4 / 6
第四話 夜更け
しおりを挟む
その日の夕餉は、味がしなかった。
何時もならば政宗様と一緒に食事をする夕餉の時間は楽しいひと時だけれど、この日に限ってはそうでは無かった。
政宗様はどうなされるのだろう?
いや、あのお侍様も言っていた通り、断る理由がない。
この縁談話は政宗様にとっても良い部分しかない。
生涯の伴侶を得て、莫大な富も得る。加えて佐久間様のような格の高い方と一緒になるのは箔が付く。
そして、私のような不出来な女中に悩まされることもない。
「加奈……加奈!」
「え? は、はい! なんでしょう政宗様!」
「何でしょう、ではない。先程から呼んでいるのに、どこか上の空ではないか。ついでくれ」
空になった茶碗を差し出してくる政宗様。慌ててそれを受け取り、よそってお渡しする。
お渡しすると、直ぐにご飯を口へと運ぶ政宗様。
「うむ、美味い。加奈殿が炊いた飯は美味いな」
「……そう、でしょうか? 私などが炊いたものより、もっと美味しいものを他の方は炊かれると思います」
政宗様の箸が止まる。
「気にしているのか? 昼の出来事を」
「いえ、そうではありません……ありませんが」
どうしても、そう思ってしまう。
ふむ、と溜息にも似た一言を告げて政宗様は持っていた茶碗を置く。
「此度の縁談話、加奈殿はどう思う?」
「それは私に聞かれましても、お答えできません」
「意見を聞きたい」
「……良い縁談話と思います。政宗様と佐久間様ならばきっとお似合いであると思います」
「それは、本心で言っているのか」
「…………はい、そうです」
嘘だ。
本当は否定したい。行かないで欲しい。
けれど、そんな資格が私には無い。政宗様の事を一番に考えれば、私個人の気持ちなど捨て置いて構わない。
叶わぬものならば、望んではいけないのだ。
政宗様は、なるほど、と言って何か物思いに耽っていた。
「政宗様は、どうなされるのですか?」
自然と自分の口から言葉が出ていた。
分かり切った事を、何故聞いてしまったのか。毛筋ほどの希望を私は抱いてしまっているのか。
「ふむ、実は――――」
「いえ! 申し訳ありません! 過ぎたことを聞いてしまいました! この事は忘れてください」
聞きたくない。
自分の食器を片付け、逃げるようにしてその場から離れて行ってしまった。
自室に戻った私は、部屋にある荷物を纏める。
政宗様と佐久間様の縁談が終われば、優れた女中が沢山いる佐久間様の場所では私はお払い箱になる。だから、直ぐにでもここから離れられるように支度をしておく。
ここに来てから幾らか政宗様から頂いた物もあるが、それは置いていこう。見るだけで、辛くなるから。
縁談が進むまでの間だけ、もう少しだけここに居られるのが嬉しい。
短い幸せを私は嚙みしめていた。
☆☆
その日の夜は寝付けなかった。
今までこんな事は無かったけれど、考え事が多くて目が覚めてしまっていた。
落ち着かないので、夜風に当たろうと部屋を出て縁側の方へと向かう。
今夜は雲一つない満月の為、十分な視界は保たれている。
ギシギシ、としなる板張りの床を歩きながら縁側へ辿り着くと、思いもよらぬ先客がいた。
「……政宗様?」
縁側に腰かけ、中庭を見つめる政宗様がいた。
声に気づいて政宗様が私の方を見る。
「加奈殿。こんな夜更けにどうした?」
「私は少し寝つけなくて、夜風に当たりに参りました。政宗様こそどうしたのですか?」
「同じようなものだ。中々寝れなくてね」
夕餉の時の事もあり、私は気まずかった。
政宗様の方もあのような事があったのだから、私にはお会いしたくないだろう。
邪魔にならぬよう、直ぐに自室の方へと帰ろう。
「そうでしたか。では、私はこれで……」
「待ってほしい。少し、話をしないか?」
政宗様は座っている位置から少し横にズレ、一人分の幅を縁側に作ってくれる。
一瞬、躊躇したものの、他ならぬ政宗様のお願いであれば、聞く以外には無かった。
空いた一人分の場所に座り、私は政宗様と肩を並べて座る形になる。
何時もならば政宗様と一緒に食事をする夕餉の時間は楽しいひと時だけれど、この日に限ってはそうでは無かった。
政宗様はどうなされるのだろう?
いや、あのお侍様も言っていた通り、断る理由がない。
この縁談話は政宗様にとっても良い部分しかない。
生涯の伴侶を得て、莫大な富も得る。加えて佐久間様のような格の高い方と一緒になるのは箔が付く。
そして、私のような不出来な女中に悩まされることもない。
「加奈……加奈!」
「え? は、はい! なんでしょう政宗様!」
「何でしょう、ではない。先程から呼んでいるのに、どこか上の空ではないか。ついでくれ」
空になった茶碗を差し出してくる政宗様。慌ててそれを受け取り、よそってお渡しする。
お渡しすると、直ぐにご飯を口へと運ぶ政宗様。
「うむ、美味い。加奈殿が炊いた飯は美味いな」
「……そう、でしょうか? 私などが炊いたものより、もっと美味しいものを他の方は炊かれると思います」
政宗様の箸が止まる。
「気にしているのか? 昼の出来事を」
「いえ、そうではありません……ありませんが」
どうしても、そう思ってしまう。
ふむ、と溜息にも似た一言を告げて政宗様は持っていた茶碗を置く。
「此度の縁談話、加奈殿はどう思う?」
「それは私に聞かれましても、お答えできません」
「意見を聞きたい」
「……良い縁談話と思います。政宗様と佐久間様ならばきっとお似合いであると思います」
「それは、本心で言っているのか」
「…………はい、そうです」
嘘だ。
本当は否定したい。行かないで欲しい。
けれど、そんな資格が私には無い。政宗様の事を一番に考えれば、私個人の気持ちなど捨て置いて構わない。
叶わぬものならば、望んではいけないのだ。
政宗様は、なるほど、と言って何か物思いに耽っていた。
「政宗様は、どうなされるのですか?」
自然と自分の口から言葉が出ていた。
分かり切った事を、何故聞いてしまったのか。毛筋ほどの希望を私は抱いてしまっているのか。
「ふむ、実は――――」
「いえ! 申し訳ありません! 過ぎたことを聞いてしまいました! この事は忘れてください」
聞きたくない。
自分の食器を片付け、逃げるようにしてその場から離れて行ってしまった。
自室に戻った私は、部屋にある荷物を纏める。
政宗様と佐久間様の縁談が終われば、優れた女中が沢山いる佐久間様の場所では私はお払い箱になる。だから、直ぐにでもここから離れられるように支度をしておく。
ここに来てから幾らか政宗様から頂いた物もあるが、それは置いていこう。見るだけで、辛くなるから。
縁談が進むまでの間だけ、もう少しだけここに居られるのが嬉しい。
短い幸せを私は嚙みしめていた。
☆☆
その日の夜は寝付けなかった。
今までこんな事は無かったけれど、考え事が多くて目が覚めてしまっていた。
落ち着かないので、夜風に当たろうと部屋を出て縁側の方へと向かう。
今夜は雲一つない満月の為、十分な視界は保たれている。
ギシギシ、としなる板張りの床を歩きながら縁側へ辿り着くと、思いもよらぬ先客がいた。
「……政宗様?」
縁側に腰かけ、中庭を見つめる政宗様がいた。
声に気づいて政宗様が私の方を見る。
「加奈殿。こんな夜更けにどうした?」
「私は少し寝つけなくて、夜風に当たりに参りました。政宗様こそどうしたのですか?」
「同じようなものだ。中々寝れなくてね」
夕餉の時の事もあり、私は気まずかった。
政宗様の方もあのような事があったのだから、私にはお会いしたくないだろう。
邪魔にならぬよう、直ぐに自室の方へと帰ろう。
「そうでしたか。では、私はこれで……」
「待ってほしい。少し、話をしないか?」
政宗様は座っている位置から少し横にズレ、一人分の幅を縁側に作ってくれる。
一瞬、躊躇したものの、他ならぬ政宗様のお願いであれば、聞く以外には無かった。
空いた一人分の場所に座り、私は政宗様と肩を並べて座る形になる。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる