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16.彼の真意1
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「きっと、騙されているのよ。そうに決まっているわ。だって、だって、こんなのおかしいもの」
唇を震わせ、顔を引きつらせながら、そんなはずがないと主張するアニエスに、ノエルが小さく息を吐く。
「それ以上喋れば侮辱とみなします。魔術師を敵に回す覚悟はありますか?」
ぐっと言葉を詰まらせるアニエス。
魔術師を敵に回したい人はいない。一人敵に回せば、面白そうだからと他の魔術師も敵に回るだろう。
そうなれば、魔物の目撃情報があっても魔術師は派遣されず、甚大な被害を受ける覚悟で兵を動かし討伐するしかなくなる。
アニエスは自らの将来を伯爵夫人に定めた。伯爵領の平穏がかかっているとなれば、さすがに黙らざるを得なかったのだろう。
「……興が削がれてしまいましたね。当初の目的は果たしましたし、帰りましょうか」
差し出されたノエルの手を取る。縁談の申し込みが来ないように、という目的はたしかに達成された。
アニエスが食い下がったことで、一連の流れも含めて広がっていくだろう。
「それではまた、ご縁があれば」
それだけ言うと、振り返ることなくノエルは城を出た。私と一緒に。
待たせていた馬車に乗り、車輪の音だけが車内に響く。
私が無言なのは、ノエルに対する申し訳なさからだ。私とのお付き合いを承諾していなければ、アニエスとの一件は起こらなかった。
こうなることを、予想していなかったわけではない。今、この時じゃなくても、いずれはぶつかると予見していた。
だけど実際に目の当たりにすると、申し訳なさが湧く。アニエスの言動が予想を超えていた、というのもあって、おかしなことに巻きこんでしまったのだと、今さらながら自覚した。
「……ひとつ、聞きます」
馬車の窓から、月明かりと街灯が照らす外を見ていたノエルが静かな声で言う。
「あなたが元の婚約者に私怨を抱いていないことは聞きました。では……元の婚約者ではなく、妹には?」
外に向いていた水色の瞳が私に向く。どこまでも静かな、湖のような瞳。その中にいる私は、溺れそうな苦しい顔をしている。
「……僕を選んだのに、あなたの妹は関係ありますか?」
「正直に言うと、あります」
こくりと頷くと、ノエルはアニエスに向けたのと同じように小さく息を吐いた。
「他の誰もが認めてくれて、それでいてアニエスだけが納得できない人」
魔術師本人でなくても、魔術師からの信頼厚い人であれば、両親は手放しで許してくれる。
それだけ、魔術師という存在はこの国において重要視されている。
「そして私が手の届く範囲で、好ましいと思える人。……それが、あなたでした」
「なるほど。わかりました」
静かな声に、揺らぐことのない瞳。いつもと同じはずなのに、息苦しくて、ドレスを握りしめてしまう。
呆れているのか、怒っているのか。ぴくりとも動かない表情からは読み取れない。
何を考えているかわからないということが、こんなにも恐ろしいものだとは知らなかった。
「事前に妹のことを教えなかったのは私の落ち度です。お付き合いの件は、撤回していただいても構いません」
「どうして撤回するということになるのでしょうか」
「わずらわしい点がないと、嘘をつきました。いえ、厳密には嘘ではないのですが……訂正しなかったのですから、契約不履行と判断されてもしかたないと思っています」
ノエルはたしかに、わずらわしいことがないのは魅力だと言っていた。
お付き合いを了承するにあたって、加点となった部分が実は存在しないのだとわかったのだから、やっぱりやめると言われてもしかたない。
腹をくくり、ノエルの最後通告を待つ。
「……そういえば、そんなこともありましたね」
だけど返ってきたのは、肯定でも否定でもなかった。
唇を震わせ、顔を引きつらせながら、そんなはずがないと主張するアニエスに、ノエルが小さく息を吐く。
「それ以上喋れば侮辱とみなします。魔術師を敵に回す覚悟はありますか?」
ぐっと言葉を詰まらせるアニエス。
魔術師を敵に回したい人はいない。一人敵に回せば、面白そうだからと他の魔術師も敵に回るだろう。
そうなれば、魔物の目撃情報があっても魔術師は派遣されず、甚大な被害を受ける覚悟で兵を動かし討伐するしかなくなる。
アニエスは自らの将来を伯爵夫人に定めた。伯爵領の平穏がかかっているとなれば、さすがに黙らざるを得なかったのだろう。
「……興が削がれてしまいましたね。当初の目的は果たしましたし、帰りましょうか」
差し出されたノエルの手を取る。縁談の申し込みが来ないように、という目的はたしかに達成された。
アニエスが食い下がったことで、一連の流れも含めて広がっていくだろう。
「それではまた、ご縁があれば」
それだけ言うと、振り返ることなくノエルは城を出た。私と一緒に。
待たせていた馬車に乗り、車輪の音だけが車内に響く。
私が無言なのは、ノエルに対する申し訳なさからだ。私とのお付き合いを承諾していなければ、アニエスとの一件は起こらなかった。
こうなることを、予想していなかったわけではない。今、この時じゃなくても、いずれはぶつかると予見していた。
だけど実際に目の当たりにすると、申し訳なさが湧く。アニエスの言動が予想を超えていた、というのもあって、おかしなことに巻きこんでしまったのだと、今さらながら自覚した。
「……ひとつ、聞きます」
馬車の窓から、月明かりと街灯が照らす外を見ていたノエルが静かな声で言う。
「あなたが元の婚約者に私怨を抱いていないことは聞きました。では……元の婚約者ではなく、妹には?」
外に向いていた水色の瞳が私に向く。どこまでも静かな、湖のような瞳。その中にいる私は、溺れそうな苦しい顔をしている。
「……僕を選んだのに、あなたの妹は関係ありますか?」
「正直に言うと、あります」
こくりと頷くと、ノエルはアニエスに向けたのと同じように小さく息を吐いた。
「他の誰もが認めてくれて、それでいてアニエスだけが納得できない人」
魔術師本人でなくても、魔術師からの信頼厚い人であれば、両親は手放しで許してくれる。
それだけ、魔術師という存在はこの国において重要視されている。
「そして私が手の届く範囲で、好ましいと思える人。……それが、あなたでした」
「なるほど。わかりました」
静かな声に、揺らぐことのない瞳。いつもと同じはずなのに、息苦しくて、ドレスを握りしめてしまう。
呆れているのか、怒っているのか。ぴくりとも動かない表情からは読み取れない。
何を考えているかわからないということが、こんなにも恐ろしいものだとは知らなかった。
「事前に妹のことを教えなかったのは私の落ち度です。お付き合いの件は、撤回していただいても構いません」
「どうして撤回するということになるのでしょうか」
「わずらわしい点がないと、嘘をつきました。いえ、厳密には嘘ではないのですが……訂正しなかったのですから、契約不履行と判断されてもしかたないと思っています」
ノエルはたしかに、わずらわしいことがないのは魅力だと言っていた。
お付き合いを了承するにあたって、加点となった部分が実は存在しないのだとわかったのだから、やっぱりやめると言われてもしかたない。
腹をくくり、ノエルの最後通告を待つ。
「……そういえば、そんなこともありましたね」
だけど返ってきたのは、肯定でも否定でもなかった。
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