砂色のステラ

水城ひさぎ

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リーヴァ編

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 部屋へ戻ったセリオスは、レオナのいないベッドに横になり、目を閉じる。すっかり冷え切ったシーツにレオナの気配はなく、まったく寝付けない。それなのに、悪夢を見ているようだ。

 心の底から守りたいと思う女を不幸にする。そんなことがあってたまるか。胸をかきむしりたくなるが、苦しいのはレオナの方だ。今ごろ、レオナは恐怖におびえているだろう。

 セシェ島へ単身乗り込んできたレオナは命懸けだった。それなのに、バルターから身を守るために結婚に踏み切った彼女を守りきれなかった。こんなにも悔しいことはない。

 居ても立っても居られず、セリオスはベッドから飛び降りると、部屋の中をうろうろと歩き回った。そして、ふと立ち止まる。

「本がない……?」

 テーブルの上をするりとなでる。レオナがアンドレアから借りたと話していた本がない。たしか、ステラサンクタについて書かれた本だったか。

 テーブルの下をのぞき込む。落ちているかと期待したが、やはりない。そして、さらなる違和感に気づいた。壁際に置かれていたはずの、レオナのトランクがない。すぐにクローゼットを開く。チュニックも鎖かたびらもローブもない。いや、レオナの荷物が一つもない。

「どういうことだ……」

 セリオスはハッと息をのみ、部屋を飛び出す。ちょうどそのとき、こちらへやってくるルドアースが見えた。

「何かあったか?」

 尋ねると、ルドアースは淡々と報告する。

「ただいま、フロスト閣下に伝書を送りました。エリス・リスアはオリビアの部屋で監視しています」
「わかった。フロストから連絡が入り次第、エリスを尋問する。ルドアース、レイヴンはどうした?」
「探していますが、誰も姿を見ていません。団長、実はもう一つ、お知らせが」

 ルドアースが苦渋に満ちた表情をする。悪い予感に顔がひきつるのを感じながら、彼を促す。

「何があった。報告しろ」
「実は、イリスがおりません。縄が切られ、逃がされたものと。考えたくはありませんが、盗まれた可能性も」
「あの慎重なイリスがいないだと?」

 勝手に逃げ出すことは考えられない。盗みを働く者を背に乗せることもないだろう。

「まさか……」
「心当たりが?」
「レオナの荷物がない。もしかしたら、レイヴンが持ち出した可能性がある。イリスも、やつが乗っていったかもしれない」
「では、レイヴンがバルター殿下と示し合わせて?」
「いや、それはまだなんとも言えない」

 レイヴンがレオナを危険な目に合わせるとは思えない。それに、もしレオナを連れ去りたいなら、バルターと結託しなくとも、それはいつでも容易にできたからだ。

「アメリアの様子はどうだ?」

 セリオスは尋ねた。

「落ち着いておられます。王都への出発は予定通りでかまわないと」
「わかった。ルドアース、俺はベリウスとともにここへ残る。おまえは明日の早朝、騎士団員を招集して、王都を目指せ。状況次第で、エリスはアンドレアに任せよう」
「かしこまりました。すぐにオリビアと打ち合わせをいたします」
「頼む」

 セリオスはルドアースを帰らせると、ふたたび部屋に戻り、ベッドに横たえた。

 レオナと結婚してから、彼女のいない夜を過ごした日はない。それは何よりも幸福だったが、今となっては、ロデリックのもとに返し、屋敷に閉じ込めておくべきだったと後悔するばかりだ。

 セリオスはため息をつくと、まぶたを落とした。いつのまにか眠ってしまっていたのだろう。目を開けると、朝になっていた。

 玄関ホールを抜け、オリビアの部屋へ向かう途中、ルドアースが駆け寄ってくる。

「団長、閣下より伝書が届きました。エリス・リスアの両親は無事、閣下の屋敷へ保護したとのこと」
「よくやった。両親はどこにいたのだ?」
「孤児院で働いていたようです。父親は管理者として名を連ねていますが、実権はバルター派の貴族が握り、母親は世話係として従事していたようです。ふたりとも孤児院で暮らし、実質、軟禁状態にあったと」
「エリスがバルターに脅されていたのは、事実ということか」
「取り調べは続いているようです。警戒は必要ですが、エリスに口を割らせるにはじゅうぶんでしょう」

 セリオスはうなずき、ルドアースを連れて歩き出す。

「オリビア、エリスと話したい」

 オリビアの部屋の前で立ち止まり、声をかけるとドアはすぐに開き、姿を見せたオリビアが敬礼する。セリオスは率先して中へ入り、椅子に座るエリスを見下ろす。

「エリス・リスア。おまえの両親は無事に保護した」

 エリスはハッと顔をあげた。

「……本当ですか?」
「疑うなら、宰相からの伝書を読むがいい」

 エリスの前へ、ルドアースが伝書を開いて掲げる。しばらくその文章を眺めていたエリスは、口もとを両手で覆うとむせび泣く。

「さあ、バルターの居場所を言え。今度はおまえが約束を果たす番だ」

 エリスは涙をぬぐうと、生真面目な表情になり、口を開く。

「殿下は楽園ユーラスに向かったはずです」
「なに、楽園だと?」
「はい。殿下はエルアルム王国を支配し、自身の王国を作るのだと言っていました。私の父はかつて王宮で殿下に仕えておりました。殿下は、さまざまな方法を模索していたと聞きます。その中の一つに、楽園を制するものは国王よりも強い権力を持ち、この大陸を支配できるというものもあったと聞いています」

 話し終える頃には、エリスは落ち着いていた。信念を持って告白したのだろう。

「この国を支配するため、フィリス教皇に会いに行ったというのか」

 馬鹿げている。しかし、バルターがそれを得策だと考えている、と言われても、冷笑する気にはなれなかった。

「現在、楽園は閉ざされ、ステラサンクタの前でのみ、その門は開かれると聞きます。レオナさんを連れ去ったのは、楽園へ向かったからだと思います」
「なるほど」

 セリオスは冷ややかにつぶやく。

 レイヴンも楽園を目指していた。この機に乗じてイリスを奪い、楽園へ向かった可能性はあるだろう。ならば、楽園へ着くまでは、レオナの命も保証されているということか。

 セリオスはかかとをひるがえすと、部屋へ駆けつけてきたベリウスに鋭い目を向ける。

「ベリウスは俺とともに楽園へ向かうぞ。レオナを取り戻し、バルターを決して楽園へ入れてはならぬ!」
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