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リーヴァ編
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寝室の扉が静かに閉まる音がする。炎が揺れる暖炉の前で本を読んでいたレオナは、部屋へ入ってきたセリオスに気づくと椅子から立ち上がる。
「話し合いは済んだのですか?」
バルターの到着により、警備体制の見直しをすると言って出ていったのは、二時間ほど前だった。
「ああ。ルカには手が焼ける。危険だからフリントと行動しろと言ったら、侯爵邸でどんな危険があるのかと質問攻めだ……」
疲れ果てたセリオスを見るのは珍しい。率直に物事と向き合うルカが遠慮なく質問をぶつける姿は容易に想像できて、レオナはくすりと笑ってしまう。
「だから、メイドとふたりで屋敷の中を見て回っていたのですね?」
「フリントが来るまで待っていろと言ったのに、勝手にメイドを連れて部屋を出たらしい。詳しい事情を話すわけにもいかず、納得する様子はなかったな。今ごろは、アメリアの説教を受けているだろう」
「そうなのですね。明日もまたこちらへ来たいと言ってましたけれど」
「ずいぶん、レオナが気に入ったようだ。ステラサンクタが万物に好かれるとは本当のことだな」
セリオスは褒めたつもりだろうが、レオナは浮かない顔でまぶたを伏せる。
砂色の髪が肩からすべり落ちる。ルカならば、ステラサンクタが銀色の髪を持つと知っているだろう。自身が彼の目にどのように映っていたのだろうと考えるとますます落ち込んでしまう。
「珍しいだけだと思います」
「それは才能だ。落ち込む必要はない。で、おまえは何を読んでいるのだ?」
セリオスの視線が、レオナの手もとに落ちる。悲しみに深く付き合わない彼の存在に救われ、すぐに気を取り直す。
「ステラサンクタについて書かれた本です。ミラージュ殿下が貸してくださいました。ステラサンクタがリーヴァでどのように過ごしていたのか書かれているんです」
「楽園には娯楽がない。ただひたすらに穏やかに暮らすだけの若いステラサンクタは、異国との交流が盛んで珍しいものに溢れるリーヴァにやってきては楽しんでいたと聞く」
「リーヴァは新月ごとにお祭りがあるそうです。お母さまもきっと、そのお祭りに来ていたのですね」
レオナは本を抱きしめて、夢見がちな目をして空を見つめた。エレノアがリーヴァに来ていたのはもうずっと昔のことだが、自身が同じ土地に来ていると思うだけで母を身近に感じ、レオナの胸は踊った。
「レオナは楽園へまだ行きたいか?」
レオナは首をかしげて、本を取り上げるセリオスを見上げる。彼は本をパラパラとめくったあと、テーブルの上に投げ出し、レオナを抱き上げる。
「はい、行きたいです」
ベッドに腰をおろしたセリオスのひざの上で抱かれながら、レオナは笑顔で答える。
「ルカが言っていた。レオナが水魔法を見せてくれたと。魔法を使うためには、何も星魔石でなくてもいいと証明された」
「レイヴンが教えてくれました。もっと勉強をすれば、いろいろな魔法が使えるようになります。星魔石であれば、以前のように蘇生魔法まで……」
「それは使う必要がない」
興奮して話しているところへぴしゃりと言われ、レオナは身をすくめる。
「あ……、はい。使うつもりはありません。でも、星魔石は、一つですべての属性魔法が使える万能石とも呼ばれているそうなんです。あれば、とても便利だと思います」
「レオナを連れてきたのは回復魔法が使えるからではあったが、フォルフェスが集結した今、おまえの魔法は必要ない」
はっきり断言されて、次第にレオナは顔色を曇らせる。
「……私の魔法ではお役に立てないのはわかっています」
「そんな話はしていない。レオナは俺の妻として、穏やかに暮らしていてほしい。魔力など必要ない。ならば、楽園に行く必要はないのではないか」
胸がどくりと音を立て、レオナがハッとセリオスを見上げると、彼はあわれむような目をする。それは、レオナを傷つけるとわかっているからする表情だ。
「楽園に連れていってくれないのですか?」
すがるように問うと、セリオスは目をそらした。
「考えが変わった。蘇生魔法などあるから問題が起きる。使えなければ、バルターに目をつけられることもなかった」
なぜ、急にそんなことを言うのか。レオナの中に焦りが浮かぶ。
「でも、楽園にはお母さまもお父さまもいます。行くのは、星魔石のためだけではありません」
「ならば、今でなくてもいい」
「今でなければ、いつ行くのですか?」
王都へ戻ったあとの生活が、レオナには想像がつかない。いつかいつかと言いながら、セリオスは連れていく気がもうないのではないか。彼は返事をしない。不安ばかりがよぎる。
「バルター王子と何かあったのですか?」
「何もない」
「でも、先ほどのセリオス様は様子がおかしかったです。もしかして、蘇生魔法のことで何かあったのですか?」
セリオスとバルターは話し合いをした。バルターの企みは、王位を譲り受けるルカの暗殺だと思っていたが、違ったのかもしれない。
「バルター王子はまだ国王陛下の蘇生を望んでいますか?」
考えられる可能性を口にしたら、セリオスは沈黙した。それが答えであるかのように。
「まだあきらめていないのですね。あのとき、蘇生魔法が使えていれば、このようなことにはならなかったのでしょうか」
セリオスを悩ませることも、ルカの命が狙われると心配することも。すべてはレオナが魔法を使えなくなったことから始まっている。
「使えたとしても、おまえは使わなかった。結局、同じことだ。王位に就けないのは、バルター自身の問題だ」
「でも、蘇生魔法が使えないとわかったら、バルター王子は別の方法で国王の座を得ようと考えるのではないですか?」
レオナが魔法を使えないとわかれば、バルターは蘇生をあきらめるかもしれない。しかし、王位をあきらめるだろうか。違う方法を模索すると考えるのがあたりまえだ。セリオスだって、バルターは手段を選ばない男だと言っていたではないか。
そしてそれは、当初の懸念につながる。協力しなかった場合、バルターが王位を得る唯一の方法は、ルカを亡きものにすることだけになる……。
レオナはそれを口にしたくなくて黙り込んだ。しかし、セリオスには伝わったのだろう。彼はレオナをベッドに横たわらせ、髪をゆるゆるとなでる。
「バルターは最初からルカを狙っている。レオナにできることはない」
本当にそうだろうか。国王の蘇生を約束すれば、ルカ暗殺の企てを思い直すのではないか。
バルターに会わせてほしい。そう願い出ようとしたが、「今夜はもう休め」とセリオスが手のひらで目もとを塞ぐから、レオナは仕方なくまぶたを落とした。
寝室の扉が静かに閉まる音がする。炎が揺れる暖炉の前で本を読んでいたレオナは、部屋へ入ってきたセリオスに気づくと椅子から立ち上がる。
「話し合いは済んだのですか?」
バルターの到着により、警備体制の見直しをすると言って出ていったのは、二時間ほど前だった。
「ああ。ルカには手が焼ける。危険だからフリントと行動しろと言ったら、侯爵邸でどんな危険があるのかと質問攻めだ……」
疲れ果てたセリオスを見るのは珍しい。率直に物事と向き合うルカが遠慮なく質問をぶつける姿は容易に想像できて、レオナはくすりと笑ってしまう。
「だから、メイドとふたりで屋敷の中を見て回っていたのですね?」
「フリントが来るまで待っていろと言ったのに、勝手にメイドを連れて部屋を出たらしい。詳しい事情を話すわけにもいかず、納得する様子はなかったな。今ごろは、アメリアの説教を受けているだろう」
「そうなのですね。明日もまたこちらへ来たいと言ってましたけれど」
「ずいぶん、レオナが気に入ったようだ。ステラサンクタが万物に好かれるとは本当のことだな」
セリオスは褒めたつもりだろうが、レオナは浮かない顔でまぶたを伏せる。
砂色の髪が肩からすべり落ちる。ルカならば、ステラサンクタが銀色の髪を持つと知っているだろう。自身が彼の目にどのように映っていたのだろうと考えるとますます落ち込んでしまう。
「珍しいだけだと思います」
「それは才能だ。落ち込む必要はない。で、おまえは何を読んでいるのだ?」
セリオスの視線が、レオナの手もとに落ちる。悲しみに深く付き合わない彼の存在に救われ、すぐに気を取り直す。
「ステラサンクタについて書かれた本です。ミラージュ殿下が貸してくださいました。ステラサンクタがリーヴァでどのように過ごしていたのか書かれているんです」
「楽園には娯楽がない。ただひたすらに穏やかに暮らすだけの若いステラサンクタは、異国との交流が盛んで珍しいものに溢れるリーヴァにやってきては楽しんでいたと聞く」
「リーヴァは新月ごとにお祭りがあるそうです。お母さまもきっと、そのお祭りに来ていたのですね」
レオナは本を抱きしめて、夢見がちな目をして空を見つめた。エレノアがリーヴァに来ていたのはもうずっと昔のことだが、自身が同じ土地に来ていると思うだけで母を身近に感じ、レオナの胸は踊った。
「レオナは楽園へまだ行きたいか?」
レオナは首をかしげて、本を取り上げるセリオスを見上げる。彼は本をパラパラとめくったあと、テーブルの上に投げ出し、レオナを抱き上げる。
「はい、行きたいです」
ベッドに腰をおろしたセリオスのひざの上で抱かれながら、レオナは笑顔で答える。
「ルカが言っていた。レオナが水魔法を見せてくれたと。魔法を使うためには、何も星魔石でなくてもいいと証明された」
「レイヴンが教えてくれました。もっと勉強をすれば、いろいろな魔法が使えるようになります。星魔石であれば、以前のように蘇生魔法まで……」
「それは使う必要がない」
興奮して話しているところへぴしゃりと言われ、レオナは身をすくめる。
「あ……、はい。使うつもりはありません。でも、星魔石は、一つですべての属性魔法が使える万能石とも呼ばれているそうなんです。あれば、とても便利だと思います」
「レオナを連れてきたのは回復魔法が使えるからではあったが、フォルフェスが集結した今、おまえの魔法は必要ない」
はっきり断言されて、次第にレオナは顔色を曇らせる。
「……私の魔法ではお役に立てないのはわかっています」
「そんな話はしていない。レオナは俺の妻として、穏やかに暮らしていてほしい。魔力など必要ない。ならば、楽園に行く必要はないのではないか」
胸がどくりと音を立て、レオナがハッとセリオスを見上げると、彼はあわれむような目をする。それは、レオナを傷つけるとわかっているからする表情だ。
「楽園に連れていってくれないのですか?」
すがるように問うと、セリオスは目をそらした。
「考えが変わった。蘇生魔法などあるから問題が起きる。使えなければ、バルターに目をつけられることもなかった」
なぜ、急にそんなことを言うのか。レオナの中に焦りが浮かぶ。
「でも、楽園にはお母さまもお父さまもいます。行くのは、星魔石のためだけではありません」
「ならば、今でなくてもいい」
「今でなければ、いつ行くのですか?」
王都へ戻ったあとの生活が、レオナには想像がつかない。いつかいつかと言いながら、セリオスは連れていく気がもうないのではないか。彼は返事をしない。不安ばかりがよぎる。
「バルター王子と何かあったのですか?」
「何もない」
「でも、先ほどのセリオス様は様子がおかしかったです。もしかして、蘇生魔法のことで何かあったのですか?」
セリオスとバルターは話し合いをした。バルターの企みは、王位を譲り受けるルカの暗殺だと思っていたが、違ったのかもしれない。
「バルター王子はまだ国王陛下の蘇生を望んでいますか?」
考えられる可能性を口にしたら、セリオスは沈黙した。それが答えであるかのように。
「まだあきらめていないのですね。あのとき、蘇生魔法が使えていれば、このようなことにはならなかったのでしょうか」
セリオスを悩ませることも、ルカの命が狙われると心配することも。すべてはレオナが魔法を使えなくなったことから始まっている。
「使えたとしても、おまえは使わなかった。結局、同じことだ。王位に就けないのは、バルター自身の問題だ」
「でも、蘇生魔法が使えないとわかったら、バルター王子は別の方法で国王の座を得ようと考えるのではないですか?」
レオナが魔法を使えないとわかれば、バルターは蘇生をあきらめるかもしれない。しかし、王位をあきらめるだろうか。違う方法を模索すると考えるのがあたりまえだ。セリオスだって、バルターは手段を選ばない男だと言っていたではないか。
そしてそれは、当初の懸念につながる。協力しなかった場合、バルターが王位を得る唯一の方法は、ルカを亡きものにすることだけになる……。
レオナはそれを口にしたくなくて黙り込んだ。しかし、セリオスには伝わったのだろう。彼はレオナをベッドに横たわらせ、髪をゆるゆるとなでる。
「バルターは最初からルカを狙っている。レオナにできることはない」
本当にそうだろうか。国王の蘇生を約束すれば、ルカ暗殺の企てを思い直すのではないか。
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