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リーヴァ編
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指示を待つ? そうか。エリスに課された使命はルカ暗殺だったはず。だが、ルカは無事だ。ならば、エリスがレオナを人質に取ったのは、バルターの指示をこえた独断か。
「レオナを交換に解放されたとしても、逃げ切れると思うか?」
「王になれないなら、死ぬも同じ」
バルターはセリオスを一瞥するが、その瞳にあきらめはない。
ルカ暗殺計画が成功していたら、エリスにすべての罪を着せるつもりだったのだろう。それが失敗したとなれば、次は何をする気だろうか。
ベリウスにストークス夫妻ならびにルカの護衛を指示すると、セリオスはルドアースとフリントを連れて、バルターとともにレオナがいるという庭園へと向かった。
「団長っ! 申し訳ございません。私がいながら、このようなことに」
たいまつに照らされた庭園に踏み込むと、すぐさまオリビアが駆けてくる。
「ルドアースとともに、バルターを見張れ」
セリオスはそう言い置くと、レオナへ向かって足を踏み出す。なぜこんなことになっているのだ。一歩ずつ近づくたびに、自身の中に怒りが湧いてくる。
レオナは青ざめていた。命が危険にさらされている恐怖か。それとも、怒りに震えるセリオスを恐れてか。
「大丈夫だ。今すぐ、助けてやる」
怒りを鎮めて、冷静に言うと、レオナはその目に希望を浮かばせた。
「エリス、バルター解放はおまえの望みか?」
セリオスはエリスへと視線をずらす。
エリスはレオナ以上に青くなっていた。震える手でナイフをレオナに押しつけたまま、助けを求めるようにバルターを見上げる。指示を待つその目に浮かぶのは、己のしでかした軽率な行為に対する不安だろうか。それとも、バルターへの強烈な恐怖か。
「さあ、俺を解放しろ」
バルターが両手を広げて、前に出る。
「待て、バルター。レオナの解放が先だ」
セリオスが手で制すると、バルターがエリスに命令する。
「エリス、レオナ妃殿下を放せ」
エリスは震えながらナイフを持つ手を下げる。セリオスは腕を下げた。バルターがゆっくりとエリスへ向かって歩き出す。セリオスはなかなか歩き出さないレオナに向かって叫ぶ。
「レオナ、来いっ」
戸惑うレオナは、エリスを気にしながらも、こちらに向かって走ってきた。
月明かりを受ける髪が銀糸のようにきらめいた。ああ、美しい。こんなときですら心奪われる美しい娘だ。もう二度と、危険な目に合わせるものか。そう誓いながら、セリオスもレオナに向かって走り出す。
レオナはすれ違いざまにバルターを見上げた。ひたすらまっすぐ前を見つめるバルターのまなざしは冷たいが、レオナにはまったく興味を示していない。しかし、セリオスがレオナの腕をつかもうとしたそのとき、バルターが突然走り出し、おびえるエリスからナイフを奪うと、怒りに燃えるまなざしで彼女を切りつけた。
「失敗しおって! この役立たずめがっ」
おびえることすらできなくなったエリスは、声もなくくずれ落ちる。地面にうつ伏せに倒れ、ピクピクと震え、うめき声をあげる彼女の乱れた黒髪の隙間から、赤い液体が流れ出てくる。
「エリスさんっ!」
レオナが叫び、駆け寄ろうとする。
「レオナ、行くなっ!」
握りしめた手は空を切った。セリオスは舌打ちをしてレオナを追いかける。しかし、一歩、バルターの方が早かった。
「兄上、あなたの甘さはいつも身近な女を滅ぼす」
バルターはにやりと笑うと、レオナの腰をさらう。そして、セリオスが声をあげる間もなく地を蹴り、一気に身をひるがえすと、レオナを抱えたまま茂みの中へと消えた。
「追えっ! バルターを追えーっ!」
力の限り叫び、セリオスは茂みの中へ飛び込んだ。どこだ。レオナはどこだ。必死に茂みをかき分けると、行く手を冷たい石壁が阻んだ。その向こうで、馬のひづめの乾いた音が聞こえた。
「クソっ!」
セリオスは走り戻ると、エリスに両手をかざし、治癒魔法をほどこすフリントに駆け寄る。
「助かるか?」
「傷は浅いかと」
セリオスはいらいらしながらエリスの回復を待った。ほどなくして目を開けた彼女に、怒鳴りつけるように尋ねる。
「バルターはどこへ向かったっ?」
エリスは唇をかみしめ、首をふる。その目にはみるみるうちに涙がたまっていく。
「言えっ! 言わねば、おまえは生きてはいられないぞっ!」
エリスはそれでも首をふり、両手で顔を覆うとすすり泣いた。そのとき、後ろからルドアースの声がした。
「団長、申し訳ございません。バルター殿下を見失いました」
いつになく消沈するルドアースの後ろに、オリビアも姿を見せる。ふたりをにらみつけたセリオスは、エリスの腕をつかみ、顔から引きはがす。
「はやく言え。バルターはどこだ」
冷ややかなセリオスの声に震えあがるエリスは、地面にうつ伏せてくぐもった声を発する。
「言えません……」
「まだ言うか。レオナに何かあれば、おまえは……」
「私は……私はどうなってもかまいません」
「何……?」
「父と母が、殿下の監視下に置かれています……。私が裏切ったと知れれば、父と母の命はありません」
顔をあげたエリスは小刻みに震えていた。セリオスは顔を歪めると、振り返る。
「ルドアース、すぐにエリス・リスアの両親を保護しろ」
そう命令すると、ふたたび、エリスに目を戻す。
「両親の無事を確認次第、バルターの行方を話せ。おまえに選択肢はもう残されていない」
「レオナを交換に解放されたとしても、逃げ切れると思うか?」
「王になれないなら、死ぬも同じ」
バルターはセリオスを一瞥するが、その瞳にあきらめはない。
ルカ暗殺計画が成功していたら、エリスにすべての罪を着せるつもりだったのだろう。それが失敗したとなれば、次は何をする気だろうか。
ベリウスにストークス夫妻ならびにルカの護衛を指示すると、セリオスはルドアースとフリントを連れて、バルターとともにレオナがいるという庭園へと向かった。
「団長っ! 申し訳ございません。私がいながら、このようなことに」
たいまつに照らされた庭園に踏み込むと、すぐさまオリビアが駆けてくる。
「ルドアースとともに、バルターを見張れ」
セリオスはそう言い置くと、レオナへ向かって足を踏み出す。なぜこんなことになっているのだ。一歩ずつ近づくたびに、自身の中に怒りが湧いてくる。
レオナは青ざめていた。命が危険にさらされている恐怖か。それとも、怒りに震えるセリオスを恐れてか。
「大丈夫だ。今すぐ、助けてやる」
怒りを鎮めて、冷静に言うと、レオナはその目に希望を浮かばせた。
「エリス、バルター解放はおまえの望みか?」
セリオスはエリスへと視線をずらす。
エリスはレオナ以上に青くなっていた。震える手でナイフをレオナに押しつけたまま、助けを求めるようにバルターを見上げる。指示を待つその目に浮かぶのは、己のしでかした軽率な行為に対する不安だろうか。それとも、バルターへの強烈な恐怖か。
「さあ、俺を解放しろ」
バルターが両手を広げて、前に出る。
「待て、バルター。レオナの解放が先だ」
セリオスが手で制すると、バルターがエリスに命令する。
「エリス、レオナ妃殿下を放せ」
エリスは震えながらナイフを持つ手を下げる。セリオスは腕を下げた。バルターがゆっくりとエリスへ向かって歩き出す。セリオスはなかなか歩き出さないレオナに向かって叫ぶ。
「レオナ、来いっ」
戸惑うレオナは、エリスを気にしながらも、こちらに向かって走ってきた。
月明かりを受ける髪が銀糸のようにきらめいた。ああ、美しい。こんなときですら心奪われる美しい娘だ。もう二度と、危険な目に合わせるものか。そう誓いながら、セリオスもレオナに向かって走り出す。
レオナはすれ違いざまにバルターを見上げた。ひたすらまっすぐ前を見つめるバルターのまなざしは冷たいが、レオナにはまったく興味を示していない。しかし、セリオスがレオナの腕をつかもうとしたそのとき、バルターが突然走り出し、おびえるエリスからナイフを奪うと、怒りに燃えるまなざしで彼女を切りつけた。
「失敗しおって! この役立たずめがっ」
おびえることすらできなくなったエリスは、声もなくくずれ落ちる。地面にうつ伏せに倒れ、ピクピクと震え、うめき声をあげる彼女の乱れた黒髪の隙間から、赤い液体が流れ出てくる。
「エリスさんっ!」
レオナが叫び、駆け寄ろうとする。
「レオナ、行くなっ!」
握りしめた手は空を切った。セリオスは舌打ちをしてレオナを追いかける。しかし、一歩、バルターの方が早かった。
「兄上、あなたの甘さはいつも身近な女を滅ぼす」
バルターはにやりと笑うと、レオナの腰をさらう。そして、セリオスが声をあげる間もなく地を蹴り、一気に身をひるがえすと、レオナを抱えたまま茂みの中へと消えた。
「追えっ! バルターを追えーっ!」
力の限り叫び、セリオスは茂みの中へ飛び込んだ。どこだ。レオナはどこだ。必死に茂みをかき分けると、行く手を冷たい石壁が阻んだ。その向こうで、馬のひづめの乾いた音が聞こえた。
「クソっ!」
セリオスは走り戻ると、エリスに両手をかざし、治癒魔法をほどこすフリントに駆け寄る。
「助かるか?」
「傷は浅いかと」
セリオスはいらいらしながらエリスの回復を待った。ほどなくして目を開けた彼女に、怒鳴りつけるように尋ねる。
「バルターはどこへ向かったっ?」
エリスは唇をかみしめ、首をふる。その目にはみるみるうちに涙がたまっていく。
「言えっ! 言わねば、おまえは生きてはいられないぞっ!」
エリスはそれでも首をふり、両手で顔を覆うとすすり泣いた。そのとき、後ろからルドアースの声がした。
「団長、申し訳ございません。バルター殿下を見失いました」
いつになく消沈するルドアースの後ろに、オリビアも姿を見せる。ふたりをにらみつけたセリオスは、エリスの腕をつかみ、顔から引きはがす。
「はやく言え。バルターはどこだ」
冷ややかなセリオスの声に震えあがるエリスは、地面にうつ伏せてくぐもった声を発する。
「言えません……」
「まだ言うか。レオナに何かあれば、おまえは……」
「私は……私はどうなってもかまいません」
「何……?」
「父と母が、殿下の監視下に置かれています……。私が裏切ったと知れれば、父と母の命はありません」
顔をあげたエリスは小刻みに震えていた。セリオスは顔を歪めると、振り返る。
「ルドアース、すぐにエリス・リスアの両親を保護しろ」
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