けられた二通の合格通知。それぞれに記された名前は、私とアニエスのもの。

 王立魔術学院は豪勢な建物と高度な教育と、それに見合った学費と寄付金で知られている。在学生は貴族がほとんどで、稀に裕福な家の子供がまぎれる程度。
 高難易度の入学試験をくぐり抜け、ふるい落とすかのように行われる模擬試験や筆記試験の数々。それらをすべて突破し卒業できるのは、入学した当時の半数以下。
 卒業はもちろん、入学しただけでも噂になるほどの学校だ。

 そこに私とアニエスの二人が入学となったら、両親も鼻高高だっただろう。入学できれば、の話ではあるが。
 学院には入学するにあたって、特別なルールが一つある。
 それは、一年に入学できるのは一家門に一人だけというもの。

 何十年か前に、とある貴族が卒業生を多く輩出したと名を馳せたいがために大量の孤児を養子に迎えた。
 その中の何人かが受かり、一人か二人卒業できればとでも考えたのだろう。
 一度だけであればまだしも、それを毎年――学院が禁止するまで続けた。

 入学できなかった子や卒業できなかった子の面倒をしっかりと見きっていれば、学院も目を瞑っていただろう。
 だが貴族は役に立たない子はさっさと捨て置き、半端な知識を持った孤児が国中に広がった。
 詐欺やらなんやらが横行し、同じようなことをする者が増えたら国が混乱に陥ると判断し、学院は新しいルールを作った。

 それが、一年につき一人というルールだ。

「……私も通いたかったなぁ」

 ルールはアニエスも知っている。たとえ双子だろうと覆せない。例外を認めれば、顔の似ていない三つ子四つ子、果ては十つ子が出てくるかもしれないからだ。
 だからかアニエスはじんわりと涙を滲ませ、合格通知を胸に抱きしめた。

 両親はアニエスの涙に弱い、そしてアニエスの言うことならおかしなことにはならないと思っている。
 当然のように、両親は私に辞退することを勧めた。
 あなたは先が決まっているのだから、アニエスには社交界で通じる人脈と知識が必要だ、将来の相手を見つけるのにも学院は適切である。そう言いながら。

 結果私は、王立魔術学院を諦めた。
 この婚約者の入れ替えもどうせ最後には諦めることになるのだから、抗うだけ無駄だ。

「ええ、そう。わかったわ。どうぞ末永くお幸せに」

 ほっとしたようにお互いを見つめるアニエスとクロード。そんな二人にため息をつきそうになるが、必死に笑顔を取り繕う。
 ここで何か言ったり行動したりすれば、アニエスがまだ悲壮な顔をするだけだ。

 しかし、どうして今日のだろう。今晩は王家主催の舞踏会が開かれる日だというのに。
 これまで私はクロードのエスコートのもと入場していた。だけど今日はそうもいかないだろう。あと数時間もないから、別のパートナーを見つけることもできない。

 突き刺さる視線を想像するだけで、今から嫌になる。

「ああ、なるほど」
「お姉様?」

 首を傾げるアニエスになんでもないと言って、苦笑を浮かべる。
 今日、この日だったからこそ、言う必要があったのだろう。
 王家主催の舞踏会なんて一番盛り上がり目立つ日を、私の妹が選ばないはずがない。
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