砂色のステラ

水城ひさぎ

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旅路編

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 二階の窓から外を覗くと、月明かりを浴びるフィリス教皇の銅像が見えた。威厳のある横顔が見つめる先を眺めたあと、レオナは右手の薬指にはまる指輪へ目を落とす。

 七色に光る石のついた指輪は、母エレノアの形見。養父であるベネット公爵は言っていた。珍しい宝石だから、興味を持つ者が出てくるだろう。楽園とのつながりを不用意に詮索されないためにも、指輪をひけらかしてはいけないと。

「レオナ、まだ起きていたのか。ずいぶんはしゃぎ回っていたようだが、まだ足りないのか?」

 からかいながら部屋に入ってきたセリオスは、窓を覗くとじろじろと辺りを見まわす。安易に外を見ていてはいけなかったのだろう。彼は人目を遮るようにベルベットのカーテンをおろす。

「はしゃいでいたつもりは……」

 ステラサンクタに関するうわさ話に落ち込むレオナを見たレイヴンは、事情をよく飲み込めていないベリウスを巻き込み、いくつもの店にレオナを連れていった。

 ベリウスは旅の無事を祈る白いリボンを、レイヴンは彼の瞳の色のように青い魔石の入ったペンダントをレオナにプレゼントした。彼らの気づかいにレオナの胸は温かくなったが、セリオスの耳には遊び回っていたように伝えられたのだろう。

「明日は俺もレオナに何か贈ろう。夫より先にほかの男が贈り物をするとは、ベリウスも気がきかぬ」

 やや不服そうにセリオスは言い、テーブルの上に置かれた白いリボンを眺めたあと、レオナの握りしめる青のペンダントに視線を移す。

「それは?」
「レイヴンがくださいました」
「そうではなくて、それは何の石だ?」

 レオナは親指の爪ほどの大きさの魔石をそっとなでる。

「フリントさんが見せてくれたような水魔法を使ってみたいと言ったら、レイヴンがこの魔石を選んでくれたのです」
「では、いらないだろう」

 セリオスはそっけなく言い、レオナからペンダントを取り上げるとテーブルの上へ乱暴に置く。

「何か……お気にさわることをしましたか?」

 セリオスはレイヴンと親しくするのをよく思っていない。しかし、レイヴンは励ましのためにくれただけだ。レオナは自身が魔法を使えないことを理解していたが、希望を持つことすら許されないと言われたようで悲しくなる。

「そうではない。おまえにはもっとも珍しい魔石があるではないか。こんなガラクタ程度の魔石、何の役にも立たないだろう」
「以前にもそうおっしゃってましたが、私はそのようなものを持っておりません」

 セリオスは何か勘違いしているのだ。否定すると、彼は眉間にしわを寄せて、レオナの右手をつかんだ。

「おまえはなぜ、魔法が使えない?」

 それは予期しない問いかけだった。レオナはハッと息を飲み、セリオスを見上げる。うそをついたら、すぐに見抜かれてしまうだろう。そう思わせる瞳の鋭さに、レオナはおびえる。

「な、なぜ……そのようなことを……」
「レイヴンを助けなかったときから気になっていた。あのときのおまえは、ためらうというより、助けられないように見えた」

 モンリス山を越える前からセリオスはレオナの魔力を疑っていた。だから、レイヴンを雇いたいと言ったのだろうか。あのときから、セリオスを失望させていたなんてまったく知らなかった。

「魔力がなくなるなんて、知らなかったのです……」

 とうとう、レオナは吐露した。のどに何かがつかえたように苦しく、じわりと手のひらに汗が浮かぶが、眉をひそめたまま黙っているセリオスの視線に耐えきれず、一気に吐き出す。

「どうか……どうか、このことはセリオス様の胸の中だけに留めておいてはくださいませんか。お父さまも何も知らないのです。バルター殿下やセリオス様を謀っていた罪は、私だけのものなのです」
「では、バルターの申し出を拒否したのは、蘇生魔法など最初から使えなかったからか? いや、そんなはずはない。おまえは……」
「私を……」

 レオナはセリオスの手をふり払うと、祈るように胸の前で指を組み合わせた。

「私を、リーヴァに捨て置いてください」
「何を言う……」
「私がセリオス様と結婚したことは、一部の者しか知らないことと聞いています。今なら離縁しても、セリオス様は笑いものにならないでしょう」
「何を言っている。俺がなぜ、笑いものになるというのだ」
「蘇生魔法の使えないステラサンクタに、どんな価値がありますか?」
「レオナ……」

 レオナは震える手で顔を覆う。ぽろぽろと涙が落ちて、指の隙間から見えるセリオスの頼りない顔がにじんで見えなくなる。

「私は……私がいるべき場所に行きたいのです」
「なんだ、その場所というのは。おまえがいるべきは……」
「私は楽園へ行きたいのです」

 セリオスの言葉を遮って、レオナは吐き出す。

 ステラサンクタにまつわる逸話を聞いたときから、レオナの胸にはその思いが浮かんでいた。ステラサンクタは楽園でしか幸福になれない。それは、レイヴンの言う通りだったと今なら思うのだ。

「なぜ、楽園に行きたいなどと……」
「私を産み育ててくれた両親に会いたいのです。お父さまには、私はモンリス山で命を落としたとお伝えください。お父さまは納得してくださるはずです。ステラサンクタは過酷な環境では生きられないとわかっておいでですから」
「そんな理由で、ロデリックが納得するはずがないだろうっ。なぜ、そのような愚かなことを言うのだ。楽園に行っても、おまえは両親には会えない。戦争でその命を落としたことを知らないわけではないだろう」
「お墓があるはずです。私は誰とも結婚することなく、両親に祈りを捧げながら生きていきます」

 セリオスを愛している。だからこそ、離れなければいけない。彼の子どもを産むこともできず、彼と人生を長く歩めるわけでもないのだから。

「そんな話をしてるのではないっ」

 セリオスは怒りをにじませて叫び、レオナの肩をつかむと、真剣な表情で目をのぞき込む。

「いつから魔力がないのだ?」
「……5年……ぐらい前だと記憶しています」
「5年か……」

 セリオスは思案げに黙り込み、レオナの右手に目をとめると、その指にはまる指輪に触れた。

「これは、いつから持っているのだ?」
「母が私をベネット公爵に託すとき、一緒に渡したものだと聞いています」
「では、かなり古いものなのだな。先の戦争で、ロデリックは星魔石せいませきを持ち帰ったのではなかったのか」
「星魔石とは、なんでしょうか」

 不安げに尋ねると、セリオスはあきれた顔をし、ため息をつくとレオナを抱きあげる。

「何をなさるのですか……」
「おまえが馬鹿な考えを起こさぬよう、話してやらないといけないことがある」

 セリオスはベッドに腰かけると、レオナをひざの上に抱き、指輪をはずし取る。そして、そこについた宝石を部屋の灯りに透かしてはのぞき込み、小さく息をつく。

「ダムハート王家の宝物には星魔石があり、俺は一度だけそれを見たことがある。星魔石はまばゆいほどに七色に輝く魔石だ。これが星魔石であることは間違いないが、輝きが弱い」
「弱いのですか?」

 セリオスはレイヴンがくれたペンダントを引き寄せると、ふたつの魔石を見比べる。

「見てみろ、星魔石のきらめきは美しいが、青い魔石の方がよほど輝いているようには見えないか?」

 レオナは指輪をのぞき込む。言われてみれば、青い魔石は中から力がみなぎってくるような強い輝きがある。それに比べ、星魔石は光を浴びてキラキラと光っているだけに見える。

「星魔石はステラサンクタの魔力の源と言われているものだが、ほかの魔石同様、使ううちにその効力を失うのだろうな。おそらく、この星魔石の力は枯渇しているのだろう」
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