砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

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 魔石を山ほど手に入れて、満足げに戻ってきたレイヴンは、ルドアースとベリウスの馬の背にそれらを積むと、ひと握りを自身の腰につけた革袋の中へ入れた。

 セリオスを先頭に、馬たちが洞窟の入り口へ向かって歩き出すと、魔石の入った箱がぎしりと音を立てる。ひどく重たそうだが、馬たちはよく鍛えられているからか、ものともせずに進んでいく。

 最後尾を少し遅れてついてくるレイヴンを振り返り、レオナはセリオスたちの目を盗むようにして彼のもとへ駆け戻り、こっそりと聞いてみた。

「あの……、魔石は何に使うものなのですか?」

 レイヴンはひどく驚いたようにまばたきをした。

「あ、いえ……、なんでもないのです。珍しい魔石とは、どのようなものかと気になったのです」

 何か間違ったことを聞いてしまったのかもしれない。不安になって言い訳すると、レイヴンは革袋の中から赤い魔石を取り出し、手のひらに乗せた。

「簡単に言いますと、魔石は魔物の魔力を宿す鉱物のことです。魔物たちはその命を落とすとき、魔力を含んだ結晶とも言うべき、魔石を残すのですよ」
「それでは、その赤い石には魔物の力が?」
「はい。これは珍しくもない魔石ではありますが、はるか昔、このエルアルム国には今とは比べものにならないほど多くの種類の魔物がいたと言いますから、その種類が豊富なのですよ。中でも、ドラゴンの魔力を秘めた魔石は高値で取引されています」
「ドラゴンは物語の中の魔獣だとばかり」
「ドラゴンは絶滅したと言われてますが、人の手が入らない大陸にはまだいるかもしれませんね。さて、最初のお尋ねですが」

 レイヴンはそれた話を戻すと、おかしそうに目を細めた。

「あなたは本当に魔法使いなのですか?」
「え……」
「魔石を知らない魔法使いを私は知りません。魔法を使うには、必ず魔石に宿る力を必要としますから、魔石が何か知らない魔法使いがいたとしたら、それは神に近い存在なのではないでしょうか」
「神……、そんなはずはありません。私はただ……知識がないだけです」
「それはそうかもしれませんね。しかし……」

 レイヴンがさらに何か言いかけたとき、前方からセリオスの声がする。

「レイヴン、さあ案内してくれ。日が沈む前に渓谷を越えたい」
「渓谷を越えるのは難しいかもしれませんよ」

 レイヴンはそう声を張り上げたあと、レオナに向かって、「あなたの主は人づかいが荒いですね」と苦笑してみせ、洞窟の入り口に立つセリオスの方へと駆けていった。

 手のひらの上に炎を灯したレイヴンが洞窟の中へ入っていくと、イリスの手綱を引いて、レオナもセリオスのもとへと戻る。

 洞窟の中は暗かったが、レイヴンのおかげで幾分か周囲が見渡せた。岩肌のところどころは、鉱石だろうか、キラキラと輝いていて、綺麗ですらある。魔物が住む場所とは思えない。レオナはほんの少し気を緩めながら、セリオスのそばに寄り添う。

「あいつとこそこそ何を話していたんだ?」

 どれほどか進んだところで、セリオスが前方を歩くレイヴンの背をにらみながらそう言う。セリオスはまだレイヴンを信用していないのだろう。好奇心で気安く話しかけたりしたから、気を害したのかもしれない。

「あの……、魔石を見せてもらっていました。珍しい魔石がどのようなものか見てみたかったのです」
「おまえの持つ魔石ほど珍しいものはないだろう。何を見ても、ただの石ころだ。気にする必要はない」
「え……」

 私の持つ魔石……? と、レオナは目を丸くする。いったい、何の話をしているのだろう。

「あの……」

 前方へ目を移すセリオスに声をかけようとしたとき、彼は剣の柄をつかむと、かまえの姿勢をとった。

「何……」
「静かに」

 セリオスがレオナを後ろ手に回す。ルドアースもベリウスも剣を抜いた。レイヴンまでもが、身をかがめたとき、洞窟内にいくつもの足音が響き渡る。

 レオナは身をすくませる。足音とともに聞こえてきたのは、「グワーッ」「クワックワワッ」という、何重にも重なる聞いたことのない異音だった。

「ゴブリンだな。レイヴンを襲ったやつらか」

 セリオスがそう言うと、レイヴンはにやりとする。

「逃げるときにずいぶん倒したつもりだったんですけどね。今度こそ、一匹残らず根絶やしにしてやりましょう」

 レイヴンが両手を掲げ、前方でうごめく黒い塊に向かって火を放つ。「ギャワーッ」という悲鳴とともに、黒い塊が散った。塊だと思ったのは、ゴブリンだったようだ。散り散りになったゴブリンがこちらを取り囲むようにして走ってくる。その動きは人とは違う奇妙なもので、レオナの足はすくみ上がった。

「ベリウスはレオナのそばへっ! ルドアースは左から行けっ!」
「はっ!」

 右手を走っていくセリオスを見失なうと同時に、ルドアースの短い息が左側をすり抜けていく。

「レオナ様、後ろへ」
「ベリウス卿……」
「大丈夫ですよ。ゴブリンは脅威ではありません」

 レオナはベリウスの後ろに回り込む。真っ暗で何も見えない闇の中で、時折、レイヴンの放つ光がゴブリンを斬りつけていく剣士の姿を照らし出す。

 いくら倒してもあふれてくる魔物の大群に、レオナの呼吸が乱れる。そのとき、ルドアースの横をすり抜けたゴブリンが見えた。ニタニタ笑うように「ギヒッ」と声を漏らしたゴブリンがこちらへ向かってくる。身の丈は子どもほどだが、赤い目と鋭い牙を持つその姿は、この世のものとは思えない異形の生き物だった。

「ベ、ベリウス……」
「目を閉じていてくださいよ」

 ベリウスがそう言ったのと同時にゴブリンが飛び上がり、レオナは目をつむった。ズサッという肉を斬る鈍い音がしたかと思うと、レオナの身体が急に持ち上がる。まぶたをあげると、自身の身体は宙を舞い、イリスの背に投げ込まれていた。

「ベリウス卿っ」
「イリスっ! 頼むぞっ」

 ベリウスは叫びながら、こちらへ向かってくるゴブリンを斬りつけていく。その素早さに目を見張っていると、前方からセリオスが走ってくるのが見えた。

「団長っ!」
「任せておけ」

 セリオスの振り上げた剣の切先が、ベリウスの背後を狙うゴブリンを真っ二つにする。レオナは吸った息を吐ききれず、あまりの苦しさに手をつこうとしたが、その手はイリスの背を滑り、身体が揺らいだ。

 あ……、落ちるっ。

 イリスはいななくと、レオナを落とさまいと首をよじってもがいた。しかし、レオナの視界はぐるりと回り、冷たい空気がほおを切る。

 もうだめ……。地面が近づいてくる感覚に、硬直した身体はもうなすすべがない。

「ルドアースっ、レオナを!」

 セリオスの怒号とともに、「レオナ様っ!」と叫ぶルドアースの、手を伸ばしながらこちらへ走り寄ってくる姿が見えたのを最後に、レオナの意識は遠のいた。
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