なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優

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18.二人の時間1

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 さて、どうしましょうか、とノエルが外を見ながら呟くように言う。
 馬車にはめ込まれた窓ガラスの向こうは暗く、ぽつぽつとある街灯が道を照らしている。
 人の通りはなく、馬車もこの時間には走っていない。夜会が終われば混むとは思うが、まだ始まったばかりで帰る人はいない。

「この時間では空いている店もありませんし、家まで送りますか?」
「……それは……」

 今の時間は誰もいないだろう。アニエスが夜会にいたということは、お父様もお母様もあの場にいたはず。
 早々に部屋にこもったとしても、帰ってきた三人に何があったのか、あれはどういうことか、と問い詰められるだろう。
 はらはらと涙を零し、私が負ったかもしれない心の傷を心配するアニエスに、父と母が何も言わないながらにどうにかならないのかと、目で訴えてくる。そんな光景が簡単に想像できる。

「帰りたくは、ありません」

 重苦しく言うと、ノエルの視線が窓の外から私に移る。
 真っ直ぐな眼差しに、ぴくりとも動かない表情。お付き合いを申し出た日から――いや、初めて塔で顔を合わせてからずっと、ノエルが笑ったり怒ったりしたところを見たことがない。
 発せられる言葉から、呆れているのかなと思うことはあったけど。

「なるほど、それでは僕の家にでも来ますか?」
「え?」
「冗談です。未婚女性を連れ込んだとバレたらフロランが怒りますので、僕の家に招くのは結婚してからにしましょう」

 淡々と言ってのけるので、本当に冗談なのか、冗談を装った本気なのかわかりずらい。
 でもノエルが冗談だと言うのなら、冗談として受け止めよう。

「ノエルも冗談とか言うんですね」
「人間ですから、冗談も言いますし、嘘もつきますよ」
「それもそうですけど……ノエルは嘘なのか冗談なのか本当なのかわかりにくいですから」
「よく言われます」
「皆、思うことは同じなんですね」

 ふふ、と微笑むとノエルの頭が小さく横に傾く。そのわずかな仕草に、どうしたのだろうと目を瞬かせる。
 ノエルの心情を表情から察するのは難しく、言動や、こうしたちょっとした態度から推測するしかない。

「どうかされましたか?」
「……本日は塔に送ります。ですが、その前に少々お付き合いいただけますか?」
「もちろん付き合いますが……この時間では空いているお店がないのでは?」

 店が空いていないと言っていたのはノエルだ。夜遅くに立ち寄れる場所なんて限られている。

「店ではないので、時間は取らせません。見せたいものがあったのを思い出しました」
「見せたいもの、ですか」
「はい。詳しくはまたのちほどに」

 ガタン、と馬車の揺れがわずかに大きくなる。進行方向を変更したからか、あるいは誰も掴んでいない手綱の動かし方を変えるために少しだけ魔力に綻びが生まれたのか。
 もしも後者であれば、綻びを直すための魔力を練り直さないといけないので、多少なりとも術者に負担がかかる。

 ノエルの顔色からはわからないが。

「私では代われないので、もしも疲れたらいつでも休憩してくださいね」
「馬車を止めるほど、ではありませんが……肩をお借りしても?」
「え? はい、構いませんが」

 言い終わるが早いか、ノエルはさっと私の隣に移動して寄りかかってきた。
 だけどあまり重さを感じない。きっとこちらに気を遣って、なるべく体重をかけないようにしているのだろう。
 そのなんともいえない重みと肩から伝わる温もりに、隣に座るノエルの顔が見られない。

 ノエルの顔はいつも通りだと思うからこそ、余計に。
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