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リーヴァ編
22
しおりを挟む部屋へ戻ったセリオスは、レオナのいないベッドに横になり、目を閉じる。すっかり冷え切ったシーツにレオナの気配はなく、まったく寝付けない。それなのに、悪夢を見ているようだ。
心の底から守りたいと思う女を不幸にする。そんなことがあってたまるか。胸をかきむしりたくなるが、苦しいのはレオナの方だ。今ごろ、レオナは恐怖におびえているだろう。
セシェ島へ単身乗り込んできたレオナは命懸けだった。それなのに、バルターから身を守るために結婚に踏み切った彼女を守りきれなかった。こんなにも悔しいことはない。
居ても立っても居られず、セリオスはベッドから飛び降りると、部屋の中をうろうろと歩き回った。そして、ふと立ち止まる。
「本がない……?」
テーブルの上をするりとなでる。レオナがアンドレアから借りたと話していた本がない。たしか、ステラサンクタについて書かれた本だったか。
テーブルの下をのぞき込む。落ちているかと期待したが、やはりない。そして、さらなる違和感に気づいた。壁際に置かれていたはずの、レオナのトランクがない。すぐにクローゼットを開く。チュニックも鎖かたびらもローブもない。いや、レオナの荷物が一つもない。
「どういうことだ……」
セリオスはハッと息をのみ、部屋を飛び出す。ちょうどそのとき、こちらへやってくるルドアースが見えた。
「何かあったか?」
尋ねると、ルドアースは淡々と報告する。
「ただいま、フロスト閣下に伝書を送りました。エリス・リスアはオリビアの部屋で監視しています」
「わかった。フロストから連絡が入り次第、エリスを尋問する。ルドアース、レイヴンはどうした?」
「探していますが、誰も姿を見ていません。団長、実はもう一つ、お知らせが」
ルドアースが苦渋に満ちた表情をする。悪い予感に顔がひきつるのを感じながら、彼を促す。
「何があった。報告しろ」
「実は、イリスがおりません。縄が切られ、逃がされたものと。考えたくはありませんが、盗まれた可能性も」
「あの慎重なイリスがいないだと?」
勝手に逃げ出すことは考えられない。盗みを働く者を背に乗せることもないだろう。
「まさか……」
「心当たりが?」
「レオナの荷物がない。もしかしたら、レイヴンが持ち出した可能性がある。イリスも、やつが乗っていったかもしれない」
「では、レイヴンがバルター殿下と示し合わせて?」
「いや、それはまだなんとも言えない」
レイヴンがレオナを危険な目に合わせるとは思えない。それに、もしレオナを連れ去りたいなら、バルターと結託しなくとも、それはいつでも容易にできたからだ。
「アメリアの様子はどうだ?」
セリオスは尋ねた。
「落ち着いておられます。王都への出発は予定通りでかまわないと」
「わかった。ルドアース、俺はベリウスとともにここへ残る。おまえは明日の早朝、騎士団員を招集して、王都を目指せ。状況次第で、エリスはアンドレアに任せよう」
「かしこまりました。すぐにオリビアと打ち合わせをいたします」
「頼む」
セリオスはルドアースを帰らせると、ふたたび部屋に戻り、ベッドに横たえた。
レオナと結婚してから、彼女のいない夜を過ごした日はない。それは何よりも幸福だったが、今となっては、ロデリックのもとに返し、屋敷に閉じ込めておくべきだったと後悔するばかりだ。
セリオスはため息をつくと、まぶたを落とした。いつのまにか眠ってしまっていたのだろう。目を開けると、朝になっていた。
玄関ホールを抜け、オリビアの部屋へ向かう途中、ルドアースが駆け寄ってくる。
「団長、閣下より伝書が届きました。エリス・リスアの両親は無事、閣下の屋敷へ保護したとのこと」
「よくやった。両親はどこにいたのだ?」
「孤児院で働いていたようです。父親は管理者として名を連ねていますが、実権はバルター派の貴族が握り、母親は世話係として従事していたようです。ふたりとも孤児院で暮らし、実質、軟禁状態にあったと」
「エリスがバルターに脅されていたのは、事実ということか」
「取り調べは続いているようです。警戒は必要ですが、エリスに口を割らせるにはじゅうぶんでしょう」
セリオスはうなずき、ルドアースを連れて歩き出す。
「オリビア、エリスと話したい」
オリビアの部屋の前で立ち止まり、声をかけるとドアはすぐに開き、姿を見せたオリビアが敬礼する。セリオスは率先して中へ入り、椅子に座るエリスを見下ろす。
「エリス・リスア。おまえの両親は無事に保護した」
エリスはハッと顔をあげた。
「……本当ですか?」
「疑うなら、宰相からの伝書を読むがいい」
エリスの前へ、ルドアースが伝書を開いて掲げる。しばらくその文章を眺めていたエリスは、口もとを両手で覆うとむせび泣く。
「さあ、バルターの居場所を言え。今度はおまえが約束を果たす番だ」
エリスは涙をぬぐうと、生真面目な表情になり、口を開く。
「殿下は楽園ユーラスに向かったはずです」
「なに、楽園だと?」
「はい。殿下はエルアルム王国を支配し、自身の王国を作るのだと言っていました。私の父はかつて王宮で殿下に仕えておりました。殿下は、さまざまな方法を模索していたと聞きます。その中の一つに、楽園を制するものは国王よりも強い権力を持ち、この大陸を支配できるというものもあったと聞いています」
話し終える頃には、エリスは落ち着いていた。信念を持って告白したのだろう。
「この国を支配するため、フィリス教皇に会いに行ったというのか」
馬鹿げている。しかし、バルターがそれを得策だと考えている、と言われても、冷笑する気にはなれなかった。
「現在、楽園は閉ざされ、ステラサンクタの前でのみ、その門は開かれると聞きます。レオナさんを連れ去ったのは、楽園へ向かったからだと思います」
「なるほど」
セリオスは冷ややかにつぶやく。
レイヴンも楽園を目指していた。この機に乗じてイリスを奪い、楽園へ向かった可能性はあるだろう。ならば、楽園へ着くまでは、レオナの命も保証されているということか。
セリオスはかかとをひるがえすと、部屋へ駆けつけてきたベリウスに鋭い目を向ける。
「ベリウスは俺とともに楽園へ向かうぞ。レオナを取り戻し、バルターを決して楽園へ入れてはならぬ!」
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