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リーヴァ編
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通路の角を曲がり、敬礼するベリウスの前を通り過ぎると、突き当たりにあるバルターの部屋へたどり着く。警備の兵士を下がらせたルドアースがドアを開くと、セリオスは中へ踏み込む。
バルターは椅子に腰かけ、右半身に月明かりを浴びていた。不気味にあがる口角は、以前にも増して陰鬱に見える。
「俺に話があるそうだな。王都へ戻る前に懺悔でもしたくなったか」
この屋敷でバルターが起こしたことは、すでに宰相であるフロストに伝わっている。王都へ戻ったあと、枢密院会議にかけられ、処遇が決まるだろう。
アメリアは重罰を望んでいない。次期国王が公に決定すれば、バルターの目が覚めると期待しているからだ。聡明なアメリアではあるが、バルターへの判断が甘いのは、やはり血のつながる兄だからだろう。
「懺悔? 俺がなぜ。懺悔するならば、あのステラサンクタではないか」
バルターは怒りを秘めた目をする。
「レオナに罪は何もない。過去も未来も永劫に」
「罪がない? あの女は俺の求婚を断った。その意味を兄上がわかっていないとは言わせない」
「レオナは俺の妻だ。断るのは当然」
「陛下の蘇生を拒み、ルカを危険にさらす結果を生もうとか」
「おまえは王にはなれない」
「それはどうかな。ルカが死ねば、フロストであろうとも、俺を次期国王に推挙するであろう」
「まだ言うか。いかなる策略があろうとも、ルカに手は出させん」
「その言葉、すぐに後悔するであろう」
「何か、仕掛けたか?」
セリオスが身構えると、バルターは窓の外へ目を向け、まるで詩をうたうようにささやく。
「そろそろ花が咲く……」
「花?」
眉をひそめるセリオスを、バルターは真正面から悠然と見つめる。
「決行は、夜の花が開くとき。エリスは忠実なメイドだ。アメリアの結婚とともにストークス家へ送り込んでからこの10年、ひたすら俺の命令を守って生きてきた」
「エリス?」
「兄上も疑っていたのではないか? 見張りの兵士に毒を盛ったのはエリスではないかと」
たしかに、あのとき、厨房にいたメイドをすべて調べた。その証言の中に、エリスの姿を見たというものもあった。しかし、エリスを調べることにアメリアが強固に反対した。家族同然のメイドを疑うことは許さない。エリスの潔白は保証する、と。
ルカもエリスによくなつき、ほかのメイドも彼女の有能さには一目を置いていた。バルターに襲われたときは誰もが心配し、彼女もまた謙虚に過ごしていた。無意識下で、問題ないと蓋をした。やはり、徹底的に調べておくべきだった。己の甘さに歯噛みする。
「エリスに何を命じた?」
「言ったではないか。夜花は咲いた。今ごろ、ルカはこの世にはいない」
花が開くのを合図に、ルカ暗殺計画が実行されるようにしていたというのか。セリオスはこぶしを握り、叫ぶ。
「ルドアースッ! ただちにルカを保護しろ!」
「無駄だ、兄上」
ルドアースがかかとをひるがえし、バルターが立ち上がる。そのとき、廊下の奥からフリントがルカを抱えて走ってくる。
「ルカは無事かっ!」
ほっと胸をなでおろすのも束の間、ルカをベリウスに託したフリントが、目の前でひざを折る。
「申し訳ございません。レオナ様がエリス・リスアに捕らえられました。私どもがついていながら、このようなことに」
フリントの苦しげに歪むひたいには汗が浮く。
「レオナが?」
どういうことだ。レオナは部屋にいるはずだ。レイヴンには絶対に目を離さないようにと言いつけた。それなのに、なぜ。
「レオナは無事か?」
「オリビアがそばについております」
「エリスの目的はなんだ」
「バルター王子殿下の解放を要求しております」
「なんだと」
セリオスはバルターを振り返る。それも計算の上か、バルターは余裕たっぷりに笑んでいる。
「バルター、おまえはどこまでも……っ」
つかみかからんばかりに叫ぶと、バルターは冷ややかに目を細める。
「卑怯者……ですか? その地位、その身体、その能力、すべてに恵まれた兄上にはわかるまい。望むものすべてに裏切られてきた俺の気持ちなど」
「だからなんだというのだ。おまえは立派な王にはなれない。あきらめて、罪を償え」
「俺が罪を償う日があるなら、レオナ妃殿下に命はないものとわかっておいでか」
バルターは皮肉まじりに薄ら笑いを浮かべて言う。
道連れにする気か。自身が何かを失うとき、セリオスも大切なものを失うときだと。
「バルター、まだ言うかっ」
「兄上も、一つぐらい大切なものを失うといい。絶望の中に生きる者の気持ちが少しはわかるであろう」
バルターはセリオスに肩を並べる。
「さあ、行こうか。エリスが俺の指示を待っている」
通路の角を曲がり、敬礼するベリウスの前を通り過ぎると、突き当たりにあるバルターの部屋へたどり着く。警備の兵士を下がらせたルドアースがドアを開くと、セリオスは中へ踏み込む。
バルターは椅子に腰かけ、右半身に月明かりを浴びていた。不気味にあがる口角は、以前にも増して陰鬱に見える。
「俺に話があるそうだな。王都へ戻る前に懺悔でもしたくなったか」
この屋敷でバルターが起こしたことは、すでに宰相であるフロストに伝わっている。王都へ戻ったあと、枢密院会議にかけられ、処遇が決まるだろう。
アメリアは重罰を望んでいない。次期国王が公に決定すれば、バルターの目が覚めると期待しているからだ。聡明なアメリアではあるが、バルターへの判断が甘いのは、やはり血のつながる兄だからだろう。
「懺悔? 俺がなぜ。懺悔するならば、あのステラサンクタではないか」
バルターは怒りを秘めた目をする。
「レオナに罪は何もない。過去も未来も永劫に」
「罪がない? あの女は俺の求婚を断った。その意味を兄上がわかっていないとは言わせない」
「レオナは俺の妻だ。断るのは当然」
「陛下の蘇生を拒み、ルカを危険にさらす結果を生もうとか」
「おまえは王にはなれない」
「それはどうかな。ルカが死ねば、フロストであろうとも、俺を次期国王に推挙するであろう」
「まだ言うか。いかなる策略があろうとも、ルカに手は出させん」
「その言葉、すぐに後悔するであろう」
「何か、仕掛けたか?」
セリオスが身構えると、バルターは窓の外へ目を向け、まるで詩をうたうようにささやく。
「そろそろ花が咲く……」
「花?」
眉をひそめるセリオスを、バルターは真正面から悠然と見つめる。
「決行は、夜の花が開くとき。エリスは忠実なメイドだ。アメリアの結婚とともにストークス家へ送り込んでからこの10年、ひたすら俺の命令を守って生きてきた」
「エリス?」
「兄上も疑っていたのではないか? 見張りの兵士に毒を盛ったのはエリスではないかと」
たしかに、あのとき、厨房にいたメイドをすべて調べた。その証言の中に、エリスの姿を見たというものもあった。しかし、エリスを調べることにアメリアが強固に反対した。家族同然のメイドを疑うことは許さない。エリスの潔白は保証する、と。
ルカもエリスによくなつき、ほかのメイドも彼女の有能さには一目を置いていた。バルターに襲われたときは誰もが心配し、彼女もまた謙虚に過ごしていた。無意識下で、問題ないと蓋をした。やはり、徹底的に調べておくべきだった。己の甘さに歯噛みする。
「エリスに何を命じた?」
「言ったではないか。夜花は咲いた。今ごろ、ルカはこの世にはいない」
花が開くのを合図に、ルカ暗殺計画が実行されるようにしていたというのか。セリオスはこぶしを握り、叫ぶ。
「ルドアースッ! ただちにルカを保護しろ!」
「無駄だ、兄上」
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「ルカは無事かっ!」
ほっと胸をなでおろすのも束の間、ルカをベリウスに託したフリントが、目の前でひざを折る。
「申し訳ございません。レオナ様がエリス・リスアに捕らえられました。私どもがついていながら、このようなことに」
フリントの苦しげに歪むひたいには汗が浮く。
「レオナが?」
どういうことだ。レオナは部屋にいるはずだ。レイヴンには絶対に目を離さないようにと言いつけた。それなのに、なぜ。
「レオナは無事か?」
「オリビアがそばについております」
「エリスの目的はなんだ」
「バルター王子殿下の解放を要求しております」
「なんだと」
セリオスはバルターを振り返る。それも計算の上か、バルターは余裕たっぷりに笑んでいる。
「バルター、おまえはどこまでも……っ」
つかみかからんばかりに叫ぶと、バルターは冷ややかに目を細める。
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「俺が罪を償う日があるなら、レオナ妃殿下に命はないものとわかっておいでか」
バルターは皮肉まじりに薄ら笑いを浮かべて言う。
道連れにする気か。自身が何かを失うとき、セリオスも大切なものを失うときだと。
「バルター、まだ言うかっ」
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