砂色のステラ

水城ひさぎ

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リーヴァ編

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 二年ぶりの再会とあり、フォルフェス騎士団員たちは皆、セリオスを囲んで食事を楽しんでいた。長旅で疲れているだろうからとミラージュ侯爵が配慮して、立食にしたのがよかったのだろう。アランとルカは簡単に食事を済ませると早々に部屋へさがり、アメリアは侯爵夫妻となごやかに歓談していた。

 レオナはセリオスのそばでワイングラスを片手にたたずんでいたが、騎士団の会話へ入っていけるはずはなく、気にかけてくれるベリウスやオリビアもいない。レイヴンがつかず離れずの距離にいてくれることだけが、唯一の救いだった。

 場がもたず、一人の時間を持て余していると、アメリアが侯爵夫妻から離れ、こちらへ向かってまっすぐ歩いてきた。

 思わず緊張で背筋を伸ばし、手の中のグラスをぎゅっと握りしめる。救いを求めるようにセリオスへ目を向けてしまうと、彼の視線がアメリアを追い、そのままレイヴンへ注がれる。それに気づいたレイヴンが手の届く距離へ移動してきたとき、アメリアが微笑したまま話しかけてきた。

「兄さまの結婚の知らせには驚いたけれど、このような場所でお目にかかれるとは思ってもみなかったわ」

 アメリアはその薄い唇をわずかにあげて、品良くほほえんだ。今まで出会ってきた中で一番と言っていい、美しすぎるぐらい美しい人だ。この人の黒々とした瞳に、みすぼらしい自分はどんなふうに映っているのだろう。

 絶対的な美しさの前でひるみ、レオナはすぐに言葉が出なかった。しかし、アメリアは一向に気にする様子もなく、レオナの周囲をゆっくりと歩き、頭の先から足の先までじっくりと眺めるように移動した。

「氷嶺監獄で、ましてや、ステラサンクタと結婚するなんて、本当に驚いたわ」

 アメリアの視線はいつの間にか、レオナの指輪に注がれている。彼女はステラサンクタが持つ星魔石の指輪の存在を知っているようだ。

「兄さまは国王になることをあきらめたのかしら?」

 それは唐突な質問だった。困惑するレオナを見て、返答は期待できないと悟ったのか、アメリアは質問を変えた。

「古来から、ステラサンクタは争いのもとになると言われているのはご存知ないの?」
「……そんな話があるのですか?」

 レオナはステラサンクタについて何も知らない。楽園に住む、神の力を宿す美しい魔法使い。そんな、神話に出てくるような一族という認識しかなかった。

「ステラサンクタが楽園で暮らすのは、争いが起きないようにするためよ。それなのに、一国の王になるかもしれない兄さまが妻に迎えたと知れたら、全世界の均衡が崩れてしまいかねない」
「そんなに大変な話なのですか?」
「だってそうでしょう? ステラサンクタは蘇生魔法が使えるのよ。兄さまは不死の力を得たも同じ」
「蘇生魔法は……軽々しく使いません。いいえ、使ってはならない禁忌の魔法です」
「知っているわ。しかし、使えることに変わりはない。いつでもその力を行使できる権利を持っているのよ、あなたは。ステラサンクタは慈悲深い生きものだから、愛する人を助けない選択肢を持たないの」

 アメリアはステラサンクタに詳しいようだ。しかし、忘れていることがある。不死の力を得たとはいうが、決してそうはならないだろう。楽園以外で暮らすステラサンクタは短命で、子孫も残せない。セリオスが得た不死の期間はあまりにも短い。

「セリオス様は王位継承権を持っていませんし、ご心配には及ばないと思います」
「……そう。あなたがそう思うなら、そうかもしれないわね」

 言ってもわからない人ね。そんなふうに馬鹿にされたように感じて黙り込むと、アメリアはあきれたようだった。

「私はね、昔から兄さまの考えが理解できないの。監獄生活までして、王子らしくない振る舞い。これからも、そうやって生きていくのでしょうね。もう、兄さまが何をしようと驚かないわ」

 ステラサンクタの力を利用し、ルカを排除し、自らが王位に就く。アメリアがそんな心配をしているなら、間違っている。それをしようとしているのは、バルターの方だ。

「アメリア、あまり俺の妻を困らせないでくれないか」

 騎士団員の間を割って、セリオスはやってくると、アメリアに苦言する。

「心配しているだけよ。うわさには聞いていたけれど、こんなにも純真なステラサンクタなら、王都での暮らしに向いてないわ。ベネット公爵の手に余るなら、楽園に戻してあげるべきよ」
「レオナを知らずに何を言う」
「レオナさんを知らなくても、貴族に嫁いだステラサンクタの末路なら知っているわ。決して、幸せにはなれないわ」

 貴族に嫁いだ……? ステラサンクタはステラサンクタとしか結婚できなかったのではないか。

「それは本当ですか?」

 驚いてレオナが問うと、アメリアはきっぱりと言う。

「ふたり、知っているわ」
「ふたりも……?」

 レオナは目をしばたたかせた。意外だった。ひとりでも驚きなのに、ふたりもいるとは。

「その様子だと、本当に何も知らないのね。なぜ、兄さまと結婚したの。人に欲がある限り、ステラサンクタの力を欲するものは絶えないでしょう。楽園で暮らさなければ、あなたはその欲の危険にずっとさらされ続けるのよ」
「黙れっ」

 眉をひそめていたセリオスが一喝した。びくりと身を震わせるレオナを見て、セリオスはハッと息を飲んだが、まだ何か言おうと口を開くアメリアの腕をつかんだ。

「レオナは俺が守ると決めたのだ。アメリアが口出しすることじゃない」
「守るですって? ステラサンクタとしての平和にあふれた生活を奪っておきながら、ご立派なことだわ」
「楽園でも争いは起きる。次は誰が守るというのだ」
「レオナさんが戻れば、楽園は完璧に閉ざされた土地になる。フィリス教皇はもう二度と楽園の門を開かないでしょう」
「それはアメリアがそう思ってるだけだ」
「そうよ。兄さまがステラサンクタを守れると勝手に思っているのと同じことよ」

 歯ぎしりをするセリオスと、そんな彼を冷ややかな目で見つめるアメリアに、レオナはハラハラと落ち着かなくなった。

 自分も何か言わなくては。守ると言ってくれたセリオスのために、自分ができることを。その決意を。しかし、何も浮かばなくて悔しくて、情けなくてうつむいた。

「レオナ……、おまえは傷つかなくていい」

 セリオスはレオナの腰に腕をまわすと、後ろに控えたレイヴンを振り返る。

「レイヴン、レオナを中庭へ連れていってくれ。部屋でひとりにするわけにもいかない。俺が戻るまで、そこで待て」

 アメリアの目がレイヴンに注がれる。青い瞳を見るなり、何か思う目をした。異国の者だと気づいたのだろう。次は何を言われるかわからない。それでなくても、アメリアに敬意を払わないレイヴンは鼻につくだろう。王都への同行を拒否されるかもしれない。

 フォルフェス騎士団が集まった以上、王都への旅にレイヴンは不要なはずだった。しかし、モンリス山を超えたときの功労者である彼を簡単に切り捨てるような真似をレオナはできないし、セリオスもしないと信じていた。

「それでは、あの……お言葉に甘えて失礼します」

 アメリアの関心が完全にレイヴンへ移る前にレオナは一礼すると、レイヴンとともに客間をあとにした。
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