砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

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 レオナの耳は熱くなった。それを言うなら、レオナも同じだ。セリオスのたくましい身体だけでなく、完璧なまでに美しい彼が、レオナの指先の動きにぞくりと身体をふるわせ、たまらず乱す息づかいまで思い出せる。

「旅の間はおまえを抱いてやれない。監獄にいた方が快適とは皮肉だな」
「私は……そうは思いません。セリオス様には王都で不自由なく暮らしていただきたいです」
「そうだな。レオナがいれば、王宮での生活も退屈ではなくなるだろう」
「退屈だったのですか……?」
「退屈じゃないと思うか?」

 セリオスはくすりと笑う。彼はフォルフェス騎士団を率いて、大陸中を駆け巡るような活躍をしていたのだったか。おそらく、政治的な駆け引きを退屈だと感じているのだろう。

 しかし、亡きダムハート国王の治世は安定していたのに、なぜ、国王暗殺未遂という大罪に手を染めたのだろう。もし、退屈しのぎに内乱を引き起こしたのだとしたら、皮肉にも、自らがもっとも退屈だと感じる状況を作り出してしまったのではないか。

 しかし、レオナはそれを聞くことができなかった。彼の心の闇に触れてしまう気がしたからだ。彼は時折、監獄の窓から王城のある方を物思いに眺めていた。何を思い、誰を思うのか、レオナが踏み込んでいいと思えた日はない。

「おまえは何も心配しなくていい。フォルフェスに戦いを挑もうなどという者は、バルターを除いてエルアルムにはいない。ルカが無事に国王となった日には、恐ろしく平凡な毎日が待っているだろう。公爵領で暮らしていた頃のように、王宮でも暮らせる」

 不安な顔をしていたのかもしれない。セリオスは安心させようとするかのようにそう言った。

「バルター王子と和解しても、私はセリオス様と一緒に過ごすのですか?」
「放り出せと言ってるのか?」
「あ……、いえ、セリオス様が私と一緒にいる理由が見つからないのです」

 セリオスはあからさまなため息をつくと、レオナのドレスを肩からさげた。

「おまえは何もわかっていないのだな」
「セリオス様……」
「おまえのすべてに俺はかき乱されるのに、おまえは違うようだ」

 いきなり、荒々しい口づけを受けた。不機嫌な彼をなだめるすべをレオナは知らない。しかし、唇を深く重ねていくうちに彼は落ちついていき、さらには情熱的になって、全身にくまなく音を立てて唇を落としていく。

 座席に押し倒されて、セリオスの剣が床にぶつかり、大きな音がした。レオナは身をすくめる。外にいるルドアースに聞こえてしまう気がした。

「せ、セリオス様……、はやく着替えを……」
「すぐに俺が着せてやる。こんなにも美しい身体をさらしておいて、やめろというのは難しい」

 さらしたわけではない。セリオスが勝手に脱がせただけ。そう思ったけれど、レオナは黙って、飲み込むように食らいついてくる唇を受けとめた。旅に出たら、彼はもうレオナを抱かないと言った。快楽を忘れていない身体がそれを我慢できるのかわからない。だから、今だけでも触れていてほしいと受け入れた。

「おまえにこうするのが俺だけのように、俺に触れていい女はおまえだけだ」

 声を漏らさないよう、レオナはきつく唇を結んでいた。セリオスは物足りなさそうになめるようなキスをしてきたが、程なくして驚くほど優しいキスが落とされた。彼の熱が落ち着いたのを感じる。

「こんなところで最後までしない」

 くすりと笑うセリオスを、レオナは恨めがましく見上げる。ルドアースに勘付かれないようにこらえてはいたが、焚き付けられた身体を、彼はそんなにも簡単に鎮めてしまえるのだろうか。

 セリオスはレオナを立ち上がらせると、鎖かたびらをかぶせた。彼の言う通り、それは驚くほどに軽かった。重さを感じさせない魔法とはどんなものなのだろう。王宮にいる神官たちの魔力の強さに興味が湧いた。

 次に、セリオスは白のローブをレオナに着せた。胸もとにはフォルフェスの紋章が刺繍されている。誇り高き金の不死鳥。それは、どんな戦いでも犠牲者を出したことのない、不死身のフォルフェスを象徴したもの。揺るぎない強さの証。選ばれしものしか身につけることが許されない紋章だ。

「いいのですか?」

 レオナはとっさに聞いていた。

「何をだ?」
「私は、騎士団員ではありません。騎士団の方々が気を悪くされるのでは?」
「団長の妻が騎士団の紋章を身につけて不機嫌になるやつなどいるものか」

 セリオスは笑い飛ばすと、前身のボタンをとめて、フードをかぶせた。

「なるべく顔は見せないようにしろ。おまえの髪の色は珍しいから、すぐにロデリックの娘だとわかるだろう。面倒ごとは増やしたくない」
「面倒って、どんな?」
「クレストル公爵領を支配しようと企むやつらはバルター以外にもいる。ロデリック亡き後、あの広大で肥沃な土地を継ぐ者はレオナしかいない。それがどれだけ重要なことかわかっているのか」
「お父さまが亡くなるなんて、考えたことも……」

 不安がると、セリオスはあきれたが、すぐに柔らかな表情をする。

「おまえはそのままで良い。何も苦労することのない幸福に、俺が満たしてやるからな」
「私は、バルター王子から救ってくださっただけでもう……」
「その話は聞き飽きた。さあ、そろそろ、行こうか」
「どこへ行くのですか?」
「陽が落ちる前に王都を出たい」
「今夜は王都に泊まらないのですか?」

 氷嶺監獄での生活はわりと快適だったが、それは極寒のセシェ島という過酷な場所のわりにという話なだけで、王都での暮らしの快適さとは比べものにならないだろう。いくら急いでいるとはいえ、今夜ぐらいはおいしい食事をしながら、ささやかにでも監獄解放を祝うのだと思っていた。

「オルパソ渓谷のふもとで宿を借りる手はずが整えてある。まずはそこまで、おまえはイリスに乗っていけ」
「イリスとは仲良くできそうな気がしています」
「そうか。ならば、お手並み拝見と行こうか」

 セリオスは挑戦的にそう言うが、屈託のない笑顔を見せて、レオナへ手を差し伸べる。この高貴な人が見つめる先に自分がいることにいまだ慣れず、レオナは戸惑いながらも、その手をそっとつかんだ。
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