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リーヴァ編
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「何を言うんですか。レオナさんの魔力を悪用しようとしている男です。それは危ないですよ」
レイヴンはすぐさま反対した。
ルカを守るための条件を出す。そのために会うだけだと、レイヴンなら理解してくれると思っていた。レオナはショックを受けたが、引き下がる気はなかった。
「レイヴンは私の警護からおりてください」
きっぱりと言うと、レイヴンは眉をひそめ、語気を強める。
「ひとりで探しに行くつもりですか」
「セリオス様はもう、私を楽園に連れていってくれる気はないのです。レイヴンが私とともにいる理由はなくなりました」
「それは本当ですか?」
無謀な賭けに出るため、うそをついているんじゃないか。レイヴンは本気でそう信じているようだった。
「蘇生魔法は、使ってはいけない禁忌の魔法です。使わない魔法のために、わざわざ星魔石を得る必要はないとセリオス様は考えているのです。……いいえ、魔力すら私には必要ないと思っています」
むしろ、魔力があるから面倒に巻き込まれていると思っている。レオナが望むことは、セリオスの迷惑になっているようだった。
「レオナさんは楽園へ行きたいんですよね?」
レイヴンはいたわるように尋ねてくる。
「はい。楽園には両親のお墓があります。……それも、確かなことではないのですが。話に聞く限り、お優しいフィリス教皇が戦争に巻き込まれた両親を弔わないとは思えませんから、お墓はあると思っています」
「15年前のユーラス侵略戦争では、ステラサンクタだけでなく、当時楽園を訪れていた多くの民が巻き込まれたと聞きます。おそらく、教皇は戦争の犠牲者の名を石碑に刻み、失われた命を弔っているでしょう」
「レイヴンもそう思うのですね」
異国にいたレイヴンですら知っている無惨な戦争だった。あのとき、楽園にいた者たちのどれほどが生き残れたのかすらわからない。フィリス教皇があの悲劇を風化させないように、今もなお、犠牲者を弔っているだろうと、レオナも信じている。
「私は楽園へ行かねばなりません。そのためにはレオナさんが必要です」
「私一人では楽園へは行けません。楽園ユーラスはグレイシル領の南にあるといいます。セリオス様なくして10日以上かかる道のりを行くのは無理です」
ストークス伯爵の領土であるグレイシル領は広大で、東西に長く広がっている。大陸の最南端に位置している楽園ユーラスへ行くには、グレイシル領を縦断しなければならないだろう。
「10日もかからないと思いますよ」
やんわりと答えたレイヴンに、レオナは驚いた。
「本当ですか?」
「楽園へはリーヴァからひたすら南下して行くのです。ステラサンクタが気軽にリーヴァへやってきていたのですから、整った道もあるはずです」
それを聞いた瞬間、レオナの脳裏に一冊の本が浮かぶ。
「……そういえば、ミラージュ殿下が貸してくださった本に、ステラサンクタは『ステラの門』という扉をくぐってやってくると書いてありました」
「それは興味深い話ですね」
「といっても、具体的なことが書いてあったのかどうか……。もう一度、あの本を読んでみないと」
「何という名前の本でしたか?」
「たしか、とてもシンプルなタイトルで、『ステラ史』だったと思います。本はまだ部屋にあります」
「わかりました。ステラ史があれば、楽園へふたりで行けるかもしれないということですね」
「ふたりって、私とレイヴンでですか? それは……」
セリオスが許すはずがない。とても無理な話だが、レイヴンの瞳には生き生きとした輝きがあった。
「レオナさんの願いを叶えない夫に付き従う必要はありますか?」
「それはどういう意味ですか?」
レオナは不安になって尋ねた。セリオスはレオナにとって絶対的な保護者だった。付き従うのは当然で、背くことなどできるはずがない。
「レオナさんがセリオス殿といるのは、バルター殿から身を守るためですよね。でしたら、その役目は私にも可能です。私と一緒に楽園へ行きましょう」
「そんな勝手なことはできません。今の私があるのは、セリオス様のおかげです」
「しかし、セリオス殿はレオナさんを自身の思うようにしかなさらない。これから先もずっと、窮屈な思いをしながら生きていくつもりですか?」
わかっているだけに、レイヴンに指摘されると胸は痛む。しかし、レオナは公爵家にやってきたときから……、いや、ステラサンクタとして生まれたときから自由のない生活が決められていた。自由に他国へ旅に来られるレイヴンには理解できないことだろう。
「私は……窮屈なことしか知りませんでした。セリオス様に出会ってからは、自由を得られています」
「私の目には、じゅうぶん、窮屈に見えます。いずれ、私はノクシスへ戻ります。そのときは一緒にノクシスで暮らしませんか? ノクシスはリーヴァのように華やかなところではありませんが、自然豊かで穏やかに暮らせます。レオナさんには王宮での暮らしよりも合っていると思います」
「それは……レイヴンと結婚するという話なのですか?」
エルアルムを離れる選択をするというのは、セリオスと離縁し、別の誰かと結婚するということだ。そうでなければ、ベネット公爵が出国を許すはずがない。
「私はかまいません」
まっすぐな青い瞳が、セリオスの瞳と重なる。レイヴンは誠実で、レオナを陥れたりしないだろう。そう思えたけれど、結婚するとなると話は違う。レオナはひるんだ。
「それは……できません」
たとえ、セリオスが楽園に連れていってくれなくても、レオナは彼から離れられない。いや、離れたくない。
レイヴンの傷ついたような顔を見ていられなくてうつむくと、彼は苦く笑い、小さな息をついた。
「現実的ではありませんね。しかし、たまには夢を見たくなるものです。さあ、バルター殿を探しに行きましょうか」
レオナはパッと顔をあげる。
「……いいのですか?」
「セリオス殿を糾弾しておいて、レオナさんの願いを私が叶えないのは矛盾していますからね。では、ルカ殿に会いに行きましょうか」
迷うことなく歩き出すレイヴンに、レオナはあわてて問いかける。
「ルカ様のところへ行くのですか?」
「バルター殿が狙うのは、ルカ殿なんですよね? 彼の無事がわかれば安心です」
レイヴンはすぐさま反対した。
ルカを守るための条件を出す。そのために会うだけだと、レイヴンなら理解してくれると思っていた。レオナはショックを受けたが、引き下がる気はなかった。
「レイヴンは私の警護からおりてください」
きっぱりと言うと、レイヴンは眉をひそめ、語気を強める。
「ひとりで探しに行くつもりですか」
「セリオス様はもう、私を楽園に連れていってくれる気はないのです。レイヴンが私とともにいる理由はなくなりました」
「それは本当ですか?」
無謀な賭けに出るため、うそをついているんじゃないか。レイヴンは本気でそう信じているようだった。
「蘇生魔法は、使ってはいけない禁忌の魔法です。使わない魔法のために、わざわざ星魔石を得る必要はないとセリオス様は考えているのです。……いいえ、魔力すら私には必要ないと思っています」
むしろ、魔力があるから面倒に巻き込まれていると思っている。レオナが望むことは、セリオスの迷惑になっているようだった。
「レオナさんは楽園へ行きたいんですよね?」
レイヴンはいたわるように尋ねてくる。
「はい。楽園には両親のお墓があります。……それも、確かなことではないのですが。話に聞く限り、お優しいフィリス教皇が戦争に巻き込まれた両親を弔わないとは思えませんから、お墓はあると思っています」
「15年前のユーラス侵略戦争では、ステラサンクタだけでなく、当時楽園を訪れていた多くの民が巻き込まれたと聞きます。おそらく、教皇は戦争の犠牲者の名を石碑に刻み、失われた命を弔っているでしょう」
「レイヴンもそう思うのですね」
異国にいたレイヴンですら知っている無惨な戦争だった。あのとき、楽園にいた者たちのどれほどが生き残れたのかすらわからない。フィリス教皇があの悲劇を風化させないように、今もなお、犠牲者を弔っているだろうと、レオナも信じている。
「私は楽園へ行かねばなりません。そのためにはレオナさんが必要です」
「私一人では楽園へは行けません。楽園ユーラスはグレイシル領の南にあるといいます。セリオス様なくして10日以上かかる道のりを行くのは無理です」
ストークス伯爵の領土であるグレイシル領は広大で、東西に長く広がっている。大陸の最南端に位置している楽園ユーラスへ行くには、グレイシル領を縦断しなければならないだろう。
「10日もかからないと思いますよ」
やんわりと答えたレイヴンに、レオナは驚いた。
「本当ですか?」
「楽園へはリーヴァからひたすら南下して行くのです。ステラサンクタが気軽にリーヴァへやってきていたのですから、整った道もあるはずです」
それを聞いた瞬間、レオナの脳裏に一冊の本が浮かぶ。
「……そういえば、ミラージュ殿下が貸してくださった本に、ステラサンクタは『ステラの門』という扉をくぐってやってくると書いてありました」
「それは興味深い話ですね」
「といっても、具体的なことが書いてあったのかどうか……。もう一度、あの本を読んでみないと」
「何という名前の本でしたか?」
「たしか、とてもシンプルなタイトルで、『ステラ史』だったと思います。本はまだ部屋にあります」
「わかりました。ステラ史があれば、楽園へふたりで行けるかもしれないということですね」
「ふたりって、私とレイヴンでですか? それは……」
セリオスが許すはずがない。とても無理な話だが、レイヴンの瞳には生き生きとした輝きがあった。
「レオナさんの願いを叶えない夫に付き従う必要はありますか?」
「それはどういう意味ですか?」
レオナは不安になって尋ねた。セリオスはレオナにとって絶対的な保護者だった。付き従うのは当然で、背くことなどできるはずがない。
「レオナさんがセリオス殿といるのは、バルター殿から身を守るためですよね。でしたら、その役目は私にも可能です。私と一緒に楽園へ行きましょう」
「そんな勝手なことはできません。今の私があるのは、セリオス様のおかげです」
「しかし、セリオス殿はレオナさんを自身の思うようにしかなさらない。これから先もずっと、窮屈な思いをしながら生きていくつもりですか?」
わかっているだけに、レイヴンに指摘されると胸は痛む。しかし、レオナは公爵家にやってきたときから……、いや、ステラサンクタとして生まれたときから自由のない生活が決められていた。自由に他国へ旅に来られるレイヴンには理解できないことだろう。
「私は……窮屈なことしか知りませんでした。セリオス様に出会ってからは、自由を得られています」
「私の目には、じゅうぶん、窮屈に見えます。いずれ、私はノクシスへ戻ります。そのときは一緒にノクシスで暮らしませんか? ノクシスはリーヴァのように華やかなところではありませんが、自然豊かで穏やかに暮らせます。レオナさんには王宮での暮らしよりも合っていると思います」
「それは……レイヴンと結婚するという話なのですか?」
エルアルムを離れる選択をするというのは、セリオスと離縁し、別の誰かと結婚するということだ。そうでなければ、ベネット公爵が出国を許すはずがない。
「私はかまいません」
まっすぐな青い瞳が、セリオスの瞳と重なる。レイヴンは誠実で、レオナを陥れたりしないだろう。そう思えたけれど、結婚するとなると話は違う。レオナはひるんだ。
「それは……できません」
たとえ、セリオスが楽園に連れていってくれなくても、レオナは彼から離れられない。いや、離れたくない。
レイヴンの傷ついたような顔を見ていられなくてうつむくと、彼は苦く笑い、小さな息をついた。
「現実的ではありませんね。しかし、たまには夢を見たくなるものです。さあ、バルター殿を探しに行きましょうか」
レオナはパッと顔をあげる。
「……いいのですか?」
「セリオス殿を糾弾しておいて、レオナさんの願いを私が叶えないのは矛盾していますからね。では、ルカ殿に会いに行きましょうか」
迷うことなく歩き出すレイヴンに、レオナはあわてて問いかける。
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