砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

21

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「レイヴンは見たことがないのですか?」
「はい。ですから、楽園へ行きたいのです。その魔石が手に入れば、私の魔力もより高い力を得るでしょう」
「魔法使いのあこがれのようなものなのですね」

 レオナの心は高揚した。

「まさしく。レオナさんにとっても悪くない話だと思いますよ」
「私にも? では、その魔石があれば、私にもレイヴンのような魔法が使えるようになるというのですか?」

 フリントが言っていた。鍛練を重ねれば、レオナにも属性魔法が習得できると。

「ステラサンクタは究極の回復魔法の使い手として知られてはいますが、すべての属性魔法が使えるでしょう」
「フィリス教皇のように、ですね?」
「そうです。よければ、広場へ行きますか? 銅像が見られますよ」
「はい。行きたいです」

 レオナが素直にうなずくと、レイヴンは柔らかな笑顔を見せて足を踏み出す。レオナはあわてて後ろをついていく。

 ベリウスに止められるかと心配したが、彼は黙って少し離れた場所からついてきていた。レオナの身に危険がなければ、自由にさせていい。セリオスからそう命じられているようだった。

 広場へ着くと、フィリス教皇の銅像はすぐに見つかった。中央にある噴水の北側にあり、南を向いて立っている。

「フィリス教皇は楽園のある方角を向いていると言われています。あの目線のはるか先に、ユーラスがあるのです」

 レイヴンは見えるはずのない楽園を眺め見るように目を細める。もし、15年前の戦争がなければ、レイヴンは今ごろ、開かれた楽園で魔石を目にしていたのだろう。

 レオナも胸をはせる。楽園へ行けば、墓に祀られている両親に会える。レイヴンの話が本当ならば、ステラサンクタである自分なら楽園へ入ることができるのだから。

 フィリス教皇の銅像をあらためて見上げた。慈愛に満ちる優しい顔立ちに、威厳のある鋭い瞳。左手には杖を持ち、身体に沿うように伸ばされた右手には、いくつかの指輪がはめられている。

 そのとき、雲間から太陽の光が漏れ、広場へと差し込む。その光が筋となってひとつの指輪に注がれる。レオナはハッと息をのむ。まるで、レオナに気づかせようとした神のいたずらかのように鮮明に浮かび上がるその指輪は、母の形見の指輪と瓜二つの形をしていた。

「ステラサンクタは本当に存在するの?」

 レオナは突如聞こえた女の声に驚いて顔をあげた。いつのまにか、見知らぬ若い男女が真横に立っている。彼らは教皇の銅像を指差しながら話をしていた。

「俺たちが子どものころは、ステラサンクタもリーヴァの街をよく訪れていたらしいよ」
「そうなの?」
「君はリーヴァ出身じゃなかったね。これは嘘のようで本当の話だよ。銀色の髪に色素の薄い瞳。その姿は神のようであり、天使のようである。王都の貴族がこぞって、その美しいステラサンクタを欲しがったと言われてる」
「じゃあ、王族や貴族にもステラサンクタがいるの?」
「いや、それはいないらしい」

 男はしぶい顔をして、すぐに否定する。

「どうして? この世のものとは思えない美しい人たちと、貴族が結婚しないなんてあるの?」
「由緒正しい家柄の貴族ならば当然、跡取りを欲しがるだろう?」
「それが何なの?」
「ステラサンクタは人種が違うとも言われているね。たぐいまれなる能力に恵まれている分、繊細で環境の変化に弱く、繁栄できない希少種なんだ。楽園以外での生活に耐えることはできずに短命で、子どもも授からない。ステラサンクタがステラサンクタとの結婚しか許されていない理由のひとつがこれだと言われてるんだよ」
「短命だなんて、かわいそうよ」
「楽園でなら長生きできるし、子どもも授かれる。だから、かわいそうではないんだ」
「でも、貴族と恋しても報われないってことでしょ?」
「ああ、そうだね。でも彼らはそれをわかっていて、儚い恋を楽しんだんじゃないかな?」
「それでもやっぱり、かわいそうよ。短命でもいいから、好きな人と一緒にいたいわ、私なら」
「君は優しいね。リーヴァの民はステラサンクタを愛している。どんな形であれ、彼らが人生を謳歌し、楽園で長く生きながらえてくれているなら、それが彼らの幸せだと信じているんだよ」

 女はやはり、納得できないような顔をしていたが、男が肩を抱いて歩き出すと、すぐに笑顔になって花屋を指差した。すぐにステラサンクタからは興味を失ったようだ。女にとってはその程度の存在でしかないステラサンクタだが、そんな彼女でさえあわれむ存在なのだと、レオナの胸はちくりと痛む。

 ステラサンクタは環境の変化に弱く短命で、楽園以外の場所にいる限り、子どもを授かることはできない。それは、レオナにとって衝撃だった。

 だから、父であるベネットは、レオナを屋敷から出さなかったのだろうか。だから、セリオスなら結婚させてもいいと思っていたのに縁談を実現させる気がなかったのか。

 セシェ島に渡り、セリオスからレオナとの結婚を許可するよう言われたとき、跡取りを授かることができないレオナを王家へ嫁がせることを、ベネットはどう思っただろうか。裁可をくだしたのは、王位継承権を剥奪されているセリオスならば、跡取りがいなくてもかまわないと考えたのだろうか。

 レオナは苦しくなる胸をつかんだ。短命でもいいから、セリオスと一緒に生きていたい。しかし、セリオスは子どもを欲しがっていた。彼の子どもを授かれないと知ったら、彼はどれほど絶望するだろう。
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