なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優

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3.兄弟子と妹弟子

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 レースに宝石、輝くようなドレスで彩られた会場で、私は一人立ちつくす。
 ちらちらと送られる視線は、私にアニエス――ついでにクロード――の間を行き来する。

「どうして今日は」
「アニエス嬢とではしかたないのでは」

 ひそひそと聞こえる声。困惑と納得に彩られたそれに、私は聞こえていない振りを続けた。
 反応したらどうなるかを私は知っている。

 私とアニエスはある意味対照的だ。母親譲りの金の髪を持つアニエスと、父親譲りの銀の髪を持つ私。
 父親譲りの翡翠色の瞳のアニエスと、母親譲りの瑠璃色の瞳の私。
 母親に似て微笑むだけで見た者の心を和ませるアニエスと、父親に似て微笑むだけで場を凍らせる私。

 柔らかな顔立ちのアニエスと、きつい顔立ちの私。どちらがどちら譲りなのかは、言うまでもないだろう。

 黙っているだけで怒っていると判断され、何事かと見ただけで睨まれたと言われ、笑うだけで馬鹿にされたと嘆かれる。そんな私がひそひそ話している人のほうに顔を向けたら、私の話をしていたという負い目も合わさり、睨まれたとか怒ったとか言うのだろう。私にではなく、他の人に。
 いっそハイテンションで絡みに行こうかとも考えたが、気が触れたと噂されるオチが見えたのでやめる。

「クラリス嬢」

 来たばかりなのに帰りたくなっていると、声をかけられた。
 頑なに正面から動かさなかった顔を少しだけ横に向ける。そこには、柔らかな栗色の髪と琥珀色の瞳をした青年が立っていた。
 この国の王太子、アンリ殿下だ。

「アンリ殿下、ごきげんよう」
「その、こういうことを聞いてはいけないとわかっているんだが、どうしても気になって……今日はどうしたんだい?」

 アンリ殿下はそう言って、そわそわと視線を行き来させた。視線の向かう先はもちろん、アニエスとクロードだ。

「見てのとおりです。クロード様には私よりもアニエスのほうが合っていたようで――」

 心苦しそうに顔を歪めるアンリ殿下に、その先が続けられなくなる。
 どうしてこの人がそんな顔をするのだろう。アンリ殿下には関係ないのに。

 いや、あるといえばあるのか。

 アンリ殿下と私は兄弟子と妹弟子という関係だ。
 王立魔術学院に通えなくなった私は、国随一と名高い魔術師から弟子にならないかと誘われ、了承した。
 そうして弟子入りした先にいたのが、アンリ殿下だ。
 妹弟子の婚約者が妹のところにいるのを見て、心配になったのだろう。
  
「……もし、君がよければ一曲お付き合いできないだろうか」
「え、ええ、もちろん。喜んで」

 そうに決まっていると自らに言い聞かせながら、差し出された手に自分の手を添える。
 ホールの中心にアンリ殿下と向かうと、よりいっそう視線が突き刺さった。

 アンリ殿下は御年二十。セルヴィンでは十八で成人と認められるので、婚約者どころか妻がいても不思議ではない年齢だ。それにもかかわらず、アンリ殿下にはそのどちらもいない。
 魔術師のもとで学ぶのが楽しいからではと噂されているが、真偽は不明。直接聞いてもアンリ殿下は微笑むだけなので、答え合わせのしようがない。

 そういった事情のため、アンリ殿下を狙うご令嬢は多い。一時、ご令嬢の間で魔術ブームが流行ったこともある。アンリ殿下と話を合わせるためという理由だけで。

「……他の方に悪いことをしているような気がします」
「君が気にすることではないよ」

 柔らかく微笑むアンリ殿下。ダンスの腕前はさすが王太子とでも言うべきか。この国一番の教師を着けているだけはある。
 流れる曲に合わせて踊っていると、アニエスがこちらを見ているのに気がついた。

 食い入るように見てくる姿は、一緒に踊っているクロードが目に入っているとは思えない。

「今は僕だけに集中してほしいな」

 ぐっと腰に添えられている手に力がこめられ、耳元で囁かれる。

「え、ええ」

 アニエスから視線を外し、アンリ殿下を見上げる。琥珀色の瞳はいつも通りだと思うのに、どこか熱っぽくも感じた。

「あとで、テラスに来てくれるかい?」

 柔らかな、聞き慣れた声。
 魔術師に師事を仰いでから三年。少なくない時間をアンリ殿下と過ごした。共に切磋琢磨し、時に激励し、時に競争し、時に蹴落とし合った仲だ。

 ふと浮かんだ疑惑を必死に振り払う。これまでの思い出を振り返り、そんなはずがないと自らに言い聞かせた。
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