砂色のステラ

水城ひさぎ

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リーヴァ編

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 着替えを手伝ってくれたメイドに礼を言い、レオナは部屋を出た。朝のひんやりとした空気が肌を撫でる。まだ早朝だというのに、廊下に等間隔に並ぶ兵士の数が多い気がする。

 セリオス様はどこに行ったのだろう。

 目覚めたときにはもう、彼はいなかった。足を踏み出そうとしたとき、目の前に影がさす。

「どこへ行くつもりですか?」

 落ち着いた声が聞こえ、驚いて顔をあげると、金の髪の青年が冷静な青い瞳をこちらを向けていた。

「レイヴン、セリオス様を知りませんか?」
「ひとりで出歩いてはいけないですよ」

 やんわりと叱責されて、レオナは肩をすくめる。部屋を出るときはレイヴンを必ず呼ぶようにと、セリオスからは言われていた。

「レイヴンはいつからここにいるのですか?」
「明け方、セリオス殿に呼ばれました」
「そんなに早くから? 寒かったですよね」

 日中は比較的暖かいが、朝晩はまだまだ寒い。ローブから覗く手は白く、冷え切っているのではないかと心配するが、レイヴンはまぶしそうにレオナを見つめるだけだった。まるで、気づかうレオナの存在そのものを、愛おしむように。

「あの、セリオス様はどこへ行かれたのですか?」

 レオナは辺りを見回して問う。

「離れへ行くと言ってましたよ。バルター殿が泊まっているようですね。王都への出発は明日です。話し合っておかなければいけないことがあるのでしょう」
「セリオス様がそう言っていたのですか?」
「はい。戻るまで、レオナさんから離れないように言われました」

 引き続き、警護をゆるめることはできない状況ではあるのだろう。危険人物扱いのバルターが、話し合いだけでおとなしく王都へ一緒に戻ってくれるものだろうか。やっぱり、昨夜のうちにバルターに会わせてもらうべきだった。

「離れはどこにあるのですか? 私も行きたいです」
「なぜですか? バルター殿はレオナさんにとってこころよい相手ではないでしょう」
「それはそうなのですけれど、どうしても会って話したいことがあるのです」
「どのような話ですか?」

 それを告白していいのかどうか迷った。しかし、レイヴンならわかってくれるかもしれない。レオナは意を決して、正直に話す。

「バルター殿下はダムハート国王陛下の蘇生を願っているのです」

 レイヴンは眉をひそめるが、レオナは続けた。

「私は魔力がなくなったと思っていたので、一度は断ったのですが、今は星魔石があれば、蘇生魔法が使えるとわかりました。殿下に、星魔石を手に入れるまで待っていてほしいとお話したいのです」
「国王の蘇生をする気ですか?」

 とがめるような問いに、レオナはそっと首を横に振る。

「蘇生魔法を使う気はありません。生き返らせると約束するだけです」
「そうする必要がありますか?」
「レイヴンには信じられない話かもしれませんが、バルター殿下はルカ様の命を狙っています」

 レイヴンは沈黙した。モンリス山を越えてまでリーヴァを目指した理由。バルターを警戒する理由を、彼の中で繋ぎ合わせているかのようだった。

「……なぜですか?」

 低い声で、レイヴンは深刻に尋ねる。

「ルカ様が次期国王候補だからです。殿下は陛下に恩を売り、次期国王の座を確約させたいのです。ルカ様が無事に王都へ到着し、次代の王として公に認められれば、殿下の野望は叶わないものになります」
「時間稼ぎのために嘘をつくつもりですか?」
「ルカ様を助けるためにはそれしかありません」
「騙されたとわかったら、あの男がレオナさんに何をするかわからないでしょう」

 バルターは『生きて地獄を味わえ』と言ったが、今度こそ殺されるかもしれない。しかし、まだ7歳のルカをどうして守らずにいられるだろう。

 レオナは不安で震える指を組み合わせるが、精一杯の笑顔をレイヴンに見せる。

「そのときは、セリオス様が守ってくださると信じています」

 レイヴンは険しい表情のまま、ふたたび沈黙した。しかし、レオナの揺るがない笑みに根負けしたように息をつき、ゆっくりとまぶたを伏せる。

「……それほどまでにセリオス殿を信頼しているのですね。わかりました。離れへ行きましょう」

 レオナはレイヴンとともに歩き出すが、彼も離れの正確な場所は知らないようだった。どうやら、バルターの居場所は限られた者にしか知らされていないらしい。

 玄関ホールへ出ると、兵士たちが集まり、ひそひそと何やら話し合っている。

「何かあったのでしょうか……?」

 レオナがつぶやいた瞬間、レイヴンは手でそれを遮り、耳をすましている様子で彼らの前を横切る。そして、ホールを抜けて庭園へと出ると、声をひそめる。

「離れで何かあったようです」
「何かって……バルター殿下に?」
「調べてきましょう。どなたかフォルフェスの……」

 レイヴンは辺りを見回し、庭園の奥にある廊下を歩くベリウスの姿を見つけると、薄くほほえむ。

「ちょうどいいところに」

 そう言うやいなや、レイヴンはレオナを連れてベリウスへと駆け寄る。ベリウスは驚いたように目を見開き、すぐに柱の陰へとレオナたちを引き込んだ。

「レオナ様、それにレイヴンも。どうしてここにいるんですか。まずいですよ……」
「離れで問題が起きたと聞きました。レオナさんが心配して、セリオス殿にお会いしたいと」

 レイヴンは半ば口から出まかせを言うが、ベリウスは疑うことなく、困ったように視線を泳がせる。

「団長はいま調査中で、レオナ様にはお会いになれないでしょう。それよりも、部屋を出ては危険です。レイヴン、すぐにレオナ様を……」
「バルター殿下に何かあったんですよね。教えてください。何も知らないでは、場合によってレオナさんを守りきれません」

 ベリウスは一瞬迷うが、すぐに小さく息をつき、早口で話し始める。

「明け方のことです。バルター王子殿下の様子を確認しようと見張りの兵士が部屋をのぞいたところ……もぬけの殻だったそうなんですよ」
「いなくなったというのですか……?」

 レオナが声をあげると、ベリウスは静かに人差し指を唇に当てる。

「見張りの兵士は常時つけていました。殿下が部屋を抜け出せる隙はなかったはずです」
「では、内通者が?」

 レイヴンが冷静に問いかけると、ベリウスは眉を寄せる。

「そういうことになりますね。団長は関係者をひとりひとり調査中です。手引きした者が見つかるまでは、離れから出られないでしょう。バルター殿下がどこに潜んでいるかわかりません。レイヴン、すぐにレオナ様を部屋へ」
「わかりました。レオナさん、戻りましょう」

 レイヴンはすぐに引き下がり、レオナを促す。彼について歩きながら、レオナはそっと問いかける。

「レイヴン、バルター殿下を探しませんか?」
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