砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

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 小刻みにふるえる身体を両腕で抱きしめて、背中を丸めた。セリオスは荷物を背負わされているだけなのに、そうとは知らず、レオナを気にかけるように優しく肩に手を乗せる。

「それでも、おまえは俺を助けるであろう」

 なぜそのように揺るぎなく言えるのだろう。セリオスに信じてもらえるほどの何かをレオナが示したことはないのに。

「なぜ……」
「愛した女の力を信じない男がいるか」

 愛し……?

 意外な言葉に驚いて、レオナがまばたきをすると、セリオスは失望したかのような小さなため息をつく。

「今夜はもう休め」

 ベッドにレオナを横たえさせて、セリオスは部屋を出ていこうとする。

「セリオス様はどこへ?」
「ルドアースと会議だ。オルパソは必ず越えるが、遠回りでも安全な道を探そう」

 セリオスが出ていくと、レオナは窓の方へ目を移す。鋭く突き出すモンリス山の岩肌には雪がかぶり、不気味な雲が低くたれ込めている。魔物が住むという死の山に足を踏み入れて無事でいられるわけがない。

「ケガをしたらどうなるの……」

 レオナは思わず小さくつぶやいた。いくら、安全な道を探すと言っても、そんな道がないことはルドアースやベリウスだってわかっているだろう。しかし、彼らはセリオスが行くといえば、反発しないはずだ。止められる人は誰もいない。

 レオナを信じ、命を託そうとしてくれているセリオスをあざむいたままではいられないだろう。回復魔法は使えない。そう伝えたら、あきらめてくれるだろうか。しかし、オルパソ渓谷を越えなければ、バルターより先にルカに会うことは叶わず、ルカの命が危険にさらされる。

 レオナはガタガタと震える指をぎゅっと組み合わせ、モンリス山を通らずに行ける方法が見つかりますようにと祈りながら目を閉じた。

 しかし、レオナの期待はあっさりと裏切られた。ルドアースとの話し合いから戻ってきたセリオスが告げたのは、オルパソ渓谷より南にある洞窟を通って渓谷を越えようというものだった。

「宿の主が教えてくれた。はるか昔から、渓谷を越えるには下を行け、との伝承があるそうだ」

 横になっていたレオナが上半身を起こすと、セリオスはベッドに腰かけ、ブーツを脱いだ。

「下というのが、洞窟だというのですか?」
「そうだ。洞窟の先には地底湖があり、浅瀬になっている場所を進めば、渓谷を越えられると」
「伝承なのですよね?」
「ああ、地底湖を見てきたものを宿に泊めたことはないそうだ」
「それでは、危険なことに変わりありません」
「レオナ、これが最善策なのだ」

 セリオスはだだをこねるレオナを説き伏せるように言う。しかし、レオナはそうは思えず、固く唇を結ぶと、セリオスはほぐすように優しい口づけをしてくる。

「俺は大陸中を見てきた。モンリスよりも高く険しい山はある」
「だからといって……」
「モンリスに住む魔物に恐れるものはない。王都のそばにある脅威を放っておくわけがないことぐらいわかるだろう。モンリスが死の山と恐れられるのは、王都にとって都合がいいからだ」

 しかし、無傷では山を越えられないだろう。

「私が王都に残ると言っても行くのですね?」
「それは許さない。必ず、連れていく」
「神官を連れていかれた方がいいです」
「王宮の神官がおいそれと俺についてくると思うか。安全な場所であれば協力するだろうが、危険をおかしてまで俺に従うものはいないだろう」

 それは、セリオスが次期国王になる可能性がないからか。今は、王子としての価値に対する行動しか取らないということだろう。

「おまえは何も心配するな。ようやく監獄から出られたのだ。俺の腕の中で安心して眠ればよい」

 セリオスに抱き寄せられたままベッドに横になると、彼はふたたびキスをしてきた。そうすることで、彼は安心するのだろうか。

「セリオス様も、不安なのですか?」
「何を言う……」

 セリオスは苦笑し、レオナを腕の中に閉じ込めるように抱きしめると、ひたいに唇をつける。

「俺がこうするのは、おまえが愛おしいからだ。おまえは違うようだが、それでもかまわないと思っている」

 レオナはセリオスの胸にひたいをこすりつけるようにして寄り添った。

 セリオスの気持ちは本当なのだろうか。監獄で出会い、変わり映えのない退屈な日々をともに過ごしてきただけなのに、なぜ、愛が生まれたと言えるのだろう。

 レオナだって、セリオスが嫌いなわけではない。むしろ、雄々しく美しい彼には心惹かれている。それを愛だと言っていいのかわからないだけで。

「あまり、困るな。情けなくなる」

 セリオスをじっと見つめていると、彼は頼りなげに眉をさげ、もう眠れ、というように、レオナのまぶたに手のひらをかざした。
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