3 / 47
3.兄弟子と妹弟子
しおりを挟む
レースに宝石、輝くようなドレスで彩られた会場で、私は一人立ちつくす。
ちらちらと送られる視線は、私にアニエス――ついでにクロード――の間を行き来する。
「どうして今日は」
「アニエス嬢とではしかたないのでは」
ひそひそと聞こえる声。困惑と納得に彩られたそれに、私は聞こえていない振りを続けた。
反応したらどうなるかを私は知っている。
私とアニエスはある意味対照的だ。母親譲りの金の髪を持つアニエスと、父親譲りの銀の髪を持つ私。
父親譲りの翡翠色の瞳のアニエスと、母親譲りの瑠璃色の瞳の私。
母親に似て微笑むだけで見た者の心を和ませるアニエスと、父親に似て微笑むだけで場を凍らせる私。
柔らかな顔立ちのアニエスと、きつい顔立ちの私。どちらがどちら譲りなのかは、言うまでもないだろう。
黙っているだけで怒っていると判断され、何事かと見ただけで睨まれたと言われ、笑うだけで馬鹿にされたと嘆かれる。そんな私がひそひそ話している人のほうに顔を向けたら、私の話をしていたという負い目も合わさり、睨まれたとか怒ったとか言うのだろう。私にではなく、他の人に。
いっそハイテンションで絡みに行こうかとも考えたが、気が触れたと噂されるオチが見えたのでやめる。
「クラリス嬢」
来たばかりなのに帰りたくなっていると、声をかけられた。
頑なに正面から動かさなかった顔を少しだけ横に向ける。そこには、柔らかな栗色の髪と琥珀色の瞳をした青年が立っていた。
この国の王太子、アンリ殿下だ。
「アンリ殿下、ごきげんよう」
「その、こういうことを聞いてはいけないとわかっているんだが、どうしても気になって……今日はどうしたんだい?」
アンリ殿下はそう言って、そわそわと視線を行き来させた。視線の向かう先はもちろん、アニエスとクロードだ。
「見てのとおりです。クロード様には私よりもアニエスのほうが合っていたようで――」
心苦しそうに顔を歪めるアンリ殿下に、その先が続けられなくなる。
どうしてこの人がそんな顔をするのだろう。アンリ殿下には関係ないのに。
いや、あるといえばあるのか。
アンリ殿下と私は兄弟子と妹弟子という関係だ。
王立魔術学院に通えなくなった私は、国随一と名高い魔術師から弟子にならないかと誘われ、了承した。
そうして弟子入りした先にいたのが、アンリ殿下だ。
妹弟子の婚約者が妹のところにいるのを見て、心配になったのだろう。
「……もし、君がよければ一曲お付き合いできないだろうか」
「え、ええ、もちろん。喜んで」
そうに決まっていると自らに言い聞かせながら、差し出された手に自分の手を添える。
ホールの中心にアンリ殿下と向かうと、よりいっそう視線が突き刺さった。
アンリ殿下は御年二十。セルヴィンでは十八で成人と認められるので、婚約者どころか妻がいても不思議ではない年齢だ。それにもかかわらず、アンリ殿下にはそのどちらもいない。
魔術師のもとで学ぶのが楽しいからではと噂されているが、真偽は不明。直接聞いてもアンリ殿下は微笑むだけなので、答え合わせのしようがない。
そういった事情のため、アンリ殿下を狙うご令嬢は多い。一時、ご令嬢の間で魔術ブームが流行ったこともある。アンリ殿下と話を合わせるためという理由だけで。
「……他の方に悪いことをしているような気がします」
「君が気にすることではないよ」
柔らかく微笑むアンリ殿下。ダンスの腕前はさすが王太子とでも言うべきか。この国一番の教師を着けているだけはある。
流れる曲に合わせて踊っていると、アニエスがこちらを見ているのに気がついた。
食い入るように見てくる姿は、一緒に踊っているクロードが目に入っているとは思えない。
「今は僕だけに集中してほしいな」
ぐっと腰に添えられている手に力がこめられ、耳元で囁かれる。
「え、ええ」
アニエスから視線を外し、アンリ殿下を見上げる。琥珀色の瞳はいつも通りだと思うのに、どこか熱っぽくも感じた。
「あとで、テラスに来てくれるかい?」
柔らかな、聞き慣れた声。
魔術師に師事を仰いでから三年。少なくない時間をアンリ殿下と過ごした。共に切磋琢磨し、時に激励し、時に競争し、時に蹴落とし合った仲だ。
ふと浮かんだ疑惑を必死に振り払う。これまでの思い出を振り返り、そんなはずがないと自らに言い聞かせた。
ちらちらと送られる視線は、私にアニエス――ついでにクロード――の間を行き来する。
「どうして今日は」
「アニエス嬢とではしかたないのでは」
ひそひそと聞こえる声。困惑と納得に彩られたそれに、私は聞こえていない振りを続けた。
反応したらどうなるかを私は知っている。
私とアニエスはある意味対照的だ。母親譲りの金の髪を持つアニエスと、父親譲りの銀の髪を持つ私。
父親譲りの翡翠色の瞳のアニエスと、母親譲りの瑠璃色の瞳の私。
母親に似て微笑むだけで見た者の心を和ませるアニエスと、父親に似て微笑むだけで場を凍らせる私。
柔らかな顔立ちのアニエスと、きつい顔立ちの私。どちらがどちら譲りなのかは、言うまでもないだろう。
黙っているだけで怒っていると判断され、何事かと見ただけで睨まれたと言われ、笑うだけで馬鹿にされたと嘆かれる。そんな私がひそひそ話している人のほうに顔を向けたら、私の話をしていたという負い目も合わさり、睨まれたとか怒ったとか言うのだろう。私にではなく、他の人に。
いっそハイテンションで絡みに行こうかとも考えたが、気が触れたと噂されるオチが見えたのでやめる。
「クラリス嬢」
来たばかりなのに帰りたくなっていると、声をかけられた。
頑なに正面から動かさなかった顔を少しだけ横に向ける。そこには、柔らかな栗色の髪と琥珀色の瞳をした青年が立っていた。
この国の王太子、アンリ殿下だ。
「アンリ殿下、ごきげんよう」
「その、こういうことを聞いてはいけないとわかっているんだが、どうしても気になって……今日はどうしたんだい?」
アンリ殿下はそう言って、そわそわと視線を行き来させた。視線の向かう先はもちろん、アニエスとクロードだ。
「見てのとおりです。クロード様には私よりもアニエスのほうが合っていたようで――」
心苦しそうに顔を歪めるアンリ殿下に、その先が続けられなくなる。
どうしてこの人がそんな顔をするのだろう。アンリ殿下には関係ないのに。
いや、あるといえばあるのか。
アンリ殿下と私は兄弟子と妹弟子という関係だ。
王立魔術学院に通えなくなった私は、国随一と名高い魔術師から弟子にならないかと誘われ、了承した。
そうして弟子入りした先にいたのが、アンリ殿下だ。
妹弟子の婚約者が妹のところにいるのを見て、心配になったのだろう。
「……もし、君がよければ一曲お付き合いできないだろうか」
「え、ええ、もちろん。喜んで」
そうに決まっていると自らに言い聞かせながら、差し出された手に自分の手を添える。
ホールの中心にアンリ殿下と向かうと、よりいっそう視線が突き刺さった。
アンリ殿下は御年二十。セルヴィンでは十八で成人と認められるので、婚約者どころか妻がいても不思議ではない年齢だ。それにもかかわらず、アンリ殿下にはそのどちらもいない。
魔術師のもとで学ぶのが楽しいからではと噂されているが、真偽は不明。直接聞いてもアンリ殿下は微笑むだけなので、答え合わせのしようがない。
そういった事情のため、アンリ殿下を狙うご令嬢は多い。一時、ご令嬢の間で魔術ブームが流行ったこともある。アンリ殿下と話を合わせるためという理由だけで。
「……他の方に悪いことをしているような気がします」
「君が気にすることではないよ」
柔らかく微笑むアンリ殿下。ダンスの腕前はさすが王太子とでも言うべきか。この国一番の教師を着けているだけはある。
流れる曲に合わせて踊っていると、アニエスがこちらを見ているのに気がついた。
食い入るように見てくる姿は、一緒に踊っているクロードが目に入っているとは思えない。
「今は僕だけに集中してほしいな」
ぐっと腰に添えられている手に力がこめられ、耳元で囁かれる。
「え、ええ」
アニエスから視線を外し、アンリ殿下を見上げる。琥珀色の瞳はいつも通りだと思うのに、どこか熱っぽくも感じた。
「あとで、テラスに来てくれるかい?」
柔らかな、聞き慣れた声。
魔術師に師事を仰いでから三年。少なくない時間をアンリ殿下と過ごした。共に切磋琢磨し、時に激励し、時に競争し、時に蹴落とし合った仲だ。
ふと浮かんだ疑惑を必死に振り払う。これまでの思い出を振り返り、そんなはずがないと自らに言い聞かせた。
74
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました
鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」
オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。
「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」
そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。
「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」
このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。
オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。
愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん!
王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。
冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする
【完結】愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに溺愛されて成り上がり、夫を追い出します
深山きらら
恋愛
政略結婚でレンフォード伯爵家に嫁いだセシリア。しかし初夜、夫のルパートから「君を愛するつもりはない」と告げられる。さらに義母から残酷な命令が。「愛人ロザリンドの子を、あなたの子として育てなさい」。屈辱に耐える日々の中、偶然再会した幼なじみの商人リオンが、セシリアの才能を信じて事業を支援してくれる。
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。
専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います
***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。
しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。
彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。
※タイトル変更しました
小説家になろうでも掲載してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる