砂色のステラ

水城ひさぎ

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リーヴァ編

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 セリオスが客間の入り口付近のざわつきに気づいたとき、アメリアはまだレオナの処遇について不満を漏らしていた。

「待て、アメリア。ベリウスの様子がおかしい」

 扉から姿を見せたベリウスの顔色は青く、固い表情をしている。足早にこちらへ向かってくる彼の様子に、アメリアも異変を感じたのだろう、すぐに口を閉ざす。

「団長、失礼します。ただいま、バルター王子殿下が到着いたしました。団長並びにミラージュ侯爵閣下とお会いになりたいとの仰せです」
「ほう、面白い。バルターのやつめ、正面から来たか」

 セリオスが余裕げにうっすら笑む横で、アメリアはサッと顔色を変える。

「ベリウス、ルカはどうしていますか?」
「はい。アラン伯爵閣下の警護にあたっておりますオリビアの話では、ルカ殿はメイドを連れて屋敷内を移動されているとのこと。ただいま、フリントがルカ殿をお探ししております」
「どういうこと? あれほど、ルカを部屋から出してはいけないと言ったのに」

 アメリアは美しい唇を歪ませて、もどかしげに歯噛みする。

「ルカ殿は少々、好奇心が旺盛のようで。閣下が根負けして屋敷から出ないことを条件に外出を許可したようです」
「アランはまた甘やかしたのね……。バルター兄さまはどこ? ルカに会ってはいないでしょうね?」
「ご心配には及びません。殿下は扉の前で待たれています」

 バルターが侯爵邸を訪ねてきたのは予想外だったが、おかげで動向がつかみやすくなった。なんとしてでも、バルターに不穏な計画を実行させることなく、王都まで連れていかなくてはいけない。

「あとは俺に任せろ。バルターはミラージュ侯とともに、俺が出迎えよう。ベリウス、おまえはフリントとともにルカを探せ」
「はっ」

 ベリウスは敬礼すると、すぐに客間を出ていく。侯爵邸は広いが、警備を強化している。ルカの姿を見かけた兵士はたくさんいるだろう。

「ルカはすぐに見つかる。アメリアは部屋で待て」

 そう言い置いて、アメリアから離れようとすると、前に回り込まれる。

「兄さま、私もバルター兄さまに会います」
「やめておけ。バルターが狙うは、ルカだけではない」
「私も狙われているというの?」

 アメリアの口調は、半ば信じられないといった様子だった。ふたりは第二王妃の子であり、国王の愛情を平等に受けて育った。兄妹間で殺し合う日が来るとは思ってもなかっただろう。

「おまえはまだ跡継ぎが産める。バルターにとってそれは脅威だ。あれは可能性のすべてを摘みにくるはずだ」
「そんな野心、私の知る兄さまは持っていなかったわ」
「あれはもう昔のバルターではない。王位にしがみつく亡霊だ。……そんなふうにしたのは、俺かもしれないがな」

 セリオスが苦々しく息をつくと、アメリアは複雑そうな目をして黙った。

「俺の監獄行きが決まり、バルターは王位に就く可能性ができた。欲深な大臣たちが取り入り、あれを狂わせたのだろう。弱い弟だ。アメリアのような正義が少しでもあれば、立派な王になれたかもしれないが」
「バルター兄さまが国王になるのは、兄さまは反対なのね」
「あれには荷が重すぎる。エルアルムの未来を思うなら、ルカがいいだろう」
「兄さまは本気でそう思ってるの?」

 本気かと言われれば、セリオスは迷う。ルカはまだ7歳だ。いくら聡明な彼でも、国王としての重圧に耐えられるかわからない。しかし、ルカには希望がある。セリオスはそこに賭けている。

「楽園ユーラスでの戦争以降、エルアルムは平和が続いている。いずれ、王政を必要としない時代が来る。そのとき民は、ルカのような慈悲深さを持つ君主を欲するようになるであろう」
「強い王はいらなくなるというの?」
「強いだけの王はな。少なくとも、バルターは国を乱すことはあっても、平穏を保つことはできない」
「バルター兄さまが王位に就けば、乱世が来ると兄さまは思っているのね」
「俺にとっての父王は愚かだったが、民にとっては賢王だ。バルターでは無理だとした判断は間違っていないであろう」

 憎らしい父ではあったが、同時に有能な王であった。それはセリオスも認めないわけにはいかなかった。

「だからって、まだ7歳のルカを指名したことに私は納得してないわ」
「だから、アメリアを後見人に選んだのだ。アランは気苦労が絶えないだろう。わずかに同情する」
「誰のせいだと思ってるの」
「わかっている。おまえは一生、俺を憎むがよい」
「憎んでもどうにもならない。兄さまは勝手すぎるわ」

 セリオスは乾いた笑いを吐くと、扉へ向かう侯爵の姿を見つけた。

「不毛な話はここまでだ」

 不満そうなアメリアを残し、バルターの到着を聞きつけたアンドレアに追いつくと、騎士によって扉は開かれる。

 扉の前で、バルターは不機嫌を隠す様子もなく立っていた。アンドレアには形ばかりの敬意を示し、すぐにセリオスとふたりで話がしたいと申し出た。アンドレアは穏やかな表情の中に不快を漂わせたが、セリオスに応接室を使うよう許可した。

 使用人に案内されて応接室に入ったバルターは、ソファーにどかりと座ると、横柄に足を組んだ。

 いつもバルターは歳の近い兄に対抗して、自らを大きく見せようとする。幼いころはそんな姿にも可愛げがあったが、久々に見るふてぶてしい態度は、罪人だった兄を見下すようであり、たもとを分かつ決意をしたのだとセリオスは感じた。

 しかし、バルターが変わろうとも、セリオスは下手に出る気はなかった。これまでそうしてきたように、やるべきことをやるだけだ。弟が悪の道に進むなら、それを断罪するのもいとわない。セリオスは静かに目を細め、いら立つバルターの向かいに腰を下ろし、労をねぎらう。

「長旅、ご苦労だったな。アランたちはフォルフェス騎士団が責任を持って王都へ連れていく。そう決めたときには、おまえは王都を出たあとだった。無駄足を踏ませたな」
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