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セシェ島編
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レオナがベネット公爵の養女になったのは、4歳のときだった。それまで、レオナは楽園ユーラスで両親とともに幸せに暮らしていた。
楽園ユーラスは、神々の暮らす土地だと信じられている。はるか昔、神はこの地を去るとき、ひとりの人間に楽園を託した。その人物が、今でも楽園ユーラスを統治すると言われるフィリス教皇である。そして、教皇の血筋を聖なる一族とし、聖なる一族はステラサンクタと呼ばれた。ステラサンクタは、究極の回復魔法である蘇生魔法を使うことができる、希少なる一族である。
レオナの母であるエレノアはステラサンクタであり、その娘であるレオナもまた、生まれながらにしてたぐいまれなる能力に恵まれたステラサンクタである。
14年前、楽園ユーラスは侵略を目論む他国の兵士に襲われた。レオナの父親は剣士であったが、母子の盾となり殺され、命からがら逃げ出した母もまた、追っ手の追従から逃れられず、背中を斬られ、息絶えた。
『あと一歩、あと一歩到着が早ければ、おまえの両親を死なせずにすんだものを』
養父である公爵は、12歳になったレオナにそう話したことがある。国王の命により派遣された公爵が楽園ユーラスに到着したとき、母にはまだ息があった。レオナを助けて。母はそう言って、公爵にレオナを託したという。
子どものいない公爵夫人は、意外にもレオナを歓迎したが、当時を知る古参のメイドは、ステラサンクタであるレオナの魔力には国を支配するほどの価値があり、夫人はその力が公爵の後ろ盾になると考え、レオナを受け入れたのだと告げ口した。そうでなければ、そのような汚らしい髪色の娘を喜んで育てるはずはないと。
それ以降、レオナは砂色の醜い髪を姿見の中に見つけるたび、己の魅力は魔力のみなのだと思うようになった。
いつだったか、養父は言っていた。エルアルム王国で国を背負える王子はセリオス・ダムハートただ一人であると。だからこそ、レオナは王家へ敬意を払い、ダムハート家へ忠誠を誓った。
公爵はレオナの能力を自慢することはなかったが、レオナが、先の侵略戦争で希少となったステラサンクタであることは、王族の誰もが知っていた。だからこそ、ダムハート国王が倒れ、意識を失ったとき、バルターはレオナの能力を利用しようとしたのだ。
しかし、レオナは15歳のときには魔力を失っていた。解毒魔法はおろか、簡単な治癒魔法さえ使えず、しまいには指先に魔力を灯すことすらできなくなった。
レオナの価値はステラサンクタであり、究極魔法の使い手であることのみである。魔力がないと知られたら、無価値な存在になることにおびえ、レオナは魔力がなくなったことを誰にも言えずにいた。
無論、夫であるセリオスにも、言えるはずはなかった。
「不安なのか?」
セリオスはいつのまにか、レオナをひざの上に抱きあげ、白いほおをゆるりとなでていた。
「あ……、いえ」
レオナはもじもじとうつむいた。優しくされるのが恥ずかしくてそわそわした。
落ち着かない理由は、それだけではなかった。セリオスが自分との結婚を望んだのは、彼が幽閉を解かれたとき、対立する貴族をまとめるための公爵の後ろ盾を必要としていたからだと思っていたが、ステラサンクタであるレオナの魔力に魅力を感じていたためだと気づいてしまったからだ。
もし、魔力を失ったことが知られたら、セリオスに見放されるだけでは済まないかもしれない。セリオスはレオナにとって最大の保護者だ。彼を怒らせたら、レオナを養女として受け入れ育ててくれた公爵夫妻がどんなお咎めを受けるかわからない。
だからこそ、魔力を失ったことは、絶対に知られてはならない。レオナが強い決意をうちに秘めて、キュッと唇をかんだとき、セリオスが下唇を親指でこすってきた。
「あ、あの……」
「おびえるな。おまえを頼りにしているが、おまえを守れるのは俺だけだということも忘れるな」
青い瞳が近づき、青みがかった黒の前髪が目の前で揺れた。
「なぜ、そのようなことをおっしゃるのですか……」
「いやなのか?」
セリオスは愉快げに目を細めたが、レオナの返事は待たなかった。その地位も実力も非の打ちどころがなく、貴族の娘が色めき立つほど美しい男が、レオナの唇をほしいままにする。それは、彼が罪人であるという唯一の汚点があったからだ。
それなのに、その地位を取り戻したにもかかわらず、彼がレオナになぜこのようなことをするのだろうか。戸惑いながらも、レオナは深く重なる唇にあらがうことができなかった。
楽園ユーラスは、神々の暮らす土地だと信じられている。はるか昔、神はこの地を去るとき、ひとりの人間に楽園を託した。その人物が、今でも楽園ユーラスを統治すると言われるフィリス教皇である。そして、教皇の血筋を聖なる一族とし、聖なる一族はステラサンクタと呼ばれた。ステラサンクタは、究極の回復魔法である蘇生魔法を使うことができる、希少なる一族である。
レオナの母であるエレノアはステラサンクタであり、その娘であるレオナもまた、生まれながらにしてたぐいまれなる能力に恵まれたステラサンクタである。
14年前、楽園ユーラスは侵略を目論む他国の兵士に襲われた。レオナの父親は剣士であったが、母子の盾となり殺され、命からがら逃げ出した母もまた、追っ手の追従から逃れられず、背中を斬られ、息絶えた。
『あと一歩、あと一歩到着が早ければ、おまえの両親を死なせずにすんだものを』
養父である公爵は、12歳になったレオナにそう話したことがある。国王の命により派遣された公爵が楽園ユーラスに到着したとき、母にはまだ息があった。レオナを助けて。母はそう言って、公爵にレオナを託したという。
子どものいない公爵夫人は、意外にもレオナを歓迎したが、当時を知る古参のメイドは、ステラサンクタであるレオナの魔力には国を支配するほどの価値があり、夫人はその力が公爵の後ろ盾になると考え、レオナを受け入れたのだと告げ口した。そうでなければ、そのような汚らしい髪色の娘を喜んで育てるはずはないと。
それ以降、レオナは砂色の醜い髪を姿見の中に見つけるたび、己の魅力は魔力のみなのだと思うようになった。
いつだったか、養父は言っていた。エルアルム王国で国を背負える王子はセリオス・ダムハートただ一人であると。だからこそ、レオナは王家へ敬意を払い、ダムハート家へ忠誠を誓った。
公爵はレオナの能力を自慢することはなかったが、レオナが、先の侵略戦争で希少となったステラサンクタであることは、王族の誰もが知っていた。だからこそ、ダムハート国王が倒れ、意識を失ったとき、バルターはレオナの能力を利用しようとしたのだ。
しかし、レオナは15歳のときには魔力を失っていた。解毒魔法はおろか、簡単な治癒魔法さえ使えず、しまいには指先に魔力を灯すことすらできなくなった。
レオナの価値はステラサンクタであり、究極魔法の使い手であることのみである。魔力がないと知られたら、無価値な存在になることにおびえ、レオナは魔力がなくなったことを誰にも言えずにいた。
無論、夫であるセリオスにも、言えるはずはなかった。
「不安なのか?」
セリオスはいつのまにか、レオナをひざの上に抱きあげ、白いほおをゆるりとなでていた。
「あ……、いえ」
レオナはもじもじとうつむいた。優しくされるのが恥ずかしくてそわそわした。
落ち着かない理由は、それだけではなかった。セリオスが自分との結婚を望んだのは、彼が幽閉を解かれたとき、対立する貴族をまとめるための公爵の後ろ盾を必要としていたからだと思っていたが、ステラサンクタであるレオナの魔力に魅力を感じていたためだと気づいてしまったからだ。
もし、魔力を失ったことが知られたら、セリオスに見放されるだけでは済まないかもしれない。セリオスはレオナにとって最大の保護者だ。彼を怒らせたら、レオナを養女として受け入れ育ててくれた公爵夫妻がどんなお咎めを受けるかわからない。
だからこそ、魔力を失ったことは、絶対に知られてはならない。レオナが強い決意をうちに秘めて、キュッと唇をかんだとき、セリオスが下唇を親指でこすってきた。
「あ、あの……」
「おびえるな。おまえを頼りにしているが、おまえを守れるのは俺だけだということも忘れるな」
青い瞳が近づき、青みがかった黒の前髪が目の前で揺れた。
「なぜ、そのようなことをおっしゃるのですか……」
「いやなのか?」
セリオスは愉快げに目を細めたが、レオナの返事は待たなかった。その地位も実力も非の打ちどころがなく、貴族の娘が色めき立つほど美しい男が、レオナの唇をほしいままにする。それは、彼が罪人であるという唯一の汚点があったからだ。
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