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リーヴァ編
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豪邸の大扉がゆっくりと開くと、威厳を漂わせた長身の紳士が姿を現した。彼がこの屋敷の主人であるミラージュ侯爵だろう。そのかたわらには、金髪を美しくまとめた品のある女性がいる。どこかオリビアに似た佇まいに目を奪われながら、レオナはさらに後ろへと目を移す。そこには、執事をはじめとした数十人の使用人たちが、整然と列をなして控えている。その壮大な歓迎ぶりに、レオナは息をのんだ。そしてすぐに、それがセリオスに対する敬意なのだと知ったのは、長身の紳士のあいさつによってだった。
「ようこそ、お越しくださいました。お初にお目にかかります、レオナ妃殿下。アンドレア・ミラージュと申します。こちらは妻のヴィオラでございます」
アンドレア侯爵は深くお辞儀をし、レオナを妃殿下と呼んだ。それは、セリオスとともに生きるレオナを、彼が認める行為。公爵令嬢として生きてきたころには味わったことのない責任を感じたレオナは、緊張で乱れる息を整えると、ドレスのすそをつまみ、セリオスに恥をかかせまいと優雅にお辞儀を返す。
「アンドレア侯爵、ヴィオラ夫人、お目にかかれて大変光栄です。私はレオナ・ダムハート。王子セリオスの妻として参りました」
顔をあげると、アンドレアは感心するような息をつく。
「いやはや、ロデリック殿はよくぞ、ここまでご立派にお育てになった。母親によく似た面影は、幼いころとお変わりはありませんね」
「お母さまをご存知なのですか?」
「ええ、もちろんです」
アンドレアが夫人と目を合わせ、そっとほほえむと、ヴィオラが口を開く。
「レオナ妃殿下がお生まれになるずっと前は、ここリーヴァにはステラサンクタがたびたびやってきていたのですよ」
「その中にお母さまもいたのですね」
「ええ。エレノアさんはとびきり美しく、リーヴァだけでなく、王都でも評判になるほどでした。王族たちはこぞって交際を申し込んだと言います。やはり、殿下がレオナ妃殿下を放っておくはずはございませんでしたね」
茶化すようにヴィオラが目を細めてセリオスを見上げるから、彼は苦笑いをする。家臣とはいえ、小さなころから知る間柄で、セリオスも頭があがらないようだ。
「ミラージュ侯、そろそろ中へ案内してくれないか。俺たちは結婚の報告に来たのではないからな」
「それは失礼いたしました」
と、アンドレアは笑顔でセリオスの小言を受け流し、レオナに向き直る。
「妃殿下、王族になるステラサンクタは今までにないこと。このことが知れ渡れば、領民はとても喜ぶでしょう。ご成婚が発表されましたら、改めて祝福を申し上げます」
「あ、ありがとうございます」
胸に手をあてて礼を言ったとき、扉の外が騒がしくなる。セリオスは「アメリアたちが来たな」とつぶやき、扉へ向かう。レオナが彼のあとを追って外へ出ると、西の方からひずめの音が聞こえてくる。
そちらを見やると、西の空にフォルフェス騎士団の旗がはためき、金色の不死鳥が舞っていた。意気揚々と先頭を進むルドアースの後ろには、不死鳥の旗を背負い、豪華な馬車を守るように寄り添う騎士たちの姿がある。
「リーヴァへ向けて出発したフォルフェスの騎士たちが、途中、ストークス伯爵と合流しました」
隣へやってきたオリビアがそう声をかけてくる。
「そうだったのですね」
ルドアースも、レオナがセリオスと過ごしているうちに迎えに行っていたのだ。そうとは知らず、朝昼となくセリオスの甘えを許す生活を楽しんでいたなんて恥ずかしい。
では、ベリウスやフリントはどうしたのだろう。彼らの姿もこのところ見ていなかった。探そうと、車列へ目を向けるうちに彼らの馬車が屋敷の前に到着する。
「あの方が……、ルカ様?」
侯爵邸の前へ乗り付ける馬車の窓には、耳を澄ましているかのように静かにたたずむ幼い少年の姿があった。金に近い薄茶色の髪に、透明感のある茶色の瞳を持ち、7歳とは思えない聡明な落ち着き。その姿にレオナが驚いていると、黒髪の女性が横から顔を出し、少年に何か話しかける。
「はい、ルカ様とアメリア夫人です」
レオナのつぶやきに、オリビアが小さな声で答える。
少年に笑顔を向ける彼女が、セリオスの妹であり、伯爵夫人のアメリアのようだ。そして、馬車から降りてきた茶髪の紳士が、アラン・ストークス伯爵だろう。彼はふたりに手を差し伸べて馬車からおろすと、ほがらかな笑顔で歩み寄ってくる。
「久しぶりだね、セリオス殿下。元気そうな顔が見れて安心したよ」
「アランこそ、変わりなく。アメリアのわがままに付き合っていると、老いるひまもないようだ」
握手を求めるアランの手を握り返し、セリオスが冗談とは思えないような口調で言うと、アランは苦笑し、その隣でアメリアは優雅にほほえんだ。彼女のその表情は柔らかくて美しいが、瞳には鋭さがある。王族として生きてきた彼女だからこその、聡明で不穏な雰囲気。レオナはこんな表情が少し苦手だ。
セリオスだって、いまだに何を考えているかわからないところがある。それは、彼がレオナよりもはるかにたくさんのことを知っていて、そのほとんどを意図的に隠していると感じるからだ。
気が休まらない雰囲気と、アメリアの底知れない黒い瞳がバルターと重なり、レオナは無意識に身を縮ませた。アメリアも旅の疲れか、レオナの緊張を感じ取ったのか、あいさつ程度の会話をすませると、ルカの青白い顔をのぞき込む。色白の少年ではあるが、顔色が良くないように見える。旅の疲れが出ているのだろう。
「あなた、ミラージュ侯爵がお待ちよ」
ルカを心配したのだろうが、扉の前でこちらを見ているアンドレアに気づいて、アメリアがアランを促す。
「セリオス殿下、申し訳ない。護衛のお礼は後ほどゆっくりと」
セリオスは無言でうなずくと、一歩身を引き、オリビアに目を移す。
「俺たちも部屋へ戻るとしよう。オリビアはアランたちを頼む」
オリビアは胸に手をあてて頭をさげると、すぐさまアランたちの後ろを追いかけた。
豪邸の大扉がゆっくりと開くと、威厳を漂わせた長身の紳士が姿を現した。彼がこの屋敷の主人であるミラージュ侯爵だろう。そのかたわらには、金髪を美しくまとめた品のある女性がいる。どこかオリビアに似た佇まいに目を奪われながら、レオナはさらに後ろへと目を移す。そこには、執事をはじめとした数十人の使用人たちが、整然と列をなして控えている。その壮大な歓迎ぶりに、レオナは息をのんだ。そしてすぐに、それがセリオスに対する敬意なのだと知ったのは、長身の紳士のあいさつによってだった。
「ようこそ、お越しくださいました。お初にお目にかかります、レオナ妃殿下。アンドレア・ミラージュと申します。こちらは妻のヴィオラでございます」
アンドレア侯爵は深くお辞儀をし、レオナを妃殿下と呼んだ。それは、セリオスとともに生きるレオナを、彼が認める行為。公爵令嬢として生きてきたころには味わったことのない責任を感じたレオナは、緊張で乱れる息を整えると、ドレスのすそをつまみ、セリオスに恥をかかせまいと優雅にお辞儀を返す。
「アンドレア侯爵、ヴィオラ夫人、お目にかかれて大変光栄です。私はレオナ・ダムハート。王子セリオスの妻として参りました」
顔をあげると、アンドレアは感心するような息をつく。
「いやはや、ロデリック殿はよくぞ、ここまでご立派にお育てになった。母親によく似た面影は、幼いころとお変わりはありませんね」
「お母さまをご存知なのですか?」
「ええ、もちろんです」
アンドレアが夫人と目を合わせ、そっとほほえむと、ヴィオラが口を開く。
「レオナ妃殿下がお生まれになるずっと前は、ここリーヴァにはステラサンクタがたびたびやってきていたのですよ」
「その中にお母さまもいたのですね」
「ええ。エレノアさんはとびきり美しく、リーヴァだけでなく、王都でも評判になるほどでした。王族たちはこぞって交際を申し込んだと言います。やはり、殿下がレオナ妃殿下を放っておくはずはございませんでしたね」
茶化すようにヴィオラが目を細めてセリオスを見上げるから、彼は苦笑いをする。家臣とはいえ、小さなころから知る間柄で、セリオスも頭があがらないようだ。
「ミラージュ侯、そろそろ中へ案内してくれないか。俺たちは結婚の報告に来たのではないからな」
「それは失礼いたしました」
と、アンドレアは笑顔でセリオスの小言を受け流し、レオナに向き直る。
「妃殿下、王族になるステラサンクタは今までにないこと。このことが知れ渡れば、領民はとても喜ぶでしょう。ご成婚が発表されましたら、改めて祝福を申し上げます」
「あ、ありがとうございます」
胸に手をあてて礼を言ったとき、扉の外が騒がしくなる。セリオスは「アメリアたちが来たな」とつぶやき、扉へ向かう。レオナが彼のあとを追って外へ出ると、西の方からひずめの音が聞こえてくる。
そちらを見やると、西の空にフォルフェス騎士団の旗がはためき、金色の不死鳥が舞っていた。意気揚々と先頭を進むルドアースの後ろには、不死鳥の旗を背負い、豪華な馬車を守るように寄り添う騎士たちの姿がある。
「リーヴァへ向けて出発したフォルフェスの騎士たちが、途中、ストークス伯爵と合流しました」
隣へやってきたオリビアがそう声をかけてくる。
「そうだったのですね」
ルドアースも、レオナがセリオスと過ごしているうちに迎えに行っていたのだ。そうとは知らず、朝昼となくセリオスの甘えを許す生活を楽しんでいたなんて恥ずかしい。
では、ベリウスやフリントはどうしたのだろう。彼らの姿もこのところ見ていなかった。探そうと、車列へ目を向けるうちに彼らの馬車が屋敷の前に到着する。
「あの方が……、ルカ様?」
侯爵邸の前へ乗り付ける馬車の窓には、耳を澄ましているかのように静かにたたずむ幼い少年の姿があった。金に近い薄茶色の髪に、透明感のある茶色の瞳を持ち、7歳とは思えない聡明な落ち着き。その姿にレオナが驚いていると、黒髪の女性が横から顔を出し、少年に何か話しかける。
「はい、ルカ様とアメリア夫人です」
レオナのつぶやきに、オリビアが小さな声で答える。
少年に笑顔を向ける彼女が、セリオスの妹であり、伯爵夫人のアメリアのようだ。そして、馬車から降りてきた茶髪の紳士が、アラン・ストークス伯爵だろう。彼はふたりに手を差し伸べて馬車からおろすと、ほがらかな笑顔で歩み寄ってくる。
「久しぶりだね、セリオス殿下。元気そうな顔が見れて安心したよ」
「アランこそ、変わりなく。アメリアのわがままに付き合っていると、老いるひまもないようだ」
握手を求めるアランの手を握り返し、セリオスが冗談とは思えないような口調で言うと、アランは苦笑し、その隣でアメリアは優雅にほほえんだ。彼女のその表情は柔らかくて美しいが、瞳には鋭さがある。王族として生きてきた彼女だからこその、聡明で不穏な雰囲気。レオナはこんな表情が少し苦手だ。
セリオスだって、いまだに何を考えているかわからないところがある。それは、彼がレオナよりもはるかにたくさんのことを知っていて、そのほとんどを意図的に隠していると感じるからだ。
気が休まらない雰囲気と、アメリアの底知れない黒い瞳がバルターと重なり、レオナは無意識に身を縮ませた。アメリアも旅の疲れか、レオナの緊張を感じ取ったのか、あいさつ程度の会話をすませると、ルカの青白い顔をのぞき込む。色白の少年ではあるが、顔色が良くないように見える。旅の疲れが出ているのだろう。
「あなた、ミラージュ侯爵がお待ちよ」
ルカを心配したのだろうが、扉の前でこちらを見ているアンドレアに気づいて、アメリアがアランを促す。
「セリオス殿下、申し訳ない。護衛のお礼は後ほどゆっくりと」
セリオスは無言でうなずくと、一歩身を引き、オリビアに目を移す。
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